お詫びというか、なんというか、代わりの話を用意しました。このシリーズはだいたい三、四話位で終わります。
一応、小説タイトルに沿った内容となっていますので、ご安心を。
では、どうぞ。
1. 新兵たちの空
This story is neither an accusation nor a confession,
and least of all an adventure,
for death is not an adventure to those who stand face to face with it.
はじめて軍服を支給されて我が家に帰ったときのことを覚えている。
新品の軍服、ズボン、革靴、軍帽、そして、ウィッチ隊の一員であることを示す銀色のバッジ……。
胸一杯の誇りと、勇気が幼い私を突き動かしていた。しかし、そんな私の姿を見た母は絶句して、かすれた声で言った。
「お前、本当に本気なのかい?」
我が娘よ、愛しい我が娘よ。
勇気とはなんとも野蛮なものである。何かを守るためには少なくない犠牲がともなう。それだけは覚えていてほしい。
だからといって、無下に生け贄を供する事もない。
ただ私に出来ることは、もうあの悲しい戦いの再現が起きないことを祈るばかりである。
1915年9月……ガリア西部戦線……。
「全員いるか……ウィッチ隊は!?」
カールスラントの士官が叫ぶ。
「こちらにいますよ」
「む?ブリタニアのウィッチ隊か?」
彼は私たちの隊長を見ながら鼻の下の髭を撫でた。隊長は背が彼よりも低いからどこか見下されているような印象を受ける。
「働けるのか?我々カールスラントのウィッチ隊も航空隊も壊滅的だ」
「人並みには、働けるかと思います」
「ふむ、宜しい……彼方で武器を受け取ってこい!」
隊長はサッと敬礼すると、私たちに付いてこいと言ってきた。隊長の律動的な歩みと違って私たちはバラバラと歩いている。なにせ、本国で軍事教練を受けたのは二週間なのだ。
「さっきの奴、生意気だったよね」
不意にそうヒソヒソと話しかけてきたのはソフィア・イエンネンヴェルトだった。私の幼馴染みで、同じくウィッチを志した仲である。
「生意気ていっても、上官でしょ?」
「ヘレン隊長の方が上だよ。アイツ、准尉だったんだ」
ヘレン隊長は本名をヘレン・バーレーンという。十五歳の私たちより二つ上で、既に実戦経験があった。私たちよりも長く戦っているこの中尉殿は私たちにとって神様のような存在であり、憧れの存在であった。……なぜ、私たちの上官となったのかはあまり考えなかった。
「こら、私語を謹みなさい」
このヘレンという女性にはお母さんのような温かさがあった。まだ若冠十七歳だというのに、貫禄があったのだ。
私たちはマウザー銃やらエンフィールド銃やらを受け取ると(私はエンフィールド銃だった)漸く一息つくことができた。遠くから兵員を前線に送り出す汽車の音が聞こえてきていた。
私たちの部隊は隊長を含めて七人だった。……もうほとんどの人の名前を忘れてしまった……その内の一人の顔にソバカスを持った私より一つか二つ年下の女の子が楽しそうに話していた。
「お婆ちゃんが昔ながらのウィッチで、よく箒に乗せて貰ったりしたんです……ストライカーユニットも、箒型だったりするんですか?」
その無邪気な質問に、別の赤毛の少女が、
「私たちのは新しい『履くタイプ』のユニットさ。背中に背嚢のようなものを担いでさ」
「飛ぶのって、どんな感じなのかな!?」
また別の人が言う。その会話はすぐに隊内に伝播して大いに盛り上がった。
結局その日はこのような感じで夜が更けていき、明日の前線行きに備えて寝た。
夕飯が出なかったことを、まだ覚えている。
次の日は朝からポツポツと雨が降っていた。
私たちは昼前に汽車に乗り込み、前線からやや後ろにあるウィッチ隊の飛行場へ向かった。
そこに近づくにつれ、砲撃のキュルキュルという音はみるみる大きくなってきた。
「その、怪異ってやつは、どんな風貌なのかな」
ソフィアは汽車の中で配布された固い黒パンをナイフで切りながらそう呟いた。私は勿論、この中で隊長以外に怪異をその目で見た者は無い。
「やっぱり、なんかドロドロとした変な生き物じゃないの?」
「違う、こう……てんとう虫みたいな……」
「いやいや、きっとフワフワした毛玉みたいな奴だよ!」
わかいウィッチたちはまだ見ぬ敵の姿に想像の翼を羽ばたかせていた。恐れというものをまだ知らなかった。私たちにとって、戦場というのはまだピクニックの延長線上にしか感ぜられなかったのだ。
「お前はさ、きっと直ぐに士官様だよ」
ソフィアが切った黒パンをこちらに渡しながらニヤリと笑った。
「なんで?」
「訓練学校で、射撃の成績は一番だった。百発百中」
彼女は手でピストルを形どると私に向けて「バーン」と撃って見せた。
「勲章の重さで、歩けなくなるかもね!」
私もそう返し、二人で大きく笑った。
この時、隊長はウンともスンとも言わず、ただ車両の隅で窓の外に広がる踏みしだかれた麦畑を眺めているだけだった。今思えば、彼女は敢えて黙っていたのだろう。
私たちの赴く場所について……。
飛行場、とは言っても有るのは粗末な滑走路と半地下式の指令室、宿舎にズック製のテントで出来た格納ハンガーだけである。一応食料と飲み水は確保されているものの、一番近くの町まで馬で一時間かかる場所にあった。
「基地主任のベン・ハーバードだ」
初老の男性は何時かのカールスラント人のように立派な髭を撫でていた。
「ここは元々カールスラント軍の飛行場だったのだが……今はブリタニアがここの領有者だ」
彼の言う意味あこの時まり分からなかった。たただ、この飛行場には今はブリタニア人しかいないということである。
「早速だが、明日は出撃してもらうぞ。敵に占拠された村を奪回するのだ」
主任の言葉に皆が浮き足だった。勿論、私も同様である。身体の奥から熱い血がたぎるのを感じた。
「だから、今日は休め……思う存分、休め」
宿舎、とは名ばかりで半地下の塹壕の上にやや高めのズックテントが張ってあるだけの簡素なものだった。ベッドもカチカチに固く、シーツもカビ臭い。
それでも、少女たちは自分達だけの空間を大いに楽しみ、ヒソヒソ話に花を咲かせた。
「ねえ、これ見て……」
ソバカスの子が、鞄の中をゴソゴソとまさぐった。そして、一つのブレスレットを取り出した。
「わぁ」
「可愛い!いいやつだ?」
そのブレスレットいうのが、なかなかお洒落で可愛らしい、当世風のものだった。銀に近い金色のそれには、ワンポイントで小さな宝石があてがわれている。
「父様がね、お守りにって!」
彼女は大切そうにそれを眺めた。
「私の家は、そんなにお金持ちじゃないから、スゴく、嬉しくって……」
明日の出撃では、そのブレスレットを着けていくの?私はそう訊いた。ソバカスの彼女は上半身をムクリと起こして元気に首を上下させた。
薄暗い闇の中、ブレスレットが光る。
私は、それを純粋に欲しいと思った。煌めくブレスレットは私の心を醜く掴んだのだ。だから、
(戦場……この子が、もし……)
などと考えてしまった。
ストライカーユニットと言っても数種類あるが、一般的なのは跨ぐタイプのものだった。しかし、新型のユニットは脚に『履く』タイプのものだ。背中に背負った大きな補助装置が少し不格好ではあるが、性能はピカ一だと言われていた。
「『キャメル・タイプ』は機動性は有るが、些か脆い。注意して」
隊長は鉄帽の紐を確認しながらエンジンを回す私たちに注意を喚起した。私たちもまた、武器のチェックを行う。
「今日の任務は突撃部隊の援護だ。分かったわね?」
「了解」
私たちは空気を一杯に吸い込んでそう返事した。心地よい興奮が私たちを包み込んでいた。
「出撃する」
隊長が号令すると私たちは前傾の姿勢を取って一気に加速した。その時不意に鉄帽の紐が気になった。しっかり止めておかないと、吹き飛ぶのである。
幸いにして私はしっかり止めていたが、例のソバカスの子が、弛かった。
離陸と同時に外れ、後方に流れていってしまったのだ。
「私のヘルメット」
彼女は幽かな悲鳴のようなものをあげたが、風の音やらに掻き消され、殆どの人が気が付かなかった。私も、
「ヘルメットが無くとも、なんとかなる」
と何処かで思っていた。
西部戦線は、激戦地である。
毎日のように兵士たちは塹壕から飛び出してつ突撃し、ゴミのように死んでいく。その怪異などという連中もまた、塹壕を形成し、彼らを機関銃らしきものや大砲らしきもので迎え撃つからだ。
そんな毎日が地獄絵図の戦場も、静かなときはあった。
「意外と、静かなんだ」
誰かがそう言うのが風の中に聞こえた。私も、そう思った。
しかし、暫く空を飛んでいると、何処からともなく「パーッ!」というラッパかなにかの音が戦場に響き渡った。
「何!?」
「突撃が始まった」
眼下では兵士たちが塹壕を飛び出し、銃剣つきの小銃を構え、なにやら喚きながら一心不乱に走り回っている。高いところから見るその光景にイマイチ現実味が湧かない。
「私たちも加勢する、付いてきなさい!」
隊長はそう叫ぶとグンッと高度を下げた。私たちも隊長から離れないように急降下する。
高度を下げると、兵士たちの顔の一つ一つがはっきり見えるようになった。
その恐怖とも興奮とも言えぬ顔が私の頭から離れることは一生無いだろう。
「そろそろ阻止砲撃がくるから、気を付けて!」
「阻止砲撃?」
あまり聞かない言葉である。しかし、次の瞬間からその言葉の意味を十分に理解することとなった。
どこからからキュルキュルキュルキュル、と何かが風を切る音が聞こえる。それも、幾つも、広範囲に渡って。そして、その音がはたと止まった瞬間、百数十メートル先をいく兵士の集団が激しい爆発と共に吹き飛んだ。
「ッ!?」
爆発は、止めどなく起き、がむしゃらに走る兵士たちを吹き飛ばしていった。
「危ない!?」
私はそう思って、少し速度を緩めてしまった。すると、隊長は、
「何をやっている、進め!先の敵を掃討するんだよ」
敵の陣地は爆発の粉塵で見えない。味方の兵士たちはその爆発の中へどんどん突っ込んでいく。
(なんであんなところへ突っ込んでいく!?)
私はエンフィールド銃のボルトを確認すると高度を少しあげた。上がってみると、砲弾のようなものが雨のように降っているのが見えた。そして、その粉塵の先には敵の陣地らしきものが見えた。
「あ!?」
しかし、その陣地に辿り着くものはいない。敵の放つ機銃掃射に死体のラインが出来上がっている。
私は怖くなってきた。ライフルを握る手が嫌に汗ばんでくる。
敵が、ではない。
間違いなく死ぬのにがむしゃらに敵陣地に斬り込んでいく兵士たちと、あまりにも無感情な戦場に恐怖を抱いたのだ。
「おい!」
ハッと気が付くと側には隊長がいた。
「何をボサッと!敵の機銃陣地を破壊するのよ!?」
「し、しかし隊長……死んじゃいますよ」
遠くから機銃と断末魔が聞こえてくる。しかし、隊長は、
「そのための私たちよ。これで死んだらそれまで。行くわよ!」
私は抵抗するまもなく隊長に引っ張られて爆炎と硝煙の中に突っ込んでいった。
すぐ下では走る兵士や既に息絶えている兵士が通りすぎていく。
その中で、上を見上げて死ぬ兵士と、眼があった。
(お嬢ちゃん、おいでよ、楽になるぜ)
本当に眼が合うわけではない。思い込みである。しかし、それが私を生へ凄まじく執着させた。
(嫌だ!死にたくない死にたくない!)
私は小銃を構えた。射撃試験では、満点だったんだ。
魔法で視力を上げると、陣地の中に俗に言うところの『怪異』が居た。それはあろうことか人のかたちをして、人のような武器を使っている。
(怪異だというに、人の姿など!)
私はよく狙って引き金を引いた。銃というのは、なんと衝撃の大きいことか!弾丸はギュッと直進し、機関銃を乱射する怪異の頭の部分を吹き飛ばした。怪異は弾けて光の欠片となった。
「やった!」
命中した瞬間、更に血がたぎるのをはっきりと感じた。もう一度、別の敵を狙う。……引き金を引く。今度は頭には当たらなかった。しかし、そこの機銃を黙らせるのには成功した。
「……!」
私は股ぐらから脳天にかけて興奮が駆け巡るのをハッキリと感じた。なんとも、残酷な興奮。今の私には人をも殺せる気がした。大地に敷き詰められた死体の放つ死臭と、確かに敵を撃ち抜いた感覚がそうさせるのだ。
「……なんだ?」
私はふと左の方に首を巡らせた。すると、そこに例のソバカスの子が右往左往しているのが見えた。小型のマウザー銃を縫いぐるみのように抱き締めてキョロキョロしている。
「それで、敵を狙うんだよ!」
私は彼女に向けて叫んだ。彼女はこちらを認めるとスゥーとやって来た。
「……!?なぜ来るの」
「分かんないよ!怖い、どうすれば?」
ソバカスは歯をガチガチならしていた。私が死臭で興奮したのに対し、彼女は恐怖を感じたのだろう。
銃を抱き締める彼女の手にブレスレットがキラキラと光っていた。
(これには、弾除けの効果があるだろうに)
そう思った私は彼女に「撃てばいいのよ、狙って」と優しく(きっと、優しかった)囁いてやった。すると彼女は泣きそうな顔をしながら此方を一度見ると敵に向かって小銃をそっと構えた。彼女の口から漏れる嗚咽が、照準を合わせる妨げになっている。
だが、彼女が引き金を引こうとしたとき、陣地から銃弾が鋭い音をたてて飛んできた。
私は何とかそれを避けることが出来た。が、しかし、ソバカスの子がユニットと脚に被弾してしまった。
「うわっ!当たったよ!痛いの!」
彼女は小銃を取り落として慌てた。太股からは血が流れ、布張りの脆いユニットからはプスプスと煙が出ている。
「助けて、お願い……痛いよ」
助けてやれるものなら助けてやりたかった。だが、撤退の合図が戦場に響き渡り、ソバカスのユニットは遂に火を噴いた。彼女の高度がグンッと下がっていく。
「イヤ……助けて!助けて!助けて!!……」
助ける余裕など無い。敵からは機銃の弾が飛んでくるのだ。私は命乞いの声に背を向けてもと来たルートを遡り始めた。
背後からは、うっすらと彼女の声、そして、その身体が死体の山に叩きつけられる音を聞いた。
つづく
第一次ネウロイ大戦の二次を見たことなかったので。
一人称の練習も兼ねているので、アドバイスがあれば教えてくださいませ。
ちなみに、劇中の「私」は一応オリキャラではありません。