彼は(完璧すぎて)友達が居ない   作:ソーダ水一号

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懐かしのモンスター狩人回です。
展開はアニメ基準です。



03: 隣人部は協力プレイがない そのいち

「遅かったじゃない」

 

羽瀬川小鷹が【隣人部】の扉を開けると、そこには頬杖をついて、長机に身体を預けている柏崎星奈が居た。

どうやら先日のファイトは無効試合、あるいは両者引き分けの上、チャンピオンである三日月夜空の判定勝ちに成ったのだろうか。

小鷹は試合後の選手を労るよう言葉を選びながら、件の星奈へと声を掛けた。

 

「昨日はいい試合だったな。ええっと――柏崎、さん?」

 

小鷹の困ったような探り探りの呼び方に、星奈の顔つきが不満そうなものに変わった。

 

「はあ?意味分かんないし。ていうか、星奈、って名前で呼びなさいよ。あんた、あの狐女のこと名前で呼んでるじゃない。

 あたしが苗字でさん付けなんて、あたしの方が優先順位下みたいじゃない」

 

厭なのよそういうの、と星奈が鼻を鳴らす。

小鷹には彼女の言は理解しかねるものではあったが、女性はこういうものか、と疑問を飲み込む。

昨晩自宅で部活の話をした際、小鳩が妙に機嫌を損ねたのと同じかも知れない――小鷹は内心で頷いた。

 

「分かったよ。じゃあ、これからは星奈、って名前で呼ぶ。

 代わりに――俺のことも、小鷹って呼んでくれないか」

 

「……言われなくてもそうするわ。超人ぼっちさん」

 

「だから、そのアダ名は止めてくれ」

 

小鷹の言葉に、星奈は鼻を鳴らして小鷹から目線を逸らす。

そこを見計らったかのように、上背のある小鷹の後ろから、黒髪を翻しつつ歩いてくる女生徒が一人。

伸びた背筋と鋭く光る瞳は、彼女の気性を如実に表しているかのようだった。

 

「ふん」

 

「……夜空?」

 

身体を投げ出すようにソファーへと座り込んだ夜空に、小鷹が首を傾げる。何時にもまして不機嫌そうな夜空の表情に疑念を抱いたからだ。

その仕草を見た夜空が狼狽えたように目線を彷徨わせたが、直ぐに気を取り直したかのようにごほん、とわざとらしく咳払いをした。

顔が良いと得である。仕草が様になるからだ。

 

「……【隣人部】の活動を始める――前に、目的を確認しておく。

 友達を作る為すべきこと、した方が良いこと。それらを練習し、予習しておくことで、来る日に備えるのが我が部の目的だ」

 

腕を組み、足を組む夜空。

そのふてぶてしいとも受け取れる仕草は、だが彼女に良く似合っている、と小鷹は感じた。

 

「それはいいけど、具体的に何をするのよ?」

 

そんなに簡単に友達が作れるのか、と星奈が口を挟む。

夜空はそれに鼻で笑ってみせると、鞄の中から一つの携帯ゲーム機を取り出す。

 

「友達を作る為のレッスン・ワン。本日の活動は――ゲームだ」

 

夜空の細い手が掴んでいるのは、灰色モデルのプレイング・ステイツ・ポータブル。通称PSPだ。

いま若者の間では人気の携帯ゲーム機である。勿論、小鷹は持っていない。

 

「ゲーム、か。成る程、うちのクラスでも何人かが遊んでるな」

 

小鷹が納得したように頷く。

立ち上がった夜空がテーブルの中央へとPSPを置く。画面には【Monster狩人2ndG】とあった。

 

「昨夜一人でファミレスに行ったんだが……」

 

「ファミレスって、夜空一人でか?

 女の子が夜に一人で、なんて感心しない。危ないぞ」

 

めずらしく眉根を寄せる小鷹に、夜空は驚いたように瞳を見開き、そして不機嫌そうな顔で眉根を寄せた。

最もそれは、ニヤけ面を何とか隠そうと作った渋面であったのだが。

一方で星奈は『ファミレスって本当に存在してたのね』と一人ズレた考えを巡らせていたのだが。

 

「……小鷹、お前は私の保護者か――ごほん、まぁいい。

 とにかくそのファミレスで、後ろの高校生共が楽しそうにこいつをやっていた」

 

「成る程。モンスター狩人――モン狩りか。

 これがナウなヤングにバカうけしてるって話は聞いたことがある」

 

ファンタジー世界でモンスターを狩るアクションゲーム。それがモンスター狩人である。

発売本数は二百万本を突破したとされ、ライト層、コア層どちらのプレーヤーにも絶大な人気を誇るアクションゲームだ。

 

「……何、これ」

 

小鷹の小ボケ未満の発言をスルーしながら、星奈がテーブルの上に乗ったPSPを突く。

 

「触るな、肉。脂が付く」

 

夜空もまた小鷹の発言を聞かなかった事にした上で、星奈からPSPを取り上げる。

 

「ちょっと! 私そんな脂ぎって無いわよ!」

 

「煩い、脂肉。液晶パネルは貴様と違いデリケートなんだ」

 

ご丁寧に液晶を拭く為のクロスまで用意している所を見ると、夜空はすっかりこのゲームにハマっている様だった。

またもヒートアップする夜空と星奈に割り込む形で、小鷹が話を差し挟む。

 

「所で、何でモン狩りなんだ?他のゲームじゃ駄目なのか?」

 

「このゲームは他人と協力することが出来るからな。

 上手くなれば他のプレイヤーに頼られるから、ゲームをやるうちに仲良くなれるわけだ」

 

夜空の補足に、星奈が成る程ね、と小さく頷く。

この手のゲームではアイテム共有なども可能であるから、話しかける切欠が作りやすいのも利点である。

しかも大人気ゲームとくれば、不特定多数の人物と協力プレイが楽しめるのだ。マイナーなゲームをやり込むよりは、友人作りの点で言えば効率的だろう。

 

「成る程、分かった。今すぐ買って来よう」

 

「早まるな、小鷹」

 

踵を返して談話室を出ようとする小鷹の背中へと夜空の手が伸び、白いワイシャツをぐい、と引っ張る。

 

「これは各自、次の部活までに持って来るようにする。

 操作も覚束ない、となっては時間が掛かり過ぎるからな」

 

あくまで、目的はゲームで友達を作ることであり、その為には、他者を凌ぐ実力を身につけなければならない。

そうであれば皆から頼られる存在になり、友人への第一歩が開けるのである。

夜空のその弁にまず星奈が力強く頷き、そして小鷹もそれに続いた。

しかし、他者を頼り友人を作る、という手段に行き着かない辺りがプライドの高い夜空らしい――より言えば、隣人部らしい。

 

「では、各自次の部活までにPSPとモン狩りを持ってくること。

 今日はここまでだ。あとは自由とする」

 

「ふうん……じゃ、私今日は帰るわ」

 

椅子に腰掛けて本を読み始めた夜空とは対照的に、星奈はそのまま談話室を後にする。

チラチラと夜空のPSPに目線が行っていた所を見れば、恐らく、PSPを買いに行ったのだろう。

意外に分かりやすい星奈の行動に、小鷹は微かに苦笑した。

 

 

*

 

 

そして土日を挟んで、月曜日。

学園のグラウンドには授業を終えた生徒が集まり、思い思いの部活に精を出している様子が伺える。

そんな中、礼拝堂の談話室――今は隣人部の部室として使われている――に集まる男と、女が二人。

放課後に集まって、顔を突き合わせてゲームというのもまた、青春の一ページとも言えよう。

 

「……各自、操作は覚えてきたか?」

 

打ちっぱなしのコンクリートのような色合いのPSPを手に、夜空が小鷹と星奈へと目を向ける。

 

「ま、一応ね」

 

PSPに目線を落としたままで答えた星奈の、その手つきは滑らかだ。

ここ二日間で、すっかり操作法をマスターしたらしいその上達具合に、夜空が怪訝そうな顔を浮かべているのを小鷹は見た。

 

「ひと通りは覚えてきたぞ」

 

小鷹のPSPはピンク色である。

イメージに合わぬ色合い。その夜空の疑問に、妹からの借り物だ、と小鷹が答えた。

 

「へえ、あんた妹居たんだ」

 

「小鷹の妹か……」

 

何処か怪訝そうな表情を浮かべた夜空と星奈に、小鷹が苦笑交じりに言う。

 

「ああ、小鳩っていうんだ。自慢じゃないが、兄として鼻が高い出来た妹だよ。

 あの年で小難しいことを色々と知ってたりするしな。学校の成績も悪くない」

 

「お前は父親か何かか……」

 

小鷹の父性的な発言に、夜空の肩ががくりと落ちる。

夜空は内心、実はコイツ天然なんじゃないか、などと勘ぐっていたりしているのだが――それはさておき。

 

「まあいい。ところで小鷹、ランクはどこまであがった?」

 

夜空が画面から目を離して小鷹を見遣る。

ランク、というのはモン狩りにおける強さの指標だ。

RPGのように【クエスト】と呼ばれる依頼を受けることでストーリーが進むモン狩りにおいて、このランクが上がれば上がるほどクリアに近づいていることになる。

 

「いや、まだ2だ。もう少し進めておきたかったんだが、何分時間が取れなくてな。

 だが大丈夫だ。大まかな操作や、武器の扱いは覚えたぞ」

 

夜空は、クエスト集会所に入って来た小鷹のキャラへと目を移す。

ランク2、すなわち序盤をやや過ぎた辺りである彼のキャラは、成る程確かに貧相な装備である。

というよりは、防具を一切装備していない。初期姿――インナーのままだ。

 

「小鷹、お前防具をどうやって付けるのか知ってるのか?」

 

「知ってるぞ。ただ、防具は売って武器にした」

 

「――は?」

 

事もなさげにそう言う小鷹に、夜空は呆れたような声を出す。

それと同時に、手慣れた手つきでPSPを操作していた星奈が会話へと乱入してきた。

 

「アンタ、防具ナシって……それでレベル2まで進んだってこと?」

 

「ああ。でも別に、敵の動きも単調だし……操作に慣れてしまえば」

 

最初は流石に何度かやられたけど、と小鷹は楽しそうに笑う。

つまり小鷹はこれまで、防具無しの下着姿でモンスターを狩っていたことになる。

敵の攻撃力が低い序盤とは言えど、防具による特殊効果も得られない状況で戦っているのと等しい。

 

「そう、縛りプレイって訳……よ、余裕じゃない……」

 

こめかみに青筋を立てる勢いで、星奈の眉根が中央へと寄る。

その様を気に留めることなく、小鷹はマイペースに夜空のランクを尋ねていた。

 

「私か。ふふん。私は3だぞ、小鷹」

 

「3って……凄いな、夜空。しかも弓、か」

 

夜空のキャラクターは、明らかに小鷹よりも強そうな装備に身を固めている。

大弓を背に背負い、防具も小鷹のような肌着ではなく、れっきとした鎧めいた何かである。

夜空の装備は回避より、どちらかと言えばある程度の被弾を前提としたものらしい。その辺りは夜空らしいチョイスだと、小鷹は感じた。

 

「二人共レベルが低いわねぇ……ちなみに、よ。

 ちなみにあたしは――なんと、ランク6よ!」

 

その時、集会所に入ってきた星奈のキャラクターに思わず小鷹と夜空の顔が強張った。

先ほどの夜空よりも豪華な装備。フェアリーシリーズと呼ばれるその防具一式は、揃えるだけで数々の特殊効果を持つ上級者御用達の定番装備でもある。

背中に背負った大剣も、明らかに凶悪そうな見た目で、モン狩りでは上級用の高級装備で身を固めている事を伺わせた。

 

「ランク6……だと……!」

 

夜空が睨むように星奈を見る。

ランク6といえば、モン狩りの中でもトップ。最高ランクである。

昨日の今日でどうやって最高ランクにたどり着いたのか。小鷹の疑問を受けたかのように、夜空が椅子から勢い良く立ち上がった。

 

「……肉、ちょっとプレイ時間見せてみろ」

 

「なっ、ちょっと返しなさいよ!あと肉って呼ぶの止めなさいよね!」

 

やおら立ち上がり星奈からPSPを引ったくった夜空は、総プレイ時間の項目を確認する。

 

「ご、53時間だと……。

 しかも装備もなんか可愛いし……生焼け肉の癖に生意気だ」

 

夜空は、星奈のPSPを勢いよく、テーブル面に沿って投げ出す。

慌てた星奈がPSPへと手を伸ばすが、彼女の位置からでは到底届かない。

落ちる――星奈が落下地点に回りこもうと動くが、勢いのついたPSPが縁から落下する方が明らかに速い。

だがそんなPSPを止めてみせたのは、テーブルに身を乗り出すように手を伸ばした小鷹であった。

 

「夜空。これは流石にやり過ぎだ」

 

夜空はふん、と鼻を鳴らすと、安堵しつつ席に座りかけていた星奈の顎へ手を伸ばし、顔を近づける。

 

「えっ、ちょっ……何!?」

 

口づけ三秒前、のようなポージングに星奈が狼狽えたような声を上げるが、夜空は尚も星奈へと顔を寄せた。

そのまま夜空は目を凝らすようにして、星奈の目元を一瞥する。化粧で隠れてはいるものの、確かにうっすらと隈が出来ているようだった。

 

「肉……お前、目の下に隈が出来てるな。

 この週末、家へ帰ってからずうっとモン狩りをやっていただろう」

 

土日の週末をモン狩りに注ぎ込んだ結果が、星奈の53時間にも及ぶ総プレイ時間と装備の頑強さの元であり。

同時に、目元の隈を作った原因でもあった。

 

「ぐっ……し、獅子はたかだかモンスター狩りにすら全力を尽くすのよ!」

 

「……乳?」

 

「獅子よ! し、し!」

 

いいからさっさと始めるわよ、と星奈は椅子へと腰を下ろす。

ある意味で、彼女程今回、まじめに部活を行なっている人間も居ないだろう。

小鷹は内心で、星奈の努力にある種の敬意を払っていた。

 

「手頃なクエストにしてくれよ。流石に、ランク6のクエストじゃ荷が勝ちすぎる」

 

「分かってるわよ。肩慣らしに手頃なクエスト受けてあげるから」

 

手際良くクエスト受注を済ませる星奈。

夜空は黙々と矢と、回復アイテムや爆弾樽を調合している。

 

「小鷹、そういえば武器は何を使ってるんだ?」

 

調合アイテムを揃え終えたのだろう。夜空――正確には、夜空のアバターだが本人そっくりである――が弓を構えながら小鷹へと問う。

それに答える形で、小鷹――これも、純な金髪以外は人形のように精巧であるアバターだ――が腰から小剣を二振り取り出し、二、三度振って見せる。

――双剣。手数を追求した、攻撃特化の武器である。

意外な選択に、夜空が面食らっていると、

 

「だけど、今回はこっちで行こうかと思う」

 

小鷹が装備を切り替えた。

身軽そうな出で立ちから一転、背に負う形で現れた武器は、アバターの身の丈以上もある法螺貝のような武器。

 

「……なんだその武器は。ハンマーか?」

 

「小鷹、アンタ"大笛"を使ってるの?」

 

夜空の疑問に答えるように、クエスト受注を終えた星奈が戻ってくる。

大笛。それは鈍器でありながら、所定の音色を奏でることでパーティメンバの能力値を向上させる武器だ。

いわば、パーティにおける支援役。一人いれば便利な役でもある。

 

「せっかくパーティを組むんだ。パーティ向けの武器を使った方がいいだろう?」

 

音色もしっかり練習済みだ、と小鷹は胸を張る。

手頃なクエストを受けた、と言っても、小鷹のランクからすればやや格上。

であれば、大人しく支援に徹する方が、パーティ的には有難いことでもある。

 

「まあ、パーティプレイの練習でもあるのだ。いいだろう。では行くぞ、肉!」

 

「肉って言うな! それじゃあ掲示板に貼ってあるクエストを受けて。

 そう、準備ができたら始めるわ――行くわよ?」

 

「了解」

 

マクロ機能で台詞を残した小鷹を最後に、三人のPSP画面が一斉に切り替わる。

ローディングを終えた先に待っていたのは、険しい山々と、上空を飛び交う未知なるモンスター。

鬱蒼と茂る翠とビビッドの効いたモンスターのコントラストは、成る程、若者の冒険心に多少なりとも訴えかけるところがあったのかも知れない。

太古の地球。あるいは密林のジャングルを彷彿とさせるステージ。木々に囲まれたフィールド、そのスタート地点に三人は立っていた。

 

「とりあえず、支給品は小鷹と、夜空。アンタ達二人で使うといいわ」

 

降り立つや否や、やおら取り出した骨付き肉へと豪快にかぶりついている星奈――のアバターである――へ、夜空は怪訝そうな顔を向ける。

 

「……やはり肉は肉か。支給品を譲ってまで共食いとはな」

 

「なんですって! 大体これは、スタミナを増やす為に――」

 

「まあまあ夜空、俺たちは有りがたく支給品を頂くとしよう」

 

開始数秒で言い合いを始める二人に、小鷹のアバターが割って入る。

せっかくの他人との協力プレイなのだ。つまらない仲違いは避けたい、と小鷹は神経を尖らせていた。

だが当の二人――夜空と星奈は、顔合わせからずうっとこの調子なのだ。これでは何時仲間割れに陥るか分からない、と小鷹は溜息を漏らす。

 

「ほら、行くわよ夜空、小鷹」

 

支給品である回復薬、携帯食料を受け取り終えた二人が、星奈に続く形でフィールドへと足を踏み入れる。

ちなみに前者が体力を回復するもので、後者がスタミナ――歩く以外のアクションによって消費される体力だ――の最大値を増加させるものだ。

どちらも円滑な狩りには欠かせないアイテムである。

 

「ジャングルか、出てくる敵も強そうだな」

 

僅かなローディング画面の後には、森の中を彷彿とさせるフィールドに、草木を踏み分けるモンスター達の姿があった。

早速獲物を見つけた、とばかりに襲いかかる巨大蜂のようなモンスターを、だが夜空が一射で蹴散らす。

 

「ふん、雑魚に構っている暇は無いな。さっさとボスを探すとしよう」

 

弓を仕舞いながら、夜空はボスが出現するであろうマップを予測する。

大抵の場合、ボスはマップの中央に陣取っている事が多い。この場合でも、取り敢えずマップ中央へ進む選択肢は悪いものではなさそうだった。

夜空が画面を全体マップへと切り替え、何処へ進むべきかを決定しようとした――その瞬間、星奈が素早く動いた。

 

構図はこうである。全体マップを確認中している夜空のアバターの脳天をかち割らんとばかりに、大上段に大剣を振りかぶる星奈のアバター。

チャージ音と共に振り下ろされんとする大剣。このままいけば、間違いなく、星奈の大剣は夜空を一刀両断にするだろう。

モン狩りにおいてシビアな点は、パーティメンバといえど、フレンドリーファイアによってダメージを負うところにある。

これがモン狩りにおいて協力プレイをより熱く、楽しくする要素でもあり――同時に、厄介事の種になりかねないシステムでもあった。

 

「っ――肉、貴様何を……!?」

 

星奈の大剣が、夜空に振り下ろされんとする瞬間、異変に気づいた夜空が鋭く声を上げる。

だが星奈は、既に振りかぶり切った大剣を踏み込みと共に切り下ろす。

溜め斬り――大剣の所有者が扱えるスキルの一つで、チャージ時間に応じ威力が上昇する一撃の事だ。

レベル差に武器の差もあって、夜空が受ければひとたまりもなくヒットポイントを減らされるだろう。

咄嗟に武器を構えようとする夜空の脳天を、それよりも早くかち割らんと迫る刃。もはや回避も、反撃も間に合わない。

だがそれを絶妙なタイミングで、横合いから殴りつけるように振り回された小鷹の笛が、星奈の大剣を弾き飛ばす。

派手なエフェクト音と共に、星奈が仰け反りながら後退した。

 

「何やってるんだ、星奈」

 

「こ、小鷹……」

 

顔を上げた星奈の先には、眉根を寄せて星奈を睨む小鷹の姿があった。

珍しく視線に込められた僅かな怒りに、思わず星奈は反論を引っ込めてしまう。

 

「パーティプレイの練習、って話だったろ。

 全く、油断も隙も無いな。バトルロイヤルじゃないんだから」

 

小鷹のアバターが笛を振り、音色を奏でる。

特定の順序に従って奏でられた音色は、モン狩りにおいて効果を持つ。

それは武器によって固有であり、今、小鷹が持っている笛の効果は【防御力向上・小】と【スタミナ回復・小】であった。

前者は文字通り。後者はスタミナの減少を抑える効果がある。つまり、効果時間中は延々と走り続けることが出来るようになるのだ。

それなりにパーティプレイでは有用な効果であった。

 

「ほら、喧嘩はナシだ。勝負したいなら、どちらがボスを早く倒せるか、にしようぜ」

 

小鷹のその台詞に、不満気な様子の夜空がニヤリ、と笑みを零す。

その笑みから滲み出る黒さに、星奈は厭な予感を覚えて身を震わせた。

 

「そうだな。では肉、どちらがボスを早く倒すかで勝負だ。

 お前はランク6だからな。ハンデとして、小鷹は私のチームに入ってもらう」

 

「くっ……いいわよ、やってやろうじゃない!

 こんな初期ボス、タメ三斬りで一発K.O.なんだから……!」

 

ソッコーで片す――意気込みを新たに、星奈のアバターがマップ中央へと駆けていく。

結局こうなるのか、とやや落ち込む小鷹。アバターも、地面に膝をついて悲しげに落ち込んでいる。芸の細かい男であった。

 

「肉とは逆回りで行くぞ、小鷹!」

 

そう言うや否や、星奈が抜けた道とは逆側へと走る夜空と、慌ててモーションを解除してその後を追う小鷹。

大抵の初期マップにおけるモンスターの配置で、ボスが出やすいのは中央マップである。

そのセオリーに従い、星奈はいち早く中央マップへ辿り着けるよう、最短のルートを通っていた。

 

「ふっ……夜空の奴、それは遠回りよ。この勝負貰ったわ!」

 

目論見通り、星奈のPSP、その画面に大型モンスターが現れる。

恐竜型の雑魚モンスターより、遥かに大きいその姿。比較に成らない程に鋭く伸びた爪と、フィールドを軽々と移動する脚力。

初心者にとっては最初の鬼門となるドス・レックスは、高いヒットポイントと攻撃力、そして機動力を兼ね備えた厄介な相手である。

だが反面、防御力は低く、高火力装備ならばダメージ覚悟で倒すことも可能な程度である。

そして何より、既にランク6、最高装備で身を固めた星奈にとっては、ドス・レックス程度の攻撃力など然程痛くはない。

あくまでの初心者にとっての脅威。既にランク6になり、古竜と呼ばれる裏ドラゴンモンスターへと挑める実力を持つ彼女にとっては、まさに狩場のウサギも同然であった。

 

「さぁ、覚悟しなさい……慈悲は無いわ。

 一発で沈めてあげ――あげ……る……か、ら……あ、あら?」

 

かちゃかちゃ、とボタンを押す星奈。だがそれに反して星奈のアバターはその場に倒れこんだまま身動ぎ一つしない。

代わりにアバターから出る【ZZZ】の文字。そして、腰あたりに突き刺さった一本の矢。

 

「おっと、側面からの援護のつもりが手元が狂ってしまったー。これは大変だー。

 ――さて、行くぞ小鷹。肉の側で罠を張るから、そいつをそこへと誘導しろっ!」

 

「……了解」

 

もはや和解を諦めた小鷹が倒れこんだ星奈を素通りし、雄叫びを挙げるボスへと突貫する。

その姿を悔しそうに見遣る星奈が、恨みがましい視線を夜空へと向けた。

 

「こ、こらぁ!何よそのわざとらしい棒読みは!

 負けそうになるからって、睡眠矢を叩きこむなんて汚いわよ!正々堂々勝負しなさいよ!」

 

「あーあー、負け犬の悲鳴が心地よいなー」

 

星奈の罵声を受けて尚、夜空はあろうことに眠り続ける星奈のアバターの真横へ落とし穴の罠を仕掛け、そのまま後ろで淡々と弓を番える。

 

「このっ、アンタも起きなさいよ……!」

 

がちゃがちゃとボタンを連打する星奈。だがアバターは動かない。当然ではあるが。

 

「小鷹! いいぞ、こっちだ!」

 

「おっと。こいつ中々すばしっこいな」

 

ドス・レックスの鋭い爪に転がされた小鷹のアバターが、何事もなかったかのように立ち上がる。

防具を装着していない小鷹のアバターである。そのヒットポイントは既にギリギリ、一発で危険域到達だった。

 

「お、おい、小鷹。大丈夫か?」

 

「問題ない。そっちに行くぞ!」

 

爪を振り被り、小鷹へと跳びかかるドス・レックス。

小鷹はそれを一発は笛で弾き飛ばし、二発目の跳びかかりを前方へのローリングアクションで回避する。

そのまま手早く武器を収納すると、小鷹は一目散に夜空へと向けて走りだした。

逃がすまい、と小鷹を追いかけてくるドス・レックス。背を向けて走る小鷹に再度跳びかかるものの、小鷹はそれを器用に前方へ転がることで回避する。

 

「所詮はトカゲの分際で!」

 

転がった硬直を狙うドス・レックスが爪を振り上げる。

だが攻撃という隙を晒したドス・レックスの、その茶色の図太い胴体へ夜空の放った矢が唸り突き刺さった。

悲鳴を挙げてのけぞったドス・レックスは怒り任せに前方へと跳ね小鷹を飛び越すと、そのままの勢いで更に前方の夜空へと襲いかかる。

 

『ガアアアアアア!』

 

プレーヤーを怯ませる雄叫びを挙げて、ドス・レックスは夜空の目の前へと着地する。

そのまま間髪入れずに爪を振り被ったドス・レックスであったが、その瞬間に、足元に設置されていた落とし穴へと悲鳴を挙げて落ちていった。

 

「無様だな。さて……一発で沈めてやろう」

 

逃れようと、けたたましく吼えながらのたうつモンスターに悠然と近づく夜空。

もがき、苦しむモンスターの眼前にこれ見よがしにセットされるのは、二つの大型の樽。

モン狩りシリーズではお約束の――大樽爆弾である。

 

「あ、アンタまさか……ちょっと! あたしもそこで倒れてるんですけど!?」

 

夜空の意図を察した星奈が声を挙げる。

尚も眠り続ける星奈のアバターと、落とし穴でもがき苦しむドス・レックスの脇に置かれる二つの爆弾。

罠にかかっているか、あるいは睡眠中に食らう攻撃は、通常の二倍の威力を発揮するというゲームシステムがある。

当然、ここは味方である星奈を起こしてから爆弾を起爆するのが筋ではあるのだが――今や一人と一匹の生殺与奪権を握る夜空が、愉快そうに口元を釣り上げた。

 

「――安心しろ、肉。精々上手に焼いてやる」

 

「よ、夜空ああぁぁぁ!」

 

星奈の怨嗟。ドス・レックスの断末魔。呆れたように溜息を漏らす小鷹。

そして抑えきれぬ笑いを零しつづける夜空が、その長い黒髪を乱しながら、細い指でホールドしていたボタンを開放する。

番えられていた弓から、鋭い矢が三本、設置された爆弾樽へと直撃した。

轟音と爆炎。そして爆風に揺れる髪。巻き起こった黒煙が晴れると、その中心値に居たのは真っ黒になったドス・レックス。

そして、同じく真っ黒になった柏崎星奈のアバターだったもの。

クエスト完了、の文字に隠れて、星奈のアバターはひっそりとキャンプ地点である復活地点へと運ばれていく。

 

「お、ミッションクリアか。楽勝だったな、小鷹」

 

「……堪えてくれ、星奈」

 

わなわなと肩を震わせる星奈に、居た堪れないといった口調で小鷹が声をかける。

流石に大樽爆弾二個、それも睡眠状態で直接食らったとなれば被ダメージ量は二倍。

さすがのランク6プレーヤーといえど耐え切れなかった。

 

「じょっ……上等じゃない……!

 この私をコケにしてくれたこと、思い知らせてやるんだから……!」

 

小鷹の言葉もなんのその。金髪を逆立てん勢いで怒りを放出しだした星奈。

それを鼻で笑うかの如く煽る夜空は、自慢の黒髪を優雅な所作でかき上げる。

 

「敵の目の前で眠りこける肉を救うために、止む無く罠を張り、一撃で仕留めただけだ」

 

「睡眠矢をあたしに叩き込んでおいて、よくもいけしゃあしゃあと……!」

 

「ふん、ランク6プレーヤーの貴様が、まさかあんな調子で倒れるとは思わなかったからな」

 

「ぐぬぬ……!こうなったら決着を付けましょう。闘技場で一対一、どちらが上か分からせてあげるわよ!」

 

協力プレイとは何だったのか。早くもアバター同士をぶつけあう星奈と夜空に、小鷹は深い溜息を吐き出した。

 

「いい度胸だ、食用肉」

 

モン狩りには通常のステージの他、闘技場、と呼ばれる腕試しステージがある。

通常、このステージは闘技場に放たれるモンスターを次々に倒していく、言わば勝ち抜きバトルのようなモノなのだが。

五連続狩猟クエストの一番最初のモンスター、これはモン狩りの中でも最弱な為、このモンスターを放置しつつプレーヤー同士で戦い合う行為がユーザー間で流行っている。

 

「小鷹、アンタ審判やりなさい」

 

「そうだな、小鷹。ランク6の食用肉がこんがり焼ける所を眺めているといい」

 

場外乱闘に巻き込まれた小鷹は、もはや二人を止める事を諦めた。

代わりに少しでもこの状況を軟着陸させるべく――適当に戦った所でタオルを投げる役だ――この戦いに参戦する事に決めたのだった。

 

「……よし、クエスト貼ったわ。闘技場に突入したら、中央で」

 

「いいだろう。小細工無く、瞬殺してやる」

 

星奈、夜空、そして小鷹の三人のアバターが集会所から姿を消す。

代わりに三人の目の前に広がるのは、古代ローマ時代を彷彿とさせる円形の闘技場であった。

耳をつんざくような歓声。身を焦がすような熱狂。

 

「ふっ、肉には贅沢すぎる調理場だな」

 

「何時までその強がりが続くかしらね?」

 

支給品を手にした両者が、目線で火花を散らし合う。

両雄、此処に激突す。登場したライバル同士の二名と小鷹を、観衆の狂乱が包み込んで行く。

 

「……えー、両者合意と見て宜しいですね?」

 

疲れ切った表情の小鷹の宣言に、夜空、星奈の二名が静かに闘志を燃やす。

両者、睨み合ったまま己の武器を構える。夜空の武器は大弓。星奈の武器は大剣。小回りとレンジでは夜空の勝ちは揺るがないものの、接近戦、そしてパワーでは星奈の圧倒的優位である。

近づいて一発殴れれば星奈の勝ち。そうでなければ夜空が有利。従って夜空は何としても距離を取り、星奈をアウトレンジから甚振る。

星奈は何とかして接近し、重たい一撃をぶちかます。シンプルな戦略故に、観客も固唾を飲んで、両雄の戦いぶりを見届る事になるだろう。

 

「第一ラウンド、開始ィ!」

 

小鷹が張り上げた声が空気を震わせるや否や、闘技場の熱狂はピークに達した。

大地を揺るがす程の歓声を合図に、夜空は矢を番え、即座に一射、二射と星奈へ向けて矢を放っていく。

 

「くたばれ、肉!」

 

弓鳴りの音に遅れて届く矢は、しかし、星奈の掲げた大剣を貫通するには至らない。

小柄な星奈の身を覆う大剣は、それ自体が鉄をも切り裂く剣であると同時に、彼女の身を守る盾でもあるのだ。

 

「ちいっ、猪口才な……!」

 

距離を取るべく、番えた矢を戻す夜空。その隙を好機とばかり、星奈はローリングで夜空との距離を一息で詰めた。

 

「しまっ……!?」

 

「砕けろッ!」

 

夜空の驚愕と、星奈の裂帛。

星奈の細腕から繰り出された大剣の横薙ぎは、遠心力と相まって闘技場の砂を巻き上げる程の速度で以って、夜空の身体を両断せんと襲いかかった。

 

「ぶちまけなさい!」

 

「こっ、のぉ!」

 

しかし、夜空も伊達に弓を武器に戦っている訳ではない。

弓兵と言えど、近接戦闘に対して全くの備えを持たない訳ではない。それはモン狩りにおいても同様である。

近接用に用意された、短剣での切り下がりモーションによって、間一髪、皮一枚を犠牲にし横薙ぎに振るわれた大剣を見事、夜空は回避する。

 

「嘘、避けた!?」

 

「くっ、一端距離を置く……!」

 

夜空は完全に弓矢を仕舞うと、やむを得んとばかりに星奈に背を向けて走りだす。

無防備な背を相手に晒す事は、戦いの場において致命的である。如何な相手が攻撃速度の遅い大剣と言えど、モーションの硬直を狙った星奈の振り下ろしが炸裂する方が早いのだ。

 

「逃すもんですか!」

 

回転斬りからの跳躍切り。連携技を絡めた星奈の連撃は、間違いなく、背を向けた夜空の脳天をかち割らんと牙を剥いた。

だがしかし、星奈の大剣は夜空を捉えるには至らない。刃が落としたのは彼女の長い黒髪のみ。夜空は瞬間、前転で星奈の唐竹割りを回避して見せたのだ。

 

「ぐっ、コイツ……背中にも眼が付いてるっての!?」

 

驚愕も露わに目を剥く星奈の足元に、音を立てて転がってくる樽爆弾。

 

「なっ――!」

 

「そこっ!」

 

前転から起き上がった夜空が、小石を樽へ向けて投擲する。

星奈の攻撃を避けた時、夜空は樽爆弾を設置していたのだった。星奈の攻撃が地面に炸裂し、噴煙で視界が奪われた事を逆手に取った頭脳プレイである。

 

「きゃあっ!」

 

爆音と熱風が、しとどに星奈の身体を打ち据える。

火炎耐性のあるフェアリーシリーズ防具に身を包んでいるとは言え、樽爆弾の威力は伊達ではない。

如何に強力な防具に身を包んでいても、爆弾によるダメージを完全に軽減する事は出来ない。夜空が樽爆弾に拘っているのも、これが要因である。

 

「ぐっ、まだよ……!たかが半分減らしたくらいで!」

 

爆風を喰らいながらも、星奈は踏みとどまって体制を立て直す。

星奈は体力を半分に減らしながら、夜空を追撃するべく噴煙より一目散に飛び出した。

 

「墜ちろ、蚊トンボ!」

 

しかしその粉塵より飛び出した星奈を待ち構えていたのは、大弓に矢を三本、同時に番えている夜空であった。

星奈が大剣を構えると同時、大弓からこれまでに無い程の鋭さで放たれた三筋の弓矢。

その身に突き刺さらんとする矢を迎え撃つ星奈が、咄嗟に大剣を斬り上げる。三本のうち、二本までをも切り捨てる事でダメージを最小に抑えて見せた、好判断だ。

夜空も好機とばかりに矢を打ち込むが、ダメージ覚悟で果敢に前へと出る星奈を警戒しているのが、攻めにも慎重にならざるを得ない様子だった。

 

「ええい!しつこい奴!」

 

「アンタこそ、いい加減くたばんなさいよ!」

 

観客のボルテージも最高潮のまま、鳴り止まぬ戦の轟音。

矢を打ち払う。剣を避ける。矢を打ち払う。剣を避ける。時折転がってくる樽爆弾を前転で避ける。

千日手の様相を呈してきた両者の衝突も、しかし、此処に来て予期せぬ闖入者によって終わりを告げられた。

 

「――夜空、星奈、後ろ!」

 

審判役の小鷹が指を差した先には、巨大な火竜が大空より舞い降りて来る姿があった。

二人のプレーヤーのぶつかり合いは知らぬ内に、闘技場の次なるモンスターを呼び込んでしまったらしい。

 

「ふふふ……腸をぶちまけて這いつくばりなさい……!」

 

「大人しく消し炭になれ、コゲ肉が!」

 

すっかりヒートアップした二人には、もはや互いの姿しか視界に映っては居ないのだろう。小鷹は火竜を見上げる。堂々の登場に動じぬ決闘者二人に気分を害されたのだろう、火竜はご機嫌斜めとばかりに口の端から炎を一息、大空へと散らしている。

 

「……すまん、夜空、星奈」

 

小鷹は小声で謝罪すると、静かに闘技場の隅へと移動し事の顛末を見守ることにした。レフェリー逃亡である。だからと言って小鷹に責を問う事も出来ないのではあるが。

 

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

轟音と共に、巨大な火竜が咆哮する。

熱狂が静寂に代わり、やがて混乱と絶叫に闘技場が支配された頃、漸く、夜空と星奈は自らの頭上に何が居るのかを認識した。

 

「あ、ああ……」

 

夜空と星奈。両名の引きつった顔の先にいるのは、暴力の化身であった。

鋭い牙と爪。強靭な龍の肉体はあらゆる生命を喰らい尽くし、その顎から繰り出される火球は容易く命を消し炭へと変えていく。

モン狩りというゲームにおいて尚恐れられる火竜、その中でも最強種として名高い古の火竜と呼ばれる存在がそこにいた。

 

「あ――」

 

どちらが最後の言葉を呟いたのかも分からぬ程、それは一瞬の出来事だった。

文字通り瞬きの内に、二人は闘技場の壁に仲良く吹き飛ばされる。闘技場に残ったのは悲鳴と血と、それらを尽く喰いちぎった火竜だけであった。

画面に踊る『クエスト失敗』の文字。無常にも闘技場を破壊し尽くす火竜の咆哮を最後に、小鷹はPSPをテーブルへと置いた。

 

「――って事で。両者引き分け、ダブルノックアウト……疲れた、本当」

 

同時に、心底疲れ果てたとばかり夜空と星奈はPSPを投げ、テーブルに突っ伏した。

机に突っ伏したまま、夜空が腹の底から振り絞った様な声音で呟く。

 

「……やっぱりゲームは駄目だな」

 

同じく机に突っ伏したまま、今度は星奈が掠れた喉で呟く。

 

「……無駄な時間を過ごしちゃったわ」

 

もはや顔を上げるのも億劫なのだろう。ぶつぶつと譫言のように昨今のゲーム事情に注文をつけ始める夜空と星奈。

こういう時だけは協力的なのに、と小鷹は溜息を一つ吐き出した。

隣人部に入部してからというもの、違う意味で溜息を吐くことが多くなった小鷹である。苦労が忍ばれるというものだ。

 

「大体、昨今のゲームは通信対戦ありきなのが気に入らない……」

 

「ゲームの世界でも他人に気を使わないといけないなんて……どうかしてるわ……」

 

負け惜しみとも取れる発言を繰り返す二人に、小鷹は思わず、と言った調子で呟いた。

 

「……二人とも、一体いつ他人に気を使って――」

 

「――あ?」

 

食虫植物を彷彿とさせる速度で顔を上げた二人の女傑に、小鷹はそのまま重力に従ってテーブルに突っ伏したのだった。




モンスターの名前等は適当に変えています。

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