誤字脱字を見つけた人はもれなく幸せになるでしょう。多分。
カールスラント空軍から、教導官が派遣されてくることになった。
「前に視察に来たブリタニアの将軍がね、この部隊は弛んどる!とか言い出したのよ」
ブリタニア空軍中将曰く、
「この部隊は規律がなっちょらん!弛んどる!よって訓練が必要である!」
とのことだ。
「いまいち、意味が分かりませんわ」
「ペリーヌさんの言う通りです……それに、この部隊には坂本少佐もいらっしゃるじゃありませんか」
加織の質問に坂本は笑って答えた。
「佐藤、お前は私が左遷されるとでも思ってるようだが、違うぞ。今度来る教導官は私の知り合いだ」
坂本が言うには所属する軍隊は違えど、同じく志ある軍人として意気投合した相手らしい。
「名前は、グリューネ・フォン・エッシェンバッハ。階級は少佐だ」
坂本の言葉にカールスラントの誇る二大エースはそれぞれ「ほう?」と「げ……」という異なる反応を見せた。前者がバルクホルン、後者がエーリカである。
「バルクホルンさんにハルトマンさん、お知り合いなんですか?」
「ふっふ、宮藤、エッシェンバッハ少佐は私とハルトマンの訓練学校時代の教官だったんだ」
エース二人の教官だと聞いて、加織も話に食い付いた。
「どんな方なんですか?」
「ふむ。まさにカールスラント軍人の鏡だな、あの方は」
バルクホルンは懐かしそうにうんうんと一人頷いている。彼女がこれほど尊敬しているのだから、余程の人なのであろう。
だが、それとは対照的にエーリカは眉を潜めてぶう垂れていた。
「えー、あの人ホントによくわかんない人じゃん」
「どんな人だったんですか?」
リーネの問いにエーリカは「えー?」とテーブルにぐでんとなりながら答えた。
1938年 ベルリン、訓練学校……
エッシェンバッハはこの頃はまだ中尉で、空軍内でも其なりに名の知れた所謂エースだった。そんなすごい人に教えてもらえるのだから、素晴らしく名誉なことだと思った純粋無垢なエーリカ・ハルトマンはしっかり軍帽を被って直立不動の体勢でエッシェンバッハの訓練に望んだ。
それにも関わらず、何が気に入らなかったのかは知らないが突然彼女はエーリカの顔を覗き込み、フンと鼻息を吹いたあと、
「貴様、出身は何処だ」
と訊いてきたので、
「ヴュルテンベルクです」
と答えると、ドゥウェッヘヘとこの世の物とは思えない笑い声を上げて、
「ヴュルテンベルク出身の奴は大抵方向音痴で、ハンブルグへ行けというのにフランクフルトへ飛んでったりするのだ。そんな貴様の方向音痴を治してくれる」
と言ってエーリカの身体を横凪ぎに殴り付け吹き飛ばしたのだ。
「五メートルは吹っ飛んだね」
「えー……」
加織たちは戦慄した。私たちも五メートル程の距離をユニット無しで吹き飛ぶことになるのかしらん?
しかし、その不安も杞憂であることがすぐに分かった。
「ハルトマン、適当ほざくな。お前が殴られたのは初日から寝坊して遅刻したからだと聞いているぞ」
「えっ!?嘘だったんですか!?」
「にひひ……」
エーリカは頭をポリポリ掻きながら笑う。
彼女の話は当てにならないため、結局加織たちはバルクホルンに話を聞いた。
「そうだな、厳しい人だったが、優しい人だった」
バルクホルンの話から想像するエッシェンバッハ少佐像は坂本美緒そのものだった。
「坂本少佐みたいな人ですか?」
「うーむ、そういうわけでもないのだが……」
後輩たちの質問に答えに窮するバルクホルン。それを見ながら坂本は楽しそうに笑う。
「なに、じきに分かる。何せ、エッシェンバッハ少佐はあと三十分程でここに到着するのだからな!」
「え!?」
ハルトマンはいつになくワタワタし始めた。こんなに慌てている彼女を見る機会などこの先あるだろうか?
それをミーナと坂本は微笑ましそうに眺めていた。
坂本が言った通り、エッシェンバッハを乗せた双発機はきっかり三十分後にタイヤを滑走路に擦り付けた。
佐官を迎えるにあたって、ウィッチ隊全員で滑走路に整列する。
加織はまだ見ぬエッシェンバッハ少佐という人物に期待を膨らませ、同時にウィッチ隊の一員に数えられていることに感動していた。
飛行機はプルプルとプロペラを回しながらゆっくりと加織たちの前にやってくる。そして、止まると同時に乗務員出入口が勢いよく開け放たれ、そこから一人の女性が飛び出した。
身長は175はあるだろう。シャーリー並みの豊満な胸に、美しいブロンドの長髪、そしてアイスブルーの瞳には活力の炎がメラメラと燃え盛っている。
彼女は腰に手を当てて、くわと目を見開いた。
「全員んんんん気を付けェェェェ!」
「っ!!」
突然の叫びに、整列しているメンバーは反射的に直立不動の姿勢をとる。
「よぉっし!良い反応だ!休めっ!」
全員が休めの姿勢をとる。
「ふむふむ!宜しい!」
整列する面々の顔を一通り見た後、女性は自己紹介を始めた。
「私はっ!カールスラント空軍教導隊少佐、グリューネ・フォン・エッシェンバッハである!今日からしばらくっ!貴様たちの指導をすることになったっ!」
加織たちはエッシェンバッハの激しさに衝撃を受けていた。カールスラントにはいろんな人がいるのだなぁ、とも思っていた。
エッシェンバッハは再びサッとメンバーに目を通す。そして、視線をエーリカのところで停める。
「ハルトマン士官候補生!」
「今は中尉であります」
「知らん!貴様なんだ!その気の抜けた姿勢はぁ!」
エッシェンバッハは見た目はシャーリーと似通っている(特に胸)にも関わらず、性格はバルクホルンに拍車をかけたような感じであった。とにかく、規律には厳しそうである。
そんなことを考えている加織をよそに、不毛とも思える問答が始まった。
「小官はしっかり不動の姿勢をとっています」
「いんにゃ!とってない!ブレーメンに住んでる私の祖母の方が良い姿勢をしとるわぁ!」
「少佐のお婆様の写真を見せて頂いたことがありますが、腰がデフォルトで45度曲がっておりました」
「ふはは馬鹿め!あれはリベリオンに渡った父方の祖母だ!」
奇妙な問答を続ける二人を見て、加織と芳佳がそっとバルクホルンに質問する。
「あれって何なんですか?」
「うん、昔からああなんだ。挨拶みたいなもんだ」
「なんかすごい挨拶ですね……」
しかし、あのエッシェンバッハ少佐の本当に凄いところはエーリカのペースを崩しまくっていることだと二人は確信していた。
「ほら!腰をもっとこうする!」
「あっちょっ!変なとこ触らないでください!」
エーリカの人物像を少しでも知っていれば分かることだ。反応が最早別人である。
「だからあの人は苦手なんだよ……」
あの後、エッシェンバッハはエーリカに説教を始め、満足するとそのままミーナ、坂本と共に隊長室へ消えていった。
昼御飯を食べに食堂へ一堂会した訳なのだが、エーリカは豆腐の炒めもの(何故かまた豆推しである)をフォークでいじり回しながらぐったりと文句を垂れていた。
「ハルトマンさんのペースをここまで崩すとは……」
「お疲れ様です」
「芳佳、リーネ面白がってない?」
エーリカは大きなため息を一つ吐いてテーブルに突っ伏した。
「いい加減引退すりゃ良いのに……」
加織はエーリカのその言葉に多少の疑問を抱いた。
「どういう意味なんです?」
「あの人ね、実はもう二十四歳なの」
エーリカの口から語られた意外な事実に加織はもちろん、エッシェンバッハをよく知らない隊員全員が「ええっ!?」と驚きの声をあげた。
一般的にウィッチとしての能力は二十代を迎えると急速に減衰する。そのため大抵のウィッチはその頃には退役しているか、訓練学校の教官となったり、司令部つきの士官となる。
しかし、中にはなかなかその力が衰えないウィッチもいるのである。
「あ、私のおばあちゃんもお母さんもそんな人だ」
「私も。祖母はまだ魔法を使えます」
芳佳と加織は身近にそのような人がいた。しかし、他の面々はやはり驚きを隠せない。
「やっぱり遺伝かね?」
「あっ!もしかしたら~、オッパイの大きさかも!?」
「おお!そうかな、そうかな!?」
シャーリーとルッキーニはどうやら魔法力と胸の大きさに大きな因果関係があると結論付けたらしい。
「ええっ、それじゃあ私、魔法使えなくなっちゃうのかな」
芳佳は自分の胸を悲しそうに撫でるのであった。
「よお!貴様たち!昼飯か!」
胸の大きさ談義が一段落つき、昼食を食べていると、エッシェンバッハが食堂にやって来た。エッシェンバッハは食事に興味があるのか、手近にいた加織の食事を覗き込んだ。
「ふむふむ!扶桑料理か!」
「扶桑から大豆や豆腐がたくさん送られてきたので」
芳佳の説明を受けながらエッシェンバッハは「うまそうだッ!」と誉める。しかし、「ウィッチの食事としてはふさわしいとは言えん!」と言い出した。
「ウィッチは芋と肉を喰え!」
「ええっ、でも栄養バランスとか、考えないと」
芳佳は反論するが、エッシェンバッハは「
「栄養はバランスなど、科学者の考えることだッ!」
彼女はそう言うとツカツカと、視線を合わせないようにしていたエーリカの元へ近づき、ガシッと肩を掴んだ。
「ハルトマン!貴様もそう思うだろう!」
「いや、私は芳佳の言っていることも一理あると思う……」
そこにいた全員の視線が二人に注がれた。
「んんっ!?ハルトマンは確か芋が好物ではなかったか!?」
「…………」
「好みが変わったのか!?」
エッシェンバッハがなあ、なあと質問していく。するとエーリカはテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
「別に良いでしょ!ごちそうさま!」
そう言い残すと彼女はポカンとするエッシェンバッハを残して何処かへ行ってしまった。
「ねぇ、加織は未来から来たんでしょ?」
エッシェンバッハが基地にやって来て五日。
昼下がりの廊下でエーリカとバッタリ出会った加織は突然そう訊かれた。
「あの人がいつ引退するのか教えてよ」
「い、引退時期ですか?」
エーリカはそんなことを聞いてどうするのだろう。もしここで「死ぬまで現役」なぞ言おうものならきっとこの場で卒倒するだろう。しかし、幸か不幸か、加織はエッシェンバッハについては全然知らなかった。
「そうかぁ」
「ハルトマン中尉は、なんでそんなにエッシェンバッハ少佐を避けるんですか?」
こんどは逆にずっと気になっていたことを質問した。
確かに、エーリカの言う通り、エッシェンバッハは「変わり者」である。しかし、細かいところまで気がまわる、「頼りになる上司」という認識もあった。
彼女は暇さえあれば基地内を「だははは!」という元気な笑い声をあげながら駆け回り、困っている隊員が居ればどんどん手を貸していた。
例えば、飛行許可がまだ下りていないためにユニットの整備の仕事をしている加織を手伝ったり、忙しい厨房の芳佳とリーネを手伝ったり、などをしてくれている。しかも、それらの仕事が全て完璧なのだ。
彼女が来て以来、この部隊は益々活気に溢れ、規律も以前より断然正しくなっていた。
「確かにうるさいですし、厳しい人ですけど、好い人じゃないですか」
「ん~、何て言ったらいいんだろ」
エーリカはそう言いながら歩き始めた。加織もそれに並んで歩く。
「なんか、ウザったいというか、クドイというか……」
加織にも分からなくはない。元々反骨的なエーリカである。意味はなくとも何となく反抗してしまうのだろう。
二人はそのままエーリカとバルクホルンの部屋の前までやって来た。
「私は少し寝る」
「また寝るんですか?」
「そこら辺歩いてたら少佐が出没しそうじゃん」
上官を熊か何かのように言うと彼女はドアノブを捻って扉を開けた。
「………………」
扉の向こうには、異様な光景……もといごく普通の光景が広がっていた。
部屋の左側に築き上げられた山はキレイさっぱり整地され、そこらじゅうに散らかっていた服はハンガーに綺麗にかけられ、右側へ領土侵犯していた本は本立てにすっきり収まっている。
窓に面した机で本を読んでいたバルクホルンが、本にしおりを挟んで気味が悪いほど清々しい笑顔を此方に向けてきた。
「おお、ハルトマン」
「トゥルーデ、何コレ」
「んん?喜べハルトマン。エッシェンバッハ少佐がそこにあった混沌地帯を開拓してくださったぞ」
バルクホルンは非常に嬉しそうである。対してエーリカの顔は驚くほどに「無」であった。
「壁を見ろ。お前が罰当たりにも適当に放り出していた勲章もしっかり飾られている」
「……………」
「素晴らしい人だな、エッシェンバッハ少佐は。ついでにジークフリート線に小さな物干し竿を取り付けてくださった。これで簡単な洗濯物はここにかけれるな」
そう言うとバルクホルンは坂本ばりの高笑いをして見せた。嬉しすぎて顔に笑いが張り付いているようだ。
「加織」
エーリカは振り向かずに後ろに立っている加織に声をかけた。
「はい」
「だから私はあの人が苦手なんだよ」
「………はい」
加織には、バルクホルンの笑顔が妙に眩しかった。
つづく