魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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お久しぶりです。

恥ずかしながら帰ってまいりました!

2020/10/26:文章を修正しました。


空気を読まない男

 達也達が工作員に尾行された翌日、禅十郎は学校内の警備をしながら基哉に電話を掛けていた。

 

「おい、基哉。昨日の奴、お前が処理したのか?」

 

 周りには誰もいないのは確認しているので、少々物騒な言い方をしても問題はなかった。

 禅十郎から少し離れた場所では生徒達が今回の論文コンペで用いる実験装置の準備に夢中になって取り掛かっている。時間も差し迫っている為に少々慌ただしくなっており、全力で事に当たっている最中である為に禅十郎の話に興味を持つ者は一人としていなかった。

 

「やぁやぁ、そんな質問をするってことは亡くなったのかい?」

 

「いや、それほど離れてない所で焼死体らしきものが上がったって聞いたからな。お前が殺ったんじゃないかって気がしただけだ」

 

 結社からの情報で先日例の一件からそれほど離れていない場所で焼死体のような痕跡が出ていたことが確認されている。しかもご丁寧に周囲の街路カメラはすべて破壊されており、誰がやったのか、誰が殺されたのかが全く判明することはなく、警察も手を焼いているとのことだった。

 

「僕がそんなことをするような人間に思えるのかい?」

 

「時と場合によるだろ、お前は」

 

「ありゃりゃ、これまた信用ないねぇ」

 

「まぁ、そんな初歩的なヘマをするはずがないがな。腕前は俺も信頼している」

 

「下げて上げるねぇ。そんなことをしてるから女性に好意を持たれるんだよ」

 

「全部丁重に断ってるわ。テメェこそ、昔の女との関係は全部断ったんだろうな?」

 

「いやー、モテる男はつらいよ」

 

 明らかにはぐらかすような言動に禅十郎は眉間に皺を寄せた。

 

「おい……」

 

「まぁまぁ、余所様の恋路に介入するのはよろしくないと思うのだよ」

 

「思うのだよ、じゃねぇよ。ちょっと前に調べたら接触してる女性の数が明らかに増えてんじゃねぇか。弁明を聞かせてもらいましょうかね、今すぐに!」

 

「うーん、対人関係の情報収集能力が高い人が集まってると厄介だねぇ。それ……」

 

「ここで通話切ったら、泣かせた女全員にテメェの住所教えてやる」

 

 それじゃあと通話を切る前に先に手を打つ禅十郎に基哉は口を舌を巻いた。

 

「了解了解、今回は僕が悪かった。なるべく早く手を打っておくよ」

 

「最初からそうしろ」

 

 はいはい、と返事をして、基哉は丁度伝えるべき案件があることを思い出した。

 

「一昨日第一高校で起こった暴走スクーターの件なんだけどねぇ、社内で色々と調べてはいるけど、例の少女、途中で見失ったようだよ?」

 

 禅十郎は怪訝な顔を浮かべた。

 彼が所属している部署は国内がメインの対人関係における情報収集が十八番である。それと同様に国内の事件や事故と言った案件の情報収集に特化した部署があるのだが、彼等があれ程の騒ぎを起こした学生を見失うのは珍しいことだった。余程のことが無い限り素人相手にヘマをするような半端な仕事はしないからこそ、その結果にとある可能性を思い浮かべた。

 彼女が逃走経路の尻尾を掴ませなかったと言う事は、彼女の共犯者またはバックに付いている何者かは相当裏工作が得意ということになる。

 

「思わないところで獲物が掛かったか?」

 

「かもね。でも、逃走した少女の情報は直ぐに見つかったよ。街中の防犯カメラに映っていたから簡単だった。残念なことに第一高校の生徒であることは間違いないよ」

 

 すると端末に調査内容が送られたらしく、端末からその通知が鳴った。

 

「彼女への対処は君に任せて構わないかい?」

 

「学内に関しては俺が適任だからな。何か分かったらまた連絡する」

 

「うん、面白くなることを期待してるよ」

 

「期待すんな」

 

 通話を切った禅十郎は直ぐに暴走スクーターに乗っていた少女の情報を目にする。

 

(おいおい、マジかよ……)

 

 その少女の名前を見て禅十郎は一気にやる気が削がれ、肩が重くなった。

 

(あー、何でこうなるかねぇ)

 

 心の中で愚痴を呟きながらも、その少女についての調査結果を読み続けた。

 ここしばらく明らかに学生が行くはずのない場所に赴いた形跡があり、詳細は分からないが、何者かから物資を渡されているらしい。それが真っ当な物であるはずがないのは明白であり、近日中に事を起こす可能性は大だと資料にも予想が記載されていた。

 しかし、向こうの考察がなくとも禅十郎はその少女の名前を目にして近日中に動くことは間違いないと思った。

 その最たる理由は彼女が……。

 

「ん?」

 

 少々考え事をしている所為で近くで騒ぎが起きていることに禅十郎は今になって気づいた。

 現場は目視で確認できる距離であり、その場には五人の生徒がいた。そのうち四人は良く知った同級生と先輩であった。上級生は二年生の壬生と桐原、同級生は友人のレオとエリカだった。桐原は膝をついて動けなくなっており、壬生は彼を支えて心配そうな顔をしていた。その一方で、エリカは平然としており、レオは苦い顔を浮かべている。

 そして、五人のうち、最後の一人は地面に転がっていた。

 現状を見た禅十郎は自己加速術式を発動して彼等の元に駆け寄る。

 

「エリカ、レオ、何があった?」

 

「あー、なんて説明したらいいんだ? その子がハッキングツールを使って何かしようとしていたのは分かるんだが……」

 

 レオが地面に倒れている少女に目を向けてバツの悪い顔をする。

 その人物の顔を一瞥すると禅十郎は内心溜息をつきたくなった。

 

(早速、動いたか。平河千秋……)

 

 そこには先日暴走スクーターに乗っていた少女、平河千秋が気絶していた。

 禅十郎はこの時、基哉に恨み言を言ってやりたい気分だった。恐らく彼はこうなることを分かっていて“あんなこと”を言ったのだ。

 

―――――面白くなることを期待しているよ。

 

(あいつ、絶対後でぶん殴って住所もばらす!)

 

 何故なら九校戦時に助けられなかった選手のCADを担当していた平河小春が彼女の姉なのだ。

 

「で、どういう流れで彼女が気絶しているのか、説明してくれるか?」

 

 だが、まずはこの事態を治めることが最優先だと禅十郎は頭を切り替えて、さっそく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 千秋を保健室に運んだ後、騒ぎを聞きつけた花音が詳しい状況を四人から聞いていた。なお、その場には禅十郎も残っていた。

 大体の状況を把握した花音は溜息をついた。

 

「アンタ達、やり過ぎよ……」

 

 やり過ぎと花音に言われるのは不本意だが、今回は千秋が頭を打って気絶してしまっている為に、桐原も壬生も反論できずにいた。

 

「そうですか? 非合法ツールを使って何かをしようとしていたなら、身柄を取り押さえられても文句は言えないかと。まぁ、取り押さえる過程で相手の頭を強く打ち付けたのはやり過ぎだと思いますが……」

 

 一方で禅十郎は同じ風紀委員として二人の行動を擁護しつつ、レオに視線を向けると、当の本人は視線をそらして知らん顔をしていた。

 

「彼女、違反行為も校則も破っていないでしょ」

 

「ですが、彼女はハッキングツール、神経ガス、加えて隠し武器を持ち歩いていました。それらを持っている時点で彼女には産学スパイの疑いを掛けられてもおかしくはありません」

 

 同じ学校の生徒を疑うことに躊躇いがない禅十郎に花音は啞然とした。桐原達も同様であり、禅十郎の発言に目を丸くする。

 

「あなた、本気で言ってるの?」

 

「これまでも学生を煽って学内で活動してきた産学スパイがいます。奴等は最先端の技術を手に入れる為ならば手段を選ばない。そんな輩に邪魔されずに万全の状態でコンペに臨めるように最善を尽くす、それが我々の役目だと認識していますが……」

 

 何か間違っていますかと禅十郎は首を傾げた。

 花音は彼の主張が間違っていないことと自分にも関連している為に反論することが出来なかった。今回のコンペには自分の婚約者である五十里が関わっており、彼のことを考えれば最善を尽くそうとしている彼の行動と思想は間違っていないのだ。

 しかし、花音はあまりにも禅十郎の態度が普段と違っているのが不可解だった。

 まだ風紀委員になって日が浅いのもあるかもしれないが、彼がこれほどまでに冷ややかな態度を取ったところを見たことが無い。

 花音から見た禅十郎は、勝負ごとに熱く、何事にも全力で取り組む非常識な後輩というイメージだ。だというのに今の彼からはそんな熱血漢すら抱くことが出来ない。悪行を絶対に許さない冷血漢とまでは行かないが、明らかに別人に見えてしまう。

 何故、そんな態度を取っているのか分からないが、このまま黙っているわけにもいかない為、花音は一度このことを考えることは止めることにした。

 

「あなたの言い分は分かったわ。でも、だからと言って怪我をさせていい事にはならないでしょう」

 

「ええ、あくまでも疑いがあるだけですから。という訳でレオ、怪我をさせずに相手を拘束できるようにうちの道場に……」

 

「いや、そんな理由で行かねぇよ!? と言うか、今勧誘する状況じゃねぇよな!」

 

 禅十郎の所為でややギスギスしていた空気が今度は彼が起こしたこの一幕で一気に霧散した。

 あまりのことに壬生は口をぽかんとして、桐原は笑いをこらえるのに必死になり、エリカは呆れて溜息をついていた。

 

「ちっ……」

 

 聞こえるように舌打ちをする禅十郎にレオは愕然とした。

 

「いや、あからさまな舌打ちするなよ!」

 

「うっせぇ、お前には才能があるんだ。我流も悪くねぇが、たまには道場で持ってるものを磨いてみようぜ。絶対、お前の為になるからさ」

 

「大人も裸足で逃げたくなる道場に行きたい訳ねぇだろ!」

 

「大丈夫だ、俺が全力で手加減してやるから」

 

「全力で手加減ってなんだよ! やっぱりハードモードじゃねぇか」

 

「アンタ達いい加減にしなさい!」

 

 漫才をしている二人に花音がとうとう我慢の限界に達して大声を上げた。

 

「皆さん、ここは保健室ですからお静かに」

 

 ここでついに保健室の先生である安宿怜美が注意した。

 自分まで注意されたことに千代田は苛立ちを募らせ、最終的に禅十郎の耳を引っ張ることにした。

 

「イデデデデッ! 俺に当たらないでください!」

 

「とにかく、今回は厳重注意としておきます。後は風紀委員が対応しますので。安宿先生、彼女が目を覚ましたらご連絡をいただけますか」

 

「良いわよ。あっ、でも、この子に逃げられても文句は言わないでね」

 

 笑みを浮かべながらそう口にする安宿に花音は笑みを浮かべた。

 

「先生が怪我人を逃がすはずがないじゃないですか。さ、行くわよ」

 

「先輩、何時まで俺の耳引っ張るつもりで、あだだだだだっ!!」

 

 悲鳴を上げながら部屋を後にする禅十郎と花音。

 桐原と壬生も彼等の後を追うように保健室を後にし、取り残されたレオとエリカもその後を追うように部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、耳いてぇ……」

 

 花音に引っ張られた耳を抑えつつ、禅十郎は実験の様子を眺めていた。先程の件もあり、しばらくは実験装置付近を監視することに変えたのである。

 因みに花音は五十里の護衛である為に禅十郎と共に校庭に戻っており、エリカとレオは達也に軽く挨拶をして帰っていった。

 

「禅君、大丈夫ですか?」

 

「あー、深雪ちゃんの優しさが身に染みるわぁ。俺って割と女性にぞんざいに扱われるんだよなぁ」

 

 少々心配をしている深雪の優しさに禅十郎は涙を流しそうになった。

 

「いやぁ、マジでヤバかったわ。千代田先輩、姐さんより容赦ねぇわ」

 

「ははは、花音はあんまり手加減をしないからね」

 

 二人の話を聞いていた五十里がクスクスと笑い、花音はぷっくりと頬を膨らませた。

 

「啓、酷いよ! 大体、篝君が時と場所を選ばずに変な話題を出したのが悪いのに!」

 

「だからって人の耳を千切れそうになるほど引っ張る人がいますか」

 

「だって摩利さんから雑に扱っていいって言われたし」

 

 そんなことを言う花音に禅十郎は溜息をついて五十里にジト目を向けた。

 

「……ちょっと旦那さん、奥さんどうにかしてくださいよ。俺の体がズタボロになるんで」

 

 突然の禅十郎の一言に意表を突かれた五十里が吹きかけた。

 

「ちょ……篝君、それは」

 

 顔を赤くして動揺している五十里の反応に禅十郎はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「許嫁ってことは遅かれ早かれそうなるんですから別に良いんじゃないですか」

 

「いや、だからって……。確かに僕と花音は許嫁同士だけど、まだそう呼ばれる間柄にはなっていないというか……」

 

 根が真面目である五十里はあたふたとしながら弁明する。

 因みに花音は禅十郎の一言に激怒するどころか、それがスイッチとなって五十里と婚約した未来を妄想して顔を赤くして妄想にふけっていた。

 

「真面目ですねぇ、先輩は。まぁ、そう言う所が先輩の美徳ですからね」

 

 そんな話をしていると、ふと不審な視線があると禅十郎は察知した。あまりにも分かりやすかった為に、直ぐに誰が自分にそんな視線を向けているのか判明した。風紀委員である三年の関本勲である。

 禅十郎と目が合うと、関本は慌てて何事もなかったかのように視線をそらした。

 

(なんだ?)

 

 しかし、禅十郎は何故彼がそんな態度を見せたのか分からず、首を傾げるだけだった。

 すると花音の端末に着信が入り、妄想して暴走しかけていた彼女が我に返った。

 どうやら平河千秋が目を覚ましたようだ。

 

「じゃあ、篝君、よろしく」

 

 さも当然のように禅十郎に丸投げる花音に禅十郎は眉間に皺を寄せる。

 

「いやいや丸投げしないで一緒に来てください」

 

「えー、でも私には啓の護衛が……」

 

「書類仕事、俺等に丸投げしてるんですからこれくらいは委員長として把握してください」

 

 その言葉に花音はバツが悪そうな顔をする。

 

「うぐ……痛いところ突くわね」

 

 花音が重要書類を間違って捨ててしまってからは書類関係の取り扱いは禅十郎と達也が行うようになった。勿論、彼女には委員長としての役目を果たしてもらう為に最低限の仕事はさせているのだが、隙を見てこちらに仕事を回そうとしているのである。

 

「花音、僕も一緒に行ってあげるから。司波君、少しだけ席を外すね」

 

「ええ、大丈夫です。それほど切羽詰まっているわけではありませんので」

 

 コンペまで時間がないのだが、現状それほど手が足りていないわけではないので短時間であれば彼が席を外しても問題にはならないだろうと達也は判断した。

 

「じゃ、先輩借りてくわ」

 

 そう言って禅十郎達は保健室へと向かっていった。

 この時、花音が駆け足で保健室に向かったために慌てた五十里がうっかり端末の電源を切り忘れて置いていってしまった。そんな彼の端末を狙っていたかのような視線があったことにここにいるほとんどの者が気付くことはなかった。




如何でしたか?

今回はそれほど進んでいませんが、今年中にあと二話くらいは更新出来たら良いなと思っています。

リアルで時間がなかなか取れませんが、少しずつ進めていきたいと思います。

では今回はこれにて。

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