魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。
来訪者編もあと少しで終わりになるんですよね。
原作と比べて、色々省略されてるシーンも多いですが、真由美さんのシーンはいつ見ても最高です!!
バレンタインの話とか9話で見せた顔とか、録画したのを何度も見返してます。
アニメがどんな形で終わるのか、とても楽しみです!!



二つの事件

 CADの試運転はお昼前には終わり、昼食を取った後、禅十郎は第一高校に来ていた。

 日曜日でありながら彼が学校に来ているのは先日の千秋の事もあり、警備隊を担っている生徒は極力休日も本校で学内の警備を行うことが方針で決まったからだ。

 それほどの強制力はないが、これまで産学スパイによって問題が起こっている前例とコンペ開始まで日時が迫っている為、禅十郎が学校についた時にはそれなりの学生が校内にいるのが確認できた。

 だが学校に来てみたものの、することが無さ過ぎた。

 プレゼンターの警護は必要ないし、雨が降っている為に屋内のデモ機の周囲には先輩方の見張りだけで事足りる。一年生である禅十郎は絶賛暇を持て余していた。

 

「さて、俺は何をしてようか……」

 

「篝君、丁度良い所に。一緒に来なさい」

 

 後ろから花音の声が聞こえたと思ったら、有無を言わさず襟を掴まれ引っ張られた。

 

「えっ、ちょっ、何すか?」

 

 状況がよく分からないが、抵抗することなく禅十郎は彼女と歩調を合わせた。

 

「俺、遅くなるって連絡しましたよね?」

 

「そっちじゃないわ。ロボ研のガレージで空調装置の異常警報が作動したの」

 

 花音の言葉に禅十郎は真剣な顔になった。彼女の行動の意図を理解した禅十郎は彼女に付き従うことから、横に並んで移動するようになった。それに伴って花音は禅十郎の襟から手を離した。

 学校内には事故等が起こった際に警報が作動するようになっている。ここ数か月は警報が鳴ったことは無い為、禅十郎は何か良からぬことが起こっているかもしれないと気を引き締めた。

 

「ロボ研でガスを使った実験をしているなんて聞いたこと無いですね」

 

「しかも手動で警報が届いたわ」

 

 本来、有毒ガスが発生した場合は自動で警報が作動する。一世紀近く前ならいざ知らず、現代のセキュリティシステムはかなり高性能であり、自動による作動でも十分な信頼性が出ている。そこまで技術が発展していながら作動していないのは、唯の誤作動か、システムが判断できない事態が発生しているくらいしか考えられない。

 

「……今日はロボ研で誰が作業を?」

 

「確か……司波君だったはずよ」

 

(あー、達也かぁ……)

 

 達也がいるなら何があっても問題ないんじゃないかと禅十郎は別段焦りはしなかったが、こんなことを口にすれば花音から余計に叩かれると思って口にはしなかった。

 ロボ研のガレージ前に辿り着くと花音は念の為に禅十郎を外で待機させた。

 花音と達也がいれば大抵の相手を制圧するのは容易であると思い、禅十郎はその指示を受け入れ、扉の前で傘をさして待っていた。

 花音は敢えて扉は完全に閉めなかった為、中で何が起こっているのか禅十郎は大まかに把握することが出来た。内容からするに風紀委員である三年の関本がこの騒動の主犯らしい。犯行の理由は不明だが、花音から指摘されたことに対して矛盾した言動と挙動不審な態度で自分は産学スパイだと言っているようなものだった。

 彼はスパイ活動には向いていなさそうだと場違いな感想を禅十郎は抱きつつ、周囲に共犯者がいないか探してみるが、どうやら彼一人らしい。もう少し協力者がいると思っていたが、単独犯であったとは拍子抜けだった。

 中から関本の花音を呼ぶ大声が聞こえ、禅十郎は身構えるが、その後に魔法による戦闘が起こる気配は感じられなかった。

 それから少しして後味が悪いと言いたげに暗い顔をした花音が中から出てくると室内を指さした。

 

「篝君、悪いけど関本さんを『取調室』に連行してちょうだい。あたしじゃ無理だから」

 

「了解です。……一応聞きますけど、先輩もついてきてくれますよね?」

 

「当たり前よ。それぐらいは見届けるわよ」

 

 学校の先輩、それも同じ風紀委員の人がまさか犯罪行為に及ぶとは思いもしなかった様子である。いや、可能性は考慮していただろうが、思っていた以上にショックが大きかったというのが正しいだろう。

 

「先輩、あんまり気にしない方が良いですよ。こういうことは学校だろうが社会だろうが、どんな世の中にもあったりしますから」

 

「……そうね。でも君に言われるとちょっとムカつく」

 

 後輩に、それも当校一番の問題児に気を使われたことに花音は不貞腐れ、彼女に悪態をつかれた禅十郎は笑った。

 

「先輩、酷いっすよ」

 

「これでも摩利さんの後を任されてるんだから。この程度でへこたれるほどあたしの気は弱くないわよ」

 

「はいはい、そう言う事にしておきますよ。さっさと連れて行って旦那さんの所に戻って慰め……いってっ!!」

 

 軽口を叩くと、さっさと仕事をしろと禅十郎の脛に彼女の容赦ない蹴りが襲いかかる。しかし口では痛いと言いながら禅十郎に全くダメージはなく、逆に蹴った花音の足が痛くなった。若干涙を浮かべつつ、半目が訴えてきた為、禅十郎は肩をすくませて中に入っていった。

 力仕事なら適任であるのは間違いない為、禅十郎は花音の言う通り、関本の手足を室内にあった結束バンドで拘束し、肩に担いで生徒指導室、別名『取調室』に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 午後四時より少し前、国立魔法大学付属立川病院の屋上では二人の作業着の男達が空調設備の点検をしていた。

 

「本当にここへ来るのか?」

 

 大柄な男が仕事をしながら、目の前と関係ないことを口にする。

 

「確実とは言えませんが、決して低くはないですね。少しでも情報漏洩の可能性があれば彼女を消した方が余計な心配は減ると考えてもおかしくはありませんし」

 

 大柄な男とは対称的に背はそれほど低くないものの、彼と比較すればかなり細く見える青年はそう言った。

 

「そいつは分かるが、俺は堪え性がないのは知っているだろう」

 

「相手は特殊部隊です。そんな奴等と渡り合える戦力は緊急時を除けば、僕らでもそれほど多くありません。それに他の仕事も山積みなので、あなたに任せるのが適切なんですよ」

 

「あの人の判断を疑うつもりはないが、待機するのは俺に向いていないな」

 

「それほど長くは待たないから任せたんですよ」

 

 その直後、青年のポケットからアラームが鳴った。メッセージが届いており、青年が内容を確認すると不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうやら院内の監視カメラを調べたら引っ掛かったようですよ」

 

 メッセージと共に一緒に映っている画像を青年が男に見せた。

 

「……ほう? こいつは素敵だ」

 

 大柄な男は獰猛な笑みを浮かべ、作業ケースから本来の道具を取り出し、作業着から仕事着に着替えた。黒のロングコートを身に纏い、被っていた帽子を脱いで髪を両手で掻き揚げる。

 

「さぁて、久しぶりにあの小僧以外で歯応えのある奴とやれそうだ」

 

 噴飯する男はそのまま屋上から病院内へと赴いた。

 青年が彼を見送ると病院内から警報が鳴り響くのを耳にする。

 

「おや、どうやら他にも来客がいるらしいね?」

 

 予想ではこの病院にやってくる特別なお客様は一人であった。しかし、その人物がこのような警備に引っ掛かるとは思えなかった。間違いなく想定外の介入によってこの事態が発生していると見て良いだろう。

 こちらもそれなりの人物が病院に来れば、検索に引っ掛かるようにしているはずなのに、それすらもすり抜けてきたのだと青年は確信する。

 

「おやおや、どうやら久しぶりに楽しいことになりそうだ」

 

 予想外の事が起きているにも拘わらず、青年は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 午後四時を過ぎた頃、病院内では暴力行為対策警報が鳴り響いていた。

 丁度、そこには千葉の天才剣士である千葉修次が恋人の摩利と共にいた。

 摩利はここに入院している平河千秋に尋問する為に来ており、彼はその付き添いだった。

 先程まで恋人同士の甘ったるい空気を醸し出していたが、警報によって二人の意識は切り替えられた。

 修次はメッセージボードから場所は四階であることを確認すると、自己加速術式を駆使して階段を駆け上がった。

 その先には病室の前でドアノブを引き抜いている大男がいた。

 修次にとって、その男は思いもよらぬ人物だった。

 

「『人喰い虎』……呂剛虎!?」

 

 近接魔法戦技として名の知れた千葉家の人間として、修次はこの男を知っていた。

 

幻影刀(イリュージョン・ブレード)、千葉修次」

 

 対人近接戦闘において、世界でも十指に入ると称された大亜連合の白兵戦魔法師である呂は、年が近いことからよく比較される内の一人であるこの男を知っていた。

 修次は即座に懐から一本の棒を取り出しボタンを押すと、刃渡り十五センチの短刀が棒から飛び出す。

 呂は無手の構えであったが、臨戦態勢が整っていた。

 病院内で近接戦闘の頂上決戦の火蓋が開かれるかと思われた直前、カツンと足音が鳴り響いた。騒音とはかけ離れた静かな音であったが、互いの意識が奪われるほど鮮明な音だった。

 

「ほーう、『人喰い虎』が掛かったかと思えば、『千葉の麒麟児』まで惹きつけてしまったようだな。あの小娘も少しは良い餌になってくれたか」

 

 足音を立てて階段を下りてきたのは呂と負けず劣らずの大柄の男であった。ただし歳は二人と掛け離れた壮年の男だった。

 修次はその顔を覚えがあった。いや、そもそも彼がその男の顔を忘れるはずがなかった。

 

「お前は……何故ここに!!」

 

 自身の目に焼き付けるかのように大きく開いた修次の瞳には両手に刃渡り四十五センチの刃を携え、笑みを浮かべた男が映っていた。

 

「これはこれは、お久しぶりですね。私がいなくなった後に免許皆伝されたようで。改めてお祝い申し上げます、千葉修次殿」

 

 修次に人当たりの良い笑顔を向けて恭しくお辞儀をしているものの、男には一切隙が無かった。

 纏っている殺気と闘志が修次よりずっと濃く、その上で外に漏れないように抑え込んでいる。そう感じた呂は修次よりも男の方を警戒した。実戦経験は十分に積んでいると自負しているが、自分以上にあの男は場慣れしていると彼の本能が訴えていた。

 一方で、修次は呂以上に彼がこの場にいることが信じられず、完全に呂から意識が離れていた。

 

石動(いするぎ)……凌馬(りょうま)っ!」

 

 修次がその男の名を口にすると、石動はすぐさま柔らかな笑みを獰猛な笑みに変える。

 

「千葉修次、お前は手を出すな。そこの男は俺の獲物だ」

 

 階段を降り、因縁のある修次を素通りして石動は呂と相対する。

 

「きぃぃぃぃえぇぇぇぇぁぁぁっ!!!」

 

 互いがその場に留まる時間は短く、奇声を発して石動は呂に突進することで戦いの火蓋は切られた。

 石動は両手の刃で左右から挟み込むように斬りかかる。刃には高周波ブレードを展開していた。

 呂はその刃を両方の手首で受け止める。

 彼は鋼気功と呼ばれる気功術を元にして皮膚の上に鋼よりも硬い鎧を展開する魔法にて石動の攻撃を防いでみせたのだ。

 攻撃を防がれても石動は止まらない。すぐさま呂の右わき腹を狙って左足で蹴りかかる。呂は即座に後ろに跳んで避けた。蹴りは空ぶったが、石動はその勢いを殺さずに体を回転させ、左手の刃で呂に突きを放つ。左手の鋼気功で呂は刃を正面から受け止めた。

 石動は即座に左手を引いて右手の鋭い刃で呂の左わき腹を切り上げるが、呂の右手がそれを阻む。左手の刃を引いているのを目にした呂は体を反時計回りで回転させ、その勢いで左手の裏拳を石動の顔の左側に叩きつける。

 

「ぬおっ!」

 

 背中から落ちるように石動は体を仰け反らせると、鼻の先で呂の攻撃が掠った。このままでは倒れてしまうところを石動は後ろに引いた左手を地面につけ、片手で踏ん張って呂の右わき腹に両足で蹴りを入れた。

 蹴りを受けた呂はそのまま後ろに下がる。石動も蹴りの勢いを活かして呂と距離を取り、態勢を立て直す。

 今の攻防の中で呂は相手がただの戦闘狂ではなく、闘争本能が強い手練れであると認識を改めた。戦闘経験の豊富さによって咄嗟の判断と戦闘技能は自分よりも上なのは間違いない。だが、魔法技能でならば自分の方が上だと確信した。

 呂は物量で押しつぶすと決めるが、視界の端から廊下のフェンスを伝って修次が迫っていることに気付く。

 修次は二人の戦いをただ眺めずに攻撃の機会をうかがっていたのだ。因縁の相手より呂の方に攻撃を仕掛けたのは彼が理性を充分にコントロールしている証拠であり、タイミングはこれ以上とないほどに適切だった。

 

「はっ!」

 

 自己加速術式を駆使して接近する修次は加重系魔法『圧斬り』を自身の刃に展開して斬りかかる。細い棒や針金に沿って極細の斥力場を形成し接触したものを割断する魔法であるが、彼は短刀を起点にして、空中に見えない刃を展開してみせた。

 呂は左腕の鋼気功で受け止めようとするが、見えない刃は彼に触れることなく、何の抵抗も受けなかった。

 斥力の刃は魔法発動の兆候だけ見せて、キャンセルされていたのだ。

 魔法発動途中で瞬時に魔法式を無効化するのを意識的に行う高等技術こそ、修次が幻影刀(イリュージョン・ブレード)の異名で呼ばれる所以であった。

 攻撃をキャンセルした修次はフェンスを伝って即座に呂の背後へ回り、再度『圧斬り』で斬りかかる。呂も再度左手の鋼気功で斥力の刃を受け止めるが、硬直することなく、すぐさま修次の刃を振り払ってフェンスを飛び越えた。

 

「かぁぁっ!!」

 

 修次が呂の背後に回った瞬間、石動が動き出しており、挟撃されることを悟った呂は一時退却を決断した。どちらか片方だけならば問題ないが、この狭さで二体一は流石に無理があった。

 石動の攻撃を紙一重で躱し、四階から飛び降りた呂は加重系魔法によって着地の衝撃を和らげつつ、獣の様に四肢を駆使して着地する。

 その直後、上空から陽炎の刃が彼に襲い掛かった。呂はすぐさまその攻撃を横に跳んで避ける。即座に態勢を立て直し、見上げると階段には魔法を発動したと思われる人物が階段から呂を見ていた。

 修次の後を追っていた摩利が四階から着地する瞬間を狙って魔法を放ったのだ。

 呂は摩利を睨みつけるが、石動が追いかけて四階から飛び降りるのを目にしたことで、すぐさま撤退を開始した。

 摩利は外に逃げようとするの呂を妨害しようとしたが、飛び降りる石動に一瞬だけ目が移った直後、彼女の視界から呂は消えていた。

 

「えっ……」

 

 僅か一瞬でその場から呂が消えたことに摩利は思わず声を出して戸惑った。

 石動も呂を見失ったようで忌々しく歯軋りしていた。

 摩利は直ぐに四階にいる修次の元へと駆け付ける。彼は彼女がやってきたことに気付き、安心させるように微笑むが、直ぐに視線を石動に向けた。

 

「石動凌馬、何故刑務所にいるはずの貴様がここにいる!」

 

 呂を逃がしたことは修次も悔しかったが、それ以上に目の前の事実を無視できなかった。

 激昂している恋人の姿に摩利は目を丸くする。だが、目下の男がここにいるはずのない犯罪者であることが更に彼女を驚愕させる。

 

「それをお前に言う義理はないな」

 

 それだけ言うと石動は刀をローブに仕舞い、病院の外へと向かう。

 修次は逃がさないと四階から飛び降りて、加重系魔法で着地する。石動を追いかけようとするが、彼と石動の間に黒のロングコートを纏った青年が割って入った。

 

「申し訳ないが、これ以上の騒ぎを大きくしないで頂きたい。千葉修次殿」

 

 彼の前に立ったのは初ヶ谷基哉だった。石動は基哉と同じく笠崎の部下であり、共に病院の屋上で待機していたのだ。

 

「貴様、何故奴を庇う!」

 

「色々と込み入った事情がありまして。彼には私共に協力することを条件に特例として釈放しているんですよ」

 

「バカな……あの男が組織に従属するような男じゃない! そんな男の手を借りてまで何をする気だ!」

 

 修次は石動が起こした事件をすべて知っている。そして彼と接したことがある修次だからこそ、石動という人間は危険だと基哉に訴える。

 そんな彼の言葉に基哉は効く耳を持たなかった。

 

「敢えて言うなら護国の為、ですね」

 

 基哉の言葉に修次は信じられないものを見ている目をしていた。

 石動が起こした事件について基哉も知っているが、それは彼を扱い切れなかった組織に問題があっただけだと分析している。何かしら問題を抱えた人間は少なからず存在し、石動を充分に活かすには表社会では肌に合わな過ぎたのだ。それ故に笠崎は条件付きで彼を引き入れた。

 

「あなたが思っている以上に人を操ることに長けた人間はいると言う事です。心配せずとも彼は一般人には手を出さないようにしてあります。今後、余程のことが無い限り、あなたと会うこともないでしょう。ですが、この件は御内密にお願いします。我々も余計な仕事はしたくありませんので」

 

 既に石動は病院を出ており、基哉も言うべきことを伝えたと判断してこの場を後にした。

 その場に一人取り残された修次は驚愕のあまり、基哉の後を追うという選択肢を選べなかった。

 

「シュウ、大丈夫か?」

 

 階段を下りて修次の元に駆け付けた摩利は彼の態度の変貌ぶりに困惑していた。

 

「あ、ああ。すまない、心配をかけたね」

 

 年下の恋人を不安にさせてしまうとは情けないと修次は未熟さを悔いた。

 

「シュウ、あいつらは何者なんだ?」

 

「先に逃げた男は呂剛虎。大亜連合本国特殊工作部隊の魔法師だ」

 

「呂剛虎……アレが」

 

 摩利も呂について名前ぐらいは知っていた。だが、それ以上に気になるのは修次の態度を一変させたあの男についてだった。

 

「もう一人の男、石動凌馬は……七年前、免許皆伝となった日に傷害事件を起こして破門になった男だ。本来なら刑務所にいるはずの彼がどうしてこんな所に」

 

「そんな男が……」

 

「死傷者が多かったし、千葉家としても表沙汰には出来なかったからね。摩利が知らないのも当然だよ」

 

 修次の顔を見るにどうやら当時の現場にいたらしく、苦い顔を浮かべていた。あまり思い出したくないことのようで、これ以上聞くことは避けるべきだと摩利はこの話はこれっきりにすることにした。

 この事件によって摩利は本来の目的である平河千秋への尋問を断念せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少々戻り、呂が石動と戦闘を行っているほぼ同時刻、周は病院内の廊下をゆっくりと歩いていた。暴対警報が鳴って焦っている職員が彼の横を通り過ぎるが、誰も彼の存在を認識していないようだった。それでいてなお全員が彼を避けるように動いていた。

 音を立てずに歩いていると、彼の前に基哉が立ち塞がるように立っていた。

 

「やあ」

 

 基哉が優しい笑みを浮かべて周に何事もないかの様に話し掛けてきた。

 

「おや、これはこれは。御無沙汰しております、初ヶ谷殿。春の一件以来ですね」

 

 周は彼が自分の前にいる事に対して特に驚くこともなく恭しくお辞儀をした。基哉は彼の挨拶を笑顔だけで返した。

 

「この警報は君がやったのかな?」

 

 基哉が廊下のメッセージボードを指すと、周は首を傾げた。眉目秀麗である彼ならばたったそれだけの仕草で女性を見惚れさせると言っても過言ではなかった。しかし同性である基哉には全く意味をなさなかった。

 

「はて、何の事でしょうか? 私はただ知り合いの方がここに入院されているのを聞いてお見舞いに来ただけです。まさかこんな事態になるとは思いもよりませんでした」

 

 白々しい態度を取る週に対して基哉はそれ以上追求しなかった。彼の言葉だけで基哉は今後の方針を決定することが出来たからだ。

 

「申し訳ありませんが、私も時間が差し迫っておりますので御用が無ければこれにて失礼いたします」

 

 優雅にお辞儀をして周は基哉の横を通り過ぎた。

 

「必ず君と君の背後にいる亡霊達を追い詰める。精々残りの余生を楽しむと良い」

 

 普段はおどけた態度である基哉が真面目な口調で周に警告する。

 結社は今でこそ『何でも屋』の風潮であるが、本来は日本に仇なす外敵に対処することを目的として結成することを許された組織だ。そして現在進行形で国力を削ごうとしている者達が動いている以上、持てる力を駆使して事に当たるのは当然だった。

 それを知っている周は不敵に笑った。

 

「あなた方が本気になっていただけるとは私も偉くなったものですね」

 

 周はそう言い残してこの場を後にした。

 その場にいた基哉も周と反対の廊下を歩いていった。




如何でしたか?
今回は戦闘シーンを自分なりに頑張ってみました。
正直、難しかったです。
可動フィギュアなどを使って色々と試したりするんですけど、頭では思い浮かべても文字にすると凄く難しい。
戦闘シーンを文章で描いている方々は本当に尊敬します。
では、今回はこれにて。

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