ちなみに作者は現代兵器の知識が乏しいので、容赦なく突っ込んでください。
1945年 6月 地中海……
『マルタ島の観測班にも、それが何なのか分からないそうよ』
坂本美緒は上官であり、戦友のミーナ・ディートリンデ・ヴォルケ中佐からの通信をインカムで受けながらコクコクと頷いていた。
「敵なら落とす、味方なら迎えるが……ウィッチかどうかも判らないのか?」
『小型で、加速の仕方が妙だったりするそうよ』
「そうか」
美緒は右目の眼帯を上げ、瞳を凝らした。赤いその瞳は遥か向こうの対象物もしっかりと見ることが出きる。
彼女の目に写ったのは、二本の脚にユニットを着けている、どうも人間らしい影だった。
「うむ、ウィッチだな。ヒトガタネウロイでもなさそうだ」
『所属は判りそう?』
ミーナの注文を請けて彼女は更ひ瞳を凝らす。どこかの軍に所属しているのであれば、ユニットの胴体に当たる部分に識別標が描かれているはずである。
「…………ン?」
描かれていたのは太陽に月。扶桑軍のマークである。
「どうやら友軍だ。リーネは後方で待機。ペリーヌ、着いてこい」
美緒は部下のリネット・ビショップに「何かあったら撃て」と暗に命じた後ペリーヌ・クロステルマンを引き連れてその『
「ここは……」
ハッと気がついたとき。加織は海と空の狭間にフワフワと浮かんでいた。
見渡す限りの海。ここがいったいどこかすらもわからなかった。
「衛星誘導装置も……壊れたのかな」
ただ、腕につけた小型ディスプレイを見る限り、電探装置が壊れていないのは不幸中の幸いであった。正体不明の機影が三つ、此方に向かってきているのがわかる。
「………いやいやいやいや全然よくない!」
もし自分が知らないうちにどこか別の国の領空を犯していたら国際問題になる。撃ち落とされても文句は言えない。逆に、向こうが侵犯をしているのならそれはそれで戦闘になるだろう。
どちらにせよ、まだ半人前の彼女にとって大変なことである。
「ガトリング銃……よし……ミサイル……よし……」
加織は武装の確認をして、深く深呼吸をすると覚悟を決めた。
「よし!来るなら来い!」
しかし、彼女のその意気込みは空振りに終わる。
『こちら……扶桑海軍……だ……所属と……明かにされよ……』
「!?」
全くの杞憂であったのだ。微妙に周波の違う通信をしてくる間抜けは味方なのだ。つまり、ここは紛れもなく扶桑の海。
加織は周波数を微調整し、名乗った。
「こちらは、扶桑海軍、第三艦隊所属の佐藤加織軍曹です」
『何?第三艦隊だと?』
相手は聞き返し、加織がはいと答えると暫く黙ってしまった。
『座乗艦は?』
「赤城です」
『……わかった。急行する』
通信相手はそう答えると通信を切り、ノイズが彼女の鼓膜を揺らした。
「奇妙だな……」
「何が奇妙なんですの?少佐」
美緒の頭の中は疑問符に溢れかえっていた。
先程、佐藤加織軍曹なる人物は第三艦隊所属と答えていた。しかし、現在第三艦隊の半数以上が呉の軍港に停泊中のはずである。更に、座乗艦は赤城だと答えていた。
「赤城って……あの赤城ですか!?」
「ああ、ペリーヌ。お前は一緒に乗ったな」
赤城は去年、大破轟沈の運命を辿った。それに第三艦隊の艦ではなかった。
「まさか……ネウロイなのでは……?」
「いや、それはないだろう。あれは間違いなく扶桑のウィッチだった」
もしかすると、どこかの戦線で壮絶な戦いを経験し、気が違ってしまったのかもしれない。そうだとすれば、かなり哀れなものである。
「それにしても」
様々な推測を頭の中で立てた美緒であったが、最終的に一番気になることがあった。
「通信の声、どこかで聞いたことがある……」
「……あれ?」
先程通信が切れてから数分、向こうに人影が二つ見えた。しかし、その人影に彼女は違和感を覚えたのだ。
此方に向かってきている人影の装着しているものがどう見てもレシプロストライカーなのだ。
「どこかの訓練生なのかな……」
幼年学校の生徒なんかはレシプロストライカーで訓練するであろう。が、先程の通信の声はどう考えてもそんな未熟な感じではなかったし、軍人としての風格があった。
レシプロウィッチは徐々に距離を狭め、顔の細部がハッキリと判るほどまで近付いてきた。
「………え?」
加織は、その近付いてくるウィッチの顔に見覚えがあった。
……自分は、あの人を知っている……
直接会ったことがあるわけではない。しかし、その顔は間違いなく見知ったものだった。
「さ……坂本……美緒……少佐……」
その名前は、加織にとって『歴史』であった。
「おーい!」
そんな『歴史』が加織に手を振りながら近付き、彼女の身体をなめるように見回した。
「ふぅむ……見慣れないストライカーユニットだな」
加織は、混乱していた。
何故、本の中の白黒写真でしか見たことのない坂本美緒が今、目の前に居て、その後ろでツンツンした少女が此方に銃口を向けているのだろう。
「フム。ペリーヌ、これが何か分かるか」
「ジェットストライカーに見えますわ。カールスラントで開発中の」
ジェットストライカーが
「さっ……坂本…少佐!?」
加織の声は思わず上擦った。突然奇妙な奇声を上げた彼女に驚きつつ、美緒は「なんだ?」と聞き返してくれた。
「奇妙な質問をしますが、ここは、太平洋ですよね?」
「はっはっは!」
美緒は高らかな笑い声を上げた。その笑いに、加織は妙な安心を得る。この人は、自分の杞憂を笑い飛ばしてくれるのだ、と。
しかし、世の中はそう上手く事が運ぶわけではない。
「本当に奇妙な質問だ!ここは太平洋ではない。地中海だ」
加織の安心は崩れ去った。
美緒とペリーヌ、リーネは何故か気を失った加織を両脇と背中から抱き抱える形で基地へ帰りついた。まるで、エイリアンの連行である。
陽は水平線の向こうに沈もうとしている頃合いで、基地全体を優しい橙が照らしていた。
エイリアン連行の態勢で格納庫に入った三人を迎えたのはシャーリーことシャーロット・E・イェーガーだった。
「おう少佐、遅い帰陣だな……誰だそれ」
「ミーナの言っていた未確認体だ……ところでシャーリー、こいつの穿いているストライカーユニットを調べておいてくれ」
「え?」シャーリーはキョトンとした調子で「なんで?」
「いや、まったく見たことのないタイプだからな……リーネ!ペリーヌ!風呂にするか?」
「あ、私、芳佳ちゃんとご飯の準備がありますから」
「ウヘェ!?アッ!そ、その!よよよよよ喜んで!」
「シャーリー、後は頼む」
美緒は興奮して髪を逆立てたペリーヌと共に風呂場へと向かっていった。
辺りはすっかり暗くなり、夕食を終えた隊員たちは各々の時間を過ごしているだろう。窓の外からは夜間哨戒組が進発する軽やかな音が聞こえる。
「で、シャーリー。結局あれは何だったの?」
薄暗いブリーフィングルームには隊長のミーナを始め、美緒、シャーリーの三人が集まっていた。
「いやそれがさ、少佐が言ってた通りジェットストライカーだったんだけど……」
「だったんだけど?」
シャーリーは映写機に先程現像したばかりのフィルムを入れて壁のスクリーンにそれを映し出した。
写真には加織の穿いていたストライカーユニットが様々な角度から捉えられていた。
「よくわかんない機能が大量にあるんだ。これなんかは多分超小型のレーダーだと思う」
「それは、小型のロケット弾みたいだな」
「ジェットストライカーはカールスラントの最高機密よ……何故扶桑海軍が?」
ミーナは美緒が何か知っているのではと思い、そう言った。しかし、美緒は力なく首を振る。
「私にも解らん。こんな未来の機械みたいなもの、見たことも聴いたこともない」
「未来の機械か……」シャーリーは少しおどけてみた。「もしかして、未来の世界から来たんじゃねーの!?アイツ!」
「未来の世界……有り得るわね……」
「ちょ、ミーナ。ジョークだよ」
「いや、ネウロイなんかが現れる時代だ。有り得なくもない」
美緒は映写機の電源を切り、部屋の電気のスイッチに手をかけた。
「とりあえず、明日も調べてみてくれ」
「あっ!そうだそうだ」
突然、シャーリーが写真を入れていた鞄を漁り始めた。
「なんだシャーリー」
「これ、渡そうと思ってたんだ」
そう言いながら彼女は一冊の本を取り出した。かなり読み込んである本のようで、所々傷がついていた。
「これ、さっきのロケット弾が入ってた所に一緒にあったんだ。扶桑の本らしいから、少佐に」
美緒はそれをシャーリーから受けとると、礼を一つ述べて部屋を後にした。
私室に戻った美緒は部屋の電気を点け、机に向かい本を見た。
『世界のエースたち』
「未来の世界……か」
彼女はとりあえず目次を開いた。編集者の言葉をはじめ、様々なウィッチの名前が五十音順にズラリと並んでいる。
この部隊の仲間も、載っていた。
そして、その中に面白そうな記事があった。
『徹底検証、二人のウルトラエース』
多分に、エーリカ・ハルトマンと、ゲルトルート・バルクホルンのことだろう。美緒は何となくそのコラムページを開いた。
そのページには二人の顔写真と戦歴、その他人柄に関することまで細々と書かれていた。
二人の写真は、本人の性格を表しているかのようなものだった。
明るく誰かと談笑しているエーリカと、しっかりと正装のバルクホルンである。
写真の横にはそれぞれの簡単なプロフィールが記されていた。
生年月日、略歴、そして……。
それを見た瞬間、彼女は本を閉じた。暑くもない、むしろ寒気すら感じるのに、身体を嫌な汗が流れている。手は震え、言い様のない恐ろしさが彼女を襲った。
没年!没年が記されていた……!
正確な年数は見ていない。ただ、彼女を動揺させるにはその二文字の言葉で充分だったのだ。
汗ばんだ手で本を本立てに納めた彼女はそのまま敷いてある布団に潜り込んだ。
「佐藤加織……お前は……」
その日の疲れは、彼女を眠りの園へと否応なく引きずり込んでいった。
続く