力を司る者の末妹になりました 作:ノッキン
ベルベット組が好きで好きでカッとなってつい書いた。
ベルベットルームの住人、マーガレットがそれを見つけたのは、全くの偶然だった。
主人に生み出されたばかりの自分の妹や弟と顔合わせを終え、二人に服を与え、自らの存在を一通り説明し、後は片付けを済ませるだけ……のはずだ。マーガレットは僅かに眉を寄せ、部屋に確かに存在する異物を見つめる。
彼女の視線の先には幼い子供が一人、その身に何も纏う物もなく座っている。
自分もそうだったが、主人に生み出された姿は相応に成長した状態でだ。つい先程生み出されたエリザベスもテオドアも例外ではない。二人とも顔付きには幼さは残りはするが、それもすぐになくなってしまうだろう。
――しかし。
その異物は子供のような形をとっていた。立ち上がれば、まだ彼女の身長の半分もないだろう。
――あれは一体、何?
マーガレットは考えた。片手に持つペルソナ全書を開くべきかとも一瞬思ったが、子供の髪が自分と同じく銀色であることに気付き止める。
――敵か、味方か。
それでも、警戒心は解いていない。銀髪であるからといって、子供が自分たちと同様に生み出された者とは限らない。
そんな、マーガレットの露骨な警戒心を感じとったのか、子供はゆっくりと辺りに視線を彷徨わせた。やがて金色に輝く二つの瞳がマーガレットの姿を捕らえる。
「………………ぁ」
子供が口を開く。幼い体つきから確証は持てないが、恐らく性別は女であろう。マーガレットは少女が何を言葉として発するのか聞き逃さぬよう、耳を澄ます。
「――マーガレット?」
そして、聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、すぐに彼女はペルソナ全書を開いた。目には、幼い少女に向けるには強すぎる殺気を宿らせている。
「何故、私の名前を知っているのかしら?」
自分の名前を知っているのは名付けた本人のイゴール、マーガレット自身が名乗ったエリザベスとテオドア。自分を除けばその三人ぐらいだ。
それなのに、目の前の少女は確かに自分の名を言った。これをただの偶然ととらえるには、あまりにも出来すぎている。
「あなた一体、何者なの?」
力を司る者が子供一人にこんな警戒心を抱かなくても、どこか冷静な部分がそう指摘する。だが、その指摘に対してマーガレットは明確な事実を示す。
――その力を司る者の殺気を受けても、少女の表情は変わらない。どこか何かが欠けているような虚ろな無表情がそこにはあった。
「そう。何も答える気はないのね」
ならば、と彼女はペルソナ全書のページをめくった。細く美しい指がページをなぞり、彼女の周りには複数のペルソナカードが浮かぶ。体に纏うカードの中から一枚選び、そして喚んだ。
「〈オベロン〉」
小さな妖精の王、オベロン。召喚されたそれを前にしても、表情も体も少女は動かない。
「少し痛めつければ、貴女は話す気になるのかしら?」
マーガレットは口元を微かに上げ、少女に対して笑みを浮かべる。そんな優雅で妖艶な笑みの彼女から発せられた言葉はーー
「メギドラオン」
ペルソナの放つスキルの中でも強力で、幼い少女に向けられるには、あまりにも容赦のないものだった。
オベロンが動き、黄金の光球が少女の頭上に現れる。そのまま黄金の光は一瞬で少女の体を包み込み、そして爆ぜる。後からくる衝撃に体勢を全く揺るがせず、マーガレットは静かにペルソナ全書を閉じた。その表情には、先程の笑みとはまた違った満足気な笑みが浮かんでいる。
少し痛めつける。とは言ったが、マーガレットにその気はなかった。なかったから、一瞬で全てを終わらせる手段を選んだ。主からはエリザベスとテオドアの二人が生み出されることは聞いたが、他に何かが生み出されるとは聞いていない。それに知るはずのない名を知っていたこと、殺気を受けても微動だにしない様子、それらの事実から彼女は少女をベルベットルームにとって不都合な存在だと認識したのである。不都合な存在は排除しなければならない。それが力を司る者としての彼女の選択だった。
そう考えながらも、彼女は少女が生きている場合のことも考える。あり得ないことだとは思いつつも、万に一つ少女が生きていられたらと。排除か様子見、その二つの選択を彼女は考えた。排除の場合は持ちうる全ての手段を使い、様子見の場合は捕縛し主の元に連れて行く。当初の認識なら即座に排除が妥当な選択だが……それでは何か物足りないとも思ってしまっているのも事実だった。
「あら、これは……」
考えていた思考を放棄し、煙の晴れた部屋に現れたものにマーガレットは目を見開く。辛うじて原型を留めたままで、少女はまだ息をしていた。無傷とは言えないが、それでも少女は生きている。
「興味深いわ」
知らずとそんな言葉が出ていた。マーガレットは自分の口元に手をあて、自分自身の言葉に戸惑う。戸惑いながら、一歩ずつ少女へと近付いていった。カツン、カツンと音が部屋に響く。
マーガレットが近付く気配を感じ取ったのか、横たわった状態のまま少女は少し身動いだ。原型を留めてはいるが、火に炙られその姿は酷いものだ。生きているのが不思議なほどの状態の少女を彼女は冷たい目で見下ろした。脆く、弱い。それは力を司る者としては、あってはならない性質である。
マーガレットは息を吐いた。そのまま、期待外れだったと少女を排除する為にペルソナ全書を開く。『メギドラオン』が駄目だったのなら、ヨシツネの『八跳飛び』ならと、カードのページをめくって顔を上げた。そして、少女の変化に気付き、また目を見開く。
「脆い分、再生速度は速いのね」
少女の体は再生していた。焼けただれていた皮膚が元の白い肌へと戻っていく様子をじっくりとマーガレットは見つめる。その表情に浮かんでいた驚きが、好奇心へと変わるのはそう遅くはなかった。元が頑丈にできている自分自身の体には、回復スキルを使わずに再生する能力はない。それを目の前の少女ができている。
おもむろにマーガレットは自分の頬へと手を触れさせ、そこで笑みを浮かべている現状に気付いた。
「本当に興味深いわ」
もう一度似たような言葉を口にし、彼女は元通りの姿になった少女を抱える。軽い体は腕に難なく収まった。少女の体はぐったりと弛緩している。
ともあれ、マーガレットにできることは、後は自らの主の指示に従うのみ。興味深い対象ではあるが、それ以上するつもりはなかった。
◇◆◇
――ここはどこ? 私は誰?
なんて、思わずテンプレな問いかけをしてしまう。目が覚めたと思ったら、見知らぬ部屋に私はいた。青一色だけの実に青々しい部屋である。緑って目にいい色って聞いたことあるけど、青はどうなのかしらと妙な疑問を抱きつつ、何やらスースーするので視線を下ろした。
若々しいというか幼い下半身が一番最初に飛び込んできました。上半身も肌色一色、首をねじって背中を見ても肌色一色。なぜか、全裸です。お尻が冷たい。
目が覚めたと思ったら、青い部屋にいるし、着る服はないし。一体、私はどんな状況に陥っているのだろうか。少し考えてみてもわからず、さらに考えてみてもわからない。結論、とりあえずわかりません。これで「儂は神じゃ」だとかなんとか突然語りかけてくるいかにもな人が現れたら、神様転生チート能力付きの人生をおくれることは間違いない。が、そんな都合いいこと起こらないのが現実であるわけで。いや、そもそもこれは現実なのかと試しに頬をつねってみる。
プニッと優しい弾力が指に返ってくる。若いというより幼い肌の感触に感動を覚えた。やったね、若返ってるよ私。とりあえず、夢ではないのは確かだ。感触柔らかい。あとお尻も冷たい。そのままペタペタと体中を触ってみる。
――ふう。大変柔らかな質感でありました。
さて今の現状が現実であるのは触って確かめたわけだ。ならば現実見た私が次にするべきことは服を探すことじゃないかなと思う。下を見る限り、どうも今の私は女の子の体をしているみたいだし、ここがどこかわからない今服がないと危ないんじゃないかなと。いきなりどこからか幼い女の子にイタズラする悪い大人が出てくるかもしれない。現実って残酷だけど、流石にそれは回避したいのだ。現実だからこそ是が非でも回避したいのである。
さて何か羽織る物でもないかなと、辺りを見渡した私の目に一人の女性の姿が映り込む。女性であることに安堵しつつ、いつからいたのだろうかと不安になりながらも女性をそのまま見つめる。どこかで見たことがあるようなと妙な既視感を感じた。
「………………ぁ」
――初対面の相手だが、私は彼女を知っていた。自分の中にある知識が彼女の名前を導き、そして声に出す。
「――マーガレット?」
マーガレット。ペルソナ4で登場するベルベットルームの住人。『力を司る者』の長女。イケメンと筋肉が好きなお茶目なお姉様。ちなみにペルソナ3の方ではヴィジョンクエストなるものを作って、主人公を試している。風貌、言動ともに中々にドSい女性だ。
押し寄せるように思考に知識が組み込まれていく。そのおかげで、とりあえずの現状は把握できた。現実だと実感したはずなのに何やらゲームの登場人物が目の前にいる。なるほどなー……とは思えなかった。これは簡単に成る程しちゃいけない。
何故? どうして? と、疑問ばかりが頭に浮かんでは強制的に消し去られた。ゾクッと不快な冷たさが全身に行き渡る。疑問に感じている暇はなかった。
「何故、私の名前を知っているのかしら」
――あ。
ペルソナ全書を開き、臨戦態勢をとるマーガレットを見て後悔する。そして、その至極まともな問いかけを聞き、遅ればせながら失敗に気付いた。
――やっちゃった。やっちまった。やっちまったぜ。
そりゃ、見ず知らずの幼女に自分の名前呼ばれたら疑問に思いますよね。警戒するよね。や、本当に目がガチでいらっしゃる。口は災いの元とはこのことか。
とりあえず弁明しようと、敵意はない誤解だと、私は体を動かせようとした。具体的に言うと、サムズアップしながら笑顔を浮かべようとしたわけだ。が、私の体は少しも動いてくれなかった。情けないことに恐怖で体が動かない。目と目は合ったまま、離すこともできない。
「あなた一体、何者なの?」
何者か――それは私も知りたいことです。気付いたら、ここにいたんです。私は無害な幼女です。だから、そんなに冷たい目を向けないで。そう言えたら、どんなに楽か。口も動かない現状に、叶うことがない願望を思う私の表情と目が虚ろになっているのが見なくてもわかる。
「そう。何も答える気はないのね」
違います。怖くて何も言えないんです。無駄だと知りつつ、私は内心で必死に弁解する。
そんな私にやはり気付くことなく、マーガレットはペルソナ全書をめくった。ページをめくる手が指が、美しく優雅に動くのに思わず見惚れる。そのまま彼女の体に纏わり浮かぶペルソナカードも同じように見つめた。ペルソナを出されることは、私にとって終わりを示すことなのはもちろん承知している。それでも、彼女の姿に私は見惚れていた。
「〈オベロン〉」
彼女に喚ばれ出てきたペルソナを見上げる。童話に登場する王子様が着るような服や頭に乗せた王冠が、小さいながらも威厳を感じさせられるペルソナだ。
見惚れてぼんやりとしていた思考が徐々に冷静になっていった。オベロンってアレだ。9999ダメージの『メギドラオン』使ってくるやつ。そのことに気付き、こりゃダメだと私は自分の死を悟る。
「少し痛めつければ、貴女は話す気になるのかしら?」
少しどころか、今の幼い一糸纏わぬ体じゃ消し炭になりそうなんですけど。さすが、容赦ないね。マーガレット姉上は。
「メギドラオン」
艶やかな笑みとともに告げられたのは、予想通りのもので。
私はそのまま、なす術もなく光に包み込まれるのだった。南無三。
――いたい、痛い、痛い、熱い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーっっ!!
声にならぬ叫びを発し、自らが焼ける感覚、圧倒的な熱量、力が降りかかるのを私はただ受け入れる。ダメだ。耐えきれない。死にそうだ。死ぬ。いやもう一思いに楽にしてくれ。体が熱い、痛い、そもそも感覚が曖昧だ。なら大丈夫? ああ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。まだ生きていたい。消えたくない。苦しみから解放されたい。理不尽だ。なんて弱いんだ、私は。なんて強いんだ、この力は。ああ、ああ、ああ、苦しい。辛い。恨めしい。ふざけるな、頭が痛い、体が痛い。こんなところで死にたくない。生きていたい。だって、私はまだ意味を知らない。この世に存在してしまった意味を知らずに、やすやすと消えてたまるものか。力が欲しい。苦しみから解放される力が。どうか、どうか、神様、私に、私に、私たちに――
そして私は皮膚が張り付き閉じた瞼の裏に、金色の蝶が羽ばたくのを見た。
◇◆◇
次に私が目を覚ましたのは柔らかいベッドの上だった。真っ青な複雑な模様が描かれた天井を数度か瞬きをしつつ見つめる。ふと何の気なしに天井へと両手を伸ばす。真っ白な腕と手が視界に入り込んだ。消し炭不可避なあの状況で、どうも私はしぶとくも生き残ったようだ。とりあえず、やったねとは思えた。なんで生きていれるのかは不思議だけれど、きっとたぶん奇跡が起きたのだろう。そう信じよう。
ぐー、ぱー、ぐー、ぱーと握っては開きを繰り返す。指先も違和感なく動く。体にはまだ怠さが残ってはいるが、それも正直あまり気にならない程度だ。
さて、奇跡的に生き残れたわけだが……ここどこさ。ベッドから起き上がり、現状を把握しようとつとめるが全くヒントがない。一面青、真っ青、そしてベッドしかない。出入り口には扉が一つだけ。脱出するならあの扉を開かねばならないようだ。
安直に考えればここはベルベットルームなのだろう。青だし。扉もなんだかそれっぽいし。
――あの扉の先には何があるのだろうか。
むくりとどうしようもない好奇心が起き上がってきた。現状把握よりも先に、好奇心を優先させるのも如何なものか。そうは指摘されても、すでに私の体はベッドから降りている。
目覚めても相変わらず何も身につけてなかった体をベッドにあった青い布で隠し、私は扉の前に立つ。わくわくと高鳴るぺったんこの胸。ほんの少しだけ背伸びをしてドアノブを回して引く。ぎいっと重たい音を響かせて開いた隙間から外の様子を見てみた。とりあえず、敵の影は見当たらない。フェイントで誰か現れやしないか、そう警戒しつつもそろりと外へと出てみる。
大丈夫。誰もいない。身の安全を優先し、このままできることなら冒険の旅に出かけてみたいな。るんるんわくわくと、期待に胸膨らませて部屋の外を一気に駆けだそうとした、ところで、
「あら、どこにいくつもり?」
背後から声がした。綺麗な声だと思った。美しい声だと思った。なんだか、聞き覚えもあるなとも思った。そして、ついでとばかりに身の危険も感じた。
「大人しく部屋にいることすらもできないのかしら、この子は」
腕が掴まれる。ひえっと情けない声が出そうになった。というよりも、後ろからなんて卑怯じゃないですかね。どうやったのさ。普通に扉から登場してほしかった。
なすすべなく、私は出たばかりの部屋に引っ張り込まれる。そのまま、またベッドの上に逆戻り。顔を上げれば、相変わらずマーガレットから冷たく見下ろされている。
「服よ。早く着替えなさい」
そう言って無造作に服が放られた。ポカンと、服とマーガレットの顔を交互に見比べる。確かにいつまでも裸では不便だったのだけど、服を渡された意図がどうもわからない。服着せてから始末しようか。そうともよくあるよくある話……なのだろうか。
早く着替えろともう一度言わんばかりに、彼女の眉間に皺が寄りだしたので私は慌てて渡された服に着替えた。下着と真っ青なズボンを履き、真っ白なシャツの上に真っ青なベストに身を包む。鏡が周りにないので似合っているかどうか判断できないが、マーガレットの表情からしてそんなに不格好ではないようだ。
「これから貴女は“エルサ”と名乗りなさい」
――はい?
突然のことが多すぎて理解も反応も追いつかない。服を与え、名前を与え、つい先程メギドラオンで瀕死まで追い込んだ相手にすることではなかった。なにか、裏がある。これ多分、安心させて油断したところで襲い掛かってくるパターンだ。現実とは非常なり。油断大敵である。
「何を警戒しているのかしら」
呆れた声と共に身を屈めたマーガレットから額を小突かれ、私は仰向けにベッドに倒れこむ。再びの天井に私を見下ろす金色の瞳。
「貴女を生かし、『力を司る者』として私たちの末妹とする。これは全て主が決めたことよ」
――私が? 力を司る者の? マーガレット、エリザベス、テオドアの末の妹?
……なんの御冗談でしょうか。こんな弱っちい幼女体型の私が力を司る者なわけないじゃないですかー、やだー。仮に万が一、そうだとしたらきっと私は失敗作だ。力を司る者の残り滓みたいなものから奇跡的に形作られ、生きている何かだ。彼女たちのような戦闘力は持てない欠落品だ。ああ、なんだか。悲しくなってきた。もういっそのこと、このままかき消してください。私なんかがこの先生きていても、完成品にはならないのだから。ああ、空しいなあ。悲しいなあ。なんて、なんて、私は弱い物なんだろう。
「エルサ」
もうやだ。なんだか酷く生きていくことが億劫だ。消えたい。消えてまた違う何かに、分相応なものに生まれ変わりたい。路傍の石ころとして転がっていたい。
「エルサ。返事くらいはしなさい」
沈む私の頬が、マーガレットに引っ張られる。むにーーっと、柔らかい両方が伸びて痛い。え、痛い。結構、冗談抜きで痛い、これ!?
「ふぁい」
伸びた頬でなんとか間抜けな返事ができた。頬から指が離れる。
「よろしい。さあ、立ちなさい。主の元へ案内するわ」
「……わかりました」
もう、どうにでもなれ。現実感のないまま、それでも頬には痛みが残っている。
かくして、私は『力を司る者』の末妹のような何かに、言うなれば最後に(仮)でも付いてるような曖昧な存在となった。
やったね、テオドア! 妹ができたよ!
次回予告『テオドア君、お兄ちゃんになる』(嘘)