新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
1 ロストガール
街が崩壊した。
それが異常だということはわかっていた。
巨大な力を持った何かが全てを破壊しようとしている。
女神は?
国を守っていたはずの女神は何をしていたの?
父に手を引っ張られ走りながら、私は辺りを見回す。
かつてみんなが笑いあっていた街の景色は影もない。
大半の人々はがれきに埋もれ、焼かれ、あるいは裂かれた。
他の国が崩壊したのが、つい先日のことだったはずだ。
なのに、その魔の手はすでにこの国にも及んでいる。
生き残った人はあとどれくらいいるのだろう。
もしかしたら私たちだけということは……。
私は頭を振ってこの恐ろしい想像を振り払った。
きっと誰かが残っているはず。
私たちのように生き延びた人たちがいたはず。
「いいか、イヴ。よく聞け」
父が立ち止まって、私を見る。
彼は普段から研究しかしないような科学者であり、ちっとも鍛えてはいない。
そのせいで私よりも息を切らしていた。
「この先に父さんが作ったとある物の試作物がある。お前になら使い方がわかるはずだ。ここに保管されてる」
そう言うと、父はある建物の名前が書いてある紙を渡してきた。
ここなら知っている。父の仕事場だ。
「行け!」
「お父さん……」
何故私一人で……?と言おうとしたとき、爆音が聞こえた。
正体を見たことはなかったが、そのおぞましいほどの力はただの人間である私にも感じられた。
同じくただの人間である父が時間稼ぎをしようとするためにとどまる。
ああ、無理だ。そんなの……。
「行け!!」
必死の形相に、私は逆らえなかった。
泣きたくなるような感情を抑え、走り出す。
私は一度も振り返ることはなかった。
□
がれきを影にしながら、穴が開いた青白い亀裂が入った空間に足をとられないよう、私たちは進む。
少し離れたところでは『彼女』が敵を遠ざけているはずだが、それでも一人では対処しきれない数が押し寄せていた。
「イヴ、手を貸してくれ」
魚に人の顔をくっつけたような奇妙な生物、
崩壊した道路の先の大きながれきが行く手を阻んでいた。
私はオレンジ色の右腕でがれきに触れる。
肩から伸び、小さな傷がたくさんついているそれは、私が開発した義腕だ。
材料が足りないため、設計よりも簡素になったそれについている小さなボタンを押す。
小さなモーター音が鳴り、手の甲の電源マークがかすかに光る。
それを確認し、私は右腕を引く。
「はっ!」
掛け声と同時に拳を突き出す。
どかん、と爆発すような音がなって、がれきが粉々になった。
「助かったよ。やっぱり君がいないと、だね」
「ばかなこと言ってないで、早く行きなさい。すぐに敵が来るわ」
ずいぶん遠くまで走ってきて疲労がたまっているものの、次の拠点まではまだかなりの距離がある。
止まってるわけにはいかない。
海男と並んで、私は再び走り出した。
「うずめが無事ならいいんだけど」
「彼女なら大丈夫さ。きっと戻ってくる」
私のつぶやきに、海男が優しい声で答える。
いつもなら、仲間であり最大の戦力である
しかし今日はいつもとは違った。
神出鬼没のバカでかい敵、ダークメガミに加えて、なにやら禍々しい力を持った紫の大剣を振るう男までいたのだ。
遠目ではあったものの、あの男からはうずめのような優しい正の力ではなく、その反対のおぞましい負の力が感じられた。
その大剣男は迫りくるモンスターを次々と倒していたが、味方だとは到底思えなかった。
「もう少しで完成だったのに……」
うずめのことと同じくらい、前の隠れ家に残してきた開発途中のパワードスーツを気にしていた。
あれさえ完成できていれば、私であってもモンスターをなぎ倒せるくらいには活躍できたはずだった。
突然襲撃を受けて、うずめ一人に任せる形になったのは心底悔しい。
「また一から作り直しかい?」
「ええ。素材もまた集めないと」
『また』というからには、妨害されたのは今回だけじゃなかった。
以前にもこういうことはあったのだ。
そのたびに設計は改良されていくのだけれど、完成したことはない。
せめて助手でもいればいいのだが。
「それより、あとどれくらいかしら」
「まだかなりかかるね。なにかに出くわさなきゃいいが……」
さっきのがれきを破壊したことで義手のバッテリーは切れた。
次の拠点に移るまで、充電は不可。
ここに来るまでに他の武器も使ってしまったため、身を守るものはもう残っていない。
時間と材料があれば……。
ぎりっと歯ぎしりし、これ以上モンスターに出会わないことを願う。
しかし不幸にも、その願いは届かなかった。
どすん、と何かが落ちたような大きな音が響く。
音がしたほうを振り向くと、そこには鹿のような、しかし鹿よりも巨大な一本角の生物がこちらを睨んでいた。
まずい、モンスターだ。
「海男!みんなをつれてって!」
「しかし、イヴ…」
「はやく!」
問答をしている暇はない。
私にできるのは、いまにも迫ってこんとする目の前のモンスターの足止めをすることだ。
とはいっても私に残されたものはない。
ここが終わりか。
うずめと彼女が作る世界を見届けたかったが、それもここまでだ。
私の心中を察したのか、海男は悲しい顔をして大急ぎで去っていく。
同時に、モンスターは私に向かって黒い巨体で突進してきた。
義手を盾にしようとしたが、あえなく吹き飛ばされてしまう。
建物だったがれきにぶつかり、そのままずるずると倒れてしまう。
なんとか立ち上がり、左拳を叩きこむが、ダメージが通った様子はない。
モンスターの体当たりに私の身体は再び吹き飛んだ。
「あうっ」
苦悶の声が思わず漏れる。
勝てない。
いまの私には力が足りない。
そして足りないがゆえに、何も守れずに死んでいくのだ。
なにもかもを諦めて、目を閉じる。
「ちぇすとー!」
無力を呪い、諦めかけたその時だった。
甲高い声が聞こえ、そして何かが引き裂かれるような音がした。
「ふふーん。ね、ネプギア。言ったでしょ?最初に会う敵はチュートリアル的なものだから弱いって」
「う、うん。そうだねお姉ちゃん」
耳に入ってくる能天気な声に、恐る恐る目を開けると、モンスターの姿は消えていた。
代わりに立っていたのは、この荒廃した世界には似つかわしくない、二人の少女だ。
薄紫のショートカットと長い髪の少女。
手に持った刀を見て、この二人がモンスターを倒したのだと分かった。
「ね、キミだいじょーぶ?」
身長の小さい、ショートカットのほうが私へ話しかけてくる。
直前まで死ぬ気でいた私は茫然としたまま、少女たちを見るだけだった。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
今度は長い髪のほうが話しかけてくる。
その言葉に、ようやく私は現実へ引き戻された。
「あ、あなたたち誰?生存者?」
「いや、わたしたちゲーム機に吸い込まれて、ここに来たばっかだからなんにもわからないんだよねー」
私の言葉に、答えにならない答えが返ってきた。
ゲーム機?吸い込まれて?
訳の分からない話に首をかしげると、左手にはめているデジタル時計を改造した小型の通信機から、ざざざーっと雑音に混じって声が聞こえてきた。
『おい、そっちは大丈夫か?』
「あ、うずめ。なんとか」
別の場所で戦っていたうずめから連絡が入った。
その声を聴いていると、やっと生きていると実感がわいてきた。
『こっちもだいたい済んだ。とっととずらかろうぜ』
「わかったわ。あっちで会いましょう」
それを最後に通信を終了させる。
頭の中は相変わらず疑問だらけだったが、私はなんとか心を落ち着かせた。
「えーと…」
「ついてきて。とりあえず安全な場所へ案内するわ」
敵の増援が来る前にここから離れる必要がある。
少なくともこの二人は敵ではないし、聞きたいこともたくさんある。
私は二人を引き連れて、走り出した。
身体は痛むものの、突如として現れた希望に私の身体は軽くなった。