二か月放置して、どうにか戻ってまいりました。
2020/10/25:文章を修正しました。
幹部会の翌日、禅十郎は達也と話をしようと思っていたのだが、予定通りにならないのはよくあることだった。放課後に話したいことがあると達也に連絡を入れたのだが、論文コンペのメンバーに選ばれたことで図書館で調べ物をしなければならない所為で予定が開けられなかった。
しかも、達也だけでなく禅十郎にも予定が入ってしまい、昨日の件を聞くことが出来なくなってしまったのである。
連絡を取り合って明日に話をするということでどうにかなったので、今日は運が悪かったと割り切ることにした。
そして放課後、禅十郎は自分に用がある人物から指定された部屋に足を運んだ。その場所は部活連本部であり、中に入るとそこには既に数名が横に並ぶように椅子に座って待機していた。
「来たか。楽にしろ」
「はい」
その真ん中にいた禅十郎を呼び出した人物、十文字克人がそう言うと、禅十郎は休めの構えをとる。
「十文字先輩、今回は何の御用でしょうか?」
十師族としての案件ではないのはすぐに分かった。克人以外に服部や沢木など、名だたる先輩が揃っていたからだった。
「論文コンペに関することだ。コンペ当日は各校共同で警備を行うことになっているのは知っているか?」
「はい、姉から話は伺っています」
そう答えると克人は余計な時間を省くことが出来ると思いながら、今回の呼び出しの目的について話し始めた。
「今年の論文コンペの会場警備隊として篝、お前にも参加してもらいたい」
「分かりました」
即答した禅十郎に克人、服部、沢木以外は意外だと思って呆気に取られていた。
「もう少し悩むかと思ったが……」
「先日、七草先輩や渡辺先輩に俺が会場警備隊に勧誘される可能性が高いとお聞きしていましたので」
「成程」
「それに警備隊員の訓練で末席とはいえ篝流体術の師範代を使わないという選択肢はないでしょう?」
自分を売り込む発言をしたことに克人は口元を緩め、沢木はうんうんと頷き、服部は溜息をついた。もともと彼等もそれが狙いだったようだ。
篝家の道場では師範代から教えてもらうには難関ともいえる入門試験をクリアする必要があり、余程の特例がない限り門下生以外の者を鍛えることは無いのだ。
折角同じ学生にそれほどの達人がいるのなら、手合わせするだけでも十分な価値があるのである。
「確かに君が参加するだけで充分な影響があるからな。格闘訓練ではみっちりしごいてやってくれ!」
沢木は隠すことなく格闘訓練でその力を奮ってほしいと口にした。
「沢木の言う通り格闘訓練もあるが、それ以外の訓練もあることも忘れるな」
「十文字先輩と一対一で訓練することも、ですか?」
「おい、篝!」
禅十郎の態度に服部が口を挟むが、克人がそれを制した。
「お前が望むのであればその申し出を受けよう。それに沢木や渡辺以上の近接格闘の使い手と戦う機会はあまり無いからな。こちらからお願いしたいくらいだ」
克人も内心、禅十郎と訓練することを望んでいた。
九校戦との試合を見て、以前会った頃よりも禅十郎は格段に強くなっていると確信し、その上で師範代まで上り詰めた彼が夏休みを経て何処まで自分と競り合うのか見てみたくなったのである。
「訓練の日時は後日また連絡する。それと、論文コンペでは産学スパイが紛れ込むケースが稀にある。そのことにも注意した上で今後は見回りを行ってもらいたい」
実際に今から四年前にも会場に向かう途中でプレゼンターが襲われる事件が起こっており、それ以降はコンペ当日まで警備に力を入れている。
たかが学生の論文だと思うだろうが、論文コンペの資料では学外で閲覧不可能な代物もある為、それを狙った者達が少なからずいるのだ。
「了解しました」
克人の言葉の意図を理解した禅十郎は本日付で会場警備隊に参加することになった。
その翌日の朝、禅十郎は真由美と偶々一緒になって登校していた。
「じゃあ、禅君、警備隊に入ったんだ」
「ええ。それに十文字先輩と一対一で訓練させてもらえそうだったんで。この機会を逃す理由はないですから」
警備隊に入る理由が禅十郎らしくて真由美はクスリと笑ってしまった。
「本当は有志を募るんだけど、十文字君なら禅君を誘うかなぁって摩利とも話してたから、プレゼンターの護衛につかせないように千代田さんに頼んでたのよね」
「そうだったんですか? 姉貴から論文コンペの発表者の護衛に選ばれるかもって言われたんで、全然来なかったから妙だとは思ってましたが……。成程、先輩達が裏で手を回してたんですか」
裏工作をしていたような言い方に真由美はムッとした。だが、実際に彼女がやったことはそれに近いことである為、反論はしなかった。
「いやー、てっきり姉貴に振り回されたから、腹いせ半分で市原先輩の護衛に就くと思ってました」
「そんなことしないわよ。それに禅君はまだ一年生だし、担当は二年生以上の方が周りも安心出来るからね」
「ま、そう言うもんですよね」
真由美は口にしなかったが、禅十郎が鈴音の担当になる場合、服部と一緒になってしまい、何かしら問題が起こる可能性があることを危惧していた。禅十郎には服部に対して含むところは一切ないのだが、服部は色々と複雑な感情を抱いているようで、一緒に仕事をさせるのはまずいと摩利と鈴音が断言したこともあり、彼を担当にさせなかったのだ。
「それにしても懐かしいわ。あの頃のリンちゃんは大変だったわ。千景さんに何度も引っ張り回されてたから」
「渡辺先輩もじゃないですか? もともと姉貴のゴリ押しで風紀委員にさせられたんですから。ま、七草先輩は慣れてたから大丈夫だったでしょうけど」
「そうねぇ。当時から妹より手の掛かる子はいたし、千景さんにはずっと振り回されてたから」
幼少期に禅十郎と千景によるトラブルに巻き込まれ、色々な意味で刺激的な時間を過ごした真由美にとって、彼等の奇天烈な行動には慣れっこだった。
「手の掛かる子? 一体誰のことですか?」
「誰でしょうねー?」
わざとらしく言う禅十郎に真由美は明後日の方を眺める。
「先輩? 真由美さーん? 俺の目を見て話してくださいよ。手の掛かる子って一体誰のことですか?」
「さぁ? 自分の胸に手を当てて考えてみたら?」
そんなやり取りは何とも仲睦まじい姿であり、真由美のファンクラブの会員達が見たら揃って血の涙を流すほど羨ましい事だろう。現在も登校中の数名の会員が、仲良く登校している禅十郎に恨みがましい視線を向けていた。
だが当の本人は視線を感じても知ったことかと言う態度である。
「まぁ、その話は置いておいて……。残り期間が僅かだっていうのに、市原先輩が達也を引き抜くなんて意外でしたね」
「そう? リンちゃんが経済面で魔法師の地位向上を目指してるってことは知ってるわよね?」
「あー、姉貴と魔法師の現在の地位に関して良く討論してましたね。ってことは達也もですか?」
「そうなの。昨日達也君からその話を聞いてびっくりしちゃった」
「ん?」
その発言に禅十郎は眉間に皺を寄せる。
「禅君、どうしたの?」
禅十郎の反応に首を傾げる真由美。
先程の真由美の発言に禅十郎は引っかかりを覚えたのだ。
先日、達也と話がしたいと連絡したのだが、予定があるので今日の放課後で話をすることで決まっている。つまり、昨日、真由美は達也と何処かで会っていたのである。
まずありえないのは生徒会室だ。既に生徒会長を引退した真由美は生徒会室に足を運ぶことはほぼない。生徒会室でなければ昼休みに会うこともまずないので、達也と彼女が会っていた場所は限られてくるのである。
「先輩、達也と何処で話したんですか?」
「図書館の閲覧ブースよ。それがどうかしたの?」
(ふーん……。あー、そういうことか)
「いや、昨日達也に話があったんですけど、予定があるって放課後会えなかったんですよね。だから変だなぁって」
「ああ、なるほどね」
それを聞いて、禅十郎は達也と鈴音の思想が同じであったのを知った経緯を何となく理解した。
本来こんなことを知る必要はないのだが、エレメンツの血によって無意識にであるが、依存する相手が別の男と会っていたことに少々思う所があった。
エレメンツの家系である篝家の男子は高確率で独占欲が強くなる傾向があり、禅十郎も九校戦を終えてからその傾向が強くなってきていた。つまり禅十郎は好きな女性が他の男に会っていたことに少々嫉妬していただけだった。ただし、本人はその自覚は一切なく、どうしてそんなことを気にしたのか分からなかったが、自己完結した為にこれ以上追及する気はなくなっていた。
「達也君、リンちゃんのお手伝いをすることになってその調べ物をする為に図書館に来てたみたい。丁度私も受験勉強して一段落した時に会ったの」
幸か不幸か真由美もそのことを勘付かれていなかった。
「あー、そう言えば生徒会役員って魔法大学への推薦使わないんでしたっけ。でもなぁ、ボーダーギリギリの人に推薦使わせるっていうのも理に適っちゃいるんですけど、何か納得いかないんですよね」
「一高生が多く魔法大学に行けるようにする為なんだから、そこは納得してもらうしかないわね。それに推薦を使って早く入試が終わって怠けるのも私は嫌だもの」
真由美の言い分に禅十郎はやや不満だったが納得し、頷いていると何かに気付いてハッとした顔を浮かべた。
「ふーん……。あ、先輩、話は変わるんですけど、そもそも図書館で会話ってしちゃいけませんよね?」
そう言うと、真由美はギクリとバツが悪い顔を浮かべながら禅十郎から顔を背けた。
その反応に禅十郎は何となく彼女がしたことを察した。
「先輩、又貸しはマナー違反ですよ」
「う……。お願い禅君、今回は見逃して!」
両手を合わせて懇願する真由美に禅十郎は目を細くする。
「ダメです。……と言いたいですけど、今回だけですよ」
意外だと思われるだろうが、禅十郎はかなりルールやマナーに厳しいのだ。これに関しては厳格な隆禅や禅十郎の母親の教育の賜物であり、破天荒ながらも最低限の自制は出来るように教育されているのである。
実際、彼のやってきた非常識な行動はルールを犯さない範囲であり、『型なし』ではなく『型破り』を徹底しているのだ。
そのことを知っている真由美は自分の失態を少しだけ呪った。こういう時において禅十郎は容赦がないのだ。
「引退した身とはいえ生徒会長ともあろう人がそんなことをしたら他の人が真似しちゃいますよ。誰かがやってるから自分も破って良いんだって考えは論外です。そう言う事で起こるトラブルは最初からルールを守れば、誰も嫌な思いをせずにするんですから」
「……はい。以後気を付けます」
彼等を良く知る者達から見れば、その光景はあまりにも異様と言わざるを得なかった。
禅十郎を窘める真由美という構図が普段見慣れた光景であり、今回は逆の立場であることに違和感を覚えてしまうのは当然と言えた。
しかし、ある意味ではこの光景にしっくりくる人も少なくなかった。二人の体格差だけでなく禅十郎の顔つきと身体つきが既に中学生らしさの無いものである為に、傍から見ると妹を説教している兄と言う構図に見えてしまうのだ。
そんな二人をクスクスと笑いながらそれを話題にしている生徒達の会話を真由美は小耳に挟んでしまった。
「ねぇ、禅君。私って子供っぽい?」
「はい?」
あいにく禅十郎はその会話を聞いていなかった為、唐突な真由美の質問に首を傾げることでしか反応できなかった。
普段であれば真由美もそんな質問はしないのだが、先日の達也との一件で自身のプロポーションに関して少々思う所が出てきたのだ。
「子供っぽい……先輩が?」
真由美は頷いて肯定すると、禅十郎は眉間に皺を寄せて首を九十度にゆっくりと傾けた。
「まぁ、確かに姉貴と比べれば背丈は低いですけど、スタイルも顔立ちも年相応かそれ以上だと思いますけどねぇ。寧ろ、先輩を魅力的な女性って思わない男は少ないんじゃないですか?」
「うーん、そうかなぁ」
禅十郎の意見を聞いても、真由美は顔を曇らせたままである。
そんな彼女を見て、禅十郎はガシガシと頭を掻いた。
「子供っぽいなんて人の構成要素である外見を指摘しただけじゃないっすか。そもそも先輩の事を子供っぽいなんて思ってる人は自分に勝ってる点だけがそれしかないってことですよ。夏にプールに行って先輩を見て鼻の下を伸ばさなかった男なんて稀でしたし、ナンパされかけたことを忘れましたか?」
「た、確かにそうだけど」
真由美としては今ここでその話を持ち出してほしくはなかった。周りを見てみるが、禅十郎の声を聞いていた人はいなさそうで内心ほっとした。その代わり素直にべた褒めしてくる禅十郎に、真由美は少し恥ずかしくなった。
真由美は気付いていないが、こういった質問を禅十郎にしたのはそもそも間違いであり、普段の彼が彼女の事を酷く言うはずがないのだ。
「因みに夏に出掛けた時、モデル雑誌の関係者らしき人が先輩をスカウトしようとしてたんですよ」
「えっ、そんなことあったの?」
夏休みの間、禅十郎は九校戦のご褒美と言う名目で真由美と一緒にお出かけする機会があった。二人で街中を散策しつつ買い物などをしているとスカウトマンが近づいてきたのである。
「楽しい時間を邪魔されたくなかったんで、行動に移される前にガン飛ばして退却させました」
それを聞いた真由美はそのスカウトマンに少しだけ同情した。
禅十郎は隆禅譲りの強面である為に本気で睨んだ場合、常人であればその威圧感に怯えてしまうのだ。
彼が本気で睨んだ顔は克人とは違った方向の威圧感を放っていると真由美はこれまでの経験にて分析している。克人の場合は自分より大きな存在に睨まれるような感覚に対して、禅十郎は喉元に鋭い刃を突きつけるような感覚なのである。といっても睨まれた側からすれば、どちらも恐ろしいことに変わりはないのであるが、今はどうでも良い話だ。
「それより禅君、ガンを飛ばすって……何時からヤンキーになったの?」
「俺は絶滅危惧種になったつもりはないですよ。というか、何でその言葉を聞いてヤンキーってワードが出てくるんですか? ほぼ死語ですよ、それ」
「だって禅君、偶に言葉が古臭いから。昔なんて、喧嘩上等、
「それを言ったら、先輩だって時折何時の時代の人だよって思う言葉言うじゃないですか。チョベリバとかバッチグーってどこから出てきたんですか」
「えー、言ってたかな?」
「絶対言ってました! 死語使ってたの俺だけじゃないですよ!」
そんな会話をしている二人だが、周りからしてみれば、「死語を連発しているお前ら二人が歳いくつだよ?」とツッコみたかった。しかし、先代生徒会長と問題児の間にそんな言葉を気安く掛けられる猛者は残念ながらここにはおらず、彼等の心中に気付かない二人は歓談しながら登校した。
その日の放課後、達也がコンペの原稿に必要な物を買いに行かなければならないということで、禅十郎はマジックアーツ部で時間を潰していた。
学校に入って半年が経ち、正式な部員でもないなのにマジックアーツ部に足を運ぶことが多くなっていた。
その原因は二年の沢木にあった。感性が似ている所為か、風紀委員会を通じてあっという間に二人は仲良くなったのである。それは食堂で会えば一緒に食べるほどだ。
挙句の果てに一緒に昼食を食べている時に「マジックアーツ、やってみないか? 名誉部員でもいいから」と沢木が提案すると「はい、やります」の僅か数秒の会話で話が進み、いつの間にかマジックアーツ部に名誉部員が誕生したのである。
それで良いのかと思うだろうが、当代の部長は篝家の道場がいかにハードな訓練をしているのかをよく理解しており、その門下生、しまいには師範代になった男と戦う機会など滅多にないからとあっさり了承してしまったのだ。
今では顔パスでマジックアーツの部活動に自由に参加できるようになっており、時間を潰すにはもってこいの場所となっていた。この時期は会場警備隊に参加する部員が多い部活はより活発になり、熱心に取り組む者も増える為、禅十郎もいつもより数割増しの気合で臨んでいた。
「よし、次っ!」
そしてまた一人、禅十郎に吹っ飛ばされる部員が追加された。
「いやー、相変らず清々しいほどに相手を吹っ飛ばすな」
「沢木先輩、嬉しそうに言わないでくださいよ」
そんな光景を少し離れた場所から見ているのは沢木と十三束だった。
未だに少年の心を忘れない笑顔を浮かべる沢木の横で十三束は呆れまじりに苦笑を浮かべていた。
しかし、十三束の反応は禅十郎の今の状況を考えれば尤もであると言えるだろう。
「せいっ!!」
一人の部員が禅十郎の背後から回し蹴りを仕掛ける。
「蹴りに入るまでの時間が遅い! そんな大振りじゃ、簡単に回避できるし、隙も多い!」
禅十郎は相手を見ることもせず、背を低くして地面についているもう片方の足を引っかけて相手を倒した。その直後、流れるように相手の首元に軽くチョップを入れる。
「不発でも次の動きを即座に判断すれば、形勢逆転する機会を見出すことが可能になります。まずは考えて動き、慣れることです。お疲れさまでした」
先程の荒い口調とは一変して、普段の口調でアドバイスすると、回し蹴りをした彼はガックリと項垂れて周囲から離れて、沢木達がいる所に座った。
「また一人追加ですね」
「やはり彼から一本取るのは難しいな。流石は師範代。いや、むしろ夏休みを経て更に成長しているのか」
現在、禅十郎が行っているのは乱取りである。禅十郎一人に対して部員全員参加して行っており、彼の周囲には複数人の部員が構えていた。
ルールは禅十郎に誰か一人でも一本取ったら勝ちであり、部員は禅十郎から急所を叩かれたら負けとなっている。
マジックアーツの練習と言うより、最早体術の鍛錬であり、禅十郎が軽く矯正しているような流れである。
現在、二十人近くでやっているのだが、これで三周目である。
「さぁ、ドンドン来いっ!!」
そう叫ぶと、周囲の者達が一斉に禅十郎に襲い掛かる。
「連携がなってない! タイミングがバラバラっ! おい、腰の入ってないぞ、ジャンケンでもしに来たか! テメェは相手の動きを見ろ! 自分の土俵に持ってきてないのに自分の得意分野を活かせるわけないだろうがっ! その蹴りに勢いが乗っていない! お前は余計な動きを取り入れんな! テメェは何がしてぇんだ! 投げ技はこうやんだよっ!」
連携の取れていない烏合の衆は禅十郎に触れることすら出来ず、先程と打って変わって罵詈雑言を貰いながら、一人、また一人と叩かれていく。
「容赦ないなぁ……」
「ははは、良いじゃないか! これで今度の大会で全員が良い成績を取れる可能性が上がるかもしれないからな!」
「前向きですね、沢木先輩。以前、数名ほど挫折して辞めかけた人がいたっていうのに」
その話は事実である。一学期に上級生と一部の一年生で同じようなことをして、禅十郎に一度も攻撃を当てることが出来なかった数名が部活を辞めかけるほどショックを受けたのだ。
そんな彼等は紆余曲折あって今では普段通りになり、現在は禅十郎に絶賛吹っ飛ばされている最中である。
「自分より強い人なんて世界中にたくさんいる。それが年下だからと言って驚きはしないさ。あの時も僕の努力が彼の努力に負けていた、ただそれだけのことだからね」
「流石ですね、先輩は」
マジックアーツ部のエースでありながら、未だに禅十郎に勝った試しがないというのにこの前向きさには十三束は彼の精神的な強さに感心していた。
実際、十三束も『レンジ・ゼロ』という二つ名を持っているにも拘らず、入学してから禅十郎に体術だけとはいえぼろ負けして少々ショックを受けていたのだ。
あの時は時間の感覚がなくなるほど集中して戦ったにも拘らず、彼に有効打を入れることは出来なかった。
厳しい修行をすることで有名な篝流体術の道場で鍛え続けてきた禅十郎であるならば仕方がないだろうが、これほどまでに遠く離れているとは思いもしなかった。
しかし、負けて少しすると彼に完敗した悔しさよりも、今度こそ勝ちたいという思いの方が強かった。僅かな時間で禅十郎とぶつかって振り返ってみると、まだ伸びしろがあるのだと実感したのだ。それほどまでに有意義な試合だった。
その日以降、十三束は自身の課題を突破しようと更に研鑽を続けているのである。
「卒業する前に、彼には一度勝っておきたいですね」
「ああ、僕も負けっぱなしと言うわけにはいかないからな」
そんな話をしていると、ついに最後の一人が倒れてしまう。
次の回で今度こそ一本取ろうと、十三束と沢木は揃って気合を入れ直すのであった。
同時刻、第二体育館(通称、闘技場)の外では、雫とほのかが部活の備品を取りに近くに寄っていた。
「篝君の声、外まで聞こえてくるね」
禅十郎の罵詈雑言を耳にしてほのかは苦笑を浮かべる。
「師範代になったから相手の悪い所を見極めて指摘する目が必要だから良い練習になるって禅が言った」
それにしては随分と人の心を折ろうとしている辛辣な罵詈雑言が飛んでいる。
ほのかは道場についてあまり詳しくはないので、そういうものなのかと深く考えるのは止めた。
「そう言えば、会場警備隊に十文字先輩から直々に勧誘されたんだよね?」
「うん」
「凄いよね。同年代の中でもトップクラスの人に認めてもらえるなんて」
禅十郎はなんてことは無い態度を取っていたが、一年生で勧誘される程となれば最早偉業と思われても仕方がないのだ。
基本的に警備隊は有志を募ることになっている。それにも拘らず、彼は会場警備隊の総隊長である克人から直々に勧誘されたのである。同学年でも別格の実力者であり、なおかつ当主代行までも担っている彼が直々に推薦するとなれば、その期待が高いのは言うまでもなかった。
「でも当の本人は十文字先輩と手合わせできることしか頭になかったけどね」
これだけでも多くの一年や二年から羨ましがられるというのだが、禅十郎は克人に選ばれたことを横において、彼と一対一で手合わせが出来ることを楽しそうに話していたのである。
「十文字先輩と試合が出来ることにしか興味がないのは流石篝君というべきか、やっぱり篝君と言うべきか……」
確かに手合わせしたいというのは禅十郎らしい理由だ。それを抜いても彼の上昇志向は見習うべきところがあるとほのかは九校戦から考えるようになっていた。当然、やり過ぎない程度の話ではあるが。
「禅は一高屈指の戦闘狂に加えて、非常識と鍛錬バカと筋肉ダルマの集合体だから」
「あははは……」
(どうしよう、否定する要素が一つもない)
それ以前に人間扱いされていないのはもう気にしていなかった。そもそも最後の言葉はいるのかと思ったが、夏休みの一件で彼の肉体を目の当たりにしてあながち間違っていないのを思い出し、苦笑を浮かべるだけしか出来なかった。
因みに、達也と話をしようと思っていた禅十郎だったが、達也の方で少々トラブルがあったのと、禅十郎が興に乗ってマジックアーツ部で遅くまで鍛錬していた為に、時間が取れず、話は後日することになってしまった。
如何でしたか?
新刊を読んで少々今後の展開について考えたり、リアルが忙しかったりとなかなか更新できませんでした。
出来る範囲で更新していきますので、温かい目で見守っていただけるとありがたいです。
それと、お気に入りの登録者数がついに2000を超えました!
本当にありがとうございます!
それでは今回はこれにて!