「・・・・ここは、どこだ?」
見覚えのない場所だった、どこまでもどこまでも真っ白な空間。
「何でこんなとこに俺はいる?」
そして何より記憶が無い、ここに至るまでの記憶だけがポッカリ抜けている。両親を亡くし、祖父に引き取られ、祖父の住む田舎で暮らしていたという事は覚えている。祖父が亡くなり、葬儀を開き・・・・そこから先のほとんどが抜け落ちているのだ、俺の記憶から。
「ようやく眼を覚ましおったか」
背後から聞こえた声に振り向けば、そこにいたのは少女だ。和服におかっぱ頭、そう、アレだ。市松人形みたいな感じ。だが妙に老人じみた口調もさる事ながら、その身にまとう雰囲気が尋常じゃ無い。
俺は亡くなった祖父さんに武術を仕込まれた。こんなご時世に何の役に、とも思ったが祖父さんの教え方が良かったんだろうか、俺はそれにハマって必死になって鍛錬に打ち込んだものだ。剣術、棒術、弓術、柔術、古武術と本当に様々だ。そのかいもあってか、何時からか俺は人の『気』を感じ取れるようになっていた。漫画みたいな気だけで相手を判別したり、とかは出来ないが彼我の実力差を測るぐらいは簡単に出来るようになっていた。
ハッキリ言うが、この少女は俺の理解の範疇を超えている。人の姿をした人に在らざるモノ、そう言われた方がしっくり来るぐらい放たれる気は尋常じゃない。
「お主が聞きたい事はよぅ分かっておる、儂の名は太上老君。数多ある外史の扉の管理者をしておる」
待て待て待て、太上老君だと?
俺は祖父さんの家に住んでた、なんでか、ってところが妙にボヤけているが。まぁでだ、祖父さんは本が好きだった。特に史記とか三国志とか水滸伝とか、中国系の話が好きだった。その中に『封神演義』って物語があった。太上老君とはその物語に登場する仙人の名だ、作中でも屈指の実力者であったとも記憶している。
だがこの自称太上老君、『外史』と言った。『史』の『外』、語感からすれば・・・・
「色々と聞きたい事はあるんだが・・・・外史、ってなんだ?」
「ほぅ?そこから聞いて来るとは珍しいものじゃ。外史とは数多ある可能性の世界、そうさのぅ、お主ら風に言うならば『パラレルワールド』というヤツじゃ」
矢張り、ならば太上老君がこのような少女の姿をしていることにも納得がいく。俺の中での認識であるが『パラレルワールド』ってのは云わば『何でもアリ』の世界なのだ。
「んじゃ次、アンタは自らを『数多ある外史の扉の管理者』と言った、要するにここが俺がいた世界じゃ無いって事ぐらいは分かる。ここはどこだ?何で俺はここにいる?」
「ふむ、普通の人間じゃと大分取り乱すんじゃが・・・・お主、思ったより冷静じゃのぅ」
「元からこんな性格なんだよ」
良く『年齢詐称』とか『体は大人、頭脳はジジイ』とか言われたもんだ。隣りの家が火事になった時でさえ、慌てふためいた覚えも無く冷静に消防車と救急車に出動要請を出し、水を頭から被って隣家の爺さんを救出しに突入した覚えがある。
「まぁ良かろう、ここはその外史の扉を束ねる部屋じゃ。数多ある外史に通ずる入口、というわけじゃ」
まぁここは概ね予想通りだ。
「そしてお主の事じゃが・・・・まぁ濁すのも悪かろう、単刀直入に言えばお主は死んでおる。死因は転落死、崖から落た子供をかばって死んだとされておる」
「っ!」
太上老君の言葉と共に、俺の脳内で鮮明な映像が再生される。祖父さんが亡くなって、それでも俺は祖父さんの家で暮らしてた。親戚たちはそれを心配してちょくちょく訪ねて来てくれて、特に子供たちには大分助けられた。子供たちの相手をしている間は、余計な事なんて考える暇は無かったからだ。
だがとある日、昆虫採集がしたい、と特に可愛がっていた女の子にねだられてその子と俺は森に分け入った。崖があるから気をつけろと、言った途端に女の子の足場が崩れるのを見た。
俺は走った、間に合え、と。空中に放り出されたその小さな身体を抱え込みんだ。そして・・・・
「安心せい、子供は怪我こそあったが無事だったそうじゃ」
「そうか・・・・」
助けられて良かった、と思う反面不安も残る。ヘタをすれば俺が死ぬのを目の当たりにしたのかも知れない、それが心の傷となって残らなければ良いが。だが、俺が死んだというならば後のことは生きている人間に任せるしかないのだ。
「さて、何故お主がここにいるかという話じゃったが・・・・実はの、本来お主が助けた娘はあそこで死ぬ運命にあった。だがお主は意図せぬとは言えその命を賭し、その運命を覆してみせた。それを面白く思った連中と面白く思わぬ連中がおってな・・・・前者は運命を覆らせた力を持つ者をただ死なせ輪廻の輪に加えるには惜しいと語り、後者は定められた事象を覆した事に対しての罰を与えるべきじゃと申し立てたわけじゃ」
なんと両極端な話か、だが得てして神とか仏とかはそんなものだろう。近代の英雄たちよりも遥か古代を越え神代の神々の方が余程人間くさかったりするものだ。
「そこで儂を含めた数名にて、両者の言を取り入れつつ丸く治める方法を模索したのじゃ。それが『外史の一つに転生させる』という結論じゃ」
「・・・・つまりだ、その俺を転生させる外史には『覆したい運命』が存在し、なおかつ俺が生きてた頃の常識が通じない世界で四苦八苦しながら生きて罰とせよ、ってところか?」
「ほんに聡いのぅ、こういう形でこの世界に来たので無ければ後継者として育てたいところじゃ」
本当に、心の底から残念そうにため息をつく太上老君。なんだろうか、俺はジジババから好かれる気でも発しているんだろうか?そう言えば生前もやたらと近所のジジババが優しかった気がする。
「詳しいことはあまり教えてやれん、が少々物騒な世界へと行かせる事に相成った。それに伴って幾つか餞別をやろうと思うておる」
選別→餞別
俺が手で制するようにすれば、驚いた顔をしている。確かに、俺の知らぬ世界、しかも物騒な、ということは少なからず命の危険も付きまとうような所に行く、となれば普通はその餞別とやらを受け取るべきなのだろう。だが祖父さんが『何かを成すならば自らのチカラで、そのほうが面白い』と言っていたのを俺は覚えている。正直、俺もそうあるべきだと思っている。云わば転生とは第二の人生、アドバンテージを貰って、というのは少々卑怯なようにも思えるのだ。
「なるほどなるほど、苦境をあえて受け入れようと・・・・うむうむ、男子たるものそれぐらいの気概が無くばならん!」
手を叩いて、本当に愉快そうに笑い始めた。あぁ、妙に親近感があると思ったらアレだ、ウチの祖父さんにそっくりなんだ、性格とかが。
「ならばもはや言うことは無し、行くが良い。あの門をくぐれば、お主の新たなる人生が始まるぞ」
太上老君の指した先には俺より少し大きいぐらいの城門みたいなのがあった、良く中国の歴史漫画で見るようなアレだ。真っ直ぐに歩み寄り、手を添えれば思ったよりも簡単に門扉は開き始める。少しづつ隙間から漏れてくる光。
「・・・・ふぅ」
しかし、事実は小説よりも奇なり、という言葉があるが正しく、自らがそれを体験する事になろうとは思いもしなかった。死後に別世界へ転生するなど、それこそ寓話の世界だろう。
だがそうなってしまった、だから俺は覚悟を決めようと思った。
「君の新たなる生に幸あらんことを」
門扉を開けば一気に光が辺りを包む。
再び意識が途切れゆく中。
太上老君のそんな声が聞こえた気がした。
SIDE 太上老君
行ってしまいおったか、ほんに儂好みの好青年じゃった。
「あらん、もう行っちゃったのね」
「うむ、一足遅かったのぅ」
特徴的な声色に振り返ると、何度見ても見慣れることなどない、見慣れたくもない異形がそこにおる。偉丈夫のような身体付きをしとりながら、『漢女』などと訳のわからぬ名乗りをし、女子が着る水着を、しかもかなりきわどいヤツを着とる。此奴ともうひとり、似たようなのがおるがその二人のせいでいったいどれだけの転生者が恐慌状態に追い込まれた事か。
「大丈夫かしら?」
「あの小僧は儂が思うておうたより遥かに聡く賢しい、そう・・・・まるで」
まるで、あの時代に行く事が宿命であったかのような。
そう、言いかけて儂は言葉を飲み込んだ。生まれ出てし時代より後世にて、その時代にあるべき宿命、というものは存在する。だが生まれ出てし時代より遥か過去にあってその時代にあることが宿命、そんな矛盾があってはならないのだ。
「ともあれ、あの小僧ならば阿呆共の思惑を軽く飛び越えてみせるじゃろうよ」
「お熱なのね、それじゃあ期待させてもらうわ」
そう、だからこそ儂はこの矛盾に何か意味があるのではと思うのじゃ。あの小僧があそこで運命を覆しここに来て、あの外史に転生させられる。それがまるで、儂らより遥か高みの『何か』に操られているようで・・・・
第一話でした。
太上老君が和装ロリ、考えたわけじゃ無いんです。気がついたらそうなってたんです。