番外編1.祖国からの手紙
……私たちの可愛いサーニャ……
戦線が分断しているのと、検閲のせいでこの手紙が届くのは書いた日の何ヵ月か後になってるだろうけど、赦してください。おまえがブリタニアで活躍していることは避難所に住んでいる人たちの間で専ら噂になっています。お父様は、何かにつけて「流石は私の娘だ!」と喜んでいますよ。でも、やはりおまえの事が心配な様子で、そう言いながらそわそわしています。おまえは大人しいけど、昔から無茶をすることもあったから、余計に心配です。
さて、取り合えず最近あったことを書きたいと思います。
これを書いている……今だけどね……二日前、アレクが
覚えてますか?……覚えてないでしょうね、何しろもう六年くらい前だから。おまえはアレクと遊びながら言ったのよ?「私はアレクのお嫁さんになる」って!おまえは本当に怖いもの知らずでしたからね。
そんな彼もこの間オラーシャ義勇軍の戦車隊に志願しました(お前は知らないだろうけど、あの子の国籍はオラーシャなのです)。サーニャが戦っているのに僕だけのうのうとしていられないって。驚いたろうけど、お前の時も同じでしたよ。
……………………………………。
夜、サーニャが夜間哨戒に出ていった後、暇をもて余したエイラはふと、サーニャの机の上に置いてあった手紙を読んでいた。
本人に断りなく勝手に手紙を読んだりするのはイケナイことだとは分かっている。が、好奇心が勝ったのだ。幸いにして、手紙は検閲の時に封を切られてしまっていた。手紙は封筒の中に数枚納められており、全てにビッシリと文字が書かれていた。
始めエイラはすべて読みきる気でいたが、始めの数行を読むと読むのをやめてしまった。
「ナ、ナンダコレハ……」
その手紙にはエイラの知らない名前があった。
アレクセイ・ソロマティン。
どう考えても男の名前である。しかも、何やらえらく親密な仲らしいではないか。
「誰なんだろう」
エイラは写真でも入っていないかと封筒を逆さにして振ってみたが、それらしいものは一切出てこない。
「ム………」
彼女は小さく呻くと手紙を封筒に戻し、それを机の上に置くと自分のベッドにボフッと飛び込んだ。そして、シーツを頭から被り、悶々と考え事をした。
(サーニャの幼馴染みか?サーニャはそのアレクセイをどう思ってるんだ?サーニャはソイツの前だと饒舌だったりするのか?えっ、もしかして許嫁とかだったり……はないか……いや、有り得る????………)
彼女の思考は結局夜明け少し前まで続いた。
「おぉぉぉぉはぁぁぁぁよぉぉぉぉ……」
「うわっ、中尉、すごいクマ出来てますよ?」
翌朝、エイラは配膳をする加織に驚かれながら席についた。
「昨日眠れなくてサ……」
「大変ですねぇ」
エイラは差し出された味噌汁をスズッと啜った。変に疲れた身体に良く染み渡る。が、それでかかった
「もう少し寝ヨ……」
「その方がいいと思いますよ」
加織にも言われてエイラはぼうっとした頭のまま再び部屋へ戻ることにした。その後ろをエーリカがつんだって行こうとしたが、バルクホルンに襟首を掴まれていた。
部屋に戻るとエイラのベッドにサーニャがうつ伏せで寝ていた。今日はいつもより帰りが遅かったようだ。
「ンモー、ショウガナイナー」
エイラは寝ぼけ眼でサーニャにシーツをかける。そして、本人もその横にバタンと倒れ込んだ。
「…………」
彼女は自分の枕に顔を擦り付けた後、何となく横を向いた。サーニャの寝顔を見たかったのである。
しかし、そこにあったのはパッチリ眼を開けてこちらを見詰めるサーニャの顔であった。
「うおっ!?」
完全に寝ていたと思っていたエイラは驚きのあまりシーツをはね除けて起き上がる。眠気もそれで吹き飛んだ。
「エイラ、驚きすぎよ」
「ご、ごめん」
エイラは思わず謝る。そして暫く無言が続き、サーニャが口を開いた。
「手紙……勝手に読んだでしょう?」
「エッ?」
サーニャの急な指摘にエイラの身体は少し跳ね上がった。バレてないと思っていたが、どうやらバレていたようである。
エイラはここでしらばっくれようと思えば出来る。しかし、サーニャに対して嘘をつくという行動を彼女が許すわけがなかった。
「うぅ、ゴメンよサーニャ……」
「……エイラの、バカ……」
キツい一言である。しかし、それに続けて言われた言葉はにわかに彼女を元気付けた。
「エイラと一緒に見たかったのに……」
「えっ」
曰く、サーニャは家族からの手紙を自分のために一緒に家族を探してくれたエイラにも見せてあげたいと思っていたのだという。
「サァァニャァァ」
エイラは先程の悲しみと今の悦びを合わせた涙をポロポロと流している。彼女は思った。やはり、人のものを勝手に見るのは良くない。ましてや、サーニャの物など。そんなことしなくても、優しいサーニャは見せて、と頼めばいくらだって見せてくれるではないか(多分)。
彼女はそう反省した。が、瞬間、彼女の頭に一番気になっている案件が浮上してきた。
「サ、サーニャ」
「なぁに?」
サーニャの顔は優しい。エイラは一瞬言うのを躊躇ったが、勇気を振り絞り震える声で訊いた。
「あ、あのサ……アレクセイ・ソロマティンって……誰?」
突然言われたことにサーニャは始めキョトンとしていた。しかし、徐々にその白い頬に赤みを増していくのがエイラには分かった。その反応に彼女は内心悶絶し、何かをガンガン叩いている。
「アレクは、幼馴染みなの。ウィーンの街で、同じオラーシャの人だったから仲良くなって……」
サーニャは照れ笑いしながらそっと顔を下に向ける。
エイラは迸る激情を必死に押さえながら「へ、ヘェー」と相づちを打って、「どんな人だったんダ?」と追加で質問した。
すると、サーニャはベッドから降りて自分の机の引き出しを探り、一枚の写真を取り出した。それを、エイラに渡す。
「右にいるのが、そのアレクよ」
撮影場所は公園かどこかと見えた。後ろには大きな木があり、少女と少年が笑顔で並んでいる。その少年が、アレクセイ・ソロマティンだという。
なるほど、優しい顔をした、いい雰囲気の少年である。写真からも彼の誠実さが伝わってくるような印象だった。
(サーニャは、私にこんな顔を見せたことは無い……)
エイラには、アレクセイのことよりもそちらの方が気になってしまった。
「と、いうわけなんダ」
「というわけと言われましても……」
夜、食堂で加織は朝からあったことをエイラに相談された。今日は芳佳とリーネがサーニャの夜間哨戒に同行している。サーニャに自分以外を同行させるとは、その写真事件がエイラにとってかなりの大事件であったことを示していた。
「サーニャ、あのアレクセイとかってヤツと全然会ってないのに、名前を聞いただけでポーっとしちゃってサー」
「はぁ」
「いつも一緒にいるのは私なのに、あんな男にサー」
「ははぁ」
「うう、サーニャァ……」
(なんだこれ)
加織は今まで相談をまともに受けたことが無い。精々中学の時、友達に、
「胸って、どうしたら大きくなるかなぁ……」
と訊かれた程度である。(因みに加織は牛乳飲めば?と回答している)
ただでさえアドバイス下手な加織が、エイラなぞの悩みを効果的に解決できる筈がない。
「ええっと……なせばなりますよ!」
彼女なりの、精一杯のアドバイス……というより励ましだった。しかし、エイラの反応は冷たい。
「えー、バカにしてんのカ?」
加織はテーブルをひっくり返したい衝動に駆られた。が、今のは自分の回答も悪い、と自らに言い聞かせ冷静さを保って、今度は彼女からエイラに質問した。
「そのアレクって人は幼馴染みなのでしょう?それほど気にすることでは……」
「だってさ、だってさ~」
(中尉は、意外と独占欲が強いんだ)
そもそも、初めから独占できているかと言えば疑問符が付くが。
一週間経った。
「今日の午後、オラーシャ義勇軍の戦車隊がこの基地に来るわ」
朝、ミーナは全員にそう伝えた。なんでも、一部の部隊がアフリカ戦線の方に回されるらしいのだ。
その話を聞いた時、そこにいた大半がオラーシャ人があの暑さに堪えられるのだろうかというような事を考えていた。しかし、エイラだけは……もしかしたらサーニャもかも知れないが……別なことを考えていた。
(オラーシャ義勇軍の戦車隊は、確かあのアレクセイ・ソロマティンが入隊した部隊だ!)
本人がここに来るのなら、サーニャとの関係を問い詰めよう、来ないのなら、戦友が何かしら知っているであろう。
(でも、関係を問い詰めてどうするんダ?)
もし二人が恋人に近い関係だとしたら、引き裂くのか?
ふと、そのようなことを考えてしまった。
引き裂いたところで、自分は満足するのだろうか。満足したとして、サーニャが悲しむのではないか。
彼女は、サーニャを悲しませたりしたくはないのだ。
午後になり、義勇軍の面々が基地にやって来た。明日朝にアフリカへ向けて出発するため、今日はここに泊まっていくらしい。
若い男たちはとにかくよく食べると聞いていたため、食堂では芳佳、リーネ、加織がせかせかと動き回っている。その姿を男たちは期待に満ちた目で見ていた。
「ウィッチの作ってくれたご飯なんてな……!」
「中々食べられるもんじゃァないぜ」
そのような事を話している。オラーシャの若者たちは結構な巨体の持ち主もいたが、揃って目が純粋で優しいため、あまり怖くはなかった。
「皆さん、もう少しでご飯できますからね」
「はーい!」
食堂には和やかな空気が流れていた。
そこへ、エイラがやって来る。彼女は辺りをキョロキョロと見渡すと、手近な兵士に声をかけた。
「なぁ」
「ん……なんです?」
その兵士はエイラよりも少し年下に見えた。
「アレクセイ・ソロマティンって知ってるカ?」
「うん……?知ってますけど」
そう聞いたエイラの胸は高まった。すると、兵士は彼女に奇妙な質問をしてきた。
「サーニャ・リトヴャクですか?あなたは……」
「………?」
初め、彼女は質問の意味が分からなかった。数秒してから漸く自分がサーニャだと勘違いされていることに気付いた。
「私はサーニャじゃないぞ……まぁ、その、仲良くはしてるケド」
エイラがそう言うと兵士は「なら、丁度良かった」と、手持ちの小さな袋から一つのドッグタグと封筒を取り出した。
「これを、サーニャさんに届けてあげてください。ヤツの遺言なんです」
「遺言だって?」
受け取ったドッグタグを見ると確かにオラーシャ語で何か人名が書かれている。エイラにはよく読めなかったが、そこに何が書かれているのかはすぐに分かった。
部屋に戻ると、夜間哨戒に備えて寝ていた筈のサーニャが起きていた。エイラは咄嗟に受け取ったものを後ろに隠してしまった。
「サ、サーニャ!起こしちゃったかな……」
「ううん。そんなこと無いわよ」
エイラはこの受け取ったものをどうやってサーニャに渡そうかと考えた。どうやったら、サーニャの悲しみを押さえることが出来るのか……。
しかし、それらは彼女の徒労だった。彼女はサーニャの様子からあることを感じ取った。
「……サーニャ、知ってるのカ?」
サーニャは小さくコクリと頷いた。そして、手紙を頂戴と言ってエイラからドッグタグと封筒を受け取った。
彼女は黙って目を通す。エイラはただずっと手紙を読むサーニャを見つめていた。手紙の内容はすこぶる気になったが、これ以上サーニャを傷つけなくなかった。
……暫くすると、サーニャは手紙とドッグタグを封筒に戻し、それをそっと机の引き出しにしまいこんだ。
「……サーニャ……」
エイラはサーニャに向かって訴えたかった。
(今は、私が居るじゃないカ!)
今のサーニャは悲しみにくれている。そんな彼女をエイラはそう叫んでけてやりたかった。ただが、こういうことに関して、エイラはあまりにも無力だった。
少なくとも、エイラ自身はそう思った。
しかし、実際サーニャにとってエイラはそんな無力なものではなかった。
突然サーニャがエイラの胸に顔を埋めたのだ。
「……サーニャ?」
サーニャの肩は小刻みに震えている。小さくだが、嗚咽の漏れる声も聞こえてきた。
(やっぱり、好きだったんだ)
それは、エイラにとってもうショックでもなんでもなかった。ただ、彼女のすることは、悲しむサーニャを抱き締めることだけである。
だからエイラは、サーニャの華奢な身体をそっと優しく包み込んだ。
完
没になった理由は、
・設定に無理がある(二次だから許容範囲かも知れないけど)
・アレクセイ・ソロマチン氏は航空機のパイロット
・アレクセイ氏はサーニャのモデルの一人でもある
などです。