魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

78 / 86
はいどうも。

今年初の更新となります!

と言っても一月も後半に入りましたが、まだまだ寒いです。

2020/10/26:文章を修正しました。


九重寺にて

 平河千秋が論文コンペの妨害未遂のあった次の日の夜、禅十郎は結社に立ち寄っていた。

 今回は社長である隆禅からの呼び出しである。しかし呼ばれた理由は不明であった。

 

「よう、親父、説教受けに来てやったぞ」

 

「そんなことで態々ここに呼ぶことはせん」

 

 社長室に入り、そんな軽口を叩く禅十郎に隆禅は呆れていた。

 

「それ以外に呼ばれる理由が思いつかねぇ」

 

 しかし、隆禅が禅十郎を社長室にまで呼んだことは僅かであり、その殆どが説教である為に彼がそう思うのも仕方がないのである。

 隆禅は今後の予定が立て込んでいる為、さっそく要件に入った。

 

「今回の数々の事件の裏にいる者達が判明した」

 

 それを聞いた禅十郎はすぐさま意識を切り替えて、態度を改める。

 

「大亜連合の工作員か?」

 

 禅十郎の推測に隆禅は驚くこともなく頷いた。

 

「そのリーダーは大亜連合軍特殊工作部隊隊長、陳祥山(チェンシャンシェン)だ。名前くらいは聞いたことがあるはずだろう」

 

 確かにそんな名前を聞いたことがあるなと、禅十郎の記憶の中でぼんやりと思い出した。

 特殊工作部隊となれば、これまで相手にしてきた国外のごろつき共とはわけが違う。実力は折り紙付きであり、警察の包囲網を掻い潜りつつ尻尾を掴ませないのも納得である。

 

「じゃあ、本件は笠崎のおっさんの所で取り扱うってことか?」

 

 国外のテロリストや犯罪組織を取り扱うのは笠崎の部署であり、国内を担当する禅十郎達の部署では取り扱うことはない。

 

「ああ。だが今回はお前達にも動いてもらう」

 

 どうやら今回は特例らしいが、国内案件を中心に取り扱う自分達が動く理由を推測するのは簡単だった。

 

「第一高校の生徒の中に奴等の息の掛かった人物がいないか探れってか?」

 

「そうだ」

 

 海外組織対策に特化している部署よりも国内に情報網のある部署を動かした方が効率が良く、今回の件に関しては禅十郎が最も有力だと判断した為に合同で動くことになったのである。

 

「先日の平河千秋と言う少女の犯行は明らかに杜撰だった」

 

「あんなの自分は怪しい人ですよって言ってるもんだしな」

 

 隆禅は禅十郎から上がった報告書を読んで、明らかに彼女の行動がおかしいと断定した。本来ならもっと慎重に動くべきだというのにパスワードブレーカーを第三者にも見えるように出していた。犯罪者と手を組んでいた壬生紗耶香の方がもう少しましなことをしているのだから、彼が疑念を抱くのは当然のことだった。

 

「あいつはただの目晦まし要員……つまり囮か」

 

「その可能性が高い。今後の行動は指令書に全て記載してある。本件の情報は互いに共有せよ。大亜連合の情報に関する連絡は初ヶ谷と中心に連絡を取りつつ、十分に注意して事に当たれ」

 

「了解、了解」

 

 今後の方針が決まり部屋を出ようとすると、次の予定が差し迫っているらしく、隆禅も禅十郎と共に社長室を出た。

 社長室の扉の前で別れようと思った矢先、隆禅は何かを思い出したような顔を浮かべた。

 

「これは不確定情報だが、工作部隊の中に“人喰い虎”がいるらしい」

 

 その情報に禅十郎は目を丸くし、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そいつはまた最こ……いや厄介だな」

 

『人喰い虎』の異名を持つ呂剛虎(ルゥガンフゥ)は陳祥山より良く知っている。対人接近戦等で世界の十指に入ると称され、『千葉の麒麟児』と名高い千葉修次に並ぶ実力者だ。

 

「兄貴でも呼ぶか? それとも石動のおっさんがやるか」

 

 本当は自分が戦いたいと思う気持ちもあるのだが、仕事を遂行する為ならば断念することも視野に入れている発言である。本当に遺憾だが、仕方がない。

 闘争心剥き出しの三男坊に隆禅は内心呆れた。一体誰に似たのだろうかと思ったが、身内が揃って好戦的な性格の為、アレは篝の血だろうと諦めることにした。

 

「それは好きにしろ。だが、石動は平河千秋の監視に回しているそうだ」

 

「えー、笠崎のおっさん何考えてんだよ。あの人が監視とかできるわけないじゃん。一か所に留まるのが苦手なのに……」

 

「奴は人の扱いに長けている。下手なことはしないだろう」

 

「だと良いがなぁ……」

 

「これ以上のことは気にするな。お前は自身に課せられた仕事を熟せ」

 

「はいよ」

 

 言うべきことを伝えた隆禅はその場から立ち去り、禅十郎も特に予定がない為、家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日、禅十郎は九重寺に来ていた。

 長い階段を上り、門を潜ると視界の端から九重寺の門人が複数人迫ってきた。

 

「相変らず熱烈な歓迎だな、九重のおっさん」

 

 そう軽口を叩きながら、禅十郎は迫りくる門人一人一人に対し、急所を外しつつも重い一撃を喰らわせて昏倒させる。

 

「アレー? なんかアホみたいに人がいるんだけど、もしかして全員相手しろと?」

 

 八雲に体術の相手をしてもらいたいと思って来たのだが、どうやら本人は不在らしく、門人が三十人以上で出迎えている。そんな疑問を口にしながら禅十郎は大人数の門人を捌いていた。

 疑問を呟いた直後、一人の門徒が肉薄し、彼の掌底が禅十郎の頬をかすめる。

 

「申し訳ないが、先客が来ている為、我等で出迎えるようにとのことだ」

 

 動きからして門人の中でも熟練者である一人が禅十郎と手合わせをしつつ、彼の問いに答える。

 

「本当は『人喰い虎』とやり合うのを見越しておっさんとやりたかったんだが……」

 

「この人数ではご不満か?」

 

 蹴りか拳一発で伸びている門徒とは違い、何度も禅十郎と拳を交えている目の前の人物がそう問いかける。

 

「……もしかして九重のおっさん、それ見越してこの人数寄越した?」

 

 禅十郎の言葉に、男は肯定とも否定とも見れる笑みを浮かべる。

 

「さて、我々でもかの御仁の腹の底は分からん。だが、異なる流派との手合わせは我々にとって良き修行となるのは間違いなかろう」

 

 何処で仕入れた情報かは知らないが、ここまで御膳立てしてくれているのだから、それに乗るのが礼儀だと禅十郎は満面の笑みを浮かべる。

 

「成程ね。じゃあ、遠慮なくやろうじゃねぇか!!」

 

 背後から迫りくる相手を投げ飛ばして、禅十郎は周りに左手で向かってこいと挑発する。

 

「さぁ、かかってこいやっ!!」

 

 彼の啖呵を皮切りに待機していた門人が一斉に襲い掛かり、九重寺は珍しく活気に満ち溢れた総掛かりが行われた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、流石に疲れたー」

 

 一通りの鍛錬を終えた禅十郎は門人の一人から八雲は庫裏で待っていると言われて、その場に足を運んだ。

 庫裏の縁側が見えてくるとそこには八雲がおり、隣には達也と深雪も座っていた。

 

「やぁやぁ、随分と賑やかだったようだけど、僕の弟子達には満足してもらえたかな?」

 

「うーん、初級平均二十九点、中級平均六十三点、上級平均八十八点ですかね? 最大値は九十三点、最小値は五点ってところです」

 

 満面の笑みでそう答えると八雲は軽快に笑った。

 

「これでも結構厳しく稽古してるつもりなんだけどねぇ」

 

「いやぁ、いろんな人とやれて結構楽しかったですよ。家の道場の技と違うんで結構手強かったですし」

 

 禅十郎が楽しいと答えてる時点で余裕のある稽古だったという証拠になるのだが、当の本人はそれに気付いていないようだ。

 そんな禅十郎の態度に達也は呆れ、深雪は苦笑を浮かべていた。

 八雲の中級以上の門人の総当たりは達也も良くやることだが、禅十郎の稽古はそれを余裕で超える難易度なのである。それを楽しかったの一言で片付けられる禅十郎を相手にして体術だけなら大抵の人には勝てるのではないかと達也は呆れていた。

 

(楽しい、か……。まぁ、こいつのやることだし今更か)

 

(あの人数を相手に楽しかったの一言で片付けるのは少々……いえ、今更ですね)

 

 ここに来る前に門徒の人数を見て唖然としたが、禅十郎には常識と言う概念がなく何でもありなのだと、深く考えるのを諦めることにした兄妹であった。

 

「本当はおっさんに相手してもらいたかったんですけどね」

 

「僕一人じゃあ、体がもたないねよ」

 

「魔法ありの試合で兄貴に勝った人が何言ってんですか?」

 

「偶々だよ、偶々。それに一回しかやってないし、次は分からないかもよ?」

 

 そんなわけないと禅十郎は苦笑を浮かべる。今の自分でも数回膝を付けさせれば良い所だろうと分析しており、彼を超えるには少々先の事だと思っていた。

 時間も差し迫っているので本題に入る為にこれ以上追及しないことにした。

 禅十郎がここに来たのは大亜連合の特殊部隊が達也を狙った理由を確認する為だった。達也の父親と再婚した女性、司波小百合が先日情報を抹消された都内での襲撃事件の被害者であるのは彼女の行動を調査して明らかとなっている。

 調査した別の部署の担当が言うには彼女は明らかに荒事のに慣れていない一般市民であり、こんな人を調べて一体どうするんですかと首を傾げられてしまったほどだった。

 彼女の経歴を見る限り、襲撃した理由が拉致の可能性は無きにしも非ずだ。しかし、かなりの人数を送り込んでおきながら、国を相手取るほどのリスクを負う価値は残念ながら彼女にはない。ならば彼女が大亜連合の特殊部隊が欲しがる代物を持っているのだと推察するのだが妥当だった。

 彼女の周りにはその日以降荒事が発生しておらず、大亜連合が狙っている代物は達也が持っていると睨んで、その確認に来たのである。

 

「ふむ……、それじゃあ役者も揃ったところで本題に入ろう。達也君、随分と珍しい物を手に入れたようだね」

 

 達也はそれが小百合から譲り受けた八尺瓊勾玉を指しているのだと確認することはしなかった。

 

「預かり物ですが」

 

 八雲を相手に白を切ることは出来ないのは散々思い知らせれている為、あっさりと認めることにした。その上、禅十郎がここにいるのもそれに関することであるのだとすぐに推察できた。

 

「だったら、なるだけ早く返した方が良い。少なくとも然るべき所に移すべきだ」

 

 八雲が注意を促すとは達也も予想していたが、彼の想定以上に八雲が真剣であることに驚きを隠せなかった。

 一方で禅十郎は予測が当たっていたことが判明したと確信しつつ、それが八雲が真剣に注意を促す代物であるのだと分かり、それが何なのか俄然興味がわいてきた。

 

「狙われているとは気付きませんでした」

 

「慎重に立ち回っているからね。それに中々の手練れだ」

 

「何者か……と訊いても無駄なのでしょうね」

 

 達也はちらりと禅十郎を見ると、当の本人は肩をすくめるだけで何も言わなかった。

 それを見た八雲はクスクスと笑みを浮かべた。

 

「全体像までの情報を手に入れるとすればかなりの額になるだろうね。まぁ、まったくの無駄という訳じゃないけど」

 

 思わせぶりな言い方をする八雲だったが、達也は積極的に食いつこうとはしなかった。

 

「ふむ、そうだね……」

 

 そんな達也に焦れたのか、八雲は禅十郎を一瞥していやらしい笑みを浮かべた。

 

「敵を前にしたら、方位を見失わないように気を付けるんだよ」

 

 僅かに禅十郎の指がピクリと動いたが、達也と深雪には見えていなかった。

 それ以上の情報は高くつくよと八雲がいやらしい笑みを浮かべると、達也は情報収集を止めることにした。

 庫裏から出る途中、達也は禅十郎にすれ違う。

 

「達也、俺からの忠告は高級品を持ち歩くならその価値を充分に理解してから身につけろってところだな」

 

「あの人がそう簡単に俺の言葉を受け入れてはくれないと思うが」

 

「なーに、困ったら親父から当主に言ってもらうさ。『もう少し身内の腕を把握しろ。また拳骨を喰らいたいのか』ってな」

 

 それを聞いた達也は目を瞬かせる。深雪も驚きのあまり手を口元にあてていた。

 禅十郎の父親については二人は大雑把にしか知らず、まさか十師族の当主を相手に物理的に制裁を与えるほどのことが出来る傑物だとは思わなかった。

 

「お前の父親は本当に何者なんだ?」

 

「結社の社長で元教師だよ。ここ十数年内に就任していた十師族の当主達なら親父の怖さを嫌って程知ってると思うぜ。時々烈じ……九島閣下の講義の手伝いもしてたし。因みに現当主の何人かは学生時代の担当教師が親父だったこともあってな。当時はちょっとぐらいなら鉄拳制裁も許容されてたそうだ」

 

 それを聞いて、達也は当時学生だった大人達がどんな学生生活を送っていたのか一部だけ把握出来てしまった。

 

「……成程、恩師には逆らえないということか」

 

「ま、そういうことだ」

 

 役に立つかどうかわからない情報を得た達也はそのまま寺を後にした。

 残った禅十郎は達也達がいた縁側ではなく、八雲と一緒に庫裏の中まで入った。

 外界と遮断するかのように完全に戸締りして八雲と向かい合うように座った。

 達也の時とは異なり、この話は他言無用で話し合う必要がある為の八雲なりの配慮であった。

 

「今回の君達が相手取ろうとしている組織に彼が接触した可能性があるようだ」

 

「情報提供感謝します」

 

 禅十郎は深々と頭を下げた。

 八雲とはある情報において互いに共有する対等な関係を取っており、高校に入学してからは禅十郎が対談の責任者となっていた。

 

「僕は一応世捨て人のつもりなんだけど、すでに報酬は貰ってるからね。それ相応の働きをするのは当然だよ」

 

 成程と禅十郎は相槌を打ち、話を続けた。

 

「一週間ほど前に奴が調整していたと思われる魔法師の一人が研究施設から消息を絶っています。恐らく……」

 

 八雲はゆっくりと頷いた。

 

「他国の不穏な輩と共闘する可能性があるのは間違いないだろうね。十中八九狙いは君だろう。彼の実験の中で唯一の成功例だ。達也君と違って君は自由に使える優秀な仲間が多いから余程相性の悪い相手じゃない限り拉致の心配はないだろう。だけど注意しておくことだね。知っての通り彼は執念深い」

 

「承知しております。春の一件では私も痛い目を見ましたので」

 

 実際に相性最悪の敵にしてやられたことがあり、軽い口調の八雲とは正反対にその忠告を禅十郎は真摯に受け止めた。

 

「彼の思想である魔法師を進化した人間だという魔法師絶対主義。他者の思想にとやかく言う気はないが、程度の違いはあれ彼の支持者は表にも裏にも存在する。数は少ないが厄介だ。何せ魔法師が少ない上に国益を損なわないどころか利益を出している以上、彼等の存在は黙認せざるを得ない」

 

 魔法師絶対主義。人間主義者とは相対して、魔法師は人類が進化した存在だという思想である。この思想を掲げる組織は存在するが、その存在はそれほど知られていない。

 数が少ないというのもあるが、彼等はブランシュの様に表立って行動するよりも裏工作などで魔法師の有意性を主張しているからだ。その上、現代において魔法という力が政府や軍から求められており、彼等はその意に沿った上で行動するためにテロという強硬手段に走る必要がない。

 現状では非魔法師が絶対的に多い中で大々的に行動するのは愚策と理解しており、じわりじわりと魔法師や魔法を支持する者達を確実に取り込んで浸透しているのである。

 現に九校戦で禅十郎と相対した坂田泰時もとい五反田泰時と彼の親族も魔法師絶対主義を掲げていた。

 

「過剰な思想はどちらも危険ですが、実害がない以上公安も迂闊に手を出せないのが現状です。寧ろ、腹の底で彼等の主張を支持する魔法師がいないとも限りません」

 

「社会において少数の異物は迫害されやすい。その被害を被ったのであれば彼等の思想に共感するのも理解できる。現に君が初めて解決した事件もその迫害が原因だったからね」

 

 八雲は当時のことを思い出してニヤリと笑い、禅十郎は苦い顔を浮かべた。

 

「あの時は俺も視野が狭かったですから」

 

「幼少の頃から君は加減というモノを学ぼうとしなかったからね。そんな君が今では僕と仕事の話をするとは……いやはや人の成長とは面白いものだよ」

 

「お恥ずかしい限りです」

 

「加減と言えば、今年の春は色々と面白いことをしてたようだね。一人で店の一か月分の売り上げを平らげるってどうやったらできるんだい?」

 

 何処でそんな情報を得たのやら、八雲の質問に禅十郎は苦い記憶を思い出させられたことへの仕返しと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「試してみますか?」

 

 その返しに八雲はクククと笑って首を横に振った

 

「流石に遠慮しておくよ。僕の所じゃ、一か月の食費どころじゃすまないからね」

 

 最後はそんな雑談をして禅十郎は寺を後にした。




如何でしたか?

今回はほぼ九重寺の話です。

今年ものんびりと更新していきますのでよろしくお願いします。

では今回はこれにて!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。