真・恋姫†無双 ~転生者の章~   作:河流

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第二話『司馬と曹』

俺が転生してから二十年の時が経過した。

 

俺が転生したのは三国志の世界であった・・・・とは言え、パラレルワールドに相応しく幾人か出会った著名な三国志の登場人物は全員女性だった。生活水準も明らかに三国志の時代よりも進んだもの、部分的に言うならば近代に近しいものまである。ファッション雑誌が売っていたりするのもその一端と言えるだろう。

 

一番大きな正史との違いと言えば『真名』の存在だろう。その人物を現す真の名、例え友人や親戚だろうと当人の許可無くその名を呼べば無礼討ちされたとしても文句は言えない神聖な名。

 

ちなみに、今の私が真名までを名乗るとすれば。

 

姓を司馬、名を懿、字を仲達、真名を紫狼(しろう)。と名乗る事になる。そう、あの司馬懿である。

 

魏帝曹丕、曹叡の二代で重用され、後に権力の中枢にいた曹一族を排し晋の礎を築いた軍師。諸葛亮の好敵手であり、互いに魏と蜀を牽引し続けた存在でもある。

 

「とは言え、史実通りのただの頭脳派というわけでも無いんだよな」

 

史実通りの軍師であるならば、直接戦闘に関しての才能はあまりないのでは?と危惧した時期もあった。前世での経験をそのまま腐らせる手はない、とも思うと共に祖父さんとの今現在唯一のつながりを失いたくないとも心のどこかで思っていたのかも知れない。だがそれは杞憂に終わった。実際、身体を鍛えてみたのだが、少なくとも前世よりイメージに身体の動きが追いついている感覚がある。軍師、というよりは中衛の将、という立ち位置の方が今では上手くやれるかも知れない。

 

実家が大きな商家であったから学問をするに不自由は無かった、河内の司馬家と言えば中原でも屈指の富豪なのだ。兄であり当主である司馬朗も才人、しかもあの兄はこの不肖の弟に全幅の信頼を寄せ、未だ仕官もせずフラフラしているのも何れ雄飛するのだと信じ笑って許してくれている。その期待には答えたいと思っている。

 

とは言え、今現在迷っているのだ。仕官する、と一口に言っても判断が難しいものだ。史書に名を残すような雄たちに仕えるのが最も安定する、がその分史書で記す以上に癖が強いのだ。

 

まずは最も近くにいる袁紹、現在は南皮を拠点とし家名と財力を十二分に発揮し多種多様な人材が彼女の下に集っている。更に三公を排出した名家、と言う名は非常に強く、兵も既に一地方の太守の枠には収まらないものになっている。ただ惜しむらくはこの世界の袁紹がド級のバカ、と言う事である。前世では愚か者の代名詞と言えば劉備の息子、阿斗であったがこの世界ではそれが袁家に置き換えられている。世間一般に認識される程、バカなのだ。

 

次に併州は上党の丁原、朝廷で執金吾の位を持ち清廉な人物ではある。だが生真面目過ぎる。兵も人材も最低限、運営するに足る程しかおらず、丁原自信が洛陽に詰めているため上党を不在にする事が多い。生真面目過ぎる人物は変事に対し何をしでかすか分からない、真面目さが故に思い詰めてしまうからだ。

 

そして洛陽、朝廷直轄など論外である。宦官の筆頭とも言える十常侍が権力の大多数を牛耳っており、彼らに賄賂を渡さねば仕官そのものすら叶わず、昇進するにもまた金を積み媚び諂わねばならない。例え実家に財力があろうともそれは俺のモノでない、幾らかかるかも分からぬ用途のために家財を食い潰す気は全くない。

 

最後に、陳留の曹操である。未だ先の三つに比べ小規模ではあるものの、一騎当千の二将を擁し、兵も中原屈指の練度を誇る精兵である。家格で言うなら袁家に勝るとも劣らず、中原の諸侯の中でも間違いなく頭一つ飛び抜けた実力者。本来ならば、迷わずここを選ぶべきなのだろうが・・・・そこに待ったをかけたのが生前の知識だ。曹操と司馬懿はソリが合わない、後に蜀の諸葛亮、呉の陸遜らと互角に戦う実力を持っていた司馬懿。曹操時代には仕官していたのに曹丕の代まで表舞台に上がってこなかったのは?

 

曹操が司馬懿を危険視し重用しなかったのだ。何れ司馬が曹を呑み込む、確信に近い予感があったのかも知れない。俺が正史の司馬懿と同等の能力があるとは思っていない、だが例えどれだけ世界を隔てても因果と言うものは存在する。生前、パラレルワールドを主題とした小説を読んだ時に見た事がある。例えば、人間Aが数多ある平行世界の一つで人間Bに殺される。そうするとそれが因果として他の並行世界にも作用し、形は違えど同じ結末が訪れるらしい。曹操が司馬懿を危険視する、それが因果である事を俺は恐れる。重用されない程度なら良い、だがそれが行き過ぎて消されるような真似だけは避けたいのだ。

 

「どちらにせよ、曹操に会ってみるのも手なのかも知れん」

 

曹操の拠点たる陳留と司馬家のある河内は黄河を挟んだ隣り、ちょっとした売り込みにかこつけて面会を取り付ける方法もあるだろう。とは言え、今は時期が悪いだろう。近頃では同業者たちからの情報網で黄色い巾を付けた賊が増加した、と兄から聞かされた。中国の長い歴史の中で最大級の農民反乱『黄巾の乱』が近づいているのだ。それが終わってから、の方が良いだろうか?乱で功績を挙げ、新たな領地を得たならばそちらでの運営費用、資材などで困るはずだ。となればこちらから会う話を持ちかけたとしてもさほど不自然とはならないだろう。

 

戸にもかくにも、兄に、そして家族に、家人たちに迷惑をかける事がないように、慎重に立ち回らねばなるまい。

 

そう、思っていたと言うのに・・・・

 

 

―河内司馬家屋敷―

 

「紫狼、君にお客人だよ」

 

最近、俺は近くの川でかつての太公望を真似て釣竿に真っ直ぐな針を付け、それを垂らして一日を過ごす事がある。思いのほか、ゆっくりと様々な物事を考えるに適していると気づけば勉学と鍛錬、食事、睡眠の時間を除けばほぼすべての時間でそうしていることが多くなった。今日もそうだった、また家に戻って飯を食らい、そして寝る。それだけだと思っていたのに、今日は違った。

 

司馬家への客人が来ていて、顔合わせに呼ばれる事は多々あった。司馬家の恩恵を受けようと、見合い話を持ってこられるなんて話もあった。その時は兄の顔を潰さぬように顔だけは合わせ、その後に丁重に断りを入れてきた。だが、俺個人への客、と言うのは未だかつて無かった事だ。付き合いがある友人は数名いる、だがそれらが訪ねてきた時は兄は「友人が来ている」と言う。客人、なんて言うはずがないのだ。

 

「いったい何処の誰です、そんな物好きは」

 

物好き、としか言い様がない。当主で無ければ近隣では放蕩者とまで言われている俺を訪ねてくる、普通ならば有り得ない事である。

 

「陳留太守、曹操殿だよ」

 

心臓が、一際大きく鼓動したような感覚になった。何故だ、と自問する前にもしやかの覇王も俺と『同じ存在』なのでは、と言う自答が生まれる。それを己が心の内で否定しつつも、客間へと向かう足は自然と早くなっていた。期待も、あるのだ。先に述べた様にこの世界は俺が知る三国志の世界とは差異がある、丁原は概ね史実の通りであったが袁紹は非凡にして凡庸、その才に無駄は無く、無いが故に手ごわいと曹操に評された筈の傑物なのだ。それがあの通りの愚物である、もしかしたら、この世界の曹操とならば、この世界の曹操の下ならば、と。

 

開け放たれていた客間、その奥に座す一人の少女。纏う覇気は常人を遥かに越え、その眼には全てを焼き尽くすような炎を宿す。

 

「お初にお目にかかります、俺が司馬懿です」

「ええはじめまして、私が曹操よ」

「軽く世間話でもしてから本題、と言うのが普通なのでしょうが・・・・生憎、俺はそういうのが苦手でして。なので、本題と行きましょう。如何なる用があって俺を名指しして訪ねておいでですか?」

 

本当に苦手なのだ、腹の探り合いのようなものは。だから俺は交渉事には向かない、勧告とかならばそれ相応に出来るとは思うのだが。

 

「そうね、ここまで来て腹の探り合いは不要。貴方の言を是としましょう」

 

急に時の歩みが遅くなったように思えた。

 

「司馬懿、貴方を勧誘しに来たの」

 

俺の二度目の人生で、最も長い夜が今、始まろうとしていた。




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