1917年9月11日。
この頃、私達は突撃戦の支援という仕事が無くなり、専ら飛行型の怪異と空中戦を繰り広げていた。
対地攻撃よりも空中機動の訓練を受けてきていた私たちにとってはこちらの方が戦いやすかった。それは、未だに戦死者が五名しか出ていないことからも分かる。
私はその空中戦の中で俗に言うところの『エース』の仲間入りを果たした。自分に合った戦い方を身に付けることが出来たからである。
怪異には一般的な生き物同様『心臓』にあたる部分があるらしく、そこを撃ち抜けば大抵の場合は敵を倒すことが出来る。私の戦法はとにかく一発一発の弾丸に集中して、その核を確実に撃ち抜くという物だった。おかげで、終戦までには七十の敵を倒すことが出来た。本国からも勲章が授与された。
しかし、私がいくら空中にいる敵を倒したところで戦いの主戦場は地上の塹壕なのだ。戦線は二年前からなにも変わっていない。
「今日なにか変わったことはあった?」
ソフィアは近頃夜になるといつもそう言っている。ここで私は「何も。いつも通り」と言うのだ。すると彼女は「ふうん」と返してそのまま眠ってしまう。
だが、今日はいつもと違った。
「そう、変わらない。いつも通りの一日……」
「何?」
私がエンフィールドの手入れを止めて彼女の方を見ると、彼女は固いベッドの上に胡座をかいて、
「どうやったら戦争は終わるかな?」
と質問してきた。
「そりゃ……その怪異を追い払ったら、でしょ」
「そうだね。だけどさ、本当に追い払えるかな!?」
彼女は学校の先生のように気取ったしゃべり方をした。声が大きかったから、隣の宿舎……カールスラント組の宿舎テントまで聞こえたかもしれない。
「怪異って奴はさ、昔から人類と戦ってきたんだよ」
「わかる。習ったからね」
「だけどさ、その怪異って、結局何なのよ?」
私は答えに窮した。自分達が何と戦っているか何て、考えたことが無かった。ただ、私達の敵としか認識していなかった。
「そんな訳のわかんない奴と戦ってるんだぜ?」
人間が敵ならば、戦争がいつ終わるかは目処がつく。国力とか言うやつは、数字の世界なのだ。対して、怪異は何も分からない。どのような生き物で、どのような社会を持っていて、何をもってして戦争を始めたのか……。
「戦争がいつ終わるか、私は考えてみたんだよ」
ソフィアはそう言いながらベッドから飛び降り、広くもない、だけど人が減って広く感じる宿舎の中を歩き回り始めた。
「戦争が終わる時、それは即ち人が死んだ時!」
「それは、当然だよ……でも、それは敵が人間だったときの話だ」
「分からない?」
彼女は私にクグッと顔を近づけてきた。久しくシャワーを浴びていないから、顔が垢やら何やらで汚れている。
彼女は、耳許で囁くように言った。
「私達が死んだときだよ」
「……!?それは、良くない考えよ」
私が眉をひそめると彼女はケラケラと笑って、何が楽しいのかクルクルと回った。そして、暫くそれをしていたかと思うと急に静かになって、再びベッドの上に胡座をかいて座った。
「……私さぁ……」
「何?」
私はまたエンフィールドを磨き始めた。黒光りする銃身に、黒々と影が写った。
「私さ、実はお前に、憧れてたのよ」
「……うん?」
私はソフィアの口から放たれた意外な言葉に銃を磨く手を止めた。彼女は自嘲気味に笑うとバタンと仰向けに倒れた。
「ウチはウィッチの家系なんだけどさ、産まれてきたのが男ばっかだったから、母さん、私にウィッチになれってうるさくってさ」
彼女はまるで何時もの冗談を言うときのような調子で話はじめた。
「私には、そんな優れた力があるわけでもないのに。だから、よくケンカになって……だからかな、ひねくれてる、て言われるの」
「ソフィアはそんなにひねくれていないよ」
私は心の底からそう思って励ますように言った。すると彼女は「それだよ!」と私を指さした。
「私と違って、お前は本当に優しい……私はそんなお前さんに憧れてたのさ」
彼女はそう言うと幽かにため息をついた。
「……だけどさ、変わっちゃったよ」
「変わった?」
「ここにきて、二年。世界はちっとも変わらないのに、お前も私も変わっちゃって」
変わった……確かに、そうかもしれない。少なくとも去年の今ごろはそういう自覚があった。だが、今になってしまうと、変わる前の自分がもう思い出せなくなっている。この世に生を受けたこの瞬間から戦場に身を置いてきたような錯覚があった。
「今日までに、カールスラントの連中は何人戦死した?」
「まだ五人だよ」
「ほら!昔は、そんな事言わなかった」
この時の私にはソフィアが何が気に入らないのか分からなかった。それくらい、私はあの世界の一部になっていたのだ。
彼女はこちらに背を向けると、寂しそうな調子で、
「羨ましいよ、お前さんはこんな泥と血の中にも居場所を見つけられるんだから……」
「どういうこと?」
「そういうことさ……私は単なる穀潰しだから」
私はそれがどういう意味か訊こうと思った。しかし、ソフィアはそれだけ言うと直ぐに寝息をたて始めて、話しかけることは出来なかった。
それから数日というもの、私の脳裏にはその晩の事が嫌に焼き付いて剥がれなかった。
ここが私の居場所になっているって?それは、嘆かわしいことだ。
「戦争、早く終わらないかな……」
私は飛行しながら無意識にそう呟いていた。
「ちゃんと前向いて飛べよ、隊長さん!」
後ろからソフィアが笑いながら叫び掛けてくる。まったく、誰のせいでこうなっているのかも知らずに。
私達は定期的に飛んでは制空権の確保に努めている。この出撃も、それである。
三十分かそこら飛び続けると、見慣れた光景が見えてくる。暫く微塵の変化も見せない戦場。それはもう日常風景といってもよいものだった。
人が死ぬも、また日常なり。
悲しいことだが、ここはそういう世界だった。
「敵機!数、十!」
敵は私達人類の使う飛行機と似たような形状をしていた。その真っ黒で無機物的な外観は私達を不安にさせる。
「散開!」
私は手を振り後続機にそうサインを送った。
それに合わせるかのように敵も左右に散開した。暫くせずとドッグファイトになる。
敵は私達人間と比べると頭の出来も機体性能も宜しくないようで、基本的には一直線に飛んでくる。それを私は上に向かって避け、敵を見下ろす姿勢で急所に魔法力を込めた弾丸を撃ち込む。
私が引き金を引くと、吐き出された弾丸がまるで意思を持っているかの如く飛行機で言うところのエンジン部分に吸い込まれていった。そこに、コアがある。
ドゥッ!
敵は僅か身を震わせると粉微塵となって戦場に降り注いだ。
「よし……」
ボルトを引いて、次弾を装填しつつ辺りを見回す。
「……ウン?ソフィア?」
此方に近付いてくるソフィアの姿があった。マウザー銃を左手に握り、右手は血に濡れている。
「!?……その傷は?」
「敵の弾がさ……敵さん、もう居なくなっちまった?」
「みんなが頑張ってくれたからね……大丈夫なの?」
私がそう言って、彼女から銃を受け取ろうとすると、彼女は「アハッ!」と、血の気の若干抜けた顔で明るく笑った。
「やっぱり、優しいよ」
「……!帰還する!」
私はどう返事していいのか解らず、帰還を示すサインを送った。眼下では突撃が始まろうとしている。そろそろ、潮時であろう。
「お前さ、何機撃墜した?」
「……?一機だけだよ」
「ふんふん……そうか……」
彼女は何かを納得したように頷いた。私はポシェットに入れていた包帯を彼女の腕に強く巻き付けた。
「爆撃を行う」
二日後の朝、基地司令は髭を撫でながら私達にそう仰せになられた。
「前線で大規模な反攻作戦がある。その遂行には敵砲台の破壊が不可欠要素であり、それを成せるのは君たちウィッチしかいないのだ」
掲示された地図には前線の様子が細かく記されている。二年前から同じ地図なのだから、愛着も沸いていた。
「諸君らの働きに人類の全てがかかっている。頼んだぞ」
爆弾とはよく言ったもので、実際は迫撃砲弾だった。
私達はライフルを背中に掛けて、砲弾を抱え込んだ。
(軟らかい身体のことだ。爆発はしまい)
私は爆発への恐怖をそのように誤魔化した。
それに対してソフィアはとても勇敢だった。右腕が動かないから、左手にナイフを持って、ロープで砲弾を身体にくくりつけているのだ。敵の上に来たら、ロープをかっ切り、砲弾をお見舞いしてやるのだという。
「やってやるよ」
身体に砲弾をくくりつけた状態で、彼女は自信ありげに私にそう言った。
この作戦には西部戦線一帯のウィッチが参加するようだった。遠くには、旧式のユニットや、中には原始的なホウキに股がるウィッチもいた。
国籍やら何やらまでバラバラではあったが、ウィッチが戦線の空を横たわるように移動する様は壮観だった。
……敵の陣地まで中程という所に着くと、いよいよ敵の対空砲火が始まった。私は砲弾を抱え直し、速度を上げるために降下した。
耳元を銃弾が擦過していく。
「……!!」
弾幕はかなり厚かった。熱を持った鉛の雨が私達に降り注ぐ。
遠くからは爆発音が度々聞こえてきた。爆撃に成功したウィッチが大勢いるのだ。対して、私達はそのまま爆撃できず、いったん上昇して弾幕をやり過ごすこととなった。
「敵も砲台を守ろうと、必死なんだ」
向こうには大きな砲が据えられているのが見える。
私達はその後三回ほどその砲へ向かって爆撃をかけた。しかし、どれも砲台まで到達できず、結局一人撃ち落とされて三度とも失敗した。
そうしているうちに、飛行タイプの敵が姿を現し始めた。
「く……砲弾を棄てて!」
重石を持ったままでは敵に撃ち落とされること必至である。私は爆撃を諦めて空中戦に移る決心をした。エンフィールドを手に持って、ボルトを引く。
しかし、爆撃を諦めない人もいた。
「!?ソフィア!」
彼女は身体に砲弾をくくりつけたまま、敵の砲台に向かおうとしていた。
「お前、止めてくれるなよ」
「馬鹿なことを……腕だって、怪我してるのに」
ソフィアは私の心配も他所に、私の肩を掴んで、
「私も、手柄をあげなくちゃさ……!」
………私は、きっとこの時のソフィアの目を一生忘れることは出来ない。血走ったその目は、最早生きている人間の目ではなかった……。
ソフィアはそう言うと私を軽く突き放して敵の砲台に向かって降下していった。私はその小さくなっていく彼女の姿から目を離せなかった。魔法のせいもあって、どれだけ離れようと、彼女の背中はハッキリと見えた。
そして、彼女が砲台の直上に辿り着いたとき、彼女は赤い霧状となってそのまま霧散した。抱えていた砲弾はそのまま敵の砲台に落ちていき、それを吹き飛ばした。
爆散する砲台の上、霧が晴れるのには少し時間がかかった。
二日後、私は戦闘中に脚をひどく痛めて後送された。そして、その二週間後、欧州における戦闘が全て終了したとのニュースを聞いた。
病院で読んだ新聞によれば、私達の戦った西部戦線も新兵器の『タンク』や陸戦ユニットの活躍で十日ほどで敵を撃滅できたらしい。
……十日。僅かに、十日。
私達の青春は、戦いは、死は、なんと無意味で無益だったのだろう。
聞くところによれば、あの日、ソフィアが砲台を破壊した戦域はその後戦場となることはなかったという。
私はこの時始めて死んだ仲間のことを想って泣いた。戦場という異常な空間から解き放たれると、二年以上溜め込んできた涙は乾くことなく流れ続け、枕を濡らした。
更に一ヶ月後、私は病院を出て、カレーの港から祖国ブリタニアに還ることになった。その為、私は汽車に乗り込んだ。二年前のあの日に乗ったのと同じ路線である。
客車の中はがらんどうとしていた。
あの日は私の隣にソフィアが居て、近くの席にソバカスと赤髪が居て、少し離れた所に隊長が座っていた。二人が掛けても大きかったその席は、幾らか小さくなっていた。
窓から見える景色はどんどん海の色を見せ始めていた。あの日は、どんどん麦畑が拡がっていった物である。
……ふと、窓のサッシ部分を見ると一匹の蝶が留まっているのを発見した。
その蝶は青っぽい色をした小さな蝶で、人間が背伸びするように羽をゆったりと上下させている。
私は思わずその蝶に手を伸ばし、触角をそっとさわった。すると、蝶はビックリして羽をばたつかせ、窓の外に飛び出した。私は窓から身を乗り出してふらふらと飛んでいく蝶をずっと見つめていた。
蝶は風に揉まれてフラフラとしながらも力強く羽ばたいていた。その蝶は暫く飛ぶと近くの花畑に留まり、そこで別の蝶と交わった。そして、新しい世代が誕生し、草を食んで大きくなり、蛹となって、再び蝶となった。
そのプロセスを、何度繰り返したのだろうか。
何世代目かの蝶は、今、私の傍らを飛んでいる。
青色をしたその羽は、昔、母が汽車の中で見たものと同じなのではないかと私に思わせた。
私の視界の先には、かつて母が戦った異形の敵、『ネウロイ』がいた。
ネウロイというのは、全くおぞましい色、形をしている。しかし、私にはかけがえのない仲間がいる。
これからいよいよ戦いは激しさを増していくだろう。私にも、母が体験したような悲劇が襲いかかるかもしれない。
けれども、この世界を護り、次の世代のために受け継ぐという義務が私達にはある。
そして、戦いが終わったとき、私は………。
完
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
この小説は『過去と未来』という(形骸化した)テーマのもとに書いてきました。(作者は何書くとき、テーマ(笑)を考えてから書いているのだ)
次回作では、もっとウィッチとネウロイを掘り下げて書きたいなぁ、と思います。
この小説を書いている間、少しは上達したのかしら。
〇余談〇
外伝の終わり方は、あまりハッピーエンドではないんですよね。ホントはもっといい感じに終わらせたかったんですけど。
あと、気がついた方は気がついたと思いますが、外伝冒頭の英文は映画版『西部戦線異常なし』の冒頭テキストから来ています。最後の蝶も、それのオマージュ(笑)なんですね。
あと、一人称ってムズい。
次回作は、ブリタニア人かオラーシャ人のオリ主にしたいです。あまりそういうの見かけないんで。
では、また。