リーン……リーン……
空けられたまどから入ってくる夏の風が祖母のお気に入りの風鈴を小さく揺らした。
……ねーねーおばあちゃん、ウィッチてどんな感じだったの?……
加織は畳の上に横になりがら、机に向かって本を読んでいる祖母にそう訊いた。
……そうだねぇ。まあ、楽ではなかったよ……
……ふうん……
ウィッチに憧れていた加織の表情は少し曇った。自分にはなれないような気がしたのだ。しかし、祖母は優しく微笑み、加織の頭を撫でてくれた。
……大変だったけどね、友達や仲間もいたし、楽しかったよ……
祖母の話してくれる昔話は、加織にとってどんな本よりもワクワクするものだった。草原の上や海の上、いろんな所を飛び回り、ネウロイとかいうよくわかんない敵と戦っていたらしい。ネウロイはとても強かった。でも、仲間がいたから、負けたことはなかったそうだ。
……ウィッチになるのは大変だけど、そのぶんなってよかったな、とも思えるよ…
とある夏の日の思い出は明るい光に包まれていく。
(おばあちゃん、私、ウィッチになったよ……)
新品の軍服を着て家に帰宅したとき、祖母は嬉しそうに、しかし何処か寂しそうに祝福してくれた………。
「…………………」
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
むくりと起き上がってみると、窓が開け放たれ、潮風がレースのカーテンを揺らしていた。朝の光がサイドテーブルの蒼い花を明るく照らしている。
「ここは、何処だろう……」
加織はベッドからひょいと降りると部屋を見回した。見たところ、小さな医務室のようだ。赤城の医務室と同じ、けれどもどこか優しい消毒液の匂いが至るところに染み着いている。
コンコン、と誰かが扉を叩いた。
「あ、あの、どうぞ?」
返事を求められていると感じた加織は緊張からの上ずりを語尾に汲ませながら返事をした。
ドアノブが回り、扉が押し開けられる。その扉の小さな隙間から、加織と同世代か、一つ下位の少女が顔を覗かせた。
顔立ちからすると、どうやら扶桑の人間らしい。犬を連想させる横に拡がった癖っ毛に、人懐っこそうな愛嬌のある目が印象的だった。
「あ、もう起きてたんだ?」
「えっ?……ああ、ええ」
少女は「よく眠れました?」と言いながら部屋に入ってきた。手にはお盆を持っており、その上には湯気が立ち上る温かいお粥が載っていた。
「えっと、加織さん、だっけ?」
「はい」
「昨日はね、みんな加織さんの話題で持ちきりだったんですよ。宇宙人とかじゃないのかって……でも、私たちと同じ人間みたいなので、ホッとしました」
彼女は寝台用の机にお粥をトンと置いた。煮込んだことで強くなったご飯の甘い香りが加織の鼻をそっと撫でた。
「ありがとう、ございます……えっと……」
「あ、自己紹介がまだでしたっけ?」
少女は加織の考えを察して手を叩いた。挙動の一つ一つが楽しい少女である。
「私、宮藤芳佳って言います!……加織さんの寝間着が無かったから、私の服が代わりなんですけど、サイズ大丈夫でした?」
そう言われて加織は自分の出で立ちを確認した。古い……加織の認識での話だが……水兵服のようだ。背丈のサイズは丁度良いが、胸の辺りが少し窮屈だった。
「丁度良いですよ」
「ああ!なら良かった!」
加織がそう言うと、芳佳は彼女にベッドの縁に座るよう促してきた。
「お粥、冷めちゃいますよ?」
どうやら宮藤芳佳という少女はお粥の感想を聞きたいらしい。促されるまま、加織はお粥を一緒にあったレンゲで掬い、口へ運んだ。
「あ、美味しい」
芳佳はニコニコしている。
「これ、鰹出汁か何か使ってます?」
口に含んだ時、ほんのりと鰹出汁の香りがしたのだ。
「あ、わかりますか?」
「私のおばあちゃんも、鰹出汁を使ってたので」
「へえー、そうなんですか。気に入ってもらえて良かったです」
彼女が言うには、お粥はなかなか作る機会が無く、始めて作ったらしい。お粥くらい、誰でも簡単に作れる気がするが、そういうことにもしっかり取り組む性格なのだろう。
「そっかー、美味しかったですかー。今度からそうしよう。うん」
知らない人に誉めてもらうことは嬉しい。宮藤は嬉しそうにそわそわと部屋の中をいったり来たりしている。
そして、突然、「あ、そそうだった!」と何かを思い出した。
「坂本少佐が、朝食が済んだら格納庫まで来るように言ってました」
坂本……坂本美緒少佐だ。やはり、こちらに訊きたいことは山ほどあることだろう。
「じゃあ、あとで食器取りに来ますね」
「あ、宮藤さん!」
加織は部屋を出ようとする宮藤を呼び止めた。キョトンとした顔で彼女は振り返る。
「えと……色々ありがとうございました」
すると宮藤は礼を言われて照れたのか、頬を紅くして
「芳佳でいいですよ」
と言い残し部屋を後にした。
芳佳は、格納庫は医務室を出て真っ直ぐ行った突き当たりにあると言っていた。
言われた通り通路を真っ直ぐ進み、突き当たりで曲がると、そこには鉄製観音開きの扉があり、そこを開けるとオイルなどの独特の匂いが充満した広い空間が広がっていた。格納庫である。
「わぁ!広ーい!」
思わず歓声をあげた。
格納庫は空母の格納庫はもとより、加織のいた訓練施設の格納庫より遥かに広かった。彼女の知っている規模ではないのだ。厚木や小松レベルの規模ではないだろうか?
お上りさんよろしく格納庫内を見回していると、向こうに整備服を着た老人と話をしている美緒を見つけた。
「坂本少佐!」
加織は大きな声で美緒のことを呼び、顔を赤くした。
美緒は振り向いて、「なんだ?宮藤か?」
「え?」
「あっ、佐藤か。気にしないでくれ」
美緒と老人は加織に来るよう手招きした。
そばに駆け寄ると、そこには固定ボルトに格納された(微妙に規格が合っていないように見える)82式と、ガトリング銃があった。
「この人はここ、501統合戦闘航空団の整備主任、エルネスト・フォン・キュンメル大尉だ」
「皆からは、エル爺と呼ばれとる」
加織はエル爺の紹介を受けると共に、やはり自分が何かしらの理由で過去に飛ばされてしまったことを実感した。しかも、エース集団の中に。
……ふと気が付くと、エル爺はスパナをクルクル回しなが加織のことをじっと観察していた。
「な、何か顔に付いてますか?」
老翁はフムフムと顎から伸びた白い髭を撫でる。しわくちゃの顔の中に光る目は、老人とは思えない強い光を放っていた。
「………合格じゃな」
「は?」
老人の口から発せられた意味不明な言葉に思わず呆けた声をあげた。エル爺はニヤリと笑う。
「いやー、やはり扶桑のギャルは可愛ええのぉ!上目遣いがたまらんワイ!ワシがあと五十若かったら……」
「キュンメル大尉!」
「へっへっへ、そう妬きなさんな少佐」
「誤解を招くことを言わないでいただきたいなぁ、大尉?」
「へっへっへ……」
キュンメル翁は相当のスケベ翁のようである。しかし、先程までニタニタ笑っていたかと思うと、急に顔付きは変わり、先程までの強い光を放つ目を加織に見せた。
「で、少佐。この子のユニットについてシャーリー嬢からあらかた聞いておるのじゃが……」
彼は手の甲でユニットの装甲を軽く叩いた。コンコン、という軽い音が響く。
「なんじゃこの機体は?こんなもの、カールスラントにも無いぞい」
「佐藤、これはどこの国のユニットなんだ?」
「えと、識別標の通り、扶桑の機体です」
美緒は訝しげな顔を見せる。
「私は扶桑でも高官の部類にはいるが、このようなユニット、見たことがないぞ。機種は何だ」
「これは、JS-82式といって、リベリオン製のユニットを扶桑でライセンス生産したものです」
自分の『相棒』のプロフィールは座学で脳に叩き込まれた。加織は元々物覚えが良いのだ。簡単な整備なら自分でもできる。
「リベリオン製?……採用年は?」
美緒の質問に答えるのに、加織は思わず躊躇した。
「……採用年はと訊いているが?」
「1982年です……」
加織の答えにキュンメル翁は驚愕の表情を浮かべた。それに対し、美緒は冷静である。
「武装は?」
「N16ガトリング銃と、小型空対空ミサイルです」
「ガトリングって言えば、チョッと前の要塞とかに置いてあるあれかえ?」
キュンメル翁が言うように、1945年時点ではガトリング砲などむしろ『時代遅れ』なのだ。連発銃や連発砲の主役は機関銃砲となっている。
「ガトリング銃は、航空ウィッチの主兵装の代表です」
美緒はフム、と何かを考え出した。そして、「そうだ」と顔をあげる。
「そのガトリング銃がどんなものか知りたい。試射してくれるか?」
ガトリング銃と言うものの、使い方はライフルやマシンガンと異なり、腕にくくりつけ、ぶら下げるような形で使用する。引き金のついているグリップが、下向きではなく上向きに生えているのだ。
加織はそれを魔力で少し軽くし、両手で構える。
教官などの猛者は一人で二挺使用したりすることもあるそうだが、さすがに無理というものである。
「あそこに標的が見えるな」
美緒が指差す約四百メートル先には四重に円の描かれた標的が設置されていた。
「あれを狙え」
「は、はい!」
ガトリング銃はサイトを覗いて狙いを定めるという動作がない。そもそも不可能である。
本来ならストライカーユニットの射撃管制がある程度射撃の補助をしてくれるのだが、今回は自らの魔法力でそれをカバーしなければならない。
「………」
銃口の角度を変えて、狙いを定める。
「撃ちますよ!」
「おう、やってくれ」
加織は引き金を引いた。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!
モーターの回る音と弾丸が高速で連射される音が合わさり独特の振動音となって空気を震わす。
銃口から放たれた弾丸は一筋の光となり、標的に命中、木端微塵に粉砕した。
「……………」
美緒は始めて目にする光景にしばらく呆然としていた。
「ふふふ……」
しかし、標的が木端微塵に粉砕されたことを確認すると、堰を切ったように高笑いを始めた。
「アーハッハッハッハ!ハッハッハ!!」
彼女の笑い声は蒼い海に吸い込まれていく。
加織は、妙に誇らしい気持ちになっていた。
つづく
次回からは他のウィッチとの絡みをやっていきたいです。
ストライカーユニットの設定
・JS-82式【ストライクウィッチ】
リベリオン空軍とマクゴナル・ディグスが開発した戦闘脚を宮菱重工がライセンス生産したもの。初飛行は72年だが、その後様々なトラブルがあり、完成形が扶桑で配備されたのが遅れたため、82式と呼ばれる。オリジナルと異なり、自動航法システムの搭載など海上での運用性が大幅に高まっている。最大速度M2.5。