力を司る者の末妹になりました   作:ノッキン

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末妹、色々と初体験


第三話

 何が何だかよくわからない。ここ最近よくわからないことだらけで慣れてはきた気もしていたけれど。さすがに今回の件はいつも以上によくわからなかった。

 私の前10メートルぐらい先にあるものを見ながら、私の頭の中は絶賛混乱状態だ。現実逃避がしたい。視界に映るものをあまり認めたくはない。ぶっちゃけ逃げたい。

 

「狩りに行くわよ」

 

 一狩り行こーぜ、ノリは違うのだけど似たような言葉をマーガレットが発したのが事の始まりだった。

 狩り? シャドウ殲滅戦かなとか、呑気に思っていた時期もありました。確かに狩りだかなんだか話していたような知識もあるが、まさか本当に狩りに行くとは誰が考えるだろう。私は全く考えてなかった。

 

――あれを狩るのかー。そっかー。

 

 現実逃避をしたい脳が必死に認めようとしないモノを私は再度視界に収める。

 一言でそれを表せば「触手」。捕まったら最後おそらく目も当てられぬ状態になるであろうタイプのあれだ。非常に怖い。ウネウネと元気一杯に蠢くそれを見るだけで、ゾワリと身体中に嫌な感覚が走る。

 

――狩っちゃうんですね、あれ。

 

 さっきと似たようなことを思い、私はその場にいる頼もしい兄と姉たちと触手を見比べた。なぜか私を除く三人は全書を開いて臨戦態勢である。何がそんな狩猟魂に火をつけているのかわからないが、私以外はやる気満々の状態であった。私も一応倣って全書は開いてみたが、正直申し上げますと逃げてしまいたい。

 

 静寂の中、ウネウネと蠢く触手が急に動きを止める。あ、戦意喪失したのだろうか。そうだよね、こんな一人でも十分ラスボスと渡り合えるような強者が三人も並んでいるのだから。私は安心した。無用な争いなどないのだと。安心して。

 

「エルサ!!」

 

 そして、油断していた。

 テオドアの声に前を見る。触手が真っ直ぐ、私へと。そこまでしか確認できなかった。

 グチャと嫌な音が響く。

 

「っぁ……」

 

 咄嗟に身を翻したがもう遅く、触手はただただ真っ直ぐに私の肩を抉った。衝撃で背中から地面に倒れる私、上を見上げると触手が沢山。あ、終わった。これはいけない。触手考えたね、誰が一番壊しやすいのか。正解。私が一番弱いんだ。

 

「ぐぁっ……ぃっ」

 

 腹を抉られ、全身に生温かいものがぶちまけられた。なんだろう。痛み以上に熱い。また名前を呼ばれた気がする。これはテオドアの声だろうか。視界の端にテオドアとエリザベスが私へ向かっているのが見えた。けれど背後からくる触手のおかげで二人ともうまく進めていないようだ。ああ、それではマーガレットは。

 腹を貫かれながら、私は目だけを動かす。いた。いつものように、彼女は冷静な顔をして立っていた。妹が襲われているのに顔色一つ変わりもしていない。いつものあの私を妹とは認識していないような冷たい瞳が、愚かにもただの触手如きに襲われている力を司る者を見つめている。

 

――そんな目で見ないで。

 

 熱が上がってくる。口内に溜まる血を吐き出し、私は襲われてもまだ持ち続けている全書に意識を集中させた。幸いにも手はまだ無事だ。どうやら触手は幼い体の中身にしか興味がないらしい。このロリコン触手め。おかげで中身はズタボロだけれど、たぶんそれもすぐ修復できる。抉られた肩はもう修復済みなのだから。あとは修復できる時間があればいいのだ。

 

「〈ヨシツネ〉」

 

 全書を捲り呼べば、ペルソナカードが宙に浮かび上がって砕ける。パリンと薄いガラスが割れたような音が消え、ヨシツネが現れた。

 マーガレットの表情が変わる。その顔に浮かぶのは驚きだった。まさか、と思ったのだろうか。私の行動が彼女に驚きを与えたのは素直に嬉しかった。少しでも感情が動いたって事実が大切なんだ。だって、無関心じゃない。

 ヨシツネは召喚者たる私に襲いかかる触手を次々と斬り捨てる。それを見ながら、私はまだ体に突き刺さったままの残りを抜く。痛みで気を失いかけたが、根性でそこは乗り切った。そのまま、根性で立ち上がって下を見れば血溜まりが。これ、全部私の血か。よく生きてるな、私。他人事のように思いながら、私は元通りになったお腹を触る。思ったよりも修復は早かった。

 

「油断したわね」

 

 マーガレットの前に立てば、彼女はいつもと同じように言葉を発した。

 

「はい。でも、もう大丈夫です」

 

 そして、私は抱えていた全書を開く。

 

「さあ、続けましょう」

 

 さて、仕切り直しだ。見せつけてやらねば、私たちの力を。ただの嬲ることしかできない触手に。というよりも、私は私の中に残った熱を発散させたかった。つまり八つ当たりというやつだ。なぜだかはわからないけれど、今の私は無性に気が立っている。

 

「まったく……最初からそれぐらいのやる気を見せなさい」

 

 ため息交じりに言われた言葉と一緒に、ぽんと頭に手が置かれる。ちょっと癖の入った髪の毛の上にマーガレットの手が乗っている。顔を上げると彼女は確かに私を見ていた。見間違えでなければ、表情もいつもより柔らかい。いつも通りじゃない。

 

――あ。これは嬉しい。

 

 かなり嬉しい。

 その手はすぐに退けられてしまったけれど。確かな満足感が私に残った。

 

「エルサ!! 大丈夫ですか!? 無事ですか!? 怪我は!?」

「テオ、少しは落ち着きなさい」

 

 文字通り吹っ飛ぶようにやってきたテオドアと、その後ろからゆっくりと現れたエリザベス。さすが、二人とも傷一つ見あたらない。

 

「よかった。目立つ傷はないようですね……ですが、女性が肌をそんなに大胆に見せてはいけませんよ。私の上着を貸してあげます」

 

 お腹は無事に修復されてはいるが、服のほうは穴が開いたままだった私はテオドアに上着を着せてもらう。体格が全く違うので動きやすいように、服の裾などを折ってくれたりと、至れり尽くせりだ。

 

「ありがとうございます。テオドア兄様」

「いえいえ。これぐらい気にしないでください」

 

 これこのままいけば、兄力が上がりすぎて過保護になるのでは。微笑むテオドアを見ながら、少しだけ不安になった。私という存在しないイレギュラーのおかげで、性質が変わってしまうのはあまりよくないことだ。大筋な流れを逸れることはないだろうが、万が一のことがあるかもしれない。

 もう少ししっかりせねば。目指せ、兄離れ。決意を胸に、私は今一度三人の隣に並んだ。

 

「いくわよ」

 

 マーガレットの言葉を合図に、私たちはそれぞれペルソナを召喚した。

 

 

♦♦♦

 

 

――一難去ってまた一難。

 

 触手に攻撃されるという一難が去り、私は当初の目的をすっかりと忘れていた。あれ、この触手どうするんだったっけ? 四人に思い思いに力をぶつけられ、こんがりといい感じに焼けた動かない触手を前にし、ようやく思い出したのだ。

 

――あ、これ。そういえば、狩猟目的だったね。

 

 そして、今私はお皿の上に置かれた触手だったモノと対面している。変わり果てた姿になったそれに特に思うことはない。だって、思いっきり攻撃されたし。いくら自分の油断が招いたことであれ、笑って許せる寛容さは私には足りなかった。

 そんなことよりもだ。右手にナイフ、左手にフォークを握りしめ、私はごくりと口内に溜まっていた唾を飲み込む。

 

――まさか、本当に調理された状態で出てくるなんて。

 

 緊張、恐怖、そして少しの期待。未知なるものに挑戦する勇気はまだ私には足りない。けれど、けれど、実際に見て確認しなくても三人の視線が私に集まってるのがわかるのだ。

 

――なんとしても食べねば。

 

 この注目されてる中で食べないなんて選択肢は存在しないのだ。そうだ。今だ。ほら、食べろ。動け私の手。思い出せ、あの憎き触手の動きを……いけない。これは逆効果だった。ともかく、食べろ。食べるのだ。なんとしても、食べて飲み込んで一言。美味しいと味の感想を言うだけの簡単な行為だ。さあ、早く、早く!!

 

「…………はむ」

 

 震えそうな手で切り分けた触手にフォークを突き立て、「いただきます」と小さく呟き口の中に入れた。そして、もごもご、あむあむと咀嚼をはじめる。

 噛んだ感触はまるで生前食べた記憶のあるタコのよう。怖かったけれど味もまるでタコのよう。これ、もしやオクトパスでは? と混乱してきた頭が初対面時のどぎついインパクトを思い出させる。あれがオクトパスなわけあるまい、あんな見るからにザ・触手のようなものが。というより、タコ焼きが食べたい。これ触手で再現できるんじゃ?

 色んなことを考えてしまったが、要は結構いける味だったということだ。割といけるよ、触手。見た目はあれだけど調理すれば食べれるもんだ。

 

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 

 ナイフとフォークを空になった皿の上に置き、私は手を合わせる。

 三人の様子を見れば、エリザベスとテオドアは嬉しそうに、マーガレットは少し腑に落ちない様子。何か問題でもあっただろうか。食事マナーはきちんとしていたはずだけれど。

 

「変わったことをするのね」

 

 はて? 私の視線に気づいたマーガレットが呟くが、何のことやらわからない。

 

「その挨拶は儀式みたいなものなのかしら?」

 

 言って彼女は手を合わせた。その行為が私が食事前と後にしたものであることに気づく。「いただきます」と「ごちそうさま」がマーガレットは気になるようだ。確かに思い出してみれば、三人ともしていなかった。でも、まあ、これぐらい誤魔化しはできる。

 

「儀式かどうかはわかりませんが、以前本で読んだんです。なんでも外ではご飯時にこれをするのがマナーらしくて、少し面白いなと」

 

 何もおかしなことは言っていない。これで大丈夫、なはずだ。

 

「人間とは変わったことをするのですね。摩訶不思議、奇想天外、奇天烈でございます」

 

 手を合わせながらエリザベスは首を傾げていた。

 生前は何も考えずに行動していたが、というより物心つくころにはすでに教えられていた気がする行動だが、意味はよく覚えていない。基本的な食物に対する感謝を、ぐらいだ。

 

「まあ、いいわ。エルサ、片付け終わったら今日の訓練をするわよ」

 

 ……えー。もちろん、その声は心の中に留め、私はゆっくりと頷いた。拒否権など最初からないのである。

 

 

♦♦♦

 

 

――お、おお!?

 

 身の丈以上の大きな鏡の前で、私は喜びに打ち震えていた。朝の日課として、というより朝という概念がないので起きてからすぐ鏡の前に立つ日課が私にはある。そのまま鏡の前で満足いくまで顔面マッサージをするのだ――いや、まあそれはさておき。顔面マッサージはいいのだ、今は。

 そんなことより、朗報です。

 背が伸びました。それも見てわかるぐらい。流石に一気に三人と同じ背丈ではないけれど。それでもこれはちょっと成長したってことでいいのだろうか。通りで起きて服がキツいなと思ってたんだよね。

 ふんふんふんと、下手な鼻歌を歌いながら私は部屋にあるクローゼットを開いた。そしてサイズの違う服に着替えてもう一度鏡の前に。前まではそりゃもう幼女サイズだったあの私が、小学生サイズに成長している。

 目に見えての成長だ。成長できたのだ。

 鏡に映る自分の姿を見てガッツポーズ。嬉しい。喜ばしい。誰かにこの変化を見てほしい。そんなふうに内心のテンションは上りに上がっているけれど。

 

 鏡に映る少女の表情には、その溢れんばかりの感情は浮かんでいない。

 無表情のままガッツポーズをする自分の姿に、上がっていたテンションが一気に下がる。体の中にあった高ぶりは冷め、握っていた拳をといた。

 

「…………」

 

 頬に手をあてる。柔らかい、すべすべしている。手触りはよし。なのに、なぜだか。笑おうとしてもその頬はぴくりとも動いてくれやしない。意識的には笑っているのだ。けれど、表情は何も変わりやしない。

 嬉しくても、楽しくても、面白くても、悲しくても、辛くても、何があっても変わらない。

 人形のようだと、私は力を司る者三人を表現するけれど。一番人形みたいなのは私だ。これはやはり私がただこの体に憑依しているだけということなのだろうか。だから、私の感情は体に影響を与えない。そういうことなのだろうか。

 

「…………」

 

 無言のまま指で口角を上げる。目が笑っていないので妙な顔つきだ。

 両手を頬にあててぐにぐにとマッサージをする。少しでも表情が動けばと希望を持ちながら、ぐにぐにと。

 

――まあ。意味ないのだけれど。

 

 手を離せばすぐに元通り。鏡に映る静かな瞳と見つめ合う。

 何をしているんだと。そう問いかけられてるように思えて、私は何をしているんだろうねと肩を竦めた。

 

――テオドアあたりなら面白い反応してくれるだろうか。

 

 さて。気を取り直して兄や姉たちの反応を見に行きましょうか。どうせ今はまだ豊かな表情なんて必要ないのだし。そう、いつか笑える日がくるはずなのだ。きっと。

 

 

 

 

 




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