魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

2019年も後半に突入です。

いや、早いんだけど……。

年取ると時間の流れが早く感じるって本当ですね。

色々新しいことにチャレンジして何か刺激を得るしかないな!


前人未踏の勝者

禅十郎が地下闘技場で戦いを繰り広げているほぼ同時刻、禅十郎の九州の実家の縁側で、宗士郎が庭で遊ぶ親戚の子供を眺めつつ、お茶を飲んでいた。

 

本来ならこの時間は道場で己の技を磨いているのだが、家族一同が揃う時期は親戚の子供の面倒を見るようにしているのだ。

 

態々彼がする必要はないのだが、子供と言うのは集まれば自由奔放の塊となり、幼さゆえの予測不能の行動をとるからこそ、宗士郎がここにいる必要があるのである。

 

普段なら彼等の両親だけで充分面倒を見れるのだが、自由奔放と言う子供が持つ最大の武器は子供の数が増えるだけ威力を増していくために手が足りなくなる。

 

これまでも時々予想外の行動に出るので、即座に対応出来る高い判断能力と実力を兼ね備えた者、つまり宗士郎の出番なのである。

 

「今頃、禅ちゃんはお父さんの仕事を手伝ってるのかしらね?」

 

ちょうど新しいお茶を淹れようと考えていると、千鶴が新しいお茶を持ってた。

 

「……よく分かったな」

 

「伊達に五人の弟妹の面倒を見てないもの。皆がして欲しいことくらいなら分かるわ」

 

「そういうものか? 俺には千香が何故、執拗に俺に稽古をつけてもらおうとするのか分からん」

 

悩んでいるように見えて、あまり表情が変わっておらず、普段通り眉間に皺を寄せる宗士郎の顔を見る宗士郎に普段ほんわかしている千鶴も呆れて溜息をついた。

 

「宗ちゃんは言葉足らずなの。おかげで禅ちゃんも同じことをするから、あの子、ずっと悩んでばかりなのよ」

 

「俺は可能な限り気付く機会を与えたはずなのだが……。禅十郎は与えたその日に理解したぞ」

 

「禅ちゃんを基準にしちゃダメよ。あの子は教えたら大抵のことは出来る本物の天才肌なんだから」

 

口にはしないが、禅十郎はあまりそこを自覚はしていない。

 

『誰かが出来ることならば、自分が出来ない理由にはならない』と彼は本気で考えており、何度やっても失敗した時は「~であるから自分は出来ない」ではなく「~を出来るようになれば自分でも出来る」と前向きに捉える為、彼はひたすらに考え続けるのを止めないのである。

 

「良いから、宗ちゃんの言葉であの子に言ってあげなさい。あの子の才能じゃ、宗ちゃんや禅ちゃんと同じ方向性で強くなれないって」

 

「……俺なりに言葉を尽くしたつもりだ。禅十郎も分かってあの人に頼んでいたはずだが……」

 

「今のあの子が禅ちゃんの言葉を聞くと思うの?」

 

いざこざの所為で禅十郎の言う事に一切耳を貸さない状態である千香がそう易々と彼の言う通りに動くはずがなかった

 

「それは本人の問題だ。自身の弱さも向かい合うこともせず、反発していては意味がない。だが、そう言う禅十郎も何時まで経っても柔術は上手くならなかったがな」

 

「それは宗ちゃんが柔術を使わせないように剛術のカウンターを仕掛けてくるから、禅ちゃんも真似してカウンター返しも剛術になっちゃったんでしょ?」

 

「奴の攻撃に柔術を使う必要がなかったからだ。それに柔術の才のみなら俺以上の奴が何を言う。事実、俺は一度もお前に勝ったことは無い。お前が教えてやれれば問題はなかった」

 

眼を細くしてそう口にするが、言われた千鶴はただ微笑むだけだった。

 

「私はそれしか取り柄がなかったもの。それに私が現役だった頃の禅ちゃんはそこを教えられるレベルになってなかったし、技の習得は段階を経るのが最も効果的なのは宗ちゃんだって知ってるでしょう。やっと禅ちゃんがその段階になった時は私も引退してたんだから仕方ないわ」

 

千鶴もかつて道場の門下生であったが、荻原と付き合ってからは少しずつ体術から身を引き、子供が出来てからは完全に専業主婦となっていた。

 

衰えないように運動はしているが、もう嘗ての様に修練に打ち込むほどではない。

 

しかし、現役時代は宗士郎でさえ一度も勝ったことがないほどの実力者であった為、現役を退いてからも復帰しないかと道場の一部の師範から時折誘われている程の実力を彼女は持っているのである。

 

「故に、今回の父の仕事で向かう先は奴に丁度いい修行場になる。自分と同格か弱い相手でなければ使えない柔術に磨きをかけるには、あそこに出てくる輩は実力的にも都合がいい」

 

「今回はどんな縛りを課したのかしら?」

 

「打撃攻撃はすべて右手のみ、膝より上への蹴りはすべて禁止。一般客の中に門下生を向かわせている。ルールを破れば、俺の所に連絡が来るが、今のところはちゃんと守っているようだな」

 

会場が何処にあるのかも分からないようにしている地下闘技場でそんなことが可能なのかと思うだろうが、千鶴は宗士郎が父の断りもなく勝手に任務遂行の邪魔になるような枷をつけるはずがないことを理解している為、父に連絡手段を確立させる何らかの算段を取り付けてもらったのだろう。

 

それに父が今回の件に対して複数の手段を用意している為に、そんな無茶が出来たのだろうと千鶴は思っている。

 

「あまり禅ちゃんに厳しくしない方が良いわよ」

 

「奴は危機的状況に陥った方が成長が早い。知識と技術は頭と体に叩き込んでいる。ならば、後は数を熟すだけだ。俺はその場を提供してやっただけにすぎん」

 

そう言うと宗士郎とはお茶を飲んでこれ以上は何も口にしないと言いたげに外を眺め、千鶴は困った笑みを浮かべて同じく外を眺めることにした。

 

 

 

 

 

禅十郎とラルフの試合は最初は互いに互角の勝負をしていたが、途中でラルフの猛攻に禅十郎が押されていた。

 

自身に縛りを着けている禅十郎は、本来のスタイルで戦うことができず、ただひたすらに防御とカウンターでどうにかするしかなかった。

 

しかし禅十郎は防戦一方になっても、もう一つのルールである柔術を使う時のみ手足の拘束を解いて良いという条件を満たすために、何度も試行錯誤して、苦手である柔術を使うタイミングを戦いながらイメージしていた。

 

そして、何度か攻撃を受けていると、ふと体の動きに変化が生まれた。

 

まるで上手く噛み合わなかった歯車が、唐突に噛み合わさったような感覚だった。

 

ラルフの動きを見て、このタイミングなら行けると思ったのである。

 

その感覚を信じて、禅十郎は左手のみでラルフの攻撃を受け止めるのではなく、受け流してみた。

 

相手はその違いに気付いてはいないようだったが、禅十郎の感触からして成功したと言っても過言ではなかった。

 

これまでの様に運良く出来たではない、本当に自身が確信して格上ともいえる相手の攻撃を迎え撃つのではなく、受け流して見せた。

 

再び、攻撃を受け流す。

 

成功する。

 

もう一度。

 

成功、右手でも同じことが出来ると確信する。

 

それが何度も何度も繰り返されることで、禅十郎はようやく格上相手に柔術をどう使うべきかを理解していく。

 

手の内をすべて封じることを強いられ、攻撃できるのは右手のみと言うギリギリの状態でようやくその枷を外せる方法を身に着けた。

 

一度、ラルフと距離を取った時に、禅十郎は見えているだろう大神に向けてある合図を送る。

 

二人で決めている『柔術をこれから使う』という合図をした直後、ラルフの猛攻が再び禅十郎に襲い掛かる。

 

防御の左手を潰しにかかっているらしく、確かにこれ以上は受けに回るのは良くなかった。

 

故に禅十郎はラルフをリングの地面にキスさせるという返礼を喰らわせた。

 

「がぁっ!!」

 

カウンターには観客も興奮して、さらに騒がしく雄叫びを上げていた。

 

「感謝するぜ。あんたのお陰で俺はまた一段強くなれた」

 

「ああ゛っ!?」

 

起き上がるラルフは意味の分からないことを言う禅十郎を睨みつけた。

 

「悪いな。俺は蹴る殴るの打撃が得意なんだが、ちょいとした事情で右手でしか攻撃が出来なかった」

 

「だから、何が言いてぇんだっ!!」

 

態勢を立て直したラルフは再び攻撃を仕掛ける。

 

しかし、これまでと違い、禅十郎は攻撃を受けるどころかすべて掌で受け流し捌いていた。

 

「だから、さっきまでの俺とは一味違うってことだ」

 

右手による打撃のカウンターが綺麗にラルフの鳩尾に叩き込まれた。

 

「かふ……」

 

ラルフの口から空気が漏れるような声が出た。

 

先程までの防戦一方だったのが嘘のように禅十郎が優勢となり、観客は歓声を上げる。

 

これにはラルフも自分の置かれた現状に納得できなかった。

 

この男がこの試合で最初から手を抜いていたということにも腹が立っていた。

 

誰だって手を抜いて相手が戦っていたのを知れば腹が立つだろう。

 

だが、ラルフはそれ以上に自分に腹が立っていた。

 

手を抜かれた上で互角に戦っていたと誤認していた自分に対して怒りが込み上げていた。

 

(ああ……やっぱり世界はひれぇなぁ)

 

だが、それでもやはり自分は戦いが好きなのだと改めて理解する。

 

こんなに強い奴が世界にいて、そいつと戦える機会が今目の前にある。

 

明らかに先程までと雰囲気が違う禅十郎に、ラルフは怒りだけでなく任務さえも忘れ、この男に勝つことにだけに改めて意識を切り替える。

 

「行くぞ、おらぁぁぁぁっ!!!!」

 

「来いっ!!」

 

そして、互いの猛攻が始まった。

 

ラルフの素早い攻撃に対して、禅十郎はすべて受け流し、投げ飛ばす。

 

それだけでなく、相手の攻撃の威力をそのまま利用してカウンターを決めて、ラルフに大ダメージを与えていく。

 

だが、ラルフも負けてはいなかった。

 

禅十郎の攻撃をかいくぐり、そのまま顔面に拳を叩き込む。

 

互いに一歩も引かず、己の技をぶつけ合う。

 

しかし、その猛攻も長くは続かなかった。

 

連連による疲労でラルフの攻撃が徐々に速さとキレを失い始め、勝敗は決したのである。

 

最後に禅十郎の顔面にパンチを叩き込んだ後の攻撃はすべて受け流されていた。

 

魔法があれば、さらに長期に戦えただろうが、今回は魔法を一切使用しない体一つで殴り合う勝負である。

 

軍でもその手の訓練はしてきたし、余程の相手でなければラルフは負けなしだった。

 

敗因があるとして、あえて挙げるとしたら相手が悪かったということだろう。

 

相手の攻撃を真っ向から受けていたこれまでの禅十郎であれば、ラルフにも勝機はあったが、相手の動きを掌握して己の攻撃へと転じる柔術を同格以上の相手にも掛けることが出来るようになった禅十郎はこれまで以上に体力を消耗しない動きをするようになっていたのである。

 

「おらぁぁっ!!」

 

そんなことに気付かないラルフががら空きである禅十郎の左頬を右手で殴りかかる。

 

禅十郎の左手は先程のラルフの蹴りを防御していた為に下に置かれている。

 

間違いなく入ったと思った瞬間だった。

 

しかし……。

 

「っ!」

 

禅十郎はその拳に恐れることなく、右足を踏み出し体を前へと進めギリギリの所でラルフの拳を避ける。

 

そのまま、下ろしていた左手首を上げてラルフの拳に引っかけて、攻撃の勢いを使って一気に自分の方へと引く。

 

(しまっ……)

 

気付いた時にはもう遅く、ラルフの顎に禅十郎の右肘が直撃する。

 

脳を揺さぶられたラルフはそのまま意識を失って地面へと倒れた。

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、別室でこの試合を眺めていた女性は呆然と大神との勝負結果を眺めていた。

 

「……負けた、か」

 

『YOU LOSE』

 

それだけが画面に映されていた。

 

実際、大神と彼女の読み合い合戦は途中から接戦だった。

 

互いに禅十郎とラルフの次の行動を読み合い、ほぼ正答率は同じ値であった。

 

しかし、最後の一手によって大神が逆転した。

 

禅十郎の最後の一手が、肘打ちによってラルフを昏倒させるか、投げ技で止めを刺すか。

 

彼女は投げ技を選択し、大神は肘打ちを選択した。

 

「存外分からないこともあるもんだ」

 

ずっと負けるということを知らなかった彼女にとって敗北することに嫌悪感はなかった。

 

寧ろすがすがしい気持ちだった。

 

もしかしたら、自分は負けることを望んで今回のようなことをしたのかもしれない。

 

よく分からない勾玉がかなり価値のあるものだと言われ、これを景品にすれば、世界中から猛者達がやってくると思い、適当に賭けの景品に加えた。

 

その成果はこれまで以上だった。

 

世界中から多くの強者達があつまり、嘗てないほどの激戦を繰り広げてくれた。

 

だが、それももう終わった。

 

この勝敗で彼女はその勾玉を大神に渡すことになる。

 

そのことはあの会場にいるすべての観客に伝わる。

 

今残っているのは大半がこの勾玉目当ての者達だ。

 

金銭目当てで残る者もいるだろうが、そうでなければ棄権して帰るだろう。

 

もしくはこことは別の場所で何か事を起こすかもしれないが、それはこちらがあずかり知らぬ事である。

 

「あーあ、終わっちゃか」

 

ここまで早く終わるとは思ってもみなかったが、仕方ないと言えば仕方ないことなのだ。

 

ただ、あえて言うなら物足りない。

 

ここまでの接戦をしておいて勝ち逃げなど許さないと思うのは癪だった。

 

「うん、でも負けるのは嫌だね」

 

しかし、こちらから勝負を挑むことは出来ない。

 

あくまでもこの地下闘技場の主催者としてその程度のルールを守らねば示しがつかない。

 

後は、いるかも分からない強者達の挑戦状を貰うのを待つしか……。

 

「えっ?」

 

そんなことを考えていると、画面にメッセージが届いた。

 

賭けをする際、相手と会話が出来るように端末にはメッセージ機能が付与されており、それは主催者にも送ることが出来る。

 

その相手を見て、彼女は驚いた。

 

大神から「もう一戦やる気はあるか?」とメッセージが送られたのである。

 

「はは……」

 

反射的に彼女は笑った。

 

どうやら大神は今の自分の考えさえも予測していたらしい。

 

それにどうやら彼の相棒はまだやる気があるらしいく、闘技場にいる禅十郎はあれ程の激戦を繰り広げていたにも拘らず、まだまだいけると次の対戦相手の登場を今か今かと待ちわびていた。

 

更に「奴なら気にするな。今の試合でスイッチが入った。自分が満足するまで戦うつもりだろう」という大神からのメッセージによって、まだ楽しめるのだと理解する。

 

「それじゃあ、楽しませてもらおうか。最後の最後まで!!」

 

 

 

 

 

「こ、これは……。我々は夢でも見ているのでしょうか?」

 

禅十郎とラルフの試合が終わり、幾つもの戦いを経てついに最後の試合が幕を閉じた。

 

だが、最後だというのに会場は恐ろしく静かだった。

 

歓声も騒ぎ声もなく、オジゴットの声と観客の息を呑む音しか聞こえなかった。

 

「誰が! 一体誰がこれを予想をしたか!!!」

 

それでも、この静寂を打ち破らなければ司会進行としての名が廃るという思いで、オジゴットは一気に息を吸った。

 

「この闘技場始まって以来、これほどの偉業を成したのは彼しかいなぁぁぁぁいっ!!! 前人未踏の十一連勝っ!! ローガン選手との試合以降、彼は全てを紙一重に勝ち続けた!! 対格差で明らかに不利であったにも拘らず、ロウ・ジー選手を受け身を取らせない背負い投げでノックアウトっ!! 今回最初に勝ち残ったレディ・ラン選手も始めは必勝コンボを喰らっていたが、それをものともせずにワンパンノックアウトぉぉぉっ!! それ以降も先代チャンピョンや数多の実力者が連なっていたにも拘らず彼は戦った! 戦い続けた!! その気力が尽きるまで!!」

 

スイッチが入りオジゴットは叫び続けた。

 

あの光景による興奮を再び思い出す為に。

 

そして、それに呼応するように観客席からも再び興奮という熱が帯び始める。

 

「そして、今!! この闘技場に歴代最強の新チャンピョンが誕生した!! かつての連勝記録である七連勝を大きく超え、我々に前人未踏の戦いと興奮を見せてくれたその男の名はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

オジゴットは会場の中央にいる男に目を向ける。

 

「ゼェェェェェットォォォォォォッ!!!!」

 

その瞬間、会場中からどっと歓声が鳴り響いた。

 

建物を振動させるほどの歓喜の声がゼットこと禅十郎に向けられる。

 

(う、うるせぇ……。マジで疲れたから飯食わせろ……)

 

だが、連戦による連戦で疲れ果てた禅十郎にとって、その声はただのノイズとしか感じ取れず、ただただ空腹を満たしたいという欲望だけが頭を支配していた。




如何でしたか?

「展開急すぎない?」と思う方がいるでしょうか、これは勘弁してください。

ラルフとの戦いで正直、戦闘シーンを書くのが疲れました。

色々と深堀したい話はあるんですけど、そうしたら何時この話が終わるのか分からなくなってしまうので、多くても二話くらいでささっとまとめて、夏休み編を終わらせて次の章に入ろうと思います。

それでは今回はこれにて!

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