誤字脱字を発見した方にはまぁ、なんかありますよ。
午前5時、坂本美緒は目を覚ました。
朝練という習慣がついているためそうなるのだが、今回はそれとは違う理由での目覚めだった。
明日は作戦……マルス作戦の決行日なのだ。それで気が立って、益々早起きするようになった。
今ごろ港の方では扶桑の遣欧艦隊が出撃の準備に騒がしくなっているだろう。それに対しこの基地は驚くほどに静かだった。……いや、幽かにだが何やら機械の動く音が聞こえる。
坂本は顔を洗うと士官服を羽織ってストライカーユニットの納められているハンガーへ向かった。
ハンガーの扉には防音加工が施されている。坂本がそこを開けた瞬間、狭い入り口から溢れだすように怒声や機械音が響いてきた。
「ん、坂本少佐じゃぁないですか」
彼女に気がついたキュンメル翁が作業帽をかぶり直しながら声をかけてきた。
「騒がしかったですかね?」
「いや、その様なことは無い。目が醒めただけだ、気が立ってな」
「ヘッヘッヘ、少佐らしくもねぇ……」
坂本は「そうか?」と笑いながら辺りを見渡す。彼女は一番奥の方に芳佳の震電が納められているのを発見した。他のユニットと違って翼が大きい。それは、加織がここに来たとき着けていたジェットストライカーにも共通することだった。
キュンメル翁は坂本が震電を見ていることに気づいた様子で、
「素晴らしいユニットでさぁ。本来は、カールスラントの噴流式エンジンを搭載する予定だったのだそうじゃないですか?」
「噴流式とは、あの前にウルスラが持ってきたやつのか?」
「あと、加織嬢のやつのですな……あれは例外ですがね……とにかく、あれは開発が頓挫したというから、カールスラントでも噴流式エンジンは別の用途に回されたんです」
成る程、それであのMe262というわけだ。しかし、ジェットストライカーはすさまじい量の魔力を消費する。あのバルクホルンも魔力切れで墜落してしまった程だ。
「そうですな。扱うのは並みのウィッチにゃ無理です。芳佳嬢位ですかな」
「そうか……」
坂本は小さく頷いた。
「坂本さん」
ちょうどその頃、芳佳は朝っぱらからミーナに伝令を頼まれて坂本の私室の扉を叩いていた。
何時もなら起きている時間だが、もしかしたらということもある。彼女のノックは小さいものだった。
……返事はなかった。と、いうより、室内から人の気配が感じられない。
「はいりますよ?」
芳佳はそっと扉を開けて部屋の中を窺った。
部屋は純和風の作りで全体的に坂本らしさを感じさせる部屋だった。部屋に坂本の姿はなかった。
「あっ」
部屋の中を窺う中で、部屋に掛けてある掛け軸の前に一つの刀が置かれているのを見つけた。おそらく、例の『烈風丸』であろう。
烈風丸は坂本が魔法力を込めながら打った代物で、すらっと伸びた刀身が美しかった。
「…………」
芳佳はその烈風丸に猛烈な好奇心を覚えた。
烈風斬……坂本の一撃必殺の斬激。あれは刀身に魔法力を送り込んで放たれる一閃だという。
(私にも、出来るかな……?)
彼女は烈風丸を手にとって鞘から少しだけ刀身を外に出した。磨かれて鏡のように輝く刀身に芳佳の顔が映る。
(……なんて、吸い込まれそうな……)
思わず見とれてしまう。
そうしているうちに、それは青白い光を放ち始めた。
「!?」
光は鞘から溢れだし、部屋全体を照らす。芳佳はつい鞘を取り落としてしまった。光は渦となり、彼女の身体を包み込もうとする。
芳佳は一瞬だが、自分にも烈風斬をうてるような気がした。しかし、そう思うと彼女の視界は歪み、意識がスウッと遠退いた。
………………。
「宮藤!」
気が付くと芳佳は坂本に支えられる形で立っていた。先程まで手に握られていた烈風丸は畳に垂直に突き刺さっている。
「立てるか、宮藤?」
「は、はい……」
芳佳は自分の足が地に着いていることを確認して坂本の手を離れた。坂本は烈風丸を引き抜いて鞘に戻している。
「あ、あの、坂本さん……」
「馬鹿者!」
芳佳は振り向きざまに坂本に怒鳴られ肩を跳ね上げた。坂本に怒鳴られるなぞ、本当に久し振りなのだ。
「宮藤、今後一切烈風丸に触れるんじゃないぞ……絶対だ」
「わ、わかりました……ごめんなさい」
坂本の言うことはもっともだ。あれほど危険な刀、そう易々と手にするものではない。しかし、それは坂本にも言えることではないのだろうか?
芳佳は、不安を感じずにはいられなかった。
「坂本さんが?」
芳佳は基地の中を歩きながらその事を加織とリーネに話した。坂本自身はミーナと共に司令部に出向している。
「あんなに怒った坂本さん、久しぶりに見たよ」
「でも、それって芳佳ちゃんが勝手に人のもの触ったからとかじゃないの?」
加織の疑問にリーネも同調して頷く。
「ううん。なんか、そう言うのじゃなかった……それに、そうならそう言うよ、坂本さんなら」
司令部に着き、お偉方の前にやって来た坂本とミーナに彼らが言ったことは彼女たちにとってかなりショックなことであった。
「では、今回の作戦でウィッチは必要ないというのですか!?」
「ヴィルケ中佐、それは極論というものだ」
二人の前の一段高いところに大将の階級章をつけたブリタニア、カールスラント、扶桑の軍人がこちらを見下ろす形で座っている。そして、彼らが上から言ったことと言うのは今回の作戦の主力がウィッチではないということであった。
「確かにウィッチはネウロイへの有効な対抗手段であるが決定的手段ではない。事実、ネウロイの巣を破壊した先例は無い」
「だから、大和を此方に呼んだのだ」
大和の攻撃力は世界中の兵器の中で間違いなく一番強力である。
「しかし、大和の主砲は通常兵器です!効果をあげる見込みはありません!」
坂本は食い下がった。
「私の真・烈風斬が完成すれば、ネウロイの巣を……」
だが、大将たちはため息をついて、坂本を諭そうとした。
「少佐、君はもう引退してしかるべき年齢なのだよ……本国からも通知が来たろう」
「し、しかし……!」
なおも坂本は食い下がろうとする。しかし、大将たちはそれを無視して「杉田艦長!」と大和の艦長を呼び出した。
「艦長、説明を」
「はっ……」
杉田は呆気にとられる二人のウィッチをチラと見ると副長から書類を受け取った。
「今回の作戦に使用される大和は通常兵器ではありません。目には目を、ネウロイにはネウロイを……大和には改良型のコアコントロールシステムが搭載されています」
「何ですって……?」「正気か……?」
坂本とミーナは動揺した。去年、あれほどひどい目に遭ったコアコントロールシステムを再び使用するというのか?
「大和に搭載してあるそれは、扶桑皇国が開発したもので、十分という短い時間でありながら旧来のものより遥かに優れた安定性を持ちます」
「君たちは思うところもあるだろうが、我々は勝たなければならんのだ。これで負けたら我々はロマーニャをも手放し、君たちのことも保障できなくなる」
それは半分脅迫のようにも聞こえたが、事実そうなのだ。ヴェネツィア奪回及びロマーニャ防衛のために再編された501なのだから、作戦の失敗で解散となるのは当然のことである。
再編の立役者であるガランド少将にも申し訳がたたない。
「……了解しました」
ミーナは敬礼して命令を受けた。そして、これはいろいろ言われるな、と思った。
基地に戻ったのは昼過ぎで、皆をブリーフィングルームに集めることができたのは夕方だった。
そこでミーナは作戦概要と司令部で言われたことを伝えるのだが、予想通り、騒がしくなった。
負ければロマーニャを明け渡すと聞いてルッキーニが泣き出し、501を解散すると言うとバルクホルンが憤ったのだ。
「ロマーニャを明け渡す?501を解散する!?そんな命令を受けて平気なのか!?」
「平気なわけ無いでしょう……!この作戦は最終作戦になるの。それだけ重大ということよ」
皆の気分が下がった。しかし、これはあくまで『負ければ』の話である。
「なら、勝てばいいんでしょ?」
「そうだナ、簡単なことダ」
サーニャとエイラの言うことは非常に尤もだった。
「そうそう、トゥルーデ、何弱気になってんのさ」
エーリカにからかわれてバルクホルンは顔を赤くする。
「も、勿論そうだ!たとえ最後の一人になろうとも、私は戦うぞ!」
「そのいきよバルクホルン大尉……でも、誰も一人にはしないわ。皆で生きて還ってこそよ」
その前向きな思考に、ブリーフィングルームの中の気分は一転して明るいものとなった。
「そうですよ、私たち十二人で、ストライクウィッチーズなんですから!」
芳佳は拳を握りしめてそう言い放つ。
そう、十二人の仲間。ここに来て短い加織も仲間の一人なのだ。……いや、仲間というより、最早家族、運命共同体……。彼女たちは戦いと日頃の生活の中でそういう絆を造り上げていた。
「十二人……か……」
坂本のその呟きは、ミーナ以外、誰にも聞こえなかった。
夜。
空は曇天に覆われ、星も月も見えない。しかし、それはきっと明日晴れるという吉兆だと信じて、皆は最後になるかもしれない安らかな眠りについた。
加織は電気の落ちた暗い部屋の中、ベッドの上で仰向けになってじっと天井を見つめていた。やはり、眠れないのだ。
(明日はついに作戦……歴史が動いた地点……)
やはり、怖かった。死ぬかもしれないという今まであまり感じることのなかった恐怖が彼女の精神を支配しようとした。だが、彼女はもうそれに打ち勝つ術を知っている。
(明日……明日か……)
彼女は漠然と『予感』していた。歴史が動いた地点。もしかしたら、自分がここに来た理由はそれなのかもしれない。その目的を達成した以上、彼女は本当の居場所へと帰らなければならない。
それは本来喜ぶべきことだ。しかし、彼女はここで仲間を得た。
(もし帰るのなら、最後まで付き合わなきゃなぁ)
「……加織ちゃん」
そのようなことを考えていると、扉の向こうからは自分のことを呼ぶ芳佳の声が聞こえてきた。
「まだ、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
加織はそう返事すると、ベッドから降りてドアを開けた。そこに立っていた芳佳は寝巻き姿だった。廊下はまだ電気が点いていて、芳佳の不安げな顔がよく見えた。
「どうしたの?」
「なんか、眠れなくて」
明日のことを考えると、中々眠れないのだという。
「リーネちゃんは?」
「もう寝たよ。寝なきゃ寝なきゃって言ってたから無理矢理寝たのかもしれない」
無理矢理寝る、というのも凄いことだ。しかし、生真面目なリーネなら出来そうである。
「坂本さんに、もう一度謝らなきゃなぁ」
「……?どういうこと?」
加織が訊くと芳佳は掌を此方に見せてきた。彼女の掌には烈風丸の柄の痕がくっきり残っていた。
加織はひとつ小さく笑うと、
「なら、謝りにいこう。私たちが寝れないのも、何とかしてくれるかもしれない」
と、芳佳の手を引っ張った。
その頃、坂本は部屋にいなかった。
誰もいない静まり返ったハンガーに、烈風丸を握って立っていた。目の前には愛機が格納されている。
「………」
彼女はユニットに脚を入れた。頭から耳が生え、腰からは尻尾が生える。
エンジンの回転を上げた。しかし、彼女の紫電改はプロペラをまばらに顕現させるばかりで思うように回ってくれない。
「回らんか……!」
彼女がそう自分自身にも喝を入れる。ようやくプロペラが回った。彼女は爪先に身体をゆっくりと傾けて加速する。
まだ飛べる。私は戦える。
風が彼女の身体を包み込んだ。あの感覚、あの、空を飛ぶ感覚……。
「うっ!?」
しかし、彼女は滑走路の途中に人影があるのを認めた。坂本が飛ぶのを阻止するように、ミーナが立っていたのだ。
坂本はミーナを避けようとしてバランスを崩し、滑走路のコンクリートに身体を強かにうちつけた。
「ぐっ………」
「美緒……」
遠くの空がゴロゴロと鳴っている。一雨来そうな気配だ。
「気付いていたのか?」
「ええ……こうなることは、予想はしてたわ」
ミーナは坂本の手を離れて転がる烈風丸に目をやった。
「まさに、諸刃の剣ね……強力な斬激を繰り出すかわりに、使い手の魔法力を吸い尽くす妖刀……。この烈風丸が、あなたのウィッチとしての寿命を縮めているのが、分からないの?このままだと、飛ぶことすら出来なくなるのよ……」
坂本はゆっくりと立ち上がった。
「私にとって、戦うことが生きることだ……真・烈風斬の体得は、私がウィッチであることの証明なんだ」
彼女は烈風丸を拾い上げて正眼の位置に構えた。刀は魔法力を纏って青く輝く。
「なっ……」
だが、それは長く続かなかった。烈風丸は一瞬強く輝くと、そのまま光を失い、普通の刀同様に戻ってしまった。
「美緒、わかるでしょ?このままじゃ……」
ミーナがそう言うと、それに呼応するように雨粒がポツリポツリと落ちてきた。それが滑走路に染み込むと、今度はバケツをひっくり返したような豪雨が、二人の身体を濡らした。
「何故だ……?何故、魔法力は衰えてしまう」
「それが摂理だからよ。これは私達の宿命なのよ、哀しいけど……」
降り注ぐ雨は二人の顔も濡らした。撥水性のある軍服だが、降る雨は容赦なくそれに染み込んできた。
「ミーナ……私は、私自身でも恥じていることに、皆がとても羨ましい……嫉妬すら感じそうだ……。年長のお前やバルクホルンは魔法力のピークだし、他の皆もこれからどんどん強くなっていく。特に、宮藤のあれは、どれだけにいちどの逸材だ」
彼女は天を仰いだ。
「ミーナ!何故ウィッチの魔法力は尽きてしまう!私は宮藤が羨ましい!溢れ出す魔法力!天性の飛行技能!あいつならこの真・烈風斬も会得することは出来る……!」
彼女の顔を雨水に混じった涙が流れた。
「私は飛ぶことが、戦うことが生きることなんだ、仲間でいられる証なんだ!頼むから、十二人の仲間でいさせてくれ!真・烈風斬をうたせてくれ……」
最後の方は彼女の嗚咽が混じってどうにか聞き取るのがやっとだった。彼女は膝を折って全く彼女らしくなく、泣いた。
「一度だけ……ほんの、一度だけでいいんだ……」
彼女の願いは雨の音にかき消されてしまった。しかし、ミーナはいつもよりずっと小さく見える坂本の肩を強く抱き締めた。坂本は泣き続けた。
加織と芳佳は、その様子を影から見つめていた。
「そんな……坂本さんが飛べなくなるなんて……」
彼女は自分の手に焼き付いた柄のあとをじっと見詰めた。加織もまた、掌を開いたり、閉じたりするのであった。
つづく
もうすぐこれを書いて二ヶ月です。早いもんです。
あと二回で最終回の予定ですので、とりあえず、付き合っていただけたら光栄です。