「……ザットコンナトコロカナ」
マミと杏子が鈴音の体の治療を終えるのとほぼ同時にエグザムは説明を終えた。
語ったのは、いわゆる原作と呼ばれる物語。
朱音も、鈴音も、エグザムも、存在しなかった場合の世界の姿。
それを聞いた魔法少女たちの反応はそれぞれだ。
「円環の理…まどかの、神の姿……」
「ほむらちゃん、鼻血出てる」
「……私何度か魔女にされてるんだけど」
「ねぇ! だからマミるってなんなの!?」
「ってぇか何であたしがさやかなんかと一緒に死ななきゃならねぇんだよ」
……全体的に気が抜けている。それはエグザムがなるべく重くとられないように面白おかしく話したからだ。
だから、少しでも冷静に考えると。『有り得た可能性』として噛み締めると。
「私は……無駄な時間を回っていたのね……」
「……ほむらちゃん…」
後悔が押し寄せる少女が居る。
「そーなると、私たち魔法少女にならなくて良かったね、まどか」
「さやかちゃん…」
安心できる少女が居る。
「……あたしは…あたしたちは、今まで運が良かっただけなんだな」
「杏子ちゃん…」
恐怖に震える少女が居る。
「―――ちなみに、
「答エル必要ハアルカイ?」
「……いえ」
「マミさん……」
静かに瞑目する少女が居る。
「サァテ、ヤルコトガ無クナッタ。ソロソロ朱音モ会ッテル筈……ン」
エグザムが振り向く。その視線の先には黒い球体。音もなく存在するそれを、静かに見つめる。
「エグザム、さん。どうしたの?」
「鹿目マドカ。美樹サヤカヲ連レテ帰ルンダ」
「え?」
「速ク! 魔法少女ジャナイ君タチガ巻き込マレタラ、最悪穢レニ犯サレテシマウ!」
「え? え?」
急に声を荒げたエグザムに、まどかは上手く反応出来ず。
ドドドド―――
地鳴り。いや、空気が振動を伝えている。それはまるで空間自体が揺れているかのような―――
「速ク!」
「まどか! これは流石に離れよう!」
「う、うん!」
魔法少女でない二人は瓦礫の上を走り、その場から立ち去ろうとするが、地震のせいで上手く進めない。
「まどか! 今助けるわ!」
それを見たほむらは魔法少女特有の身体能力で二人の元まで走り、二人のサポートへまわる。
さして時間もかけずに三人の姿は見えなくなる。
「……んで?」
杏子がエグザムに問い掛ける。それは主語も述語も無く。
「穢れはあの子たちより私たちのような魔法少女の方が危険よね?」
マミがその部分を補足する。
二人の魔法少女の視線に晒され、しかしエグザムは動じない。
「マア、普通考エタラソウカモネ。ダケド、果タシテ本当ニソウカナ?」
「……どういうこと?」
世界が壊れそうな地鳴りの中、それを気にせず話す二人と一匹。
「魔法少女ニ対シテ穢レハ毒。確カニソウダ。シカシ、ドウニカシヨウガアル」
「グリーフシード、か」
「ソウダネ。対シテ彼女タチハ? モシモ穢レニ犯サレタラ? 普通ノ人ハそうるじぇむナンテ便利ナ物ハ無イ」
「つまり、あの子たちの方が危険だったと?」
「ソウ」
徐々に、地鳴りが消えていく。
そしてすぐに地鳴りは収まり黒い球体に変化が起こる。
「これは……脈動してる?」
「……心臓みたいだな。気持ちわりぃ」
黒い球体は、音も無く肥大と収縮を繰り返す。
「―――ソレニ、コレハ僕ノ勝手ナンダケド」
それを見つつエグザムは小さな声で続ける。それは他の誰にも届かない声。
「ドウセナラ。心カラ帰還ヲ喜ベル人タチ
チュウ?
ポトリと落とした言葉に、茶色いネズミが反応する。いつの間にかそこに居たネズミはエグザムの足を甘噛みして鈴音の体にまで走る。
―――黒い球体が脈動を止める。
「動きが……」
「止ま……った?」
「ソレジャア、僕ハコレデ。マタネ」
「エグザム?」
唐突にエグザムは黒い球体へと駆けていく。そして、まるで黒い球体に食べられるように吸収された。
「なっ!?」
「マミ! ヤバそうだ!」
球体が蠢き、様々に形を変える。
そして、ゆっくりと、小さくなっていく。
「マミ、どうなると思う?」
「分からないわ。ただ、良いものにせよ悪いものにせよ―――何かが出てくるわね」
「……朱音だったら良いんだけどな」
念のために二人は戦闘態勢に入る。先のワルプルギスの夜との戦いの疲労は大分収まっている。
黒い球体―――既に球体ではないが―――は流動し、ある形に収束していく。
そして、あるタイミングで朱音を吐き出した。
「朱音!」
「朱音さん!」
朱音は意識を失って倒れている。慌てて駆け寄る魔法少女たちは、しかし朱音と二人を隔てるように現れた
黒いそれは横一文字に広がり、瓦礫を飲み込む。
「なっ、なんだ!?」
「これ……穢れ?」
「正解。そしてそれが私の力」
朱音の隣。収束していく黒い球体が存在していた筈の場所。一人の少女が立っていた。
紫のリボンが付けられた、
―――まるで、黒い朱音だ。
「なにもんだ、あんた」
「私? 私は
「てめぇ! ふざけんな!」
杏子が怒鳴るが、黒い少女は動じない。
「ふざけてないんだけど。……あー、いや、ふざけてたわ。ごめんなさい」
「っ、てめ!」
「危ない!」
マミが杏子に体当たりをかます。魔法少女の筋力で突き飛ばされた杏子はそれなりの距離を転がる。
「なにすんだマ…ミ……!?」
そして怒鳴ろうと顔を上げて―――絶句する。
自身が立っていた場所に黒い氷山のような物体がそびえ立っている。マミが体当たりをしなかったらあれに体を粉々にされていただろう。
そして間一髪で杏子の命を救ったマミは穢れに全身を縛られている。その姿はマミのリボンで縛られた敵のそれと酷似していて。
「……ちょっと笑えないじゃねーか。マミ!」
「私は大丈夫よ! それより気を付けて!」
「うおっとぉ!」
杏子の足下から穢れが噴出する。間欠泉のように噴出した穢れは、黒い少女へと舞い戻る。
「ふーん。流石はベテラン。ちょっと煽るだけでカッとなるのが弱点かしら?」
「ちっ……」
「おぉ、こわ」
少女はニヤニヤしながら煽る。杏子はそれにぶちギレそうになるけれど、冷静でなければ倒せない相手だと理解した故に舌打ちで済ませる。
「さてさてベテランさん? 自分のせいでお仲間がやられちゃってるんだ、け、ど?」
「うっせぇ!」
杏子は駆け出す。少女へ向けて、一直線に。槍を構えて駆ける姿は朱い騎士のよう。
「そうこなくっぢゃぶっ!」
「!?」
対して、黒い少女はこけた。それはもう見事にこけた。『ビターンッ』という効果音が横に浮き出てきそうなほど綺麗にこけた。
まるで教室で机の間を歩いていたら席に座ってる奴に足を引っ掛けられたように、いや、片足で立っている時に軸足を払われたように、もしくは歩くのに慣れていない赤ん坊のように、顔面から盛大にこけた。
「お、おいおい……」
杏子はベテランだ。魔女との戦いは数えきれないほどしてきたし、魔法少女との戦いだって何度もしてきた。
その杏子とて、相対している相手がここまで見事にこけるのを見るのは初めてだった。
(そういう
思わず立ち止まり思考に気を回してしまうほどには驚いた。その隙は戦いの中では致命的だ。
―――本来ならば。
「………ぁ」
「?」
「あ……かねえぇぇぇぇっ!」
黒い少女が跳ね起き、倒れている朱音へと穢れを叩き付け―――
「うひゃっ!」
ゴロゴロと転がった朱音はスタッと立ち上がる。
「何してくれてんのよ、このっ、このっ、このぉっ!」
「うわ、わ、ごめ、ごめんって!」
穢れを弾丸の様に撃ちまくる黒い少女。しかし朱音はひょいひょいと避ける。
「せっかく、せーっかくラスボスっぽくしてたのに! 朱音のせいでぇ!」
黒い少女へ向けて周囲に散らばっていた穢れが全て集まる。
そして形成されるのは八本の触手。炭のように黒いそれはまるでミサイルのように高速で朱音へと突き出される。
朱音は走って逃げるが、その速さは触手と比べるとウサギとカメ。すぐに捕まった。
「うわっ、これ冷たい! ヌメッてする! 気持ち悪いぃ!」
「あ~か~ね~?」
黒い触手から逃げられない朱音は黒い少女の前まで移動させられる。
「あーその……優しくしてね?」
杏子には、黒い少女の堪忍袋の紐が切れる音が響いた気がした。
~○~○~○~○~○~
ひ、酷い目にあった……!
「んじゃ、改めて。私は乙女……本庄乙女よ」
「あたた……えーと、乙女ちゃんはわたしの娘うそうそうそ! 妹だよ!」
そして、ところ変わってマミさんの家。移動中に鈴音ちゃんも起きて、避難してたほむほむ、まどかにゃん、さやかちゃんも合流。皆揃ってる。
……おかげで、少し部屋が狭いけど。
「朱音ちゃんって、妹いたの?」
「んー。まぁ、ね」
「?」
歯切れが悪くなっちゃって、まどかにゃんが首をかしげる。いやだって、ねぇ?
「質問するにはちょっと速い。そもそも私は人間じゃないんだから」
「ふぇ?」
「どういう事かしら、乙女さん」
「こーゆーこと」
乙女ちゃんの
当然、悲鳴が響き渡る。叫んでないのはわたしとほむほむ、杏子ちゃんぐらいか。まあ二人とも引いてるけど。
「お、乙女ちゃん……流石にそれはどうかと」
「んー? だってこれが一番分かりやすいでしょ? それにあれ取り出すのに必要だし……んっ」
乙女ちゃんは首から体の中に手を突っ込む。そのままごそごそと何かを探すように手を動かす。
もう、なんか、音とか血とか出てこないだけで普通にグロだね。……あと、首だけで喋らないでよ。
「あー、あったあった」
取り出したのは……拳二つ分ぐらいの大きさの石。黒いのに発光していて、不気味。
「……それは?」
恐る恐る聞いたのはほむほむ。少し顔が青ざめてるけど、その胆力は流石だね……。
「私の
首を元通りにくっつけて、乙女ちゃんは石……心臓を眺める。
「それと同時に、今機能している最後にして唯一のグリーフシードよ」
「グリーフシード!?」
乙女ちゃんがしかめっ面でこっちを見てくる。耳元で大声出しちゃったからかな……ごめん。
「……はぁ。朱音は知ってなさいよ」
乙女ちゃんはそう言うと心臓を飲み込む。……これはこれで……なかなか……恐ろしい光景に……。
「さて。……あー、ちょっと悪いことしちゃったわね」
見回す。意識を失っているのが鈴音ちゃん、さやかちゃん。まどかにゃんとほむほむは顔が真っ青だし、マミさんは放心状態。杏子ちゃんはマミさんが出したケーキを食べてる。ず、図太い……。
「んで? 人間じゃないのはあたしたちもだし…モグモグ……グリーフシードの大きさには驚いたけど…モグ……それがなんだって? コア?」
「そう。私というシステムの根幹」
「システム、ねぇ」
「……あ。えっと、そのシステムって……?」
あ、マミさんが復活した。
「簡単に言えば、世界中の穢れの浄化よ」
「世界……」
「そりゃまた、スケールの大きなこった。で、気になるのが……妹?」
「あー……それは……」
「うん、わたしが言うよ」
それはわたしの責任だしね。
「乙女ちゃんはわたしの妹。それは正しいけど……血が繋がってる訳じゃ無いんだ。乙女ちゃんは……その……」
とはいえ、恥ずかしい……。でも言わなきゃ……。
「わたしの妹……っていう人格。わたしの頭の中で創られた、わたしの妹……です」
「……」
沈黙が部屋を包む。さっきの阿鼻叫喚が嘘みたいだね。……なんて。
「……あー、と? 人格?」
「それってつまり……」
「本庄朱音は二重人格者って事……ね?」
ほむほむの言葉は正しい、けど少し間違い。
「残念でした。わたしは二重なんて小さな枠に収まらない……あいたっ!」
「そんなカッコいいものじゃ無いでしょうに」
「だからって叩かないでよ!」
「あの! それって、乙女ちゃん以外にも朱音ちゃんの姉妹が他にも居る……ってこと?」
まどかにゃんが聞いてくる。んー、そっかあの言い方だとそう解釈されちゃうかもね。
「「 ううん。居ないよ」」
乙女ちゃんと被っちゃった。……あ、そうだ。
「ねえねえ、乙女ちゃん」
「なに、朱音」
「新しい妹か弟って欲しい?」
「要らない」
「そっかぁ。きっと可愛い子を産めると思うよ?」
「……別に要らないし」
まあ、聞いてみただけだから。もし仮に『欲しい』とか言われても困るしね。
「その、まとめると……元々乙女さんは朱音さんの頭の中の妹で、世界中の穢れを浄化していくグリーフシードの体に移った……ということ、かしら?」
「大体そんな感じ」
乙女ちゃんが頷く。
「まあ、さっきは暴れたけど……挨拶みたいなものだから。これからよろしく」
良い……笑顔だね。多分印象最悪だろうけど。
~○~○~○~○~○~
―――こうして。
幾つもの障害を乗り越えてわたしの願いは叶った。
―――こうして。
最も難関である私の願いが叶った。
―――これで。
わたしたちの生活は変わるかもしれない。
―――これで。
私たちの在り方は大きく変わると思う。
―――だけど。
―――だけど。
さよなら。
全ての運命の不幸は無くならない。そればっかりは覆せないけど、これは彼女の願いが起こした、奇跡の救い。
この世で生きる辛さを教えるために。
悲劇は無くならない物ではあるかもしれないけれど、ヒトは立ち上がれるから。
だからずっと救いを続ける。
語られない物語を守るのだから。
わたしの―――私の―――物語は終わらない。
読了、誠にありがとうございます。感謝の言葉しかありません。
……しかし、なんと続きそうな終わり方なんでしょうか。
乙女ちゃんという新キャラ、乙女システムによる世界の変化、そもそものシステムの効果、そして最後の最後に出番なしの鈴音ちゃん―――――
こ れ は ひ ど い 。
だけど、個人的にも残念なことに、これが最終回です。
誰が何と言おうと――文句を言うのは主に自分の心ですけど――終わりです。
ですけど、本庄姉妹は残ります。投稿者の頭の中のキャラ表にしっかり入っています。
ですから、きっとまたどこかで出てくるでしょう。
それでは、また。別の小説でお待ちしております。