魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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ご無沙汰しております。
中々更新できず、楽しみにしている方には本当に申し訳ないです。
ストーリーの時系列だと入学編から半年後なのにここまで来るのに六年掛けてるって……。


騒乱の開幕

 お昼を過ぎて禅十郎は会場の屋上に出ていた。

 大神を含めた結社の社員数名が会場内の関係者以外立ち入り禁止区域まで探索したが、爆弾や不審物を発見することは出来なかった。一度探索した後も目を光らせるよう徹底し、禅十郎は外から周囲を探索することにした。

 

(……妙な空気だ)

 

 魔法を使うことは出来ない為、小型望遠鏡で周辺を眺めて警戒する。

 近くに観光地があるが、それを踏まえても明らかに外国人が多い。周囲を警戒している社員の情報によると、一部から一般人(非魔法師のことではない)とは異なる気配が僅かに感じられるとのことだ。軍人の持つ気配に近いらしく、嫌な予感が的中していると確信してしまう。

 現場だけでなく、響子から貰った『お裾分け』を踏まえると十中八九何かが起こるのは確実だった。

 嫌な予感がすると立て続けに悪い知らせが来てしまうのはフィクションでもよくある話だ。それを髣髴とさせる連絡が結社からやってきた。

 

「……もしもし」

 

 しかも連絡してきた相手が最悪の人物である。不機嫌な態度を隠さずに電話に出て内容を聞くと、禅十郎は眉間の皺を寄せた。

 

「おい、そいつは何の冗談だ?」

 

『いやいや、そんなことを言う為に態々私が電話するとでも? 呂剛虎が移送中に逃走したのは事実だよ』

 

 通話の相手は笠崎だ。禅十郎の反応にクスクスと笑い声が混ざっており、彼の神経を逆撫でする。

 

「何処のどいつだ、こんな時期にゴーサイン出したバカは」

 

 たかが学生の催しがある程度で警戒する必要はないと判断を下した人物の急所を全部殴りたくなる。今回の件に魔法科高校が関係しているのは情報を見れば予想することは不可能ではない。その上、『人喰い虎』の異名を持つ呂剛虎は並の魔法師では太刀打ちできない実力者である。そんな人物が出てきている時点で警戒すべきなのに、軽率に移送して逃走を許した事に怒りが込み上げてくる。

 

『安心したまえ、少々遅れるがそちらに人員を増やしておくように根回しはしておいた。数名ほどとはいえ、私が抱える腕利きだ』

 

「到着時刻は?」

 

『今の作業を終わらせてからだと三時間後になるね』

 

「……了解した」

 

 思った以上に遅いが、こちらにも人員が割かれている為、対処不可能という訳ではない。といっても腕が立つのは、一緒に会場に来ている大神ぐらいだ。近くで待機している猪瀬や葉知野などの職員は自衛は出来ても護衛に向いていないため、あてにすることは出来ない。

 ただ、今この場には現役の魔法師と肩を並べる実力を持った学生も多数いる。いつ相手が行動に出てくるか分からないが、克人に報告しておけば、それなりの警戒態勢は敷けるだろう。

 

『ああ、呂剛虎の件は気にしなくていい。情報は逐次伝えるがこちらで対応しよう。学生達を攫うと仮定しても彼は過剰戦力だ。他の目的に使われる可能性が高いと見ている』

 

「ま、そうだろうな」

 

『とはいえ、若い魔法師は貴重だ。もしもの事態が起こった際は制限を解除しなさい』

 

「あんたの指図は受ける気はない」

 

 制限と言っているが、これは禅十郎が自信に課したものだ。それ故に誰かの許可を得ることも、命令されることでもなかった。

 

『これは警告だよ。君は時々自分の力を出し渋ることがあるからね。折角、歴代最高峰の火力を出せるんだ。存分に使うことをオススメするよ』

 

「余計なお世話だ。あんたに言われなくてももうあんなことは起こさせやしねぇよ」

 

 禅十郎の言葉に笠崎が笑みを浮かべる。それはフラグを口にしたことへの嘲笑か、それとも彼らしいことを口にしたことへの純粋な笑みか。その真相を知るのは当の本人だけだ。

 

『まぁ、君の好きにしたまえ』

 

「そうさせてもらう」

 

『ああ、そうだ。藤林のお嬢さんには後で菓子折りを付けてお礼を言っておいてくれるかね?』

 

 禅十郎の端末にメッセージが届いたアラームが鳴った。今回の情報への謝礼だろう。

 

「俺に余計な仕事を押し付けるな」

 

『適材適所と言ってくれたまえ。私は彼女と面識がないが、個人的な付き合いをしている君なら接触しても何ら問題は無い』

 

 笠崎の言う事も一理ある。元々軍と確執がある彼とその部下より、個人的な付き合いのある禅十郎の方が藤林と話がしやすい。仕方なくその役目を引き受けることにした。

 

『では、また連絡する』

 

「次は他の奴に連絡させ……ちっ、野郎、切りやがった」

 

 悪態をつきながら禅十郎は携帯端末を仕舞い、再度周囲を見渡してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 会場の周囲を散策した結果を報告をする為に、禅十郎は警備隊本部に足を運んだ。

 部屋に入るとそこには昼食を取っている克人がおり、彼の前には服部と桐原が立っていた。

 

「丁度良い。篝、お前にも聞きたいことがある」

 

「何ですか?」

 

 禅十郎は服部の隣に立って休めの姿勢を取る。

 

「現在の状況について何か感じることはあるか?」

 

 ここ最近起こった事件の情報は十師族に伝えていない。情報料もそれほど安くは無い為、大抵はブランシュのような魔法社会全体に影響を及ぼす案件でない限り、積極的に情報を買いに来ることは無い。

 克人はあくまで魔法科高校の篝禅十郎として意見を聞きたいのだと理解した。

 

「先程、服部先輩にも申し上げましたが、大陸出身らしき人が多いかと。その上、観光地とは思えない程、空気がピリピリしてます」

 

 禅十郎の言葉に克人は眉間に皺を寄せる。ついさっき服部と桐原にも同じ質問をしたが、彼等は禅十郎のように断定してはいなかった。二年生二人の実力からすれば横浜の空気に違和感を覚えるだろうとは思っていたが、禅十郎は違っていた。

 禅十郎が結社の一員として何か掴んでいる故の判断かは定かではないが、彼の言葉からこれから何かが起こる可能性があると危惧するには十分だった。

 

「そうか。三人共、午後からは防弾チョッキを着用しろ。それと午後は会場周囲を警戒して回れ」

 

 克人の指示に驚く上級生二人に対して、禅十郎は落ち着いて頭を下げた。

 

「承知しました」

 

 禅十郎が有益な情報を態と言ったのか、ただの不注意で口にしたのかは克人には分からない。だが、これから横浜で何かが起こる可能性があるという情報の価値は高く、彼の決断はたかが学生の論文コンペだと緩んでいた警備隊の意識を切り替える切欠となった。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は三時を過ぎた頃、鈴音達による発表が無事始まった。

 周囲の状況を確認し、禅十郎は警備隊の休憩室で一人、五段の重箱を前に満面の笑み浮かべていた。

 

「念のために昼休みも入れておいて良かったぁ。漸くこいつが食べられる」

 

 上四段を持ち上げて、最後の段に敷き詰められている好物の品々を目にした瞬間、禅十郎は今日一番に目を輝かせた。

 肉料理を始めとする、スタミナたっぷりの好物盛り合わせが今日一番の楽しみだった。

 魔法でこっそり弁当を湯気が立つほどに加熱したことで、美味しそうな匂いが部屋に充満する。その匂いを嗅いだ瞬間、禅十郎は感嘆の声を上げた。

 

「あー、これだよ。これ!」

 

 表情筋が緩みまくり、ニヤケが止まらない。料理の匂いだけで唾液が口の中で溢れている。

 この弁当を食べるのを今か今かと待ち続け、ようやくありつける極上の料理を前に、力強く両手を合わせる。

 

「いっただっきまー……」

 

 す、と口にしようとしたその瞬間、外から爆発音が鳴り響いた。

 その直後、結社の連絡端末からアラームが鳴り、非常事態が起こったことを禅十郎に知らせる。

 歯軋りをする音を鳴らし、禅十郎は目の前の弁当を一気に頬張り始めた。

 噛む数は最小限に、まるで飲み物を喉に通すかの如く、料理を消費していく。

 箸で一回口に入れる度に禅十郎は機嫌を悪くしていき、八つ当たりをするように箸を乱暴に動かしていた。

 最後の一口を飲み込み、ボトルの中にあるお茶を一気に飲み干した。

 ここまでにかかった時間は爆発音が起こってから一分だった。

 椅子を倒す勢いで立ち上がり、禅十郎は部屋の隅にあるアタッシュケースを開けて、その中にある黒色の籠手を装着しながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎はホールに向かわずに爆発の起こった入り口方面に向かって走っていた。

 十字路に差し掛かると、左からナイフを持った男が二人がこっちに向かって吹っ飛んできた。

 苛立っていた禅十郎は手加減なしで左腕を横に振り払い、男達を纏めて廊下の壁に叩きつけた。壁に激突した男達は打ち所が悪かったのか痙攣しており、呼吸もままならい状態に陥ってしまう。

 

「禅十郎か」

 

 男達が飛んできた方からやってきたのは宗士郎だった。彼がここにいるのは隆禅の指示によるものだった。もし会場で何かがあった際には禅十郎の手を貸してやるように頼んでいたのだ。

 

「兄貴、俺じゃなかったら怪我してんぞ」

 

 状況から見て、彼がこの物騒な輩を吹き飛ばしたのは明白だった。

 宗士郎の後ろを見てみると第三高校の女子生徒が数名怯えた目でこちらを見ていた。どうやら彼女達を助けていたらしい。

 

「手伝え、兄貴」

 

 かなりドスの利いた禅十郎の声色に宗士郎は一瞬だけ怪訝な顔を浮かべる。明らかに機嫌が悪い彼の様子に、宗士郎はその理由を察した。

 

「言われるまでもない。が……」

 

 機嫌の悪い禅十郎でも宗士郎が何を気にしているのか口にしなくても分かる。怯えている彼女達がこの状況下で自己防衛を出来るとは思えない。このまま放置しておくと後々面倒な事になる気がした。

 見た目の割にお人好しである兄の懸念を無くそうと、禅十郎は考え込んだ。

 

「安全な場所って言われてもな。既に何人かホールに侵入されてるぞ」

 

「……早すぎるな」

 

 ここの警備を任されているはずの一流とされる魔法師に宗士郎は情けないと溜息をついた。

 

「あ……、おい、一条将輝っ!!!!」

 

 ふと、廊下の先に将輝を見つけた禅十郎は声を張り上げて彼を呼んだ。

 将輝はその声に気付き、こちらに向かって走ってきた。

 

「どうした?」

 

 警備隊には連絡が既に回っており、入り口は魔法師が対応し、警備隊は避難誘導を重点に行うように指示が出ている。ホールにも侵入者が出ているが、その対応は克人が中心に行うことになっていた。

 

「一条、悪いが、彼女達を安全な場所に連れていってくれねぇか? 俺は避難経路確保の為に入り口の奴等を片付ける」

 

 既に指示は出されているはずなのに勝手な行動をする禅十郎に将輝は怪訝な顔を浮かべる。それを見た禅十郎は溜息をついた。

 

「兄貴と一緒に出来の悪い門下生の尻拭いだ。十文字先輩には既に許可を貰ってる」

 

 将輝も篝家の道場については大まかに把握しており、彼が師範代であるのも知っている。その門下生が警備に加わっていても何の疑問も浮かばなかった。

ホールに侵入を許し、侵入者達を撃退できていない以上、門下生を上回る師範代の二人が参入すれば避難経路を確保しやすくなる。その上、克人が了承しているのなら問題ないと将輝は判断した。

 といっても克人には連絡を入れておらず、禅十郎が適当についた嘘なのだが、将輝は確認を取る時間も余裕もなかった。

 

「分かった。後は俺に任せてくれ」

 

 これで宗士郎の懸念事項が解決した。

 

「おや、二人共、こんな所で何を?」

 

 早速向かおうとすると、将輝と同じ方向から中世的な顔立ちをした美女がやってきた。

 

「「手伝え」」

 

 禅十郎と宗士郎は目配せも一切せずに、彼女の左右に回り込み、脇に腕を突っ込んで持ち上げた。

 

「篝、何を?」

 

「「心配するな、こいつは身内だ。性格は酷いが役に立つ」」

 

 将輝は困惑するが、禅十郎と宗士郎はまったく気にしていなかった。

 

「二人共、もう少し丁寧に扱ってくれませんか?」

 

「「お前の足じゃ遅すぎる。こっちの方が早い」」

 

 先程から寸分狂わずに声が重なる禅十郎と宗士郎は、軍隊並みに統率の取れた動きで彼女を持ち上げたまま入り口方面に走っていった。

 その場に取り残された将輝は唖然としていたが、禅十郎に頼まれた通り、三高の少女達を安全な場所まで避難させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「あーれま、始まったみたいだねぇ」

 

 会場の屋上で待機していた初ヶ谷基哉は上機嫌になっていた。その後ろには男が二人立っていた。一人は基哉の態度に呆れた溜息を吐く大神であり、もう一人はこの状況を冷静に分析している同僚だった。

 テロリストがコンペ会場に突入している所を確認した基哉は部下から内部の情報を通信機で確認している。

 警備はそれなりに腕の立つ魔法師を入れているが、現在侵入してきている集団を圧倒するほどの戦力ではない。その為、ホール内に数名ほど侵入されていた。

 

「流石はプロだ。魔法科高校の学生と言えども警備隊を完全に無力化するとは見事だ」

 

 その表情に焦りはなく、不謹慎なほどにこの状況下を楽しんでいる満面の笑みを浮かべていた。

 

「上手くいけば彼等は貴重な若い魔法師を手にし、祖国の魔法技術は更なる進歩が見込まれるだろうね」

 

 すると、基哉の満面の笑みが相手を虚仮にするような冷笑へと変わる。

 彼等は確かにプロフェッショナルだ。一切の慢心などなく、一兵卒として前線で戦うのに十分な能力を兼ね備えているのは明白だ。会場に警備がいたとしてもそれは想定済みであり、相手を上回る戦術で成果を出している。

 しかし、彼等の力は警備と学生を想定しているだけで、自分達を圧倒するイレギュラーがここにいることを前提としていない。

 

「……ただ、君達はタイミングが悪すぎた。いやはや、まさかこうも上手く事が運ぶとは思わなかったよ」

 

 その声は憐れみが込められていた。どうあっても変えられない運命が待ち構えているとも知れず、彼等はあそこに踏み込んでしまった。それも一番最悪のタイミングでだ。

 

「理不尽な暴力を許さない悪人面した善人、自分の欲望を優先する善人面した悪人、どちらにもなりえる人外。彼等を一度に怒らせたのが運の尽き。そうは思わないかい、大神君?」

 

「どこがだ。ただ奴等が暴れるのを見たいだけだろうが。上からの命令がなければ貴様の享楽を止めていたところだ」

 

 先程からずっと納得のいかない顔を浮かべている大神は苛立ちを込めた声で基哉を威圧する。不機嫌な大神を見ても彼は肩をすくめるだけだった。

 

「まぁまぁ、そう怒らないでくれないかい。それにあの三人が共同戦線を張ってくれた方が此方としてもありがたいからね」

 

「どう見ても過剰戦力だ。あいつ等が暴れれば碌なことにならん」

 

 まったくその通りだと基哉はこれまでの『あの三人』が起こした出来事を思い出して今日一番の笑みを浮かべる。

 個々の能力は高い上に、三人が揃うと力が足されるのではなく相乗効果で急激に跳ね上がるのだ。そんな彼等が足並みを揃えれば相手にどんな結末が待っているかなど予想する必要もなかった。

 

「楽しみだねぇ、数年ぶりの『三狼』の復活だ」

 

 

 

 

 

 

 

 会場のエントランスでは魔法と銃弾が飛び交っていた。

 

「くそ、戦闘になるなんて聞いてないぞ!」

 

「ぼやくな! とにかくここを死守しろ!」

 

 物陰に隠れて敵の銃火器から身を守りながら迎え撃つが、状況は芳しくなかった。

 相手の数が多いのもあるが、ゲリラ兵が持っている対魔法師用のハイパワーライフルによって味方の損害が大きくなっていた。

 二人の魔法師はハイパワーライフルを防ぐほど強力な障壁魔法は使えない。それ故にこそこそと攻撃する手段しか持ち合わせていなかった。

 

「畜生、こっちは接近戦しか取り柄が無いってのに……」

 

「下らん無駄口を叩くな。だから貴様は未熟者なのだ」

 

「なんで中段上がりたてペーペーがここにいるんだ? 腕の立つ奴を送るって聞いたんだが……」

 

「おやおや、自分の弱さを棚に上げるとはいただけませんね。その程度でプロを名乗るとは面白い冗談です」

 

 背後から三人の声を聞いて、二人は戦慄した。近づく者の存在にまったく気付けなかったことも理由に含まれるが、二人の魔法師にとって最悪の人物がそこに立っていたからだ。

 篝家の道場の門下生である二人は、師範代の宗士郎と禅十郎を目にする。今の二人は敵の強さより二人の師範代に恐怖していた。

 

「し、師範代……。何故、ここに?」

 

「そんな下らん事を言っている場合か、戯け」

 

 声を荒げずともドスのある一言で彼等を叱責した宗士郎は敵に目を向ける。

 

「兄貴、さっさと片付けるぞ」

 

「分かっている」

 

 宗士郎は禅十郎とは形状の異なる白色の籠手を装着して手を二、三度開閉した。

 

「さて、テメェの改良した『ミカハヤビ』、どれだけ使えるか試してやるよ」

 

 禅十郎の言葉に美女はこの場に似合わない満面の笑みを浮かべた。

 

「当然戦闘データは貰えますよね?」

 

「この程度ならいくらでもくれてやる」

 

「いやぁ、改良してから実戦で使うのは初めてですからね。どんなデータが取れるのか楽しみです」

 

 禅十郎は笑みを浮かべる彼女を睨みつけ、首に左手を当ててゴキリと音を鳴らす。

 宗士郎は音を立てて握り拳を作り、ゆっくりと深呼吸する。

 美女は端末型CADを手に取って口元に当て、クスリと笑みを浮かべた。

 

「では、手早く終わらせましょうか」

 

「貴様等、足を引っ張るなよ」

 

「うっせぇ、お前等が邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 禅十郎の言葉を無視して、宗士郎は真っ先に敵へと走り出した。

 それに気付いたゲリラ兵は彼に銃口を向けた。ハイパワーライフルを含めた銃弾の雨が彼に放たれる。

 その中を宗士郎は紙一重に避けていく。だが、雨の中を濡れずに走ることなど出来るはずもなく数発が彼に直撃する。

 銃弾は彼を貫くことはしなかった。『ドレッドノート』により運動エネルギーが喰われた銃弾は何事もなかったかのように落下する。

 宗士郎の目を向けていたゲリラ兵が銃弾を生身で受けて怪我を負わないという衝撃の光景に目を奪われる。

 その僅かな隙をつかれ、宗士郎の拳がゲリラ兵の脇腹に突き刺さる。その直後、骨が砕ける音が鳴ると、ゲリラ兵は明らかに殴っただけでは届かない距離まで吹き飛ばされた。

 殴られたゲリラ兵は柱に衝突し、血を周囲にまき散らした。

 僅かに出遅れた禅十郎もゲリラ兵に向けて走り出していた。

 宗士郎と同じように銃弾を向けられるが、禅十郎は避ける素振りすら見せない。

 まっすぐ進んでくることに困惑しながらもゲリラ兵は引き金を引く。

 当然、銃弾が当たるが、僅かでも触れた銃弾は全て力が抜けて地面に落ちていく。

 それを見たゲリラ兵達は何かの間違いだと自身の目を疑い、ハイパワーライフルを禅十郎に向けて一斉に放った。

 それでも彼に直撃した銃弾は悉く自由落下する。壁を凹ませるほどの強力な一撃をもってしても彼に傷一つ負わせることが出来ていない。

 その光景に狼狽える者がいたが、冷静な六人のゲリラ兵が銃を捨ててコンバットナイフで禅十郎に襲い掛かる。

 それを待っていましたとばかりに更に獰猛な笑みを浮かべた禅十郎は拳を握る力を強くする。

 迫りくる一人目のゲリラ兵のナイフを左に躱して、即座に拳を下から腹部に叩きつける。そのゲリラ兵は宗士郎が殴った者より勢いよく上に吹き飛ばされ、そのまま天井にめり込んだ。

 その後も五人連続で拳を叩きつける。ただの突きでは届くことのない距離を飛ぶ者、殴り飛ばされた先にある壁に激突する者、味方のゲリラ兵にぶつかる者、挙句には顔面に叩きつけられて骨格が歪むどころか頭そのものが潰れる者さえいた。

 

(『ドレッドノート』をブラッシュアップした『ミカハヤビ』、悪くない)

 

 『ドレッドノート』の改修データを基に作られた新たな魔法『ミカハヤビ』の性能に禅十郎は思わず笑みを浮かべた。

 戦場で気味の悪い笑みを浮かべる少年を前にし、ゲリラ兵達は顔を一瞬で恐怖一色に変貌させる。

 彼等は味方を吹き飛ばした宗士郎よりも無惨な光景を見せつけた禅十郎に恐怖を抱いていた。人外の如き一撃を放つ人の皮を被った化物に戦慄し、引き金を引くことすら忘れてしまう。それほどまでに彼等は禅十郎という存在に呑まれていた。

 だからこそ、本物の『狂人』による魔の手が迫っていることに気付けなかった。

 禅十郎の周囲にいたゲリラ兵の銃が突然爆発し、いくつもの悲鳴が上がった。銃を持っていた彼等の手が肘より上から無くなっており、そこから大量の血が流れ、床を赤く染め上げていく。

 近くにいた禅十郎に爆発した銃の破片が当たるが、『ミカハヤビ』により何事もなかったかのように落ちていった。

 

「いやはや、目の前で打ち上げ花火を見るのとは大違いですね。なんとも汚らしい光景です」

 

「おい、何勝手に人の獲物取ってんだ? 邪魔すんな」

 

 腕が消し飛び、悲鳴を上げているゲリラ兵を殴り飛ばした禅十郎は銃を爆発させた犯人を睨みつけた。

 その犯人である美女はクスクスと笑みを浮かべていた。

 

「良いじゃないですか、早い者勝ちです」

 

 彼女が使った『強制爆破(フォース・バースト)』はゲリラ兵の銃火器の弾倉にあるすべての薬莢を強制的に爆発させる魔法だ。

 振動系魔法には雷管が使えずとも火薬を強制的に燃焼させて銃弾を発射させるものがある。彼女はそれを応用してすべての弾倉の火薬を一度に威力を増大させて爆発させる振動加速系魔法『強制爆破(フォース・バースト)』を発動し、銃を内側から破裂させたのだ。

 そして内側から破裂して砕かれた銃の金属片は持ち主を八つ裂きにする刃となり、彼等を無力化したのである。

 

「ああ、そうかい!」

 

 忌々しい顔を浮かべながら、禅十郎は再び敵に向かって走り出した。

 

「ほらほら、早くしないと私が全部貰ってしまいますよ」

 

 美女は禅十郎だけでなく宗士郎の付近にいるゲリラ兵の銃にも狙いを定めた。

 味方(?)がいるのも気にせず、薬莢を爆破させ、敵を無力化していく。

 

「さてさて、では次はこの魔法を試しましょう」

 

 半数以上の銃を無力化し、美女はCADを操作して、遠方にいる敵集団に向けて魔法を放った。

 するとゲリラ兵の体の中から骨が砕け散る音が鳴り響き、どさりと血を垂れ流して倒れた。

 

「……『強制爆破(フォース・バースト)』ならともかく、『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』を使うんじゃねぇよ!」

 

 禅十郎は彼女の魔法の範囲外にいるゲリラ兵に向かって走り出しながら叫んだ。

 彼女が使ったのは雫が九校戦で使った魔法『能動空中機雷』だ。

 今回のような使い方が出来るのは知っていたが、初めて使った雫がすぐ近くにいるのに、平然と人殺しに使ったことに、禅十郎は腹を立てた。

 

「もともとこの使い方は君が考案したんですよ。まぁ、君が言わなくても何時か誰かが使っていたでしょう。遅いか早いかの違いです」

 

「お前、雫の前でそれ使うなよ。やったら全身の骨を砕くぞ」

 

 それを実行すると言わんばかりに、禅十郎は魔法で威力を増大させた拳で敵の肩の骨を砕いてみせた。

 それを見た彼女は肩をすくませながら、再び『能動空中機雷』にて敵を粉砕していく。

 

「知ったことではありませんね。制作者の意図とは異なる使い方をするのが我々使用者ですよ。それに彼等は私の楽しみの邪魔をしたんです。残酷で惨たらしく、人間らしくない死に方を与えるのにこれは丁度いい」

 

「ふざけんな、自己中野郎!!」

 

「食事の邪魔をされて八つ当たりしている君には言われたくないです。そんなキレやすい性格だから七草のお嬢さんとの関係が進まないんですよ」

 

「恋人を人体実験に使ってるクソ野郎にあーだこーだ言われる筋合いはねぇ!!」

 

 言い争いをしながらも、禅十郎と美女はゲリラ兵の攻撃を受けずに魔法と接近戦で蹂躙していく。

 

「貴様等、くだらん話をしている場合か」

 

 それを見兼ねた宗士郎は二人の敵を両手で殴り、禅十郎達に向かって吹っ飛ばした。

 

「うっせーぞ、クソ兄貴!! 割って入ってくるんじゃねぇ! テメェはいい加減静香さんと籍入れろ!! あの人が可哀そうだろうが!!」

 

「邪魔しないでもらえますか? 最低限の気持ちを伝えた彼なら兎も角、告白すら出来ていないあなたにこの問題に関わる権利はありませんので。さっさと告白するか、生殖行為の一回くらいしてから出直してきなさい」

 

 禅十郎は吹っ飛んできたゲリラ兵を敵の方に蹴り飛ばし、美女は移動魔法で強制的に向きを変えて人間砲弾として敵に放った。

 それを聞いた宗士郎は二人を睨みつけ、この場にいる最後のゲリラ兵の顔面を裏拳で文字通り叩き潰した。

 三人によってゲリラ兵が一人残らず無力化された。

 それなのに三人の間にピリピリとした空気に漂っていた。

 

「どうやら貴様等の性根を叩きのめさないといけないらしい」

 

 宗士郎は掌と拳を合わせてポキポキと音を鳴らしながら二人を睨みつける。

 

「やってみろよ」

 

 笑みを浮かべて禅十郎は左手のひとさし指を動かしつつ、舌を鳴らして挑発する。

 

「脳筋に倒せるとでも? 学習能力が皆無ですね。夏の一件をもうお忘れですか」

 

 美女は好戦的な二人を嘲笑っていた。

 既に入り口付近の制圧は完了しており、敵はもういない。それなのに三人は新たな標的を認識する。

 

「軟弱者と未熟者に後れは取らん」

 

「魔法込みで私に勝てるとでも? 魔法の才能なら最下位確定じゃないですか」

 

「そう言うテメェはスタミナが無いだろうが。この面子ならビリ確定だな。魔法の才能は俺等より上のくせにな」

 

「腕力だけで何でも解決出来ると思っているから脳筋なんですよ。あなた、人の話聞いてましたか?」

 

 互いが互いを罵り合い、言われて腹の立つ一言に彼等は揃って怒りを惜しげもなく露わにした。

 

「覚悟は良いか、愚弟共」

 

「身内でありながらその脳筋思考、もう遅いですが私が矯正してあげましょう」

 

「いつまでも格下扱いしてんじゃねぇぞ、クソ兄貴共」

 

 禅十郎の言葉を皮切りに、後に『灼熱のハロウィン』と呼ばれるこの日の中で最もどうでも良い喧嘩が始まった。

 なお禅十郎達の行動を監視していた基哉は予想外の展開に腹を抱えて大爆笑していた。




如何でしたか?
今回はあの三人を暴れさせる回でした。
三人目の女は名前を伏せてますが、ぶっちゃけ分かる人には分かるかと……。
因みに今回出てきた新魔法『ミカハヤビ』ですが、ある神様の名前を使用しています。この魔法の詳しい設定は後日書こうかと思いますが、上記の通り『ドレッドノート』のブラッシュアップ版です。これまで『ドレッドノート』で色々と検証してきて、禅十郎に最も適した条件で使用できるように開発された魔法となっています。
正直、原作設定に沿ったオリジナル魔法を考えるは大変です。
この先は原作通り、戦闘シーンが多めなので頑張ろうと思います。

では、今回はこれにて!

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