他にも連載作品があるので、更新は亀になると思いますが。
1.迫水由美と高木智香
そんな彼女は今、辺りをキョロキョロと見回しながら飛行場の周りを走り回っている。人を探しているのだ。
「高木さ~ん! 何処ですか~!?」
飛行場は東京都心から電車で一時間と少しのところに置かれている。辺りには山と田園しかなく、飛行場の標高がやや高いため、遠くに春の陽光に煌めく都心のビル群が見えた。
目的の人物は、そんな景色か一望できる草地に寝そべっていた。
「高木さん!」
「ん……?」
由美は眠たげに半身を起こす女性の側に駆け寄って、傍らにしゃがんだ。
「高木さん、飛行試験、始めますよ?」
「なんですって?」
女性は嫌そうに目を細めて溜め息を一つ吐くと綺麗な黒髪をぽりぽりと軽く掻いた。軍服を着ている由美と違い、彼女の服は宮菱の社号がワッペン風にあしらわれた黒のジャンパーである。胸には、『
「なんで私が軍人の言うことを聞かなきゃなんないのよ」
「私じゃなくて、主任が言ってたんです。高木さんの上司ですよ」
「今は地面にいたい気分なのに」
高木智香は肩にかかった髪の毛を手ではねあげると、身体のバネを働かせて跳ぶように立ち上がった。立ち上がると彼女の背は由美より一回り大きくなり、由美は二歳年上の智香を憧れの念を交えた瞳で見上げる。
「……なによ」
「高木さん、素敵だと思いますよ」
「あら、ありがとう」
智香はさして嬉しくも無さそうに答えた。
※
高木智香はウィッチとして、軍人として将来を相当に有望されていた女性だった。何せ、彼女の祖母はあの『扶桑海の巴御前』なのである。艶やかな黒髪や引き締まった顔立ちも若い頃の祖母と瓜二つで、親戚から赤の他人まで彼女の事をちやほやと持て囃したものだった。
だが、幼年学校を素晴らしい成績で卒業した彼女が身に付けたのは軍服ではなく民間企業のジャケットだった。
宮菱重工の社員証を見せ付けられた彼女の父は半ば怒り、半ば困惑の情を持って彼女に詰め寄った。
「お前のお祖母さんはな、お国のために立派に戦った素晴らしいウィッチだったんだぞ。お前もそうなりたいとは思わないのか?」
「お祖母さんはお祖母さん。私は私。軍隊なんかに入るより、テストウィッチの方が気楽だし、そもそも私は軍人としてお国に尽くす気はないの」
彼女はウィッチは好きである。自分自身も魔女であるし、祖母の武勇伝だったり大戦の英雄達の伝記だったりを読むのは好きだった。しかし、軍隊のような組織はあまり好きではなかった。古くさい軍人勅諭は彼女の肌には合わなかったのだ。
父との口論を展開したとき、祖母はその場にはいなかった。父はこの事を聞いたらきっと怒るぞ、と言っていたが、智香は、少し不満そうな顔をした後にきっと大笑いするだろうと思った。
大戦以降ウィッチの戦略的な価値はほぼ消失し、各国軍の予算分布も通常兵器へと大幅転換されていたが、テストウィッチの仕事が無くなるわけではない。次世代国産ストライカー開発は実にスローペースながらも着々と進行し、彼女は一族に期待された軍隊とは無縁の一市民としての職務を満喫していた。だが、しかし、四年前、つまり1995年の東京湾ネウロイ出現によってウィッチの価値は再び上昇し、統合国防局は翌年の予算で新型ストライカーの開発費を大幅に拡大した。
航空産業からの撤退もやむ無しと考えていた宮菱にとってこの話はとても嬉しいことだったが、現場の人間……開発チームだったり、智香のようなテストウィッチであったりにとっては素直に喜べない事だった。
智香は軍人が自分達の聖域を軍靴で踏みにじるのではないかと危惧し始めた。軍がそれだけ援助るということは、それだけ期待しているときう事であり、同時に軍の要求もさらに強くなることを意味している。
軍隊のような無粋な組織とはあまり関係の無かった楽園にもついに軍隊が介入するようになるのだ……。
だが、結局派遣されてきたのは同じウィッチの技術士官である由美ただ一人であった。
※
「補助翼の方向舵を調整しましたので、少し動きやすくなってる筈ですよ!」
滑走路で魔導エンジンのたてる爆音に負けじと由美は声を張り上げていた。ストライカーユニットの自主点検をした智香はそんな由美に笑顔で親指を立てた。
宮菱
空は雲一つ無く晴れ渡っていた。エンジン音はその蒼さに吸い込まれていく。調子は良好のようだった。
管制官が離陸を許可した。智香は固定ボルトを外し、一気に加速すると滑走路の中頃でフワッと宙に舞った。そしてそのまま上昇し、三百メートル程で大きく左旋回を始めた。
「調子はどうですか?」
『至って良好。うちの整備班は優秀ね』
通信機から聞こえるご機嫌な声に由美と一緒にいた整備班の男たちは照れくさげに笑った。
『でも、やっぱりまだ運動性が低いわね』
「これが限界ですよ。格闘戦能力は現用機より高いはずです」
『そう? もっと出来ない?』
戦後のコンピュータ技術の発達でミサイル万能説なるものも登場したが、格闘戦が起きないかと言えば嘘になる。現に、ミサイルキャリアーとしての能力が皆無なウィッチが、衰えながらもその地位を保つことができたのは、飛行機に比べて格闘戦に強いからであった。
ジェット戦闘機に不可能な急旋回、急転換が可能(もっとも、機体やウィッチに負担が大きいため多用はされないが)なのは、強みなのである。
しかし、ものには限界がある。由美には、智香がレシプロストライカー並みの運動性能を求めているのではないかと思えた。
「やるとしたら、基礎からになりますよ。そうでなくとも、試作2型は最高のユニットですよ」
『言われなくてもそれは分かってるわよ。ほら、急転換するわよ!』
空の向こうで智香が身を翻すのが見えた。トリコロールカラーに塗装してあるユニットの翼が太陽に輝いた。彼女は高度を下げながら由美達のいるハンガー前に接近し、その真上を爆音とともにパスしていった。
「いいじゃないか」
「えぇ、いいですね、本当に……」
男たちと由美はそれぞれ違った意味で感嘆した。機体も良いが、扱う人間も一級品だ。
「流石は巴御前の孫!」などと言ったら彼女は怒るであろうが、言いたくもなる。
うっとりしていた由美だったが、管制室からの電話がけたましく鳴り響き、彼女を現実世界に引き戻した。
「はい、こちら迫水!」
『あぁ、由美ちゃん……なんか怒ってね?』
電話の向こうの壮年の管制官はやや不機嫌な由美の声に疑問を感じながら、少しだけ緊張を孕んだ声で報告してきた。
『所属不明機が近付いてきてんのよ、高速で』
「所属不明機?」
『ウィッチであるらしいんだが、応答しないんだ。そういうのは、軍人の仕事だろ?』
由美は山の上をユラユラ飛ぶ智香から視線を都心の方へと向けた。
確かに、ビル群をバックにして飛行しているウィッチの姿がある。所属や機種は解らなかったが、少なくとも扶桑軍の物でも民間の物でもなかった。
他国籍のウィッチが、何故?
彼女は無線の周波を全域にしてブリタニア語で呼び掛けた。
「こちらは扶桑空軍の迫水準尉、所属不明のウィッチ、所属と目的を明らかにされよ!」
『………』
応答はない。
「応答しなさい! こちらは扶桑空軍だ!」
「おい、アイツ着陸する気じゃないのか!?」
「マジかよ」
由美の周りがにわかに騒がしくなった。所属不明のウィッチは遠慮する様子もなく滑走路へ着陸の姿勢を取った。民間の飛行場だから、攻撃設備はないのだ。
「所属不明のウィッチ! 答えなさい!」
『チビッコ、そんなにかりかりすると大きくなれないぞ?』
「はぁ!?」
所属不明のウィッチは流暢な扶桑語で高笑いしながら滑走路に着陸した。智香も何事かと思い上空をクルクル旋回している。由美は腰の拳銃を確認すると、空いているユニット固定機を探してタキシングしているウィッチの元へ駆け寄った。
ウィッチはやはりと言うべきか、扶桑人ではなかった。燃えるような癖のある赤毛に、整った顔、挑戦的な青い瞳、豊かな胸の数々は由美の気勢を欠いたが、扶桑軍人として恥ずかしいところは見せられないと思い直し、詰め寄った。
「ちょっとあなた! 何で応答しなかったの!」
「あまりにもうるさかったからな」
「あなたねぇ……!?」
また愚痴を言い始める由美を制するようにウィッチはピッと一枚の書類を突き付けてきた。
「欧州連合軍の新型機試験……?」
「カールスラント空軍のコジマ・バルナー大尉だ」
「小島春菜大尉……」
「そうだ。通達があったはずだ。共同試験を行うとな」
共同試験の話は聞いていたが、ここでやるとは聞いていなかった。しかし、コジマの提示した書類は間違いなく本物であり、軍務大臣の印も押されていた。
由美が書類に目を通している間に智香も着陸して、ユニットを所定の位置に戻し始めた。
コジマはそれを目で追いながら「良い機体だな?」と呟く。由美はそれに一瞬遅れて反応した。
「ふむ、だがまぁ、私の『タイフーン』には劣るがな」
「はい?」
コジマは辺りに聞こえるよう、ワザと大声を出したように見えた。ユニットを外して近くでジュースを飲んでいた智香や、点検を行う整備員の肩がピクッと動くのが分かった。
「なるほど、何を根拠に仰られます?」
「君は技術士官だな? どうもちんちくりんだが……」
「余計なお世話です。で、根拠は?」
X-2の能力はまだ公表していない筈である。しかし、コジマの瞳には確かな自信が宿っていた。
「少なくとも格闘戦ではタイフーンが勝る」
「なるほど。よく分かりますね」
「分かるさ、私もウィッチだからな。それに、このタイフーンの開発集団を知っているか」
由美が首を振ると、コジマは嬉しそうに口許を緩めた。
「アルベルト・ジンツァーにウルスラ・ハルトマン、ヒルデガルド・カスパー……技術士官なら、知らない名前は無いだろう?」
なるほど、確かに開発者はそうそうたる面々である。
近代航空力学の権威であるジンツァー博士、ジェットストライカーの祖であるハルトマン博士、ウィッチ工学の先駆者カスパー博士……。欧州における頭脳を贅沢に使用しているわけだ。
「しかし、高級食材をまとめたら美味しい料理になるかと言えば、違うでしょう?」
「扶桑軍は現代的ジェットストライカーの製作は事実上初めてだと聞いている。経験が、違うよ」
コジマはニヤリと笑うと用意された固定具の方へユラユラと移動していった。
由美はそれを横目に見ながらフンッと鼻を鳴らす。何が『経験が違う』だ。近代ストライカーユニットならば、扶桑の宮藤理論が始祖である。
「見てろよ、こんどX-2と高木さんが、その高い鼻をへし折ってやるから……」
彼女は一人口の中で呟いた。
※
都心の明るさは宇宙からも観測できるらしいが、同じ東京と言えども、飛行場の周りは夜になると真っ暗に等しい状態となる。こんな場所であるから、娯楽施設の類いも無い。唯一あるのは、老夫婦が店長のコンビニチェーン店一軒のみである。
「ビール十五本にさきいか、ボウダラ、鱈チーズ等々のおつまみ……欲しいなら自分達で行けっての……」
「まぁまぁ、お菓子代を貰ったことだし、我慢しましょう」
夜の買い出し係は智香と由美である。男達は仕事があるし、ウィッチなら魔法でいくらか重たいものを楽に持てるからとの選抜であった。
飛行場からコンビニまでは約十分の距離がある。真っ暗な田んぼの向こうに見えるコンビニの光は砂漠の中のオアシスを連想させた。
「それにしても、何よあのカールスラント人」
「バルナー大尉ですか?」
「そう、そのバルナー大尉!
智香は形の良い唇を歪ませてぶつくさと文句を言った。
「いきなり来といて突然あの態度よ。相手が軍人じゃなきゃ、ぶん殴ってたわ」
「殴ったら、国際問題ですよ~」
「分かってるわよ! でも、パンチの一つくらいくれてやりたいじゃない」
「本当。それに、生意気な胸でしたね。あと臀部」
「いや、そこは見てないけれども……」
由美の予想では、コジマは智香と同い年か、もしくはそれより歳上だ。彼女の胸は、智香の二倍はありそうだった。
(でも、私は高木さんの胸の方が美しいと思います……やだ、私ったらなに考えてるのかしら)
彼女は赤くなった顔を闇に隠しながら智香の白い顔を見上げた。白く滑らかな顔は、星空の中に孤高の美しさを浮かばせる月のように見えた。
「高木さんは、バルナー大尉よりも素敵なウィッチですよ」
「……? ありがとう」
智香は優しく微笑んだ。
(高木さんは優しいな……私は、高木さんの期待に応えなきゃならないな)
X-2をより素晴らしい機体にして、智香が恥をかかないようにしなくてはならない。智香が舞台の主役なら、自分は音響、照明係なのだ。
そう胸に誓った由美は、何となく智香の形の良いお尻を撫でてみた。
「突然どこ触ってんのよ!」
「いや、形の良いお尻だと……ネ、ネクタイを引っ張るのは……首がしまります……!」
由美の掠れた悲鳴は春の夜空に吸い込まれていった。
続く
ほぼ現代が舞台の二次ってあまり見ませんよね。何か良いのがあれば教えてください。