新次元ゲイムネプテューヌ 反響のリグレット【完結】 作:ジマリス
ノワールに与えられた作業室で、私は一人で黙々と手を動かしていた。
止まるとどこまでも沈んでいきそうで、せわしなく身体をあっちこっちへ伸ばす。
ヤマトやアイを神次元に帰すための装置作りと、その小型化。
次元間の移動に使えるのは、なにもシェアエネルギーだけじゃない。それはユウが証明している。
強力な力さえあれば代替エネルギーでも使えるようにしているそれは、次元研究の第一人者だったお父さんの置き土産の改造品。
時々バトルスーツの新造もしながら、息をつく間もなく次へ次へ、物を形作っていく。
「精密機械ばっかりだから、来ないでって言ったじゃない」
何者かが入ってくる気配を感じて、私は振り向きもせずに言う。
「それは知らなかった。ノワールに、イヴはここだって聞いたから」
どきりと心臓が跳ねる。
来訪者はノワールかユニ、もしくはケーシャかと思っていたのに。
そこにいたのは、私が一番会いたかったけれど、目を合わせられない人物。
天王星うずめ。
「治ったのね」
「誰かさんがお見舞いに来てくれない間にな」
「あなたに合わせる顔をもってないのよ」
工具を置いて、勇気をもってうずめと向き合う。
沈黙が流れた。今までうずめと一緒にいるときは感じなかった、居心地の悪い停滞の空気。
彼女は口を開こうとしない。私が言いだすのを待っているのだ。
しばらく躊躇ったあと、私はとうとう観念した。
「ごめんなさい。私はあなたと約束したものを全部放り投げてしまったわ」
「最後はやってくれただろ。くろめも倒して、みんなも無事。俺はそれだけで満足だ」
うずめの言葉は本心だとわかる。だけど、私はどうしても自分を許せない。
彼女の隣にいるに足る人間でいたくて、ずっと頑張ってきたはずなのに、彼女のことを一度は放り、一度は諦めた。
何をするのが正しいのか、何が私に相応しいのか、私自身が一番わからない。
「女神には、補佐官として教祖が必要なんだ」
うつむく私に、うずめは唐突にそう言った。
「俺がこれからつくる国の教祖枠が空いてる。昔、俺の秘書だったイストワールは、今のプラネテューヌの教祖だからな」
うずめは私をじっと見る。それに込められた意味を察せないほど、私は馬鹿じゃなかった。
「私を、ってこと?」
「他に誰がいるんだよ」
「私でいいの?」
「約束したからな。お前と一緒にって」
喉が詰まる。
こんな私を、うずめはまだ友達として見てくれている。それどころか右腕を任せるつもりなのだ。
その選択をするためにどれほど悩んだだろうか。いや、彼女はすんなり決めたのかも。ずっと決めていたのかも。
ただ、親友だから、仲間だから、約束したから。そんな理由で、今までのことを帳消しにするくらいの人。
それが、その包み込むような寛大さを持つのが女神というものだと、私は知っている。
言葉が出ない。視界がぼやけて、まともに彼女を見ることもできない。
お礼を言う前に、溢れる涙を止めることができなかった。
△
プラネテューヌから少し離れた草原に風が吹く。
建物どころか、木もなく、遠くまで見渡せるこの場所に、僕は一番に来ていた。
ゆったりと休む暇もない。僕たちはもう神次元に戻って、片づけなきゃいけないことがたくさんある。
「ヤマト」
僕を呼ぶ声に振り向く。いつの間にか、ユウが後ろに立っていた。
あの魔剣どころか、武器を一切持っていない姿は、僕にとっては新鮮だ。
「経過は?」
「ほぼ完治。ちょっとした傷が残ってるくらいだな」
エコーやイヴ、ダークメガミから受けた傷は、まだ生々しくユウの身体に残っている。
だけど、それまでに受けてきたものの一部にすぎない、と彼は笑った。
「これからどうするんだ? また次元の旅を続ける?」
「どうかな。やりたくてもネプギアに止められる。『もう死にに行かないでください』って」
自棄すぎる彼の行動は、仲間なら止めたくなるだろう。たとえ誰かと交わした大事な約束があっても。
でもそれでいいと思う。
彼が自分の行動がもたらす結果をちゃんと受け止めて、周りの人のことを考えてくれたら、それが一番だ。
「戦いは引退?」
「モンスター退治程度はやるかな。とりあえずはのんびりだ。長いこと戦いすぎた」
「寂しくなるな。しばらくは会えなくなる」
「そうだな。やたらと次元の扉なんて開くもんじゃないし。お前ものんびりしたらどうだ」
僕は首を振る。
「まだやることがある。こっちの次元では犯罪組織が厄介な存在になってきたことだし」
「……大丈夫か?」
この超次元で起こったように、神次元でも犯罪神が出現するかもしれない。
もしそんな強力な存在が現れてしまったら、ユウやネクストフォームを扱える女神がいないこちらで対抗できるかどうか。
アンチクリスタルのことだってある。問題は山積みだが……
「自分の世界は自分で守るよ」
他の国ならともかく、他の次元に頼るのはやめる。
そうじゃなければ、いつまで経っても神次元は成長できない。
「それに、来てほしいだなんて言ったら、解決するまでこっちにいるだろう?」
「否定はできんな」
「そんなんじゃ、ネプギアも大変だな」
戦い続けるべきか平和を享受すべきか、ユウの心の問題だけは解決できていない。
いまはネプギアの必死の説得でなんとか踏みとどまっている状態。
いつかは、彼が自ら剣を置くようになってほしい。仲間として、友人として切に願う。
「なあ、くろめのことだが」
「倒すしかなかったってことくらいわかってる。全員は救えない。そんなことわかってたはずなのに」
そう、僕の内面も解決していない。
誰も殺さずに事を終わらせるという僕の目標は果たすことができなかった。
結局は理想論でしかない。
世界の滅亡を見たユウやイヴの決心の前には、容易く吹き飛んでしまうくらいの綺麗事だ。
「でも僕は続けるよ。一人でも多く、救える人を救う。僕はそれしかできないから」
神次元のレイから超次元のレイへ力が移った時、僕は超次元に向かわない選択もできた。
だけど、どうしても放っておけなかった。
事件の原因の一端は僕にもあったし、なにより誰かが傷つくとわかっていて見ないふりをするのは耐えられない。
「本当は、君のほうが正しいのかもしれないけど……」
「やめてくれ。俺がやってきた結果がどうなったのかは見ただろう。お前はお前の信じる道を進めばいい」
鼓舞するように、ユウは僕の背中をばちんと叩いた。
「なあ、本当にどうしようもないことになったら……」
「その時は呼んでくれ。すぐ飛んでいく。お前が来てくれたようにな」
△
今日が神次元に戻る日だというのに、ぼくたちは遅れていた。
原因はアイだ。
張り詰めていた最近の雰囲気から解放され、もとのぐうたらな生活を取り戻した彼女を起こしていたら、もう二時間も経ってしまった。
放っておけばいつまでも寝ていただろう。
「何か月もこっちにいた気がするッスね、ヴァトリ」
少し跳ねた髪を直すこともせず、アイはそのまま集合場所へと歩く。
これが女神だとは今でも疑問に思うが、こちらの女神であるネプテューヌや、一時的に国のトップになっていたビーシャを見るに、そう不思議なことでもないのかもしれない。
「何度も死にそうになった。こんなことを、何度もやってたのか?」
「んなわけないじゃないッスか。他の次元を巻き込んでまでの戦いなんて、二度目ッス」
「二度でも十分だと思うけど」
振り返れば、次元を越え、機械軍団と戦い、果てには次元融合を止めた。
ただの人間が経験するには濃すぎて、大きすぎる事件だった。
いまだに、整理のついていない部分もある。
「ウチらはどちらかというと、巻き込まれに行った側ッスけどね。それが正しいのかどうか……」
「やったことが正しかったのかどうかは、結局終わってからしかわからない」
今は余計にそう思う。
黒幕を殺そうとしたユウ。それを救おうとしたヤマト。
どちらが正しいのか。どちらに賛同するべきか。ぼくは最後まで決められなかった。
「ぼくは痛感したよ。大人になったつもりが、ずっと考えることを放棄してきただけだってね。ヤマトとアイの背中を追って、君たちならこうするだろうという行動しかしてこなかった。いつまでも子どものままじゃいられない」
「これからどうするんスか?」
「しばらくは神次元を離れる。ぼくなりに強くなるために」
「一人立ちッスか。いつか来るとは思ってたッスけど」
少し反対されるかと思っていたから、即座に頷かれるのは驚いた。
「違う次元ってのも悪くないッスよ。いい友達でもつくってくるッス」
超次元とは別に、他の次元に行った経験があるのか。アイの口ぶりはそうとしか考えられなかった。
ぼくが訊こうとしたが、やめた。
言わないってことは、何かしらの事情があるのだろう。自分の心の内にだけしまっておきたいのか、それとも……
「辛くなったら……いや、辛くなくてもいつでも帰ってくるッスよ。居場所はずっと残しておくッスから」
△
イストワールが、神次元の彼女と交信している間、私たちは私たちで別れを惜しんでいた。
「えー、うずめもイヴも行っちゃうの?」
「ああ、仲間たちが待ってるからな」
「もうちょっといてくれてもよかったのに」
膨らんだネプテューヌの頬を、指で突く。
ぷすーと気の抜けた空気が口から出たのを見て、私は思わず微笑んだ。
これが最後のお別れだなんて、私も彼女も思っていない。いつだって連絡は取れるし、その気になればまた目の前に現れることもできる。
「まあまた遊びに来るさ。いや、こっちから誘うかな。新しい俺の国を見せてやるよ」
「うん、楽しみにしてるね!」
抱き合うネプテューヌとうずめ。私は……また今度、いつか会った時にでも。今は照れ臭いわ。
「しばらくはさよならね」
「いつでも連絡してきなさいよ。忙しくなければ相手してあげるわ」
わかりやすく雑なツンデレを発揮してくれたノワールとは、しっかりと握手。
国の作り方だったり運営だったりとか、思ったよりも早く頼ることになりそうかも。
その時にはきっと、快く応じてくれるのでしょうね。彼女だけでなく、ネプテューヌもブランもベールも。
元の世界に戻ろうとする、あるいは違うところへ旅立とうとする私たちを、少し離れたところから眺める二人がいた。
ユウとネプギアだ。
「みなさん、休もうとはしないんですね」
「やることがあるからな、あいつらには」
「ユウさんはほんとにこっちに残るんですよね?」
「言っただろ。ここにいるって」
「信じてほしいなら、ちゃんとそばにいてください」
恐る恐るといった様子で、ネプギアは手を伸ばす。
ユウの手を取って、離さないようにぎゅっと掴んで、指を絡める。
「話したいことがたくさんあるんです。ユウさんがいなくなってからのこと、それとこれからのこと」
「ああ、俺も土産話ならたくさんある」
「えへへ、楽しみです」
「いちゃいちゃしてるとこ悪いけど」
私は後ろから声をかける。
「ひゃうっ」と悲鳴をあげて、ネプギアはさささと逃げていった。
邪魔したのは本当に悪いと思うけど、そういうのは二人きりのところで存分にやってくれたらいい。
「いいところを邪魔してごめんなさいね」
「イヴ……」
何を言われるかと身構えるユウ。
まあ、私と彼の関係を考えると仕方のないことだけれど。
「ネプギアと、その、そういう関係になったの?」
「ご想像にお任せします。もしそうだったら、お前は賛成か?」
私は肩をすくめた。
「あなたたちのことよ。私の意見を挟む余地なんてないわ」
「そうじゃなくて……俺がこのまま生きていくことには異論はないのか?」
彼の疑問はもっとも。
殺す一歩手前までいったのに、今はこうやってのんきに話してる。
その変わりように、ついていけない部分もあるのだろう。それは私も同じだ。
「少しでもあなたが危険だとわかったら、その時は躊躇なく殺すわ。それまでは……生かしておいてあげる」
「そんなにあっさり決めていいのか?」
あっさりに見えるかもしれないけど、私なりに悩んで悩んで出した結論だ。
うずめとくろめ、私とユウ、他のみんな。様々な人の複雑な関係の末にたどり着いた結末。
「私だって、世界を救うために一人の少女を殺した。あなたを許すことはできないけど、でも、私もあなたと同じなのかも」
深いため息をついて、心の中の黒い部分を一緒に吐き出す。
「親の仇だけれど、今は仲間としてあなたを信頼するわ。あなたが助けてくれたことはちゃんと覚えてるつもりよ」
私に殺されかけたあと、ユウは死にぞこないの身体でダークメガミの攻撃を防いだ。
逃げることもできたはず。だけどしなかったのは、ネプギアや私を守るため。
過去のすべてを見れば、確かに滝空ユウは悪だけれど、同時にヒーローでもある。
敵でもあり、仲間でもある。
状況や立場、心が変わっていくのなら、いますぐ焦って答えを出す必要もない。
少なくとも今は、ユウを生かす。それでいいんじゃないのかな。
「ところで、大きいネプテューヌは?」
「どこかで遊んでるか、別の次元に行ったか。ふらふらしてる奴だからな」
「次元を越えて放浪だなんて、あの子とあなたくらいよ」
いえ、私もかしら。
壊次元から零次元へ、零次元から超次元へ。
期せずして次元を渡った私は、ようやく一つの場所に留まろうとしていた。
自分が作る、自分の場所に。
「なあ、イヴ。本当にこれで別次元に行けるのか?」
ヴァトリが、私特製の腕輪を指さしながら近づいてきた。
彼は、私たちとは違って別の場所に何かを求めて行く人。
親とも呼べるヤマトやアイと離れ、どこかで存在意義を見つけようとしている。
「ええ。ただし、エネルギーは行って帰ってくる一往復分だけしかないから、使ったらチャージする必要があるわよ。こっちに来てくれればもう一往復分チャージしてあげる」
「技術は日々進歩してるんだな」
「お父さんの形見。私を助けてくれた装置の改良版よ。今度は、これを使ってあなたが誰かを救ってきて」
技術や意志、力や経験。ありとあらゆるものが、人や時間、空間を通して受け継がれていく。
ねえ、お父さん。
私は立派に育ったかな。お父さんの思う、立派な大人になれたかな。
いろんな人の強さをちゃんと受け継いで、それを次に伝えられるような大人に……なんて、空を見上げて、少しセンチメンタルになっちゃったりして。
「イヴ、準備できたって」
うずめに呼ばれ、ええ、と返事して彼女の横に並ぶ。
「次元座標をセット」
ヴァトリに着けたものと同じものを装着して、私とうずめは零次元の座標を打ち込む。
あとはボタンひとつで飛び立てる。
「それじゃあな」
「お元気で」
「絶対にまた来てね!」
ユウとネプギアが小さく手を振る。それに合わせて、ネプテューヌは大きく腕を振り回した。
「大人になったら帰ってくるよ。ここか神次元か、零次元かどこかに」
ヴァトリが神次元組の二人に手を振る。
「ああ、またいつか」
「近いうちに連絡するッス。イヴもね」
にっと笑って、ヤマトとアイが親指を立てた。
「そうね。また、ね」
いつまでもここにいれたら、なんて甘い考えを捨てて、ボタンを押す。さようならは言わずに、いつかどこかで再会する約束だけして。
この先には道が広がっている。
そこでは、私一人で解決できない問題も多く出てくるだろう。
でも不安なんて感じない。
私は一人じゃない。うずめ、海男、零次元のみんな。たくさんの仲間がいる。
そのみんなと一緒に、未来をつくっていこう。
誰も知らない、誰も見たことのない輝かしい未来を。
うずめと約束して、くろめが本当は望んでいた世界を。
それが、私のやりたいことだから。