レコードの少女たちと穢れの魔法少女(前編)
時は遡って数日前。
「電車なんて久しぶりだねー」
「私は初めてだけどね」
本庄朱音と本庄乙女が電車に乗っていた。同じ車両に乗る人はおらず、2人はのんびりと揺られている。
「何回でも聞くけど、マミさんが行ったのは神浜で間違いないのよね?」
「うん、ほむらちゃんがちゃんと聞いてたみたい」
2人が電車に乗っている理由。それは、2人の知り合いである魔法少女、巴マミが行方不明となっているからだった。
マミとは違う学校に通っている(どころか隣町に住んでいる)2人だが、マミの仲間である暁美ほむらはワルプルギスの夜を越えた事で時間操作の魔法を失い戦力として数えられず、佐倉杏子はその穴埋めの為に町を離れるわけにはいかないので、その代打に選ばれたのだった。
ちなみにご存じの通りこの世界線では鹿目まどかと美樹さやかは魔法少女になっていない。
「すぐに帰るって言ってた筈なのにもう一週間も経つってさ」
「それに連絡も取れないんでしょ?」
「うん。珍しく杏子ちゃんがイライラしてたね」
「私たちに任せてじっとしてくれればいいんだけどね」
あれで仲間思いだからねーと乙女が愚痴り、右手から真っ黒な塊を産み出す。その塊はぐねぐねと形を変え、ちっちゃな人間の形になる。ポニーテールに八重歯、細い腕に貧相な胸。黒い佐倉杏子といったところか。横に槍も産み出しポーズを取らせる。
「うーん、まぁこんなもんかしら?」
「ワンワン、犬の魔女だぞー」
そこに朱音が手を出す。人差し指と小指を立て残りの指を合わせた、いわゆる狐の手だ。
「『お、やるかい? あんたじゃああたしには勝てないぜ!』」
乙女はフィギュア杏子を操作し、朱音の手に槍を差し向ける。
パクパクと口を動かす犬に、チクチクと槍を差すフィギュア杏子。大口を開いてからの噛み付きをなんなくかわし、飛び上がる。
「『たあぁぁぁぁあっ!』」
「いったあっ!?」
小さい槍が犬の魔女に……朱音の手に突き刺さる。
手の甲から赤い血がにじむ。
「あ……」
「いてて……もー」
「あ……ぁ……」
そこまで出血はないがわりとぱっくりと傷が開いている。そうとう鋭い槍を作ったようだ。
意図していなかったとはいえ朱音を傷つけたことに、乙女は随分とショックを受けている。
「ご、めん……」
「いーのいーの。そんなに落ち込まないで。えーとティッシュティッシュ。絆創膏ってあったっけ? ……ん?」
ポケットからティッシュを取り出して傷口を押さえる。と、乙女がその手を取る。ティッシュをどかすと───ベロッ
「うひゃあっ!?」
唐突に手を舐められて朱音は飛び上がる。大声を上げてしまって慌てて周りを見回すも、当然他に乗客は居ない。
見ると、傷口に黒いテープのようなものがくっついている。触るとブヨブヨして冷たい。
「ば、絆創膏の、代わり。許して、許して許して許して許して」
「んもー2人っきりの時は甘えん坊なんだから」
明らかに情緒が不安定になっている乙女に対して、朱音は優しい声をかけながら頭を撫でてあげる。
乙女は普段は比較的強気な性格なのだが、どうやら他人に迷惑をかける事を極端に嫌うようで、例え相手が朱音だとしてもこのように発狂寸前になる。
とはいえ朱音もこれが初めてではない。お姉ちゃんとして落ち着いて行動する。
「大丈夫大丈夫。わたしの方がいっぱい迷惑かけてきたんだから今更怒らないよ」
「うぅ」
「ほら、ギュー」
「ん……」
ハグしあって落ち着く。端から見ればとても仲のいい双子姉妹だ。
『次はー神浜ー。神浜ー。お出口はー、右側でーございます』
そんな車内アナウンスが流れる。もうすぐ目的地のようだ。
~○~○~○~○~○~
「は?」
気付くと駅の前に立っていた。それが目的だからなんの問題もない。ない、はずだったが。
記憶が飛んでいる。つい一瞬前まで朱音と一緒に電車の中に居た筈だ。
だが、そこから切符を取り出して電車を降りて改札を抜ける、といった行動をした記憶がない。ほんのまばたきのうちに移動したのか? いくら暴走気味だったとはいえ、そんな。
「えっと。……朱音?」
訳の分からない状況に、思わず朱音の手を握る───ことは叶わなかった。
横を見ても、朱音は居ない。そこに居るべき存在が居ない。そこに居なければいけないのに。
乙女は叫んだ。なりふり構わず。
叫んで、走り出した。叫んでも反応が無かったから。
どこだか分からない街を、どこに居るかも分からない相方を探して。
走って、叫んで、人を押しのけ、当てもなく進む。
そうして、ふと我に返る。むしろなんで我に返ったのか不思議に感じ、辺りを見回す。
「ハァッ、ハアッ……あれ、魔女の口づけ……」
乙女は穢れを取り込むという特性があり、その穢れの発生源が近くにあると身体が引っ張られる感覚を覚える。無意識下に、その感覚を受け取ったのを感じたのだろう。
乙女は朱音を捜索するのと口づけを受けている少女を助けるのを天秤にかけ……救助を優先する。
このままやみくもに探したところで見つかるわけがなく、それならば魔女の結界に朱音が居る可能性の方が高い。
なにより、魔女の犠牲が出たら朱音は悲しむだろうから。
流石に大通りで暴れるわけにもいかないので少し離れた位置からゆっくり後を追う。最悪見失っても、使い魔の穢れカラスでも産み出して探せる。ちなみに朱音捜索用の穢れカラスは既に空を飛んでいる。
足取り的に少女はどうやら電波塔へ向かっているようだ。
「ん?」
同じ方向へ歩く二人組がいる。片方は紺色の私服を来た高校生か大学生。もう片方は制服の少女。恐らくこの街の中学生だろう。
乙女は彼女たちからも僅かながら穢れを吸い取っている。つまり彼女たちも魔法少女で、あの少女を追って魔女を倒そうとしているということ。……まあ、どうにもこの街は魔法少女が大量に居るようでそこかしこから穢れを吸っているが。
とにかく、最悪このままだとグリーフシードを巡って彼女たちと敵対することになる。乙女にグリーフシードは必要ないのだが、彼女たちには分かる筈がないし無償の協力は逆に疑われるだろう。
魔女を彼女たちに任せて自分は朱音の捜索に戻る……これが一番現実的だ。が、当てもなく探すよりも恩を売って人探しの協力を得る方が良いか?
「そっちのが良さそうね。これも縁って事で」
タイミングを見計らって、彼女たちを助けることに決めた。
適度に距離を取って歩くこと数分。電波塔の中に入る。
「あ、やちよさん!」
「しまった!」
口づけを受けた少女がエレベーターに乗る。前の二人が慌てて走り出すも、間に合わずエレベーターは行ってしまう。
少し迷う。私なら姿を変えれば先回り出来るけど……出来れば恩を売るために二人の後から入りたい。
「階段で追いかけましょう!」
「待っていろは。ここはエレベーターを待った方が速いわ。それに無駄に消耗したくない」
「モキュモキュ!」
ん? なんか変な声が聴こえたけど……ま、いっか。
んー、じゃあ逆に堂々と二人に着いていきましょうか。ぐにゃぐにゃと姿を変える。
トランスフォーム、猫! なんちゃって。
「ニャーン」
「えっ?」
エレベーターにささっと乗る。
「こんなところに猫?」
「かわいい……けど、このまま連れていくのは危険ですよね」
「そうね。ほら、降りなさい」
ちっ、さっさと入ってエレベーター動かしなさいよ。私を降ろそうとする手をよけていく。
「やちよさん……はやくしないと」
「もう、仕方ないわね。大人しくしてなさいよ」
「は、はい!」
「……貴女じゃなくて猫に言ったのよ」
いろはは天然ね。やちよさんとやらは冷静。どうにも歴戦の猛者って感じ。
とにかくエレベーターが動き出し、すぐに最上階にたどり着く。さーてあの少女は……みっけ。
「やちよさん! あそこ!」
「あれは、屋上に続く階段……っ! まずいわね」
「どうしてこの人たちは止めないんですか!?」
「よく見なさいいろは、この人たちも魔女の口づけを受けているわ。……こんなところで集団飛び降りなんて悪夢、起こすわけにはいかないわ」
二人は人だかりを押しのけて進むけど、傷つけないようにしてるせいで上手く前にいけない。私は足元をすいすいと駆けていく。猫の姿はこういう時に便利。
さて屋上。けっこう広いわね。あの少女は既に端の方にいる。私が居なかったら不味いことになってたわね。てってこてってこと駆け寄り横に並ぶ。
「だめ────っ!」
遅れて屋上に来たいろはの声が響く。
それじゃあ右前足を少女の影において、『影踏み』。穢れが影を通して少女の身体を縛る。……なんか思ったより抵抗が強いわね。影から穢れを手の形にして伸ばし、もっと物理的に少女を掴む。計四本の腕に掴まれて少女は屋上に寝転ぶ。
「えっ、なにが起きたの?」
「いろは、変身しなさい。そこの黒猫! 正体を表しなさい!」
んー、まあばれるわよね。黒猫から姿を変える。
濃いピンクのリボンが付いた黒い帽子、白くて短い髪、紫を基調にした袖の長い服、白い変な模様の入った黒いミニスカート。
薄い記憶の中にある、『古明地こいし』の黒いバージョンってところかしら。
「ま、魔法少女!?」
「自己紹介は後ででいいかしら?」
屋上への扉を大量の穢れで糊付けして封鎖する。何人か登ってきてしまった人間は……ついでに貼り付けときましょ。
「魔女さんのおでましみたいだしね」
「……そのようね。いろは、やるわよ」
「え、あ、はい!」
現れた魔女結界に三人で飛び込む。
「私は本庄乙女。よろしくいろはさん、やちよさん」
「あれ、どうして名前を?」
「猫の姿で聞いていたんでしょ。悪趣味ね」
「酷いわね」
現れたのは杖を持った牧師のような見た目の使い魔。
小手調べに穢れで切り裂こうとして、それより先にピンクの光が使い魔の胴体を貫く。直後にその首が飛んだ。
いろはの武器は弓……というよりは腕に付いた小型のボウガンね。
やちよの武器は大きな槍。前衛と後衛が分かりやすい。
「ヒュー、やるわね」
「貴女は構えるのが遅い」
「悪いけど、私の本領はサポート、よ!」
「ひゃあっ!?」
いろはの足元に穢れを溜めて、一気に隆起させる。この結界が草原チックで遮蔽が少ないのもあって敵を一望出来る筈。そのまま魔女も見つけてくれるかしら? なんちゃって。
「そこからバンバン射っちゃってーいろはさん!」
「了解です!」
ついでに筋力サポート用の穢れを腕に付けてあげましょ。うんうん、我ながら良い感じ。
「っと!」
やちよの猛攻を避けて近づいてきていた使い魔の攻撃をしゃがんでかわす。杖が頭の上を横切る。
地面から穢れを突き出す。槍状の穢れは使い魔の身体を貫通する。……まだ動けるの?
「ちっ、往生しなさい!」
使い魔の身体の中から穢れを侵食させる。隅々まで侵食したら、その穢れを一気に突き出す!
「ふぅ」
「貴女もしかして、この街での戦いは初めて?」
「まぁね……」
私が使い魔を一匹倒す間に、やちよといろはは二匹ずつ倒していた。そして使い魔はまだまだやってきている。
「神浜の魔女は他の街の魔女よりも強い。油断していると、死ぬわよ」
「……じゃあ、ちょっと本気でいきますか!」
さっきまでは少し下がり気味に戦っていた。だから、今度は前に出る。多分やちよかいろはがサポートするでしょ。穢れでナイフを形成する。
「てやっ!」
ナイフを弱点である頭に突き刺す。さっき使い魔に穢れを刺したときに、ちゃーんと構造も把握済み。
ビュンッと音がなり私の後ろに居た使い魔が射貫かれる。
「ナイッシュー」
「油断するなっていった側から!」
「今のは分かってたから良いの!」
普段ならもっと効率よくやるんだけど、流石に二人の前でそれをやるわけにもいかない。地道に使い魔を倒していく。
その中で分かったけど、二人の強さは相当なもの。私だって負けるつもりはないけど、もし二人とやりあうのなら一方的な有利を取らないとキツそう。
まあそんなことにならないことを祈りましょ。
「ようやく魔女のおでましね」
見た目はおおよそ羊。ただ、目が幾つもあってギョロギョロとこちらを睨んでいる。
「やちよさん、乙女さん!」
いろはが足場から降りてきた。確かにあのまま居たらただの的だろう。足場に使っていた穢れを回収する。
「いろは、まだいけるわね?」
「はい! なんだか今日は調子が良いみたいです!」
「あ、敬語じゃなくて良いわよいろはさん」
「あ、はい……うん、乙女ちゃん。乙女ちゃんも敬語じゃなくて良いからね?」
「貴女、なんというか、随分と緊張感がないわね。本当に魔法少女?」
「緊張感が無いのはお互い様じゃない? おっと」
羊の魔女が足のフォークを飛ばしてきた。二人は飛んで避けるけど私は穢れを手の形にして掴み取る。
「お返し!」
そのまま投げ返す。フォークはそれなりの速度で羊の魔女に刺さる……けど、ダメージになってない。モコモコの羊毛を貫通出来ていない。
やちよといろはは左右に移動している。三方向から囲んで叩くつもりだろう。
「なら本気も本気よ」
穢れを放出。地面から生える巨大な腕を形成。羊の魔女よりも巨大な、見上げないといけないそれに羊の魔女はフォークやハサミを飛ばして攻撃してくるけど、残念ながらダメージにならないのよ。ただの穢れですもの。
こぶしを握り、振り下ろす。ジャストミート! 二回、三回と叩きつけた。
「えぇ~これで倒れないの?」
羊の魔女は三回も潰されたにも関わらずふわりと浮き上がる。複数の目が全て私を見る。偉いわね、穢れの腕じゃなくちゃーんと私を見るなんて。スゴイスゴイ。でも私ばっかり見てると……。
「はあああああっ!」
「貫いてっ!」
ピンクと青の光が交差する。羊の魔女は身体を硬直させ、フォークやハサミを落としながら消えていく。同時に魔女の結界も崩れて消えていった。
慌てて穢れを回収。結界の外で被害者たちを貼り付けていた穢れも回収して、服装も魔法少女服から普段着のTシャツに変える。
「……必殺技で倒せないのって、けっこう自信なくすわね」