首都高速道路に築かれた自動車の列はどこまでも果てしなく続いているように見えた。ゆっくり、ゆっくりと進む様はまるで氷河のそれである。
車載ラジオから流れる交通情報に嫌気がさした輸送トラックの運転手はラジオを切ると窓を開けてため息をついた。
「こりゃぁ、どやされるぜ」
「仕方ありませんよ、こんな渋滞では」
助手席の若者は退屈気に雑誌を読んでいる。どやされるのは自分ではないから、いい気なものだ。
「ユニットなんて、トラックで運ぶくらいなら飛ばした方が速かったろうに」
「そう言わずに、ノンビリ行きましょうや」
「おめぇなぁ……」
運転手は帽子を脱いで禿げかけた頭を掻いた。その時、自動車の間を縫うように走る警察のウィッチが見えた。高速道路の発展に合わせて創設されたパトウィッチだろう。まだ暑い空の下、ご苦労な事である。
「お巡りさん、ゴクローサン! 渋滞はどうなってるのかね?」
ウィッチはトラックの横に止まると白いヘルメットの下から可愛らしい顔を覗かせて、
「どうも! しばらく動きそうにないですね。こちらも善処しているのですが……」
「まぁ、仕方ないわな」
「どうもすみません」
ウィッチは申し訳なさ気に項垂れた。彼女が悪いわけではないのだが、謝り癖でもついているのだろうか。運転手は慌てて「いやいや」と言うと話を逸らした。
「それにしても、ヘリの音が五月蝿い。何なのかね?」
「テレビ局のではないですか?」
彼女はそう答えながら空を仰いだ。
ビルの谷間にヘリが見える。人の苦労も知らずに、全国のお茶の間へこの長蛇の列を発信しているのだろう……。
それにしても、えらく低空を飛ぶヘリである。
「うっ!? こっちに向かってくる!?」
「ありゃ海軍のヘリじゃねぇか!」
白地に青いラインのヘリは、胴体に月と太陽を象った国章と扶桑海軍の略字が見える。決して報道関係のヘリではなかった。
軍のヘリは輸送トラックの直上数メートルの地点でホバリングを始めた。周りの車の人々が何事かと空を見上げる。すると、ヘリのドアが開きそこから人影がバッと飛び出した。飛び出した人影は落下中に体勢を整え、トラックの運転席上に着地し、天窓から運転席に顔をだした。
「オヤジさん!」
「何でぃ、智香ちゃんか! 天井が凹んじまったぜ」
智香はトラックの屋根の上で群衆の視線も気に止めず運転席に話しかけ続けた。
「ユニットさ、もう動かせる?」
「整備はバッチリだってさ。それにしても、何でだよ」
「渋滞、長引きそうなんでしょ!」
そう言うと彼女は荷台へピョンと跳び移り、被せてあったシートを剥ぎ取った。
そこに姿を現したのは、更に洗練されて機能的な美しさに溢れるストライカーユニットであった。
「オヤジさん、悪いけど、こっから飛ばしていくわね」
「飛ばすって……出来るのかよ!?」
ストライカーユニットは腕の良いウィッチであればV-TOLが可能である。しかし、それはレシプロストライカーでの話で、ジェットストライカーでのV-TOLの例はほとんど無い。
「大丈夫、私を誰だと思ってんの」
「ちょっとアナタ、何する気!?」
ここでようやく呆気にとられていた警官が口を挟んだ。だが、智香はそんな彼女に向かってニッと笑うと、
「公道上でストライカーユニットの離発着は禁止されてないぞ?」
「えっ!? うそ……ち、ちょっと待って!」
ハッタリである。だが、生真面目な交通課のウィッチは慌てて無線機を取り出そうとワタワタし始めた。その隙に智香はユニットに脚を入れる。耳と尻尾が出て、エンジンが元気良く唸り始めた。
「ロックは、そっちで外せるからな!」
「ありがとうオヤジさん!」
智香は機体のチェックを終えると吹き上がる風に煽られる警官ウィッチに声をかけた。
「何かあったら空軍の迫水準尉に言ってください! 取れる範囲で責任を取るそうなんで!」
「ちょっと……きゃ……」
警官が制止の声を張り上げようとした刹那、エンジンは更に大きな音をあげて不安定に智香の身体を浮かせた。フラフラしているが、浮いてしまえばこちらのものである。
彼女はそのままグンッと高度を上げた。そして、ある程度の高度まで上がると眼下に車列を眺めながら智香は器用に水平飛行へ移行し、そのままそこを後にした。
後には呆然とする警官ウィッチと、興奮気味のギャラリーのみが残された。
※
「受け取ったんですね? 流石です! 調子はいかがですか?」
『極上! 良くできてるじゃない!』
由美は智香の無線機から感想を聞くと背後にいるコジマに顔を向けた。
「不戦勝、というわけにはいきませんよ」
「分かってる。元々、この為に帰国を延長したんだ」
彼女はハンガーの外で固定されている愛機を一瞥すると、由美の肩を笑いながら叩いた。
「整備は出来てるんだろ?」
「無論、バッチリです」
「そうか!」
コジマは由美にウィンクすると空へ上がるべく愛機の元へ駆けていった。
彼女は由美たち扶桑の技術者に全幅の信頼を寄せている。対戦相手の整備士が何か仕掛けをするとは考えていないのだ。
「そういうところは、素敵な人なんだけどなぁ」
そう一人ごちると彼女は外に出て海の方の空を見上げた。
彼女は生まれつき目がすこぶる良い。だから、遥か向こうの空に明らかに智香の物である白い軌跡を認めることが出来た。
※
智香は今までに感じたことの無い快感を感じていた。機体に不具合の類いは全くなく、全てにおいて心地良かった。
かつて、カールスラント空軍のエースだったゲルトルート・バルクホルンはジェットストライカーを使用した際に、
「まるで天使に後押しされているかのようだ」
と呟いたらしいが、これはその究極系といえるだろう。当時のバルクホルンがこれを見れば、何と言うだろうか。
智香は半世紀の時に思いを馳せながら飛行場の滑走路脇に陣取っている来賓の方々のすぐ上を高速でパスした。軍帽がいくつか宙に舞う。
『高木さん、無茶はよしてくださいね』
『私との模擬戦の前に壊れたら笑い話にもならん』
「分かってるわよ。いいから、早く上がってきなさい」
眼下の滑走路でコジマが加速するのが見えた。向こうもエンジンは快調のようで、心地良い音を上げている。
「向こうのエンジンに細工の一つしてくれてもいいのに」
智香はそう思ったが、本気で思ったわけではない。もししていたら、智香は由美たちを一生軽蔑するだろう。
手にしている武器のレーザーセンサーを確認する。何ら問題はない。全てが快調だ。
『よし、そろそろ始めるか、タカギ』
「今日こそ吠え面かかせてやるから」
『言ってろ』
コジマ戦闘高度に達したと同時、模擬戦の開始を知らせる合図がイヤホンに響いた。
※
序盤は智香がコジマの背後に付いて回るという今までと同じような展開となった。だが、コジマには後ろの智香の動きが今まで以上に軽快になっているのを認めざるを得なかった。
機体の重さは圧倒的にタイフーンの方が上である。
(改善の余地アリだ)
コジマは急旋回、急降下を繰り返す。智香はそれに金魚の糞のようにぴったりと付いて回った。二人の目まぐるしい機動に地上の観客たちは目を回しそうである。
「良い機体じゃないかタカギ、エエ!?」
『ありがとう!』
「だが、このタイフーンには劣る!」
『その価値観を修正してあげるから待ってなさいよ!』
コジマは智香を振り切ろうと様々な機動をとった。だが、改良前から振り切れなかった相手を今さらどうにか出来るとも思っていない。
(扶桑人め、良い機体だ……カールスラントもウカウカしてられないな)
『どう? 降参するってのもッ……アリだけど!』
「バカめ!」
X-2は素晴らしい機体だ……これは認めよう。だが、それはそれだ。
ジェットストライカーの原点は欧州カールスラントにある。今数多く存在するエンジン……今智香の使っているX-2のエンジンも、その流れを遡ればハルトマン式エンジンに辿り着く。そして、このタイフーンのエンジンを設計したのはそのウルスラ・ハルトマンなのだ。
「タイフーンは原点にして頂点! 負けるかよ!」
コジマは足元のアポジモータを作動させた。内臓が揃って体内を移動するような感触が襲う。彼女の身体は襲い掛かるGに耐えて智香の背後に回り込んだ。
「とった……なに?」
だが、彼女が照準を合わせると同時、目の前から智香の姿がサッと消えた。イヤホンに響く地上の声がにわかに騒がしくなる。彼女は半身を巡らせて智香の姿を探した。
果たして、智香はいた。彼女の上、太陽の中……身体を捻らせながら、ゆっくりと……コジマには妙にそう感じられた……背後へ回り込んでいる。
『そんなバカな……』
『ジェットストライカーで!?』
地上管制が口々にそう言う。コジマにも、この機動が何なのかはすぐに分かった。
「ひ、左捻り込み……!?」
かつて大戦期に坂本美緒や宮藤芳佳、そして穴拭智子といった扶桑のエースがとった、上昇し、揚力が無くなったところで落下しながら左反転して相手の背後につくという高等技術……。
太陽の中いる智香のシルエットは息を飲むほど美しかった。髪が広がり、華奢な身体にスラッとしたユニットがよく似合っていた。
(これが、扶桑の戦巫女……)
コジマの目には、尊敬するウィッチである穴拭が目の前に現れたように映った。
「……うっ!?」
『はい! 撃墜!』
気が付くと、イヤホンから被撃墜を知らせるブザーと智香の嬉しそうな声が響いていた。
眼下では軍のお偉方が自国の勝利にパラパラと拍手を贈っていた。だが、あの中の大半がこの智香の勝利の理由を理解していないだろう。
コジマと智香が並んで地上に降りると、由美たち整備スタッフが駆け寄ってきた。
「高木さん、あれって……!?」
「そうよ、左捻り込みってやつ」
智香は自慢気に胸を張る。
「『ウィッチならではの戦い方』を考えてみたの。ジェット戦闘機では出来ない機動を……それで行き着いたのが、左捻り込み」
「確かに、X-2は非常に軽い機体です。しかし、ジェットストライカーで左捻り込みなんて……」
常軌を逸している。由美の顔はそう言いたげだった。だが、それをコジマが制する。
「まぁ、メチャクチャだったが……完敗だ。やるな、タカギ」
「それほどでも」
コジマは智香に「だが、お前の技能あってこそだ。機体性能ならタイフーンが勝ってる」と言おうかと思った。だが、今更意味の無いことだし、負け惜しみに聞こえる上、智香をべた褒めするのが恥ずかしかった。
「とにかく、タイフーンも完全ではないということだ。本国に帰ったらハルトマン博士に伝えることが沢山ある」
「あらそう、頑張ってね」
「おう」
コジマ答えると扶桑の二人のウィッチの顔を見た。二人とも、古い写真の二人と瓜二つである。顔立ちだけでなく、その内に秘める熱さも。
時代は代わっても、ウィッチたちの胸にあるものはいつも一緒なのかもしれない。
※
X-2戦闘脚はその後数多の試験を重ね、2010年に宮菱10式汎用戦闘脚として正式に扶桑空軍に配備された。高い汎用性を持つマルチロール機として完成した10式は宮菱の航空技術が未だに廃れていないことを内外に知らしめる事となった。
智香は2005年までテストウィッチとして空を駆けた。その後は後輩に引き継ぎ、本社勤めとなっている。軍で教官をやらないかと誘われたが、丁重にお断りした。軍隊が苦手なのは、死んでも治るまい。
コジマは2004年に中東の小規模怪異の殲滅任務中に未帰還となった。カールスラント空軍は翌週には戦死認定を出し、勲章も発行したが、現地の人とヨロシクやっているのではないかという噂もある。
※
世紀末のあの日から十年以上の時が流れた。その間に大戦期の語り部たちは次々にこの世を去り始め、その孫たちも子供を産んで育て始めていた。
2014年の春……。
『……国連平和維持軍対ネウロイ部隊として編成された扶桑中東派遣艦隊の中核を成すウィッチーズ隊のデモ・フライトをご覧ください!』
横須賀軍港は派遣艦隊の出発式でお祭り騒ぎとなっていた。その上空を十数機からなる10式の編隊がカラフルな軌跡を曳いて飛んでいる。
「おとーさん! あれ!」
「うん、綺麗だね」
今年で六歳の少女は父の肩に乗って空を駆ける魔女たちに歓声を上げた。
「キャー! きれい!」
「あれはな、母さんが作ったんだぞ」
「おかーさんが? スゴーイ!」
「ふふ、ありがとう」
空を飛ぶウィッチたちは空を自由に飛び回り、青空に大きな桜の花を描いた。観客たちが一斉に歓声をあげる。
少女はまた「スゴーイ!」と明るい歓声をあげた。そして、
「おかーさんは、ウィッチだったの?」
「そうよ」
「ふーん。じゃぁ、私もウィッチになる!」
そう言った瞬間、少女の頭にひょっこりと猫か何かの耳が現れた。
「アッ! あなた、あなた!」
「おぉ!? お前、発現したのか!?」
驚く両親をよそに少女は耳をピョコピョコさせて、肩車の姿勢のまままるで空を飛ぶように両腕を広げ、「ぶーん!」と言った。
七十年以上昔、多くのウィッチがこの横須賀から旅立っていった。
ある者は命令で、ある者は憧れを抱いて、ある者は自分の力で人を救いたくて……。
そして今、一人の少女がウィッチとして発現した。彼女も自らの思いを胸に旅立つ日が来るのだろうか。
空に憧れた少女たち。その心は、受け継がれる。
終わり
45年が舞台の本編、15年が舞台の西部戦線、そして99年の舞台を経て最後には現在になりました。年代順に見ると、その間約一世紀!いつからコレは大河物になったんだ。何の自慢にもなりませんが、ストライクウィッチーズの二次でこれだけの時代幅をやったのは拙作位でしょう(あったら是非教えてください)。
今回の「新たなる空」は、本編以上にただの思い付きです。そのため内容がかなり浅くなっています。ここはもっと掘り下げるべきだった、という部分が多々ありますが、後の祭り。もう知らん。
あと、迫水由美は一応ハルカの孫という設定です。しかし、書いといて何ですが、あれが結婚して子供をこさえるのが想像できません。その辺は皆さんの想像力に丸投げします。
……書いていたらキリがないので終わり。質問などがあれば是非ください。答えられる範囲でお答えします。答えられなかったら皆さんに丸投げします。
番外編でペリーヌ回を書く可能性がわずかに存在しますが、一応コレで完結。拙作とどうしようもない作者にお付き合いいただきありがとうございました。
ペリーヌ回が投稿されたときはヨロシクお願い致しますわ。