やっと一巻の話の半分を超えました
この調子だと、九校戦とか絶対長くなりそう…
それではお楽しみください
2020/04/07:修正しました。
放課後、達也と深雪は生徒会室に再び訪れた。
向かっている途中、達也は昼休みのことを考えていた。
やはり自分には風紀委員は向いていない。
禅十郎の思惑がどのようなものかは予測は出来る。大方、一科生である禅十郎と二科生である達也が試合をして、その結果によって達也が風紀委員に相応しいかどうかを判断しようとしているのだろう。
この学校には条件さえ満たせば、正式な試合として生徒同士の魔法を交えての試合をすることが出来る。禅十郎はそれをするつもりなのだ。
実際に実力を見せて判断する。それは適切な方法ではあるが、最適な方法ではない。
正直に言えば、達也はこれ以上面倒ごとに関わりたくはないのだ。だから、禅十郎がそれを提案するなら、即座に断るつもりでいた。
しかし、それはあくまでも達也の体術の師匠である九重八雲による情報によって出来た禅十郎の現在の人と成りで予想したものであり、実際はどうか分からない。
彼がどう出てくるかで対応を考える必要があるのは間違いなかった。
(まぁ、今考えたところで仕方がないがな……)
達也はそう思いながら、生徒会室の扉を開けた。
「失礼します」
達也と深雪が生徒会室に入ると、そこには真由美、摩利、鈴音、中条とこちらに背を向けている男子生徒が一人いた。
「よっ、来たな」
「いらっしゃい深雪さん、達也君もご苦労様」
摩利と真由美が二人に挨拶をした。すると真由美と摩利の隣に立っていた男子生徒がこちらに振り向いた。
男子生徒は禅十郎ではなかった。そこにいたのは生徒会副会長の二年、服部刑部である。
振り向いた服部はこちらに向かって歩き、達也の横を素通りする。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会にようこそ」
深雪はその時、達也を無視した服部にやや腹を立てたが達也の前であるためにすぐにその感情を抑えた。
一方、その光景に真由美は仕方ないなという顔をしていた。
それから真由美は中条に深雪の指導を任せ、摩利は達也を生徒会室の下にある風紀委員会本部に連れていこうとした。
「渡辺先輩、待ってください」
彼女を呼び止めたのは服部だった。
「何だ、服部刑部少丞範蔵副会長」
摩利の顔に微かな笑みが浮かべる。わざと言っているのは明白であった
「フルネームで呼ばないでください!」
「じゃあ、服部範蔵副会長」
訂正せずに名前で弄る摩利に真由美は笑いを堪えている。
「服部刑部です!」
「それは名前じゃなくて官職だろ? お前の家の」
「今は官位なんてありません。学校には服部刑部で届出が受理されていま……いえ、そんなことが言いたいのではなく!」
「じゃあなんだ?」
軽く息を吸い、気持ちを落ち着かせた服部は達也を見て言った
「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です。過去、
服部があえて二科生を『ウィード』と呼んだことに摩利は軽く眉を吊り上げた。
「二科生をウィードと言うのは禁止されている。私の前で言うとはいい度胸だな」
「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?」
服部の言う通り、この学校には二科生をウィードと呼んでいる生徒がいる。禁止用語だと学校側が言っても変わらないのが現状だ。
そして、そのことを快く思っていない人物が彼女以外にもやってきていた。
「渡辺先輩、それをやれって言えば俺は何時でもやりますよ」
その瞬間、部屋にいた全員が摩利の後ろに現れた人物に目を向ける。
「申し訳ありません。急用が入ったため遅れてしまいました」
後ろを振り向いた摩利の目に映ったのは、風紀委員会本部から繋がる階段を上ってきていた禅十郎の姿であった。
「禅、それは良いが、今の言葉は本気か?」
禁止用語を使用している生徒全員を摘発すると本気で言っている気がしてならなかった。規則を破る者に対して厳しく対処するのが禅十郎であり、彼の声色は本気ともとれるものだった。
摩利が訪ねると、禅十郎は笑みを浮かべた。
「まさか。そりゃ冗談ですよ。俺もそこまで暇じゃないですから」
しかし、笑みを浮かべてはいるものの、実際は嘘か本気か摩利には分からなかった。
「だとしても本当にやるなよ。全員を摘発するのにお前が動けば重傷者が出かねん」
「……先輩、俺を何だと思ってるんですか?」
「人の皮を被った怪獣または災害と言ったところか」
その返しに摩利の背後では笑いを堪えようと必死になっている人が一名ほどいた。
「ひっでぇ。まぁ、良いですけど。それで今どんな状況なんですか? 達也が風紀委員に入るかどうかでまだ揉めてるんですか?」
今ここにいる服部を除く全員がお前が言うかという気持ちであった。
禅十郎も達也が風紀委員に入ることを反対しており、その理由を話すことになっているのである
だが、摩利はいちいちそんなことを口に出さず、さっさと話を進めることにした。
「昼にも言っていたが、達也君を風紀委員に入れることに反対していた理由はなんだ?」
「ああ、それですか。俺は別に完全に反対しているわけじゃないんですが……。ただ少し気になることがありまして」
頭を掻きながら言う禅十郎に、摩利は怪訝な顔を浮かべる。
「気になること?」
真由美が摩利の代わりに尋ねる。どうやら彼は自分達が予想していたこととは違う事を考えているらしい。
真由美だけでなく、服部以外の全員が彼の考えに興味を抱いていた。
「それさえ確認できれば、俺は達也を風紀委員に入れるのに問題はありません」
「ほう……。では聞くが、何が気になっているんだ?」
どうやら問題を解決することではないようで、摩利はその先が気になり、禅十郎に問いかけた。
「達也が風紀委員会に入る際のメリットです」
(なるほど、そう来たか……)
禅十郎の切り出しに、達也はそう思った。
「成程、メリットと来たか」
読みが外れたことが確定し、摩利は更に興味を抱いた。
「徒手空拳の実力は俺が保証しますよ。先輩が学内の近接戦闘の頂点だと仮定すれば、そこらの上級生はほぼ相手になりません。ですが、彼を風紀委員に任命するメリットがあるのか分からない以上、俺は風紀委員会に所属する者としてこの件に反対します」
ここで摩利は禅十郎の言葉を聞いて驚いていた。
徒手空拳で名門である篝家の、トップクラスの実力がある禅十郎が保証すると太鼓判を押したのだから当然である。
しかし、ここで摩利は口を挟むつもりはなかった。
「組織としてのメリット……。それは司波君が二科生だからですか?」
鈴音は話を続けるよう促す。
組織としての損得の話を持ち込んでくるとは予想外だったが、鈴音は禅十郎の考えていることに興味があった。
「仰る通りです。わざわざ二科生である達也を風紀委員に任命した場合、周りから、特に一科生から強く非難される可能性があります。これまで風紀委員の選出に不満を抱かれなかったのは選ばれた生徒が教師と生徒会、そして部活連から認められた実力を持った生徒、つまり全員が一科生だったからです」
「ええ、その通りです。これまでもそのように選出されてきました」
「それ故に当校の生徒は誰も風紀委員に対して反感は抱かなかった。ですが彼にはそのようなものがありません。任命すれば、反感を抱くものが少なからずいるでしょう。しかしどのような反感を抱かれても、それを打ち消すメリットがあると言うのであれば、風紀委員会に所属している者として異論はありません」
二科生を風紀委員に入れることが組織においてリスクがあると禅十郎は懸念していたのだ。実力があっても組織の信用がなくなるのは確かに不利益を生み出しかねない。
だからこそ、風紀委員会に入れても問題がないことを入念に証明しなければならないと禅十郎は思っているのである。
「確かに君の言う通りだ。任命した生徒に対し不信感を得られては風紀委員会は組織としての面目は潰れるだろう」
禅十郎の話を聞いて摩利は納得しつつ頷いた。
「だがな、組織としての損得とか周りの不満とか、そういう面倒なことを抜きにして、私は彼を風紀委員に入れたいと思っている」
確かに組織としての禅十郎の考えは間違っていないだろう。
だが、風紀委員会のトップである摩利はそれを『面倒なこと』と言いきった。
彼の話を聞いて適当に返すのは失礼だと思った摩利は自身の考えを話すことを決めた。
「私が達也君を風紀委員会に入れたい理由は主に二つある。一つは先日、君が言っていた達也君の持つ才能だ」
「展開された起動式を読み取って発動する魔法を正確に予測できるというアレですか」
先日の騒動で摩利が達也に興味を持ち、昨日の放課後、禅十郎に無理矢理吐かせたのである。無論、物理的にだ。
「まさか! 起動式の情報量を一瞬で読み取れることなんて出来る筈がない!」
それを聞いた服部は驚愕する。
「それは服部先輩の中での『常識』がそう言ってるだけでしょう?」
「……なんだと?」
禅十郎がそう言うと服部は生意気な態度を取る後輩を睨みつける。
だが、当の本人はまったく臆せず、それどころか彼の敵意に対して飄々と適当に受け流した。
「俺も信じられませんでしたが、証拠を見せられれば事実だと言わざるを得ませんよ」
服部は禅十郎の言い方に腹を立ててはいたが、いちいち突っかかるつもりはなかった。
「それと、あえて言わせてもらいますが、魔法という技術が完全に理解されていない以上、『ありえないなんてことはありえないんですよ』。今まで見たことがない魔法やそれに類する才能があっても不思議じゃありません」
禅十郎の言葉を聞いて再び笑いを堪えようとしている者がいるが、やはり少しばかり洩れていた。
流石に上級生としての立場を理解しているのか、服部は自身の感情を抑えていた。
服部が黙り、禅十郎がこちらを見ていたため、摩利は話を続けることにした。
「当校のルールでは、使おうとした魔法の種類、規模によって罰則が異なる。だが、真由美がやるように魔法式発動前の状態で起動式を破壊してしまうと、どんな魔法を使おうとしていたのかが分からなかった。だからと言って、展開の完了を待つのも本末転倒だ。起動式を展開中の段階でキャンセルできれば、そのほうが安全だからな。だからこそ、彼の才能は今まで罪状が確定できずに、軽い罰で済まされてきた未遂犯に対する強力な抑止力となると私は思っている」
摩利の言葉に禅十郎はなるほどと言った顔をして頷く。達也の才能は知っていたが、そのように使えるとは考えていなかったからだ。
「それに、私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある。先ほど君も言っていたが、今まで二科の生徒が風紀委員に任命されたことは無かった。それはつまり、二科の生徒による魔法使用違反も、一科の生徒が取り締まってきたと言うことだ。そして、当校には一科生と二科生の間に感情的な溝がある。一科の生徒が二科の生徒を取締り、その逆は無いという構造は、この溝を深めることになっていた。私が指揮する委員会が、差別意識を助長するというのは、私の好むところではない」
摩利が言い終わると、禅十郎は摩利の考えに深く関心した。
(全く、この人達には敵わないな……)
自分もまだまだ考えが甘いと禅十郎は思った。
組織としての対面を気にし過ぎていたために、自身の考えが差別意識を助長することに繋がっていたことに気付けなかった。
「禅、これでも異論はあるか?」
禅十郎の正論を上回る正論で返してきた摩利に反論するつもりは無かった。
「いえ、ありません」
それを聞いた摩利は服部の方を見る。
「という訳だ。服部、これでも不満か?」
摩利にそう言われた服部は完全に言い返せない。
「会長、私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します」
(あ、逃げた……)
摩利との口論で勝てないと判断した服部が真由美に話を振る姿は正直情けないと禅十郎は思った。
「確かに渡辺先輩の言葉に一理あります。ですが魔法力が乏しい二科生に、風紀委員は務まりません。どうかご再考を」
「待ってください!」
そこへ深雪が我慢の限界に達したのか、とうとう口を開いた。
達也は目の前の口論に引き込まれて、深雪を制止するタイミングを逃してしまっていた。
「確かに兄は魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは実技のテストの評価方法に兄の力が適合していないだけのことなのです。実践ならば兄は誰にも負けません」
しかし、深雪の言葉を聞いても服部の目は真剣味が薄かった。
「司波さん、魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識しなければなりません。魔法師を目指すものとして身贔屓に目を曇らせることのないように心がけなさい」
服部は面倒見のいい先輩として言ったつもりであるのだろう。しかし、この場合において逆効果になるのは深雪の反応を見れば分かるものだが、彼もまた未熟ということなのだろう。
「お言葉ですが、私は目を曇らせてなどいません!お兄様の本当のお力を持ってすれば……」
「深雪」
ヒートアップした深雪を止めたのは達也だった。
止められた深雪は、自分が冷静さを欠いていたことに気付き、後悔した。
深雪を止めた達也は、そのまま服部の前まで移動する。
「服部先輩、俺と模擬戦をしませんか」
「なに……?」
(ほほう?)
達也の意外な申し出に、一人を除いて全員が言葉を失った
「思いあがるなよ、補欠の分際で!」
中条が悲鳴を上げたが、他は平静を保っていた。
そして、面と向かって言われた達也はうっすらと笑みを浮かべていた。
「魔法師は冷静を心がけるべき、でしょう?」
そう言われて服部は悔しげに息を詰まらせた
「別に風紀委員になりたいわけじゃないんですが、妹の目が曇っていないと証明するためなら、やむを得ません」
達也の言葉は服部にとって挑発的に聞こえた
「いいだろう。身の程を弁えることの必要性をたっぷり教えてやる」
そして正式な試合として服部と達也の模擬戦を行うこととなった。
第三演習室にて、禅十郎は真由美、摩利、鈴音そして中条と共に、服部と達也がやってくるのを待っていた。
深雪は模擬戦の準備をしている達也と共にいるためここにはいない。
服部も動きやすい靴に履き替えてくると言ってはいたが、実際は気持ちを落ち着かせるために一人になっているのだろう。
「禅、この試合の結果はどうなると思う」
「さて、どうですかね。実際、二人の魔法技能を直接見たわけではないですから」
摩利の質問を禅十郎は軽くはぐらかした。
「まぁ、近接戦闘に持ち込めば達也に確実に軍配が上がると思うんすけど、中距離、遠距離の技量がどれほどかまでは全くです」
「なるほど……。それにしても、君が達也君をそこまで評価するとはな。ますます彼に興味が沸いてきた」
「渡辺先輩、浮気はダメで、イデデデ……」
「禅、何か言ったか?」
真顔でアイアンクローをかける摩利。
「いえ、何でもありません」
それを見ていた真由美と鈴音が呆れており、中条はおろおろとしていた。
摩利に解放された禅十郎は、頭を擦りながら話を続けた。
「ああ、でも確実に言えることが一つだけありますよ」
禅十郎の言葉にここにいる全員が注目する。
「これは俺の姉ちゃんから聞いてたんですけど、一科生が二科生を見下すときって、魔法の発動速度の差を示すのが典型らしいようで」
「ええ。学校の実技評価でもそれが取り入られておりますし、評価された結果で相手を貶めようとするのは典型的な例と言わざるを得ません」
鈴音がそれを肯定する。勿論、あまりそれを良く思っていないのは声色からして分かっていた。
「で、話は変わるんですけど、渡辺先輩、魔法師同士の戦闘において勝敗を決するとしたら最も有効な方法は何でしたっけ?」
「相手より先に魔法を当てること、だな」
突然の質問に対しても、摩利は気後れすることなく答えた。
「正解です」
話題を変えて禅十郎が何を言いたいのか摩利達は興味があった。
「先ほども言いましたが、一科生と二科生では魔法の発動速度に確実に差があります。魔法師同士の戦闘において、魔法を発動する速度の差が実際の戦闘においてどれほど重要かは、魔法師を目指す多くの学生が知っています」
禅十郎の言っていることに、全員が頷く。
魔法の発動開始がほぼ同時であった場合、発動速度の差が勝敗を決めることは自明の理であった
しかし、それはあまりにも限定的過ぎる条件なのだ。
「でも、本当の戦闘で魔法がほぼ同時に発動して、速度の差で結果が決まる、なんてことはごく稀なんですよね。発動速度はそこまで重要視されないことが現場では多いんですよ」
意味ありげに笑みを浮かべる禅十郎に摩利は何かに気付くが、残りは彼が何を言おうとしているのか理解できていなかった。
「それに格下が相手なら、早く魔法を発動すれば決着はつくと思ってちゃあ、足元をすくわれますよ。実際は早く発動するより、どうやって魔法を相手に当てるかが重要なんですから」
「あの……、つまりどういうことなんですか?」
禅十郎の話を理解できなかった中条が尋ねた。
すると禅十郎はニヤリと笑みを浮かべる。
「つまり、魔法師同士の勝負はやり方次第では『後出し』しても勝てるってことです」
この言葉に真由美達は揃って眉を顰めたが、禅十郎が言っていたことを理解したのはこの後に始まる試合の結果を見てからだった。
そして、達也と服部の試合は、わずか一瞬で決着が付いた。
「……勝者、司波達也」
試合の勝者は達也。
そして、達也はただ為すべきことを為したという顔をしていたのであった。
はい、いかがでしたか
今回はかなり一人で話すことが長かったです
でも、原作もこれぐらい長くやってたので、大丈夫だと思います
次回の話で勧誘週間の話まで持っていけたらいいなと思います
それでは今回はこれにて