私も行きつけの店が潰れる前は月に1、2回程行ってました。
今では周りにコレだ!って店がないため数か月に一回、腕が鈍らないようにやる蕎麦打ちついでに、蕎麦&昼酒をする程度です。
今回はそんな蕎麦&昼酒のお話。
蕎麦屋
言葉の通りお蕎麦屋さん。
立ち食い蕎麦、えきそば、高級店、大衆店など様々な客層、ニーズに合わせた店の派生があり、食事に呑みに小腹がすいたおやつにと色々楽しめる日本が誇るお店。
平塚静はそんな蕎麦屋に行くべく、道を歩いていた
「本当にこの辺りにあるのか?というか旨いんだろうな?」
これから行こうとしている店の名刺なのだろう、歩いていた足を止めそれを訝しげに眺める。
『ここの蕎麦屋、凄い美味しいんだよ!昼間酒とかやるなら最高だから!』
静の頭に昨日の陽乃の言葉が浮かぶ。
「まあ、あいつの行きつけらしいから大丈夫か」
止めていた足を動かし、静は再び歩き出した。
―昨日、自家用車車内―
「絶対~♪運命~♪黙示録♪」
車の中という密室空間、誰もいない、誰も聞いていない、そんな時ついついしてしまう大声で歌う。
平塚静にもそれは例外ではなく、昔よく見たアニメの歌を口ずさんでいた。
「さて、今日は花の金曜日で明日は休みとなると明日は何をするか悩みどころだが、それよりも今だ」
行くべきところはただ一つ。
「今日は何を食べて何を飲むか……まあ、それは店行ってから決めればいい」
帰宅しカジュアルな服に着替えた静は、ある場所へと向かった。
―近所の大衆食堂―
「ごめ~ん」
いつもの扉を開け、藍色の暖簾に手をかけ店内へ。
「あ、平塚さんいらしゃい!」
「ども!」
軽いやり取りをし、空いてる席を探そうと見渡す。
そんな時だった。
「あ!静ちゃんだ」
「なんだ、陽乃も来てた……」
自分の名を呼ばれ向いた先にいたのは雪ノ下陽乃、それは別にいつもの事なのだが。
「あ、ども」
「ひ、比企谷!」
そこに一緒にいたのは自分の教え子でもある比企谷八幡の姿があった。
「どうしたの静ちゃん」ニヤニヤ
「貴様の仕業か!陽乃!!」
陽乃には以前「私……比企谷が成人したらここ連れてきて……一緒に酒、飲むんだ!」って言ったことがあった。
それまで連れてくるのを我慢していたのだ。
「えっ?私は偶然会った義弟をお気に入りの場所へ案内しただけだよ」
「いや、校門前を歩いてたら突ぜ……」
「比企谷君、少し黙ろうか?」
「ヒッ!」
否定しようとした八幡に笑顔という名の威圧感を向ける。
「この店は、比企谷が成人した時に連れてきて一緒に酒飲もうと思ってたのに、それを貴様は!」
「ごめんね比企谷君の初めては私が貰っちゃった」
「誤解を招く発言はやめていただきたい」
大衆食堂で誤解を招く発言はやめてほしい、八幡は即座にツッコミを入れる。
「ふざけるな!比企谷の初めては私が貰うはずだったのに!」
「せ、先生もおちついて下さい!」
沈静化させる事無く、火に油を注ぐ静。
「えっと……」
お茶とおしぼりを持った店員さんはどうしたもんかと苦笑いを浮かべるしかなかった。
―十数分後―
さほど変わらない時間に到着したのか八幡と陽乃はまだ注文をとってなかったらしく、3人は同じタイミングで注文し、料理が運ばれてくる。
(ウマッ!ここのラーメン期待してなかったけど旨い!)
(ギョーザも皮がモッチとしてて、噛むと肉汁やニンニクの旨味がジュワっと口に広がる……おろしポン酢とも合う)
大衆食堂という事で期待していなかった八幡だったが、予想を良い意味で裏切られたのだろう、アホ毛をピコピコさせながら料理を堪能する。
「ここの唐揚げも旨いぞ、食うか?」
「頂きます!」
静は八幡の空いた餃子の皿に数個乗せる。
「あ、私にも頂戴」
「やらん!自分で頼め」
そう簡単に許すわけない、静はそっぽ向きビールを煽る。
「もう、機嫌なおしてよ静ちゃん、お詫びに良い店紹介するから~!昼酒するには最高なんだよ」
「一応聞こうか?」キリッ
明日は休日、なので何処に行くか悩んでいた静には渡りに船、急に態度を変え振り向く。
(昼酒って……この二人、昼間っから酒飲んでんのかよ)
「はい、これお店の名刺。私の行きつけだからあまり教えたくないんだけど、ここ紹介してもらったお礼だよ」
「恩を仇で返されたがな」
先ほどの事を蒸し返すように静は嫌味を向ける。
「だからごめんって~」
これはしばらく根に持たれそうだ、鉄仮面の下で陽乃は苦笑いを浮かべていた。
―そして現在14:30―
「ここか…」
住宅街に佇む和な店構え、俗に言う蕎麦屋の前に立ち止まる。
「ごめ~ん」
暖簾をくぐり店内へ。
「いらっしゃいませ」
店員が声をかけてくる、静はそれに対し、人差し指を上に向け軽い愛想笑いのような顔
一人です!のジェスチャーをするのだが
「はい!お一人様ですね!空いてるお席へどうぞ!」
(ぐはぁ!!!)
(いちいち確認するなよあの店員!)
見事にハートブレイクさせられる。
「……ったく」
席に座り、メニュー表を開く
(さてどう攻めるか)ペラリ
メニュー表を開きにらめっこ。
(けっこうメニュー豊富だな、絞めの蕎麦は後で頼むとして、まずは酒とつまみ……)
(酒は熱燗で決定、つまみをどうするかだな。板わさ、湯葉刺しとか良いな……おっ出汁巻きもあるぞ!他には、炙り海苔山葵?それと地鶏のタタキに鶏皮ポン酢か)
(居酒屋に比べ数は少ないが、実力派揃いと見た!ここは采配が試されるぞ)
(よし!注文は決まった!)
「すいません!」
手を上げ店員を召還する。
「炙り海苔山葵と板わさ、出汁巻きと湯葉刺し、あ……あと熱燗!人肌程度に燗できます?」
「大丈夫、できますよ」
「じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました」
(フフッ今から楽しみだ)
―そして―
「お待たせしました」
「どもっ!」
注文した料理が運ばれてくる。
(先ずは海苔からいくか)パリッ
炙った海苔に、本わさびをすりおろした物、醤油代わりに蕎麦用の返しというシンプルな物。
※返し
醤油に砂糖やみりんを合わせ熟成させた物、蕎麦ではこれと出汁を合わせ、めん汁にします。
海苔で山葵を包むように巻き、返しにちょこっと着け口に運ぶ。
炙った海苔の磯の香、それを山葵の鮮烈さが鼻を通し、返しの深さと会いまって素晴らしい調和を描く。
(これはイイな!手頃なのにワサビと海苔の相性が素晴らしい)チビッ
続ざまに日本酒をやっつける。
(次は出汁巻きに行こう、熱いうちに食べねば)
蕎麦に使う出汁と返しをやや濃い目に合わせ軽くザラメを加え、ギリギリまで出汁を吸わせ銅で焼いた出汁巻き。
箸が簡単に入るような出汁巻きは、吸わせた出汁の量に比例して難易度が増す。
銅で出汁巻きをひっくり返し巻く際にちょっとの動きの乱れで簡単に崩れてしまう、この出汁巻きには料理人の腕が現れている。
(これもイイ……卵の味も濃いがそれ以上に出汁が旨い)
(そして口に出汁が広がったら熱燗!これがたまらん!)
気が付くとすぐに熱燗が無くなる。
「すいません熱燗お代わり!」
「かしこまりました」
旨い料理は酒の進みが早い。
(そして定番の板わさ、さっきのワサビはかなり良かったからな、これはたのしみだ)
本わさびと返し、紅白ではなく真っ白、面の荒い分厚く切られた蒲鉾、あまり見ないルックス。
(分厚く切った蒲鉾かこれは期待できる)パクッ
歯を返すような歯ごたえに魚の味、山葵と返しの相性が抜群。
「旨っ!何だこれは?」
そんな蒲鉾の旨さに思わず声が出てしまう。
「ああ、うちの店、蒲鉾は手作りしてるんです」
「へ~だから今まで食べたことない旨さなんですね」
そう言いながらもう一口。
(さすが陽乃推薦の店だな……旨いもの続きで酒が空だ)
「すいません熱燗お代わり!」
「かしこまりました」
酒が運ばれてくると、続けて湯葉刺しに目を向ける。
黒い器に白く艶やかな湯葉の相対比でより美しく見える。本わさびに出汁醤油が添えられている。
(湯葉なんて何年ぶりだろうな)パクッ
ねっとりした食感に大豆の旨味を摘出したような味わいと出汁醤油、それぞれが持ち味を引き立て合い味わいを膨らませる。
(おお!これも旨い!だがこれはイカンぞ!)
(酒が殺人的に進むではないか)
口に残る湯葉の旨味が酒を飲むのを止めさせてくれない。
「すいません熱燗お代わり!」
「かしこまりました」
静はしばらく酒と料理を楽しんだ。
―そして―
(そろそろ締めに入るか)
メニュー表を眺める。
(こんだけ旨い料理を出す店だから天ぷらも旨いんだろうが……ちょっち食いすぎだからな)
↑
飲み過ぎという概念は無いようです。
(でもいいや!まだ食べたいし酒も残ってる事だ、頼むことにしようではないか)
「すいません!天ざる下さい」
「かしこまりました」
(旨い蕎麦屋の天ぷらに外れ無しと聞いた事がある、これだけ料理が上手い店だから期待大だな)
「お待たせしました」
「どもっ」
エビ、アナゴ、かき揚げ、シシトウ、カボチャの天ぷらと、ざるそばが運ばれてくる。
(天ざるとか頼むと何から食べていいか悩むよなぁ)
エビから行くかアナゴからいくか……いっそかき揚げかで悩む。
「ん゛~~」
(決めた!エビ天からだ)
エビ天に箸を伸ばし口へと運ぶ。
(おお、こりゃまた絶妙な火加減だな)
大きめのエビ、ちゃんとスジ切りをし硬くなりすぎなく、それでいて生過ぎない火加減であげたエビ天に舌鼓を打つ。
(尻尾までいくのは下品かもしれんが、ここ好きなんだよな)バリッ
(そんで、シシトウを箸休めにつまんでっと)モグモグ
(次はアナゴさんだ!鮨や白焼きで食うのも良いが、天ぷらも良いよな)
アナゴ特有の癖と淡白な味わいが、衣と油、つけ汁とまじりあいホックリと
(さて、次はかき揚げだな)
箸で持ち上げ、まじまじと見つめる。
(色んな具が合わさった掻き揚げ、これはまるでお楽しみ袋のようなだな)
(塩で食うか汁で食うか悩むな、かと言って半分に割ってしまうのはなんか違う……こう、かぶりつくのが醍醐味だ!)
今回は汁にしよう、そう判断しつゆにかるく浸し豪快にかぶりつく
小柱、イカ、三つ葉、長芋の掻き揚げ
噛むと口に広がるイカと貝の旨味に長芋の食感三つ葉の風味がまとめ上げるかき揚げ、噛むほど広がる味わい。
(うん、うん!これいいなぁ!!長芋がこんなに合うとは思わなかった)
(んでカボチャの天ぷらで再び箸休めしてと)パクッ
(さて、最後は蕎麦だ!)
全粉を使った十割蕎麦、小麦粉を使わず蕎麦の香りと旨味を味わえる作り。
(この前知ったやり方、やってみるか)
山葵を汁に入れず、軽く口に含み髪をかき上げると、そばをススる。
(山葵の鮮烈さに、そばの香りに汁の味、まるでこれは蕎麦の刺身だな……という事は)
(うん、熱燗とも相性バッチリだ)
しばし、蕎麦と残った酒を楽しんでいると酒が無くなり、蕎麦だけとなる。
(残りは蕎麦のみ、まさにこれは締めだな)
少しクスリと笑うと山葵を口に含み、残りの蕎麦を楽しんだ。
「失礼します、こちら蕎麦湯になります」
「ども」
(蕎麦湯、好き嫌いはあるがこれ結構好きなんだよな)
汁に蕎麦湯を入れ、汁と蕎麦を余すことなく味わう。
―そして―
「ご馳走様でした」
「ありがとうございましたまたお越しください」
「はい、また来ます」
静は会計を済ませると、笑顔を向けそう言い残し店を後にした。
「さすが陽乃だな」
「というかあいつの行く店、とても女子大生とは思えんな」
お好み焼き屋、鮨屋、大衆食堂、そして蕎麦屋、とても女子大生が行く店とは思えない。
「あいつもアラサーになったら私と同じようになったりしてな」
その時になると静はアラフォー、もしくはアラフィフの可能性ありなのだが、酔っぱらっている彼女はそんな事を気にも止めず歩き出す。
時刻は既に昼の三時過ぎ
独身街道まっしぐらな昼下がりの帰り道だった。