ストライクウィッチーズ 明日と昨日を繋ぐ魔女   作:乾操

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誤字、脱字があれば御一報ください。


2.ジェットストライカー

第二飛行試験場の職員は約百五十人で、その内の二十数人の若い整備スタッフが(いつも同一人物というわけではないが)何らかの理由で飛行場で寝泊まりしている。

そのため、飛行場の施設内は朝から騒がしい。

 

「テメェ! それは俺の卵焼きだろうが!」

「前にソーセージやったろ! 文句言うな!」

「ご飯おかわりー!」

「自分でやってくださいよ! セルフサービス!」

 

朝食と夕食作りはいつの間にか由美の仕事になっていた。

彼女が空軍から派遣されてきてすぐの頃、栄養バランスなど微塵も考えていないような男達の食事に呆れた彼女が、ほんの気紛れで引き受けたのが始まりであった気がするが、もうそのようなことを覚えている人間は施設内にはいない。

 

「あら、今日のお味噌汁は一段と美味しいわね」

「高木さんに褒めて貰えて光栄です……ご飯は一人二杯までって言ってるでしょうが!」

 

由美がこの役割を引き受けているのは、整備スタッフ達に元気になって貰いたいから……というのも間違いではないが、本当は智香に喜んで貰いたいからである。

ウィッチに必要なのは栄養バランスの取れた十分な食事であり、毎朝男達が適当に作った残飯シチュー擬きを食べていたのでは本来の力は出せない。

 

智香は味噌汁を飲み干すと先程「セルフサービス!」と声高に言っていた由美におかわりをお願いして、嬉しそうに駆けていく由美を見送ると、目の前のカールスラント人に不機嫌そうな眼差しを向けた。

 

「フッ、扶桑の朝食は騒がしいな」

「カッコつけて言ってるところ悪いけど、ほっぺにご飯粒付いてるわよ」

 

完璧な箸使いをするコジマは「おや、失礼」と微笑むと、ご飯粒を摘まんで口に移した。彼女の赤毛は窓から射し込む朝日にキラキラと輝いていた。

 

「我がカールスラント空軍は伝統的に規律正しいのだ。朝食はこんなに騒がしくない」

「ここは軍隊じゃないのよ」

「厚木も中々騒がしかったがな」

 

コジマは再び「フッ」と笑った。何をニヒルぶってやがる、と智香は思わざるを得ない。

 

「朝は定刻に起き、訓練に励み、任務には冷静に対応して、軍人として恥ずかしくないような振る舞いをする。身だしなみや、身辺整理だって欠かさない」

「へー、すごいわねー」

 

智香は全く興味がないように答える。これだから軍人は苦手なのだ。

 

 

「こらぁぁ! 早く起きんか!」

「また訓練をサボる気かー!」

「部屋を片付けろ……うわぁぁ! 服を着んか、穿かんか!」

「貴様それでもカールスラント軍人かぁぁ!」

 

「……どうした、タカギ?」

「いや、少し電波を受信して……」

「扶桑人は変わり者だな」

 

お前も十分に変わり者だがな! と言ってやりたいところだったが、智香はグッと押さえた。ここで挑発に乗ってはならない……もっとも、相手に挑発の自覚が有るかは疑わしいが……とにかく、我慢の子である。

 

と、そこへ味噌汁を持った由美がプンスカ怒りながらやって来た。

 

「コジマ・バルナー大尉!」

「どうした、おちびちゃん」

 

由美は口許を少しヒクヒクとさせると、一つ咳払いして童顔に精一杯の威厳を持たせながらコジマに迫った。

 

「昨日、スタッフとお酒を飲んだそうですね」

「お酒? 規律が聞いて呆れるわ」

「あぁ、あれか。扶桑のビールはイマイチだったが、まぁ不味くはなかったぞ」

「バルナー大尉! 我が扶桑皇国においてはお酒は二十歳からと法で規定されています!」

 

コジマは見た目(主に胸)こそ二十歳を軽く過ぎているように見えるが、カールスラント空軍にはジェットストライカーのウィッチは二十歳を過ぎると後方へ回すという決まりがあった。

「未成年者の飲酒は、御用ですよ~」

「ふむ、そうか。だが、カールスラントでは十六歳以上はビール、ワインを飲んで良いことになっているのだが」

 

悪びれる気配なく言うコジマだったが、由美は負けじと笑み(ひきつっているが)を浮かべて、先生のように人差し指を立てた。

 

「大尉、郷に入りては郷に従え( Andere Lander, andere Sitten)という諺をご存じないのですか?」

 

由美はおおよそ完璧な発音で言い放った。智香が少し驚いている。コジマは一瞬キョトンとして、またも「フッ」と小さく笑った。

 

「おちびちゃんの言う通りだな。全く、その通りだ」

「そうでしょう! ここのスタッフの皆さんと仲良くなるのも良いですけど、そういうことなんで!」

 

ほとんどない胸を張って勝ち誇る由美。智香はそんな彼女に心の中で拍手を送った。だが、由美の勝利の時間はすぐに終了を迎える。

 

「いや、すまなかった。あはは」

 

コジマは頭に手を置いて笑った。そして、少し肩をすくめて二人……特に由美にとって衝撃的なことを口にする。

 

「実は、私はカールスラントでもまだお酒飲めないんだ」

「……はい?」

「十五歳なんだ、まだ」

「えっ」

「いや、一応八月には十六歳にはなるんだがな」

「………」

 

背後の男達の喧騒とは裏腹に二人の扶桑乙女は黙りこくった。特に由美は顔が全くの無表情になり、脳内で情報を必死に整理しているようだった。

 

「……どうしたんだい、おちびちゃん?」

「!!!」

 

瞬間、由美の目にはブワッと涙が溢れ、彼女はウワーンと智香の胸に顔を埋めて泣き始めた。

 

「ちょっ、由美!」

「あん畜生、私より二歳も下の癖に『おちびちゃん』なんてクッソ生意気な口きいてきやがるんですよ~!」

「おう、サコミズ準尉は歳上だったのか。てっきり、十二歳くらいかと……」

 

コジマは容赦無く、悪意もなく、由美に追い討ちをかける。目からあふれでる涙は智香のジャンパーに一筋の滝を形成していた。戸惑う智香などお構い無しに由美の怒りはヒートアップしていく。

 

「何よ! 何よ! そんなパイオツ邪魔なだけじゃない! どうせカールスラントでも『oh! グラマラス!』とか男共の歓声浴びてたんでしょ!」

「あはは、扶桑人はおもしろいなぁ」

「ムキー! アンタの胸なんてラードよラード! それに比べて、高木さんのはハリ善し艶善し形善しの三拍子揃った……」

「きゃっ! 何触ってんのよ!」

 

智香のアッパーカットが炸裂した。それはまるで、先祖代々受け継がれたかのように見事なアッパーカットであった。

強烈な一撃を受けた由美はもんどり打って床に転がった。そして、ハッとしたように立ち上がり、襟を正してネクタイを締め直し、赤い目を擦ると気を付けをしてピシッと敬礼をした。

 

「失礼、取り乱しました」

「取り乱して胸を触る人なんて初めて見たわよ……それより、軍隊じゃないんだから、敬礼なんてしないで」

「あっ、すみません……では、機体のチェックをしてきますね」

 

そう言うと由美は真っ直ぐな眼差しをコジマに向けた。その眼差しにコジマは一瞬たじろぐ。

 

「見てなさいよ、X-2を着けた高木さんは無敵なんだから」

「お、おう、そうか……」

 

由美は踵を返すとツカツカと出口へ向かって歩いていった。そして、食堂を出る間際、

 

「バーカバーカ! 胸部増槽女!」

 

という独創的な悪口を言い捨てていった。

食堂の喧騒さは大分収まり、スタッフ達は自分達の仕事を始めるためハラハラと食堂を後にしていき、智香とコジマだけが残された。先程まで喧騒に掻き消されていた隅のテレビも虚しく朝のニュースを報じている。

さして広くもない食堂だが、二人だけになってしまうとえらく広く感じられる。

 

「しかし、見事なアッパーカットだった。親か祖父母がボクサーだったとか?」

「そんなわけないわよ。お祖母さんはウィッチだったけど」

 

智香はそう言うと残りのご飯をかきこんだ。コジマはそんな智香の顔をジーッと見つめている。そして、思い出したように声をあげた。

 

「そのウィッチって、あれだろ、トモコ・アナブキ!」

「えっ……なんで……」

「うおぅ、当たった! いや、写真のアナブキとタカギ、そっくりだ。瓜二つ」

 

そう言うとコジマは懐から一枚の白黒写真を取り出した。そこには智香の祖母……穴拭智子の若かりしころの姿があった。一体どこで手に入れたのか、出撃前の一コマであった。凛とした顔に、数世代前の陸軍戦装束が良く似合っている。

 

「アナブキは、私が尊敬するウィッチの一人だ」

「お祖母さんが?」

 

智香はふと祖母のことを思い浮かべた。

彼女は自ら率先して武勇伝を語ろうとはしなかった。しかし、智香がせがむと、時には懐かしそうに、時には恥ずかしげに、時には口に出すのも嫌だという風に話してくれた。

……しかし、一番活躍したであろう時期……スオムスにいた時期の話はそれほど詳しくはしてくれなかった。その頃の話はどこか不鮮明で、追求すると顔を真っ赤にして、まるで生娘のように隣室へ逃げてしまったのだ。

 

「アナブキは立派なウィッチだった。そんな祖母を持つと、誇らしいんじゃぁないか?」

「誇らしい……か……」

 

祖母は嫌いではない。大好きだ。だが、祖母がそうであるが故に智香にのし掛かったものもある。周囲のあからさまな期待の眼差しは彼女を奮起させることも、増長させることもなかった。

 

「『扶桑海の巴御前の孫』っていう肩書きが本当に重かったわ……。何をしても、『流石は扶桑海の……』。そのせいで、一時期お祖母さんが嫌いになってしまったくらい」

「ふーん」

「尊敬はしているわ。でも、周りの人がする期待が、私には痛かった」

智香は俯いて、膝の上で手を重ねた。コジマも先程までと違い、窓の外の春を無感動に眺めている。

……暫し沈黙が続いた。それをコジマの複雑に明るい声が引き裂く。

 

「でも、あれだ。期待されるだけまだマシさ。いや、羨ましい……」

「………」

「……ま、そういうことだ……タカギ、この後は確か模擬戦だったはずだ?」

「えぇ、そうね」

「先程準尉が意気込んでいたが……どれ程のものかな?」

「……なんですって?」

 

コジマの挑発に智香は乗った。口許には笑みを浮かべ、瞳には自信の炎を燃やしている。

負けてやる気は到底無い。宮菱の技術と、優秀なスタッフの努力の結晶を見せつけてやる。

 

 

「武装の先端にはレーザーを装着しました。このレーザーを感知すると、撃墜となります」

 

今日の滑走路には二つの爆音が響いていた。一つは扶桑のX-2、もう一つは欧州連合のタイフーンである。

 

「ルールは単純。離陸した後互いに高度八百で左右に別れた瞬間からスタートで、先の撃墜判定を得た方の勝利です」

 

由美は二人に大声での説明を終えると滑走路脇に退避した。管制塔がそれを確認し、智香とコジマに離陸許可を出した。

より激しい轟音が空気を揺るがした。二人はほぼ同時に加速し、ほぼ同時に離陸し、ほぼ同時に左右へと展開した。模擬戦の開始である。

 

空中における格闘戦の基本は飛行機もウィッチも大まかには変わり無い。基本は、優位な位置取りだ。

絶大な威力を誇るミサイルは相手の後方に着かなければ当たらないし、ガトリング銃も真横や真後ろより前方の方が狙いをつけやすい。

 

最初に後ろを取ったのは智香だった。彼女は模擬ロケットの照準を前方を飛ぶコジマのストライカーに合わせた。ミサイルの照準や複雑な火器管制は使い魔がやってくれる。

 

「いただき……」

 

そう呟いて智香はユニットのウェポンベイからロケットを発射した。白い尾を曳いてロケットはコジマに急速接近する。だが、コジマも黙ってやられるほど人は良くない。彼女は左にロールしながらチャフをばら蒔いた。

チャフの熱をストライカーの排気と勘違いしたロケットは何もない空中で炸裂し、真っ赤なペンキの花を咲かせた。

 

「まぁ、そうなるよね」

 

彼女は続いてガトリング銃を構えた。位置の優位さは依然として智香にある。

コジマはそれに気付くと狙いを定められまいとユラユラと飛行した後急降下を始めた。智香もそれを追う形で降下する。

眼下には飛行場や緑の田園が広がっている。それが急速に迫り来る感覚には恐怖を覚えた。だが、その恐怖を克服し、相手に一撃を加えられてこそのエースである。

二人は追いかけっこしながら高速で由美達の真上十数メートルをパスした。突風が地上用員を襲う。二人はそれには目もくれず急上昇する。

 

「やるわね……」

『タカギも中々しつこいな。男にモテんぜ』

「うるさい!」

 

智香はそう叫ぶとガトリングの照準をコジマの背中に合わせた。照準のチャンスはほんの一瞬である。彼女は引き金に力を加えようとした。

 

「!?」

 

だが、しかし。一瞬……照準を合わせ、引き金を引こうとしたその一瞬……目の前にいた筈のコジマの姿が消えた。

 

「いったい、どういう……!?」

『タイフーンの格闘性能はピカイチなのさ』

「うっ!?」

 

耳のインカムに警報が鳴り響く。それは智香に『敵が背後で照準中』を示す警報であった。

智香は慌てて身を捻る。だが、コジマのガトリング銃は容赦無く智香の身体を捉えた。

智香の耳の中でブザーが鳴り響く……彼女は撃墜されたのだ。

 

 

智香は急いで着陸してユニットを格納すると滑走路脇に設えられたモニターの前で唖然とするスタッフ達、さらにその中のいる由美に何があったのかの説明を求めた。

「わかりません……ただ、バルナー大尉は急転換やエンジンの停止などで後方に回ったのではなく、どういう理屈か、速度を維持したまま、急激な機動で後方に回ったのです……」

「ちょっと、意味が分からないわよ……」

「私が、説明しよう」

 

混乱する智香達の元へユニットを装備したままのコジマがゆらゆらとやって来た。

彼女は誇らしげな顔をしながら自らのユニットを指差した。一同がその指の先を見る。

ユニットは流線型の美しいボディをしていた。だが、その丁度下腹部にあたる部分の装甲が上にスライドして突如小さな穴が出現した。

 

「アポジモータだ。これを活用しながら脚の向きを調節することで、レシプロ並みの……いや、それ以上の機動を行うことが出来る」

「うそ……冗談でしょ……」

 

由美は唸った。ウィッチだからこそ可能な装備だが、それをやるにはあまりにも機体への負担が大きかった。

 

「まぁ、負担は確かに大きくなるから奨励はされない。だが、ドッグファイトにならずとも、緊急時には便利な装置だ」

 

この仕組みを考えたのはウルスラ・ハルトマン博士であるという。若い頃から変なものを作っていたらしいが、これは極め付きだろう。

 

「同じ元ウィッチだからこその発想だ。扶桑のユニット製作にウィッチは関わらなかったのか?」

「ぐ……」

高笑いと共に去り行くコジマ。スタッフ達には返す言葉がなかった。

 

 

「ぐやじぃぃぃぃぃ!」

 

智香は昼食のカップ麺をズゾゾと吸いながら唸った。いつもは出前をとっているのだが、今日はそのような暇がなかったのだ。

 

「何よあの仕掛け! 卑怯よ! 開発者の顔が見てみたいわ!」

「顔なら雑誌やらでいくらでも拝めますよ」

 

由美も苦々しげな顔をしてカップそばを啜る。全身全霊を込めて調整して、整備してきた最高のユニットと、彼女が知る限り最高のウィッチが合わさったにも関わらず、老練ハルトマン博士の「思い付き」に負けたのだ。

 

「ですが、確かにジェットストライカーはウィッチの有利な点を生かしきれていないんです」

「どういうこと?」

「ジェットストライカーの最初期は純粋に速度と武装の強化が目的とされていました。 それから数十年経ちましたが、我が国の基本理念はそこからあまり変わっていないんです」

当時……つまり、第二次大戦期のジェットストライカーは大型ネウロイを一撃で葬ることが出来る『大物狩り』というジャンルだった。そして今、四年前の大型ネウロイ出現によって扶桑軍上層部が求めているのはその『大物狩り』なのである。

 

「重火器を効率的に運用できる、つまり、爆撃機の縮小版ですね、軍が要求しているのは」

「何よそれ、そんなら爆撃機でも作ってればいいじゃない」

「ネウロイに効果的な攻撃を与えられるのは未だにウィッチだけです」

 

思えば、欧州で格闘戦に特化したストライカーユニットが作られているにも関わらず扶桑ではそれらが求められないというのは当然の話であった。

陸続きの欧州、二次大戦でその空は小型ネウロイに支配されていた。対して、扶桑のような島国では小型ネウロイによる制空権の支配はあまり考慮されなかった。ネウロイはよほどのもので無い限り海を渡ることは出来ないのである。

戦闘機同士なら発生する格闘戦も、戦略爆撃機や軍艦相手に発生することはないのだ。

 

「……何、あなた達爆撃機を作ってたの?」

「まさか!」

由美は割り箸を折って空になった容器に放り込んだ。

 

「私達が作っているのは史上最高のストライカーユニットです。私は軍人ですが、それ以前に一介の技術者、X-2の責任者の一人です」

「そういうの、他の人に言ったら不味いんじゃないの?」

「いいんですよ……高木さんは、トクベツですから?」

 

由美はそう言って首をかしげる智香を他所に一人顔を赤くしてキャッキャ喜んでいた。そして、頭を振って一つ咳払いをすると、真面目な笑顔を顔に浮かべて、

 

「高木さんを最高のユニットで空へ上げて見せますよ。あれは、高木さんに良く似合ってますから」

タイフーン(コジマ)に勝たせてくれるの?」

「天に誓って。もっとも、そこは高木さん次第ですけどね」

「言ってくれるわね」

智香はニヤリと笑って、窓の外を見た。再戦するのは一週間後になるだろうか。

今度は、負けはしないだろう。世界的技術者はいないが、信頼できる士官と、宮菱の誇るスタッフがいるのだ。

 

つづく

 

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