今回はちょい短めです。ていうか駆け足です。すいません、ホント。
初めて戦場というものを体験した私達だったが、そこから一週間もたつと慣れてしまって、三つのベッドに空きが出来たことも、夕食の一人辺りの分量が若干増えたことも気にしなくなっていた。
だけど、まだ私達は人間であるから、凄惨さに吐き気をもよおしたり、仲間の死を悼んだり、悪夢を見ることが出来た。隊長は、それは幸せなことだと言うが、このときの私にはどう幸せなのかが全く理解できなかった。悪夢なぞ、見ない方がいいに決まっている。
十三日目の昼、死んだものだと思っていたソバカスの子が生きているという情報が飛び込んできた。特別仲の良い子だったわけではないが、嬉しいものである。
豆らしきものをごった煮した物を食べながら、赤髪の子が提案した。
「お昼食べ終わったら、病院に行こうよ」
その子はソバカスの子と仲が良かった。
私達はそれに大いに賛成して、隊長に許可証を貰うと後方にある病院へと向かった。どうせ、今日は出撃はない。
その病院は小さな村の片隅に建てられていた。窓からは中で衛生兵卒がせかせかと動き回っているのが見える。
赤髪の子が歩哨に許可証を提示し、院内に入る。
病院は奥行きがある造りで、数メートル感覚にベッドが四列ズラーと並んでいた。院内には腐臭と薬品の臭いが立ち込め、その中を窓の外から見たように、軍医や衛生兵卒が歩いている。
私達は手近な軍医にそのソバカスが横になっているベッドを訊いた。軍医は血に濡れた手袋で病院の奥を指差す。
「Cの32だ……まったく、他所の人間まで、治療しとれんよ」
ベッドに振られた番号を見ながら、目的の場所を探す。果たして、それは窓際の日当たりの中々良い場所にあった。
「林檎!」
赤髪はソバカスを『林檎』と呼んでいた。いつも頬をほんのり赤く染めて、クルクルと舞っているような少女だったからである。しかし、その頬は既に赤みを失い蝋人形のそれを思わせた。
「あ……みんな」
目は澱んどいた。死人の目は、きっとこのような感じなのだろう。
私は言葉を失って、
「どうやって助かったの」
と訊いた。この場では適切な会話ではなかったのかも知れないが、彼女はそれについて何も言わなかった。
「なんとか自力で途中まで歩いて……兵隊さんに助けてもらったの」
「兵隊さんに?」
彼女は小さく……本当に小さく頷いた。
「そう、と途中まで歩いたら、兵隊さんが出てきて……」
そこまで言うと彼女は急にピタッと話すのを止めた。澱んだ目は何処にも焦点が合っていないように見える。
すると、頭に疑問符を浮かべる私とソフィアを他所に、赤髪は何かに気が付いたようで、髪の毛を逆立てると震える声で、
「その兵隊にさ……やられたのかよ……」
私達にその意味は理解できなかった。だが、赤髪の顔つきと、ソバカスの目を見ているうちに、全てを把握することが出来、戦慄した。
前線で塹壕に籠りっぱなしの兵士が、思わぬところで異性を見て、平静でいられる筈がない。
「こいつはさ、まだ一三だよ」
「ソフィア……歳なんてさ、関係無い」
墜落して、助かってもこれではどうしようもない。ソバカスが助かる代償として払ったものはあまりにも大きいものだった。
「でもね、私まだ生きてるのよ……」
怒りにわなわなと震える赤髪に、ソバカスは優しく言った。
「また父さまや母さまに会えるわ。ブレスレットがね、私を護ってくれたの」
彼女は健気にも微笑んで見せた。
「ねぇ、みんな……ブレスレットを見せて。右腕が動かないから、みんなに支えてほしいの」
「右腕?」
言われた私はソバカスの腕の部分に当たる所のシーツをそっとめくった。
「……………」
私達は言葉を失った。本来右腕があるはずのそこには何もなく、ただベッドに張られた白いシーツが見えるだけであったのだ。勿論、ブレスレットがそこに在る筈もない。
「どうしたの?」
ソバカスは掠れた声で訊いてきた。それにソフィアは、
「腕は……腕は、動かさない方が良いよ」
と、弱々しく返事した。
「えっ……えっ……?」
ソバカスはそれを聞いて少し呆然とした後、その澱んだ目からツゥと涙を流し始め、顔をひきつらせた。
「やっぱり……やっぱりだ……!私の腕が無いんだ!ブレスレットは!?父さまが私にお守りとして買ってくれた、大切なブレスレット……!」
涙は止めどなく溢れ出してくる。悲しみからか、激昂からか、彼女は大いに叫んだ……叫んだが、それは悲しいくらい小さな叫びだった。
「盗まれた……私の腕と、ブレスレットと、私自身が!」
見ていられなかった。目を伏せる私達に、ソバカスは懇願してきた。
「お願い、ブレスレットを取り返して!取り返しておくれよ……」
私達には「わかった」と言っておくしか出来なかった。私達は一介の兵士にしか過ぎない。
結局ブレスレットは、今も見つかっていない。
私達は赤髪を一人残して飛行場へと戻った。
時刻は丁度夕飯時で、炊事兵が豆と豚肉のシチューを炊爨車でグツグツ煮込んでいた。
私達は今一食欲に欠けたが、食べないわけにもいかないので大人しく飯盒を持って炊事兵からシチューとパンを貰いに行った。
「……?何時もより量が少ない」
気付いたのはソフィアだった。確かに、昨日までは飯盒が一杯になるまでよそわれていた。だが、今日は四分の三程度しか入れられていない。
「本当だ、何時もより少ないんじゃなくて?」
私がそう訊くと、風船玉のような体型をした彼は小さく舌打ちすると、
「人数分の材料しか来なくなっただけだぜ」
と、私達二人に黒パンの塊を押し付けた。
……これが、現実なのだと私は実感した。
居なくなった三人はもう生きていないということだ。死人に食べ物も飲み物も必要ないのだ。その当たり前の事が、炊事兵の口から告げられたのだ。
ソバカスの子は、もう助からないと分かっていた。あれはもう死んでいるも同然だ。死人がなんとか気力で口をきいているに過ぎない。
冷たくなったわけでは決してない。ただ慣れただけだ。
……ソバカスが死んだことは、その日の深夜、赤髪から聞かされた。
覚えている限り、赤髪の子は明るく勝ち気な性格だった。ソフィアと似ているが、生地の所で少し違っていたように思える。
ソバカスの子が死んでから、彼女は私達のように現実を受け入れることを若干拒んでいた。
ある日、私があのような惨めな死に方はしたくないものだ、と言うと、赤髪は「惨めと言うな!」と怒りを露にしてきた。
ソバカスの死は、赤髪の中で美化された。
「林檎は、他人を護るためにその腕と命を自らなげうった。彼女は、前線で苦しむ兵士たちを慰めるために、自らその身を捧げた……だから彼女は英雄的なんだ」
その『逆説的英雄論』とでも言うべき考え方は、ソバカスの名誉を守るためというより自分を納得させるために言っているような印象だった。だからか、それは私達の心には染みなかったし、結局彼女が『なぶりものにされて死んだ』という事実はいかんともし難かった。
それでも、赤髪はその逆説的英雄論を己の軸として戦い、生きてきた。あの二人がどれ程親交を深めていたかは私には分からないが、赤髪にとってソバカスは大切な存在だったのであろう。
ソバカスが死んで二週間、夜に赤髪が居なくなったかと思うと、次の日の朝に帰ってきた。
「こんな時間に、どうしたの?」
私が訊ねると、彼女は薄ら笑いを浮かべながら、
「隊長には許可はとってあるから」
とだけ言って飯盒を手に炊爨車に並んだ。
それからというもの彼女は定期的に居なくなり、次の日は必ずと言って良いほど朝に帰ってきては惚けっとしていた。
「ありゃさ、病気だよ」
ソフィアは言った。
赤髪が何処へ行っているのかは大方予想はついている。私達は毎日飛んでいる訳じゃないから、そういうことが出来るのだ。
彼女はどこかでやはりソバカスの死に方を否定しているのだ。それが裏返って、自ら先に男のもとへ走っている。
「私は、前線で苦しむ兵士たちを慰めるため……」
ついに彼女は例の理論を自らに適用し始めた。
自分の中におけるソバカスの地位とイメージを守り続けていたその理論が逆に赤髪の心を蝕んでいくのだから洒落にならないことだ。
だが、このときはまだ赤髪が破廉恥な女になっただけで事は済んでいた。
私達が初めてこの戦場にやって来て丁度一年たった頃。
皆階級が一つずつ上がり、いつしか『古参兵』と呼ばれる人々の仲間入りとなった。慣れたからか、悪夢を見る回数もグンと減った……。
一年前の初めて出撃した日がそうであったように、この日も朝から雨が降っていた。遠くからは大砲が唸る音が聞こえてくる。
「一年たったね」
私はベッドの上で本を読むソフィアにそう呟いた。
まったく無意味な一年だった。
前線は一年前と変わりなく、出る食事も変わらなかった。変わったものと言えば、この飛行隊の人数と、私達の内面である。そして、その内面の変化はあまり喜ばしいものではない。
特に、それが顕著になってきていたのが赤髪の子である。彼女は時間がたつにつれ窶れていき、少し前から食事を吐き戻すことも多くなった。そして、夜になると意味不明なことを口走り始める。
「こいつは駄目だぜ」
整備士の男たちは、赤髪の後ろ姿を見送りながら言ったものである。
「死人に魂を引きずり出されているのさ」
彼女の精神がおかしくなっているのは薄々感づいてはいた。しかし、戦闘には不思議と支障が無かったし、それならば問題在るまいと後方送りになることはなかった。
そんな、ある日のことである。
赤髪が無断出撃した。
整備士の話によると、突然赤髪がやって来て、半ば強引にユニットを装着して出ていったのだという。
「なんだと?」
基地主任にそれを話したところ、彼は隊長に赤髪を連れ戻すよう指示した。前線から支援要求が来ていないのに出撃しては、味方が混乱する可能性があるし、何より自らの責任問題ともなるのだ。
「隊長、ヘルメットをお付けください」
滑走路でエンジンを温めるヘレナ隊長に私はそう具申した。
「ヘルメットを被ると視界が狭くなっていけないわ」
「しかし……」
私はこの時、「赤髪一人のために隊長が探しにいくなど」と思っていた。これは別に冷たくなったのではない、あくまで、軍隊というものに慣れたのだ。
そんな私を見て、ヘレナ隊長は小さく笑うと、
「一年戦ってきた仲間なんだから、見つけ出さないとね」
と言って、空へ上がって行った。
その日、二人が帰ってくることは無かった。
しばらくの間、私とソフィアはいつもの倍の量のご飯を食べていた。倍の量のスープに、二つの黒パンである。しかし、それもいつしか元の量に戻ってしまった。
部隊は、二人だけになってしまった。たった一年で、人の命とは儚いものである。
そんなある日、司令部から二つの連絡が入った。
一つは、私が二代目隊長となること、もう一つは、カールスラントの新米ウィッチ十人が新に部隊に参加するということであった。
伝達が来た二日後、汽車とトラックを乗り継いだウィッチ達が私達二人の前に並んだ。二列になり、肩からマウザー銃を下げている。
私が彼女たちに抱いた第一印象は『まだ幼いな』ということであった。私は十人の中の代表者を前に呼び出した。出てきたのは、金髪を短く切り揃えた少女だった。
「名前は?」
「クラリベル・ハルトマン上等兵であります」
「歳は?」
「十五であります」
十五……十五といえば、私たちがここに来たとき……まだ何も知らなかった時と同じだ。
「全員十五歳なの?」
「はい」
この一年間は、私を大きく変えてしまった。私にも目の前の彼女たちみたいな時があったというのに、たった一年で彼女たちとまったく別の生き物となってしまった。
「明日は、前線の援護に向かいます」
私は主任に伝えるように言われた内容を伝えた。
「それまでは自由時間です。各人準備を怠らないように……しっかり、休むように」
目の前のひとつ年下の新兵たちは綺麗な敬礼を見せてくれた。
その光景は、私の胸に重くのしかかった。
つづく
最早スト魔女二次じゃなくなってる件。
一人称練習も兼ねているのでアドバイスとか、質問とか、誤字脱字とかがあれば、感想欄に書き込んでみてください。なんと、作者に送られます。うふふ。