魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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お久しぶりです。
半年ぶりに戻ってまいりました!!
リアルが多忙であるのと横浜騒乱編の前話まで加筆修正してたので、更新が遅くなりました。

[加筆修正について]
文章構成を一新し、ストーリーの流れは変えずに内容を色々加えたり変更しています。
正確には数えていませんが、恐らく二万字以上は追加しているので時間があれば呼んでみてください。
※なお、夏休み編は更新していません。今後余裕があればやっていきます。


結社のナンバー2

「あー、まだいてぇ……」

 

 こめかみを抑えつつ禅十郎は第二体育館、通称『闘技場』へと足を運んでいた。

 警備隊の格闘訓練に参加する為に軽くシャワーを浴びて砂埃を落とし、今度は道着に着替えていた。

 闘技場に辿り着くと、警備隊の生徒が熱心に訓練していた。

 

「おうおう、やってるやってる」

 

 訓練している生徒の殆どが二年生であるが、知っている一年生も数名混ざっていた。志願しただけあってやる気に満ちている者達ばかりであり、こういった闘志に満ちた空間にさらされるのは心地が良かった。

 

「おお、来たか、禅君」

 

 タオルで汗を拭いていた沢木が扉の脇に立っていた。

 

「沢木さん、遅れましたー」

 

「気にしないでくれたまえ。それより渡辺先輩から聞いたぞ! 十文字先輩に一戦勝ったとは凄いじゃないか!!」

 

 沢木の声はかなり通るらしく、辺りにいた学生が練習の手を止めて、目を丸くする。

 

「あの十文字先輩相手に勝っただと……?」

 

「あの一年が?」

 

「大方十対一の時だろう」

 

「いやいや、彼は特別枠で十文字先輩とサシでやったそうだ。しかも警備隊には先輩が直々に勧誘したって話だぜ」

 

「流石、師範代。次元が違う」

 

 徐々にどよめきが広がり、闘技場内は練習どころの話ではなくなっていた。

 

「……済まない。私の不注意だった」

 

 流石に興奮しすぎたようで、沢木は申し訳なさそうな顔をする。

 

「いやぁ、しゃあないと思いますよ。俺だって門下生が兄貴に勝ったら練習の手を止めますよ。ま、ありえないですけどね」

 

「篝の『武人』か……。かの御仁とは一度手合わせしてみたいものだな」

 

 禅十郎の兄である宗士郎は近接格闘の魔法師にとって名の知れた強者であり、沢木も当然彼の存在を耳にしている。実力もさることながら、嘗て行った道場破りの一件で彼の名は日本各地の道場から知れ渡ることになる。その他にも数々の功績を上げた彼は近接戦を嗜む者達から超えるべき頂の一人と見なされている。故に向上心の強い沢木にとっても是非とも戦ってみたい相手なのだ。

 

「やりますか? 時折軍とか警察の格闘訓練の指導に呼ばれてこっちに来ることも少なくないみたいですし、時間の都合が良ければ場を設けますよ」

 

「本当か!」

 

 先程の反省は何処に行ったのやら、声を大にして目を輝かせる沢木に禅十郎は苦笑する。

 

「……兄貴の予定が優先されますけど、それで良いなら」

 

「勿論だとも! 日本でも指折りの達人と手合わせできるならいくらでも時間を空けようじゃないか!」

 

 禅十郎からしてみればそこまでするかと思うほどの沢木のやる気に内心驚いていた。

 

「分かりました。連絡しておきますね」

 

「うむ、よろしく頼む!」

 

 そうして遠くない未来、沢木は何故か九州の道場で宗士郎と手合わせをすることになり、道場がらみで面倒ごとに巻き込まれてしまうのだが、今の二人はそんな未来を知るはずがなかった。

 話が終わった禅十郎は沢木と共に格闘訓練に混ざろうとすると、ほぼ同じタイミングで幹比古が先程の訓練参加へのお礼をしに来た。訓練相手として頼まれた側なのに色々と学ばせてもらったことに感謝しているとのことだ。態々礼をしに来るとは律儀な奴だなと禅十郎は感心した。

 軽く挨拶してすぐさま訓練の輪に混ざろうとすると、同じタイミングでお弁当の差し入れ部隊がやってきた。

 差し入れ部隊の女子生徒達が横を通り過ぎ、その集団の中に知っている少女がいた。

 

「よっ」

 

「……どうも」

 

 少々間があったが、軽く会釈する美月に禅十郎は怪訝な顔を浮かべる。

 ふともう一人彼女と顔見知りがいたはずだと思いそちらに目を向けると、ややショックを受けた顔をしている幹比古がいた。

 何故そんなことになっているのか分からないまま、禅十郎は沢木を含めた先輩達の輪に混ざって差し入れをいただいた。克人と全力で戦い、ここから盛大な訓練が待っているので丁度、タイミングが良かったと言える。

 幹比古は何処にいるのかと視線を動かすと、流石に先輩方の輪に入りずらかったのか端の方に正座して待機していた。

 そんな彼に美月が弁当を渡して大袈裟に照れているのが目に入った。先程の態度から一変して幹比古は少しだけ嬉しそうな顔をしている。

 

(ほほーう)

 

 そんな二人を目にしてなんともいやらしい笑みを浮かべる禅十郎に同調する先輩は多くいた。(なお女子生徒が多い)

 随分と初々しい恋人カップルに見える同級生二人が今回の肴にされるようだ。

 本当は話したいけど、何を話題として良いのか分からず、互いに無言のまま黙々と食べている姿を見てニヤニヤが止まらなかった。その上、美月が幹比古にお茶を注ぎ足す際に互いの手が触れて、とっさに驚いた声を上げつつ手を離すというお約束の展開があった時には声を大にして笑いたくなった。

 初々しさ溢れる二人のやり取りを温かい目で眺めつつ、禅十郎と先輩達は少しずつ弁当を口にしていく。

 さすがの美月も自分達の周りの視線に気付いたようで、居心地の悪さに耐え切れず立ち上がろうとする。だが、現代において長時間正座することはなくなっており、武芸や習い事をしている者でない限り正座と無縁の生活を送っている。その大多数である美月も正座に慣れておらず、足が痺れて思わず縺れさせてしまう。

 倒れそうになる美月を幹比古は咄嗟に受け止める。

 その瞬間を禅十郎は目の当たりにしていた。

 

(あーらま、アレって本当に起こるんだ)

 

 彼の視線の先にはフィクション作品で時折見かける、男性主人公とヒロインが不慮の事故で発生するイベント、すなわちラッキースケベが起こった。同年代の中ではかなりボリュームのある美月の胸を幹比古は知らぬ間に掴んでいた。しかも少しだけ感触を確かめようと指を動かして揉んでいたことを禅十郎の目は見逃さなかった。

 ここに葉知野がいれば、血涙を流して幹比古に呪詛をかけまくっていただろう。

 

―――――不慮の事故で乳揉みとか最高じゃないっすか! 何となく分かってましたけど高校一年生でありながら、あの怪しからん、ふぎゃっ!!

 

 何故か葉知野の悲痛な叫びと悲鳴が聞こえた気がする。どうせくだらないことを口走ろうとして、誰かにぶん殴られたのだろう。

 それは兎も角、その後は怒涛の展開が繰り広げられた。

 幹比古は自分が掴んでしまったものの正体に気付き、美月は自分の身に起こったことを理解して、互いに離れる。勢いあまって体制を崩した美月は四つん這いになって、幹比古にお尻を向けてしまう。それが彼女の羞恥心を加速させ、足が痺れているのを忘れて立ち上がるが、案の定、足がもつれて今度は尻もちをついた。無理な動作を何度もしたのが祟り、彼女はスカートが大きく捲れ上がり、レギンスで包まれている太腿が見えてしまう事態となった。

 それには男子生徒から思わず声が漏れてしまう。

 因みに禅十郎はラッキースケベの段階で次の展開が予測できたため、彼女に背を向けて黙々とおにぎりを食べていた。

 急いでスカートの裾を抑えるが、恥ずかしい出来事が立て続けに起こり、羞恥心が限界に達したのか顔を赤く染め上げ、涙目で体育館の外へと走り出した。

 脱兎のごとく走り去る美月を幹比古は呆然と眺めていたが、すぐさま先輩の女子生徒に追いかけるように命令され、言われるまま彼女の後を追いかけていった。

 

「さてさて、二人の関係はどうなることやら」

 

 今後の関係を楽しみにしつつ、おにぎりを頬張った。

 

「良い性格してるよ、お前」

 

 それを見た先輩の一人が苦笑を浮かべていた。

 休憩が終わると、禅十郎は格闘訓練に混ざり、全員と何度も組手をした。

 なお、その日は沢木を含めて数名を除き、参加者全員が意気消沈して帰宅する姿が見受けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日、禅十郎は結社が保有している研究施設に足を運んでいた。

 ある部屋に入ると、作業に没頭している白衣のアフロのおっさんが禅十郎を待っていた。

 

「うーす、若旦那、待ってやしたぜ。如何でしたか、そいつの調子は?」

 

「俱利伽羅剣、いや、俱利伽羅拳だったな。限定仕様でも中々良かったぜ。ファランクスは破れなかったが、大抵の魔法を突破で来た上に火傷は一切無かった」

 

 禅十郎はアタッシュケースをテーブルの上に置き、先日の試運転の感想を口にするとアフロのおっさんは満面の笑みを浮かべた。

 

「そいつは上々。夏の失敗から色々と対策を施しましたからね。坊ちゃんが全身火傷した時は流石に肝が冷えましたよ。清史郎のあんちゃんが問題無いって送った術式、まさかの途中までしか修正してなかったなんて思いもしやせんでしたぜ」

 

「絶対態とだろうな。あいつの所為で丸一日明日香が泣きじゃくって大変だったわ」

 

 そうなったのは今年の夏休みにて禅十郎は本家で魔法実験を行った時に発生した事故によるものだ。専用のCADと術式の用意が出来たのだが、清史郎が術式に敢えて不備を残していた為に禅十郎は試験中に全身を火傷してしまったのだ。

 その時には静香の妹であり、禅十郎の専属侍女である明日香がわき目も振らずに大泣きしてしまい、治療を終えて養成しているはずの禅十郎が宥めることとなった。

 なお意図的に失敗するように仕向けた当の本人は宗士郎に山奥にまで連れていかれ、崖から突き落とされたそうだ。

 清史郎は家族の中で一番魔法が得意である為に怪我をすることは無かった。それが分かっている上で宗士郎は何度も清史郎を崖から突き落としにかかり、清史郎は冗談じゃないと本家の敷地内の山の中をひたすら逃げ回った。だが、身体能力で全く勝てない為に十回以上も宗士郎は清史郎を高所から地面へと叩きつける結果に終わった。

 なお、宗士郎がそうしたのは禅十郎が怪我をしたからではない。まったく別の理由である。

 

「若大将は人を惹きつけやすいっすからね。そう言う俺も御曹司が何処まで進むのか見たいから専属になった訳ですけど」

 

 そいつは光栄だと思いつつ、先程からずっとアフロのおっさんと話していて気になったことがあった。

 

「アフロのおっさん、いい加減に俺の呼称を統一する気は無いのかよ」

 

「だったら坊ちゃんも俺を名前で呼んでくださいよ」

 

「苗字も名前も長いんだからアフロのおっさんで良いだろ」

 

「ひっでーな、若頭は」

 

 文句を言いながらもアフロのおっさんは禅十郎から渡されたアタッシュケースに収納されているグローブ型の特化型CADを専用装置につなげた。

 

「もう少し発動までの処理速度を上げておきたいな」

 

「そっちに関しては技術的に問題ないですね。と言っても若旦那の要望を満たして三式に組み込むのは不可能に近いと思ってくだせぇ。そもそも完成されているのに余剰で組み込むのは愚策でさぁ」

 

「となると四式か……」

 

 禅十郎はかなり嫌そうな顔を浮かべていた。

 その理由を知っていてもアフロのおっさんにとってはどうでも良いことだった。直ぐにでもアレを完成させたいという欲求が心の底から湧き上がっており、性能以外に関してとやかく言われても知ったことじゃないのだ。

 アフロのおっさんは部屋にあるモニターに禅十郎専用の武装の完成図を展開する。

 それを目にした禅十郎は更に嫌気がさしたような顔をしていた。

 

「性能面では三式より数割上なんで諦めてくだせぇ。ま、興味本位でしか動かないアホ共が色々組み込みまくって性能過多になっちゃいまして。再調整を含めて予定が遅れて完成まで数日かかりますわ」

 

 二人が話している三式および四式は禅十郎を含めた結社の一部の社員の為に用意された武装の名称であり、アフロのおっさんは禅十郎用の担当の第一人者なのだ。

 

「具体的に何を組み込もうとしてたんだ」

 

「飛行魔法を入れたいみたいなんすけど、欲しいですか?」

 

「友人に調整してもらったヤツならな。アレが一番しっくりくる。ただ非常時に使うぐらいだ。空中戦なら『空脚』で十分だ」

 

「合点。っつても坊ちゃんの友人って何者なんですかい? 飛行魔法なんて公表して三か月ちょいしか経ってないのにここまで個人用に術式を安定したままいじれるって正直に言ってバケモノですよ」

 

 アフロのおっさんは千景が認めるほど魔工師として十分に優秀だ。そんな彼ですら達也の事をバケモノ呼ばわりしていた。やはり彼の才能は常人を遥かに凌駕するのだと第三者の意見で実感出来る。

 

「さぁな。気になったとしても無暗に干渉しないように言っておけ。あいつの機嫌を損なうと冗談抜きで……死ぬぞ」

 

 最後の言葉だけドスの入った声であった為に、アフロのおっさんは大げさに肩をすぼめた。

 

「おうおう、若頭から本気の忠告となら気を付けないといけませんな。あ、話は変わりやすが、今更なんすけどこの術式勝手に弄って良いんすかねぇ? 古式魔法を使う奴から奪って勝手に使っちゃってますが……」

 

「……別にとやかく言われてねぇから問題はないだろ」

 

 克人との試合で使用した魔法は古式魔法である俱利伽羅剣をベースに現代魔法に転用したものだ。術者自身の魔法も無効化してしまうデメリットはあるが、結社の研究所にてこの問題は解決済みとなっている。ただやはり使い手を選ぶのは古式魔法と同じであり、相当の腕前でなければ使うことは難しい。

 だが、問題はそこではない。俱利伽羅剣に関する情報は偶然結社が手に入れただけなのだ。かつて対処した魔法師が古式魔法の使い手であり、その者から抜き取った情報の中に入っていた。その魔法自体が別に門外不出の魔法だとは聞いていない為、結社の独断で研究所送りにされ、今に至るのだ。

 僅かに沈黙していた禅十郎だったが、アフロのおっさんは気にしないことにした。どの道、俱利伽羅剣の術式は色々と手を加えており、古式魔法の使い手を捕らえた時にどこの家からも引き渡せと言われなかった。故に後から文句を言われようが知ったこっちゃない事にしておいたのである。

 

「で、四式が出来上がってないとなれば今日の予定は……」

 

「若がオーダーした武装一体型CADは全部揃えてるんで、そっちの試運転をしていってくだせぇや。スタッフに声かければすぐに用意してくれやすんで」

 

「そうさせてもらうか」

 

 新兵器を試せることに禅十郎は少々機嫌が良くなり軽やかな足取りで部屋を後にした。

 彼を見送ったアフロのおっさんはモニターを見て首を傾げた。

 

「それにしても次期社長、これの何が不満なんですかねぇ? 使えれば間違いなく結社の中でも三本の指に入れる力になれるんだがなぁ。……うーん、ま、完成させれば問題ねぇか!」

 

 そんな疑問に答えてくれる人間はここにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 結社が保有している研究施設には魔法研究だけでなく訓練スペースが十分に確保されている。

 禅十郎が部屋に入ると既に先客がいた。

 

「これはこれは御曹司殿。こんな所に何用かな?」

 

 わざとらしく恭しい態度で接してくる白を基調としたスーツを身に纏った一見人が良さそうな人相に見えて、実は凄く胡散臭そうな男を目にした禅十郎は一瞬にして機嫌が悪くなった。

 

「それはこっちの台詞だ、いつからあんた健康志向になったんだ? 白兵戦用の訓練スペースに一番似つかわしくねぇ奴のくせに。なぁ、笠崎のおやっさんよぉ」

 

 禅十郎が出合い頭でここまで嫌悪感を表している男こそ、結社の中でも最古参の一人であり、組織のナンバー2である笠崎(かさざき)正嗣(まさつぐ)であった。

 彼は海外勢力から国力を削ぐための工作員や犯罪者などへの対策と処理を中心に活動している部署のトップだ。現在のように海外から不法入国してきた集団も彼等が中心となって対応している。

 また、笠崎は多くの社員から次期社長へとなるべきだと期待されており、現在でもその問題は解決しておらず、当の本人も乗り気なのかやる気が無いのか分からない態度であった。

 

「ハハハ、これは手厳しいな。最近入った新人の実力をこの目で見たくなったのでね、少々お邪魔させてもらっているのさ」

 

 部屋をよく見ると、結社の中でも古参の魔法師と禅十郎が使えるのではないかと夏のとある一件に関わっていた女性が魔法を併用した近接格闘を行っていた。

 

「あんたの所に入ることになったのかよ」

 

「私の部署は人手がいくらあっても足りないのでね。それに彼女の要望としてもここなら色々と経験も出来るし、危険に見合う報酬もある。それに君とは少々軋轢があるようだしね。なるべく仕事で会わないようにする為の配慮だよ。ま、残念ながら無駄になってしまったけどね」

 

「そっちのスケジュールなんて俺が知るわけないだろ。大体、あの時の俺は任務中だった。他人の事情まで気にしてる余裕も調べる時間も無いし、態と負けるって選択は無いから勝った。ただそれだけだ」

 

「まったくその通りだ。彼女はただ運が悪かっただけだ。それに結果的には彼女の不運の連鎖は断ち切られた。そして君という存在に関わったことで、この世界に足を踏み込んでしまった」

 

「はっきり言えよ。俺の所為でこうなったってな」

 

 禅十郎が関わったから彼女はあの場所で敗北して深い絶望を味わった。結果的に彼女は結社に拾われた御蔭で絶望からは脱却したが、心に一度深い傷跡を残した。その上、今まで以上に血生臭い世界を知ることになってしまった。

 それを遠回しに言っているような笠崎に苛立ち、怒りを露わにする禅十郎に彼はニヒルな笑みで返した。

 

「君のせいにするのは筋違いだろう? どの道彼女は目的の金額まで勝てはしなかった。精々半分くらいが限界だろう。当時の彼女には借金を払えずに地獄を体で味わうか、裏社会の地獄に進んで入るかの二択しかなかった。どちらが良かったかなんて本人にも僕らにも分かることでは無いよ」

 

 笠崎の言う事は事実だろう。確かに彼女は戦闘技能は高かったが、本物のプロフェッショナル達から見れば脅威とは思っても勝てない相手ではない。それがと人事部からの分析結果であった。

この結果は実際にほとんどの選手とやり合った禅十郎と同じであり、間違いはない。

 

「だったらその面倒な言い回しは止めてくれねぇか? いちいち癇に障るんだよ」

 

「その程度で感情を昂っていてはまだまだだと言う事だよ。常に冷静沈着に物事を熟さなければ、やがて取り返しのつかないことに繋がる。精神面における私なりの君への稽古だよ」

 

「……よく言う」

 

 結社内で笠崎は禅十郎の事を良く思っていないと密やかに言われている。昔、出世街道の道を外れたのは親が重役でありコネで入った新人に全ての手柄を奪われたことがあったそうだ。禅十郎もその人と似た境遇にいる為、何時でも結社から追い出せるように準備をしているという噂もあるそうだ。

 禅十郎も知ってはいるが、どうでも良かった。目的を忘れていなければ何をしてようが、実害がない限り関わる気はない。今の様に出会った時に対応すればいいくらいだ。

 

「今から新型のCADの試運転するから邪魔だけはするなよ」

 

「分かっているとも。流石にあそこの二人では君の相手が務まるとは思えないからね」

 

 話は終わった禅十郎は笠崎達から離れてスタッフが持ってきた新型CADの試運転を始めた。

 残された笠崎は新人の実力を測りながら、試運転を始めている禅十郎を一瞥する。

 

(君はこれから数々の問題を相手にしてどう足掻いていくのか見物だよ)

 

 ニヤリと笑みを浮かべるが、その笑顔も彼の心情も誰にも気付かれることは無かった。




如何でしたか。
今回は達也がFLTでハッキングの対応している裏で禅十郎が何をしているかに焦点を当ててみました。
前回、禅十郎が使った魔法は俱利伽羅剣の改造版です。
この魔法を見た時から絶対禅十郎に使わせると決めていました。
勿論、原作のような腕が燃えるようなことにはなりませんが……そこは技術力でカバーしたと思ってください。

冒頭でも書きましたが、夏休み編を除く前話まで加筆修正しています。
読まなくても問題ありませんが、読んでいただけると嬉しいです。

では今回はこれにて。

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