彼は(完璧すぎて)友達が居ない   作:ソーダ水一号

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きらめきスクールライフ編です。
描写端折り過ぎた感じが凄いです。
全然上手く書けない。


04: 隣人部は協力プレイがない そのに

凄惨極まるハンター同士の醜い殴り合いから一夜が明けて、小鷹はPSPを妹である小鳩へと返却していた。モン狩りを使って友人関係を構築する、という作戦そのものは悪くはなかった。しかし、と小鷹は嘆息する。

彼自身、隣人部を離れた友人たちと卓を囲み、ゲームに興じているイメージが全く沸かないのであった。故に小鷹は結論付ける。これはまだ、己には早い。レベルが足りない、という奴である。

まずはゲームではなく、リアルの世界で他者と打ち解けあう。

その後にゲームを協力プレイすれば良い。

ある程度の関係なしに行うには、ゲームはやや早計な選択だったのだ。

 

「待たせたな。夜空、今日の活動、何する?」

 

何時ものようにそそくさと教室を後にした小鷹は、礼拝堂前で所在なさ気にしている夜空と落ち合った。

ここ最近はすっかりこの構図が彼の日常に成りつつある。まるで秘密の逢引じゃあないか。人目を憚り交際する男女の図、そのものだ。

小鷹は間違いなくこの状況を楽しんでいた。三日月夜空という少女は、口こそ悪いが決して悪人ではない、というのが彼の見立てだった。

尤も彼自身、女性と交際した記憶など無い。女の子と話すことはあっても、それより先の関係に発展したことはない。

これは偏に彼にも問題があった。常に何処か一線を引いた態度を見せるのが癖の小鷹は、年頃の女の子からすれば彼氏候補というよりは憧れのあの人のような、複雑な立ち位置に収まってしまうのかも知れなかった。

少なくとも小鷹自身、余り、女子との付き合いにおいて良い印象は持っていなかった。何せまだ中学生の時分に、ストーカーまがいの事もされた位である。

それから比べれば今の状況は控えめに言って、小鷹にとって初めての健全な女子との関係に他ならなかった。

 

「……特に何も考えてない。モン狩りとか言うクソゲーで摩耗した精神を回復させることにするか……」

 

そんな小鷹から見て、夜空は心底疲れ切った表情を浮かべ、礼拝堂の扉を潜っていった。

昨日の死闘がまだ、彼女に深いダメージを与えているらしい。小鷹は苦笑すると、夜空の後を追いかけた。

 

「む、肉が先に来ているとはな」

 

夜空の背後に立つ小鷹には彼女の表情こそ分からなかったが、恐らく、眉根を寄せているに相違ない、と思った。

隣人部の部室でもある談話室に入った小鷹が眼にしたものは、床に何時の間にか敷かれた緑色の良質そうなカーペットであった。

加えてその上に座り込む星奈の姿。その先に鎮座する家庭用ゲーム機と液晶テレビも、星奈が知らぬ間に用意したものだろう。

 

「星奈、何それ」

 

小鷹の素朴な疑問に、星奈は振り返る事無く淡々と答える。

段々と小鷹も遠慮の無い物言いに染まってきているな、と夜空は内心で呟いた。口には出さなかったが。

 

「テレビジョンとプレイング・ステーツという家庭用ゲーム機よ」

 

ちなみに電気で動くわ――等とのたまう星奈にも、小鷹はもはや気にした仕草も無く矢継ぎ早に次の言葉を発した。

 

「質問が悪かった。ごほん。あなたは何故、テレビとゲーム機を持ってきているんですか?」

 

「ゲームをする為だけど、見て分かんない?」

 

取り付く島もない、とはこの事だろう。

小鷹は溜息を一つ、カバンを椅子に置いた。

 

「小鷹、肉、このティーセットは何だ?」

 

夜空の上げた声に小鷹が振り向くと、そこには白磁器のティーセットが三つ並べられている。

その脇には電気ポットにコーヒーメーカー、ご丁寧にティーバッグの紅茶と、コーヒー粉まで設置されていた。

 

「あー、それあたしが持ってきたの」

 

事もなさ気にそう言う星奈に、小鷹は驚愕し、夜空は感心したように『ほう』と声を上げた。

 

「いい心がけだ。肉にしては気が利くな」

 

「テレビといいティーセット一式といい、いつの間に……」

 

聖クロニカ学園の理事長、その娘の権力を持ってすればこの程度は造作も無い、のだろうか。

小鷹は底知れぬ星奈の財力と権力ぶりに、改めて肝を冷やしていた。

 

「さて、と。小鷹、コーヒー」

 

どかり、と身を椅子に預けた夜空と、小鷹の目が合う。

扇状に広がった髪をかき上げながら、さも当然とばかりの振る舞いである。これが暴帝の貫禄という奴か。小鷹は戦慄した。

 

「……え、なんだって?」

 

「――コーヒーだ」

 

羽瀬川小鷹渾身の聞こえないフリも、二度目のオーダーには対応できないのである。

止む無く、小鷹は慇懃無礼な態度で以って了承の意を返す。

 

「……畏まりました、夜空お嬢様」

 

「ああ。ブラック、濃い目でな」

 

遠慮のない注文である。

小鷹の中では、三日月夜空生粋のお嬢様説が生まれ始めていた。

他者に命令を出す事に慣れている存在。傅かれる事が当然とばかりの応対。夜空の顔を見れば、怪訝そうな顔を浮かべている。

大方『早く淹れろ』と言うところだろうか。小鷹は半ば投げやりな心持ちで笑みを浮かべた。

きっとファミレスでバイトしている女の子がセクハラまがいのオーダーを受けた時も、こういう気持ちなのだろう、等と詮無いことを考えながら。

 

「しょーちいたしました。あー、星奈、これこのまま使えるのか?」

 

「直ぐ使えるようにって言ってあるから」

 

食い気味の返答に、改めて星奈に――恐らくは星奈の指示で動いた人間の気の利き様に――感心すると、小鷹はコーヒーを淹れるべくポットからお湯を移し、フィルタをセット。

やや多めにコーヒー粉を投入し、スイッチを入れた。コーヒーの芳醇な香りから鑑みるに、恐らくこのコーヒー粉もお高い代物なのだろう。

 

「柏崎家、恐るべし……」

 

小鷹が物品を手早く元に戻し始めた時には、コーヒーメーカーが音を立てて動き始めていた。

ドリップ式独特の、コーヒー粉が蒸される時に感じられる香りが鼻を擽る。

 

「それで、肉。貴様、何故懲りずにゲームを持ってきた」

 

「いい加減、その肉って言うの止めなさいよ!

 ふん、わざわざ部活動に役立ちそうなゲームがあったから持ってきてやったのよ。感謝しなさい、クズども」

 

「黙れ肉、折角のコーヒーの香りが台無しだ」

 

自分から訪ねておいて酷い言い草だ――小鷹は内心で突っ込んだ。口には出さなかったが。

代わりにティーセットを並べつつ、コーヒーメーカーから漂う香りを楽しむ事にした。

 

「星奈も飲むか?」

 

「要らない」

 

「所で、なんのゲーム持ってきたんだ?」

 

「あぁもう、さっきから。これよ、これ」

 

星奈が乱雑にテーブルへ置いたパッケージ。そこには『きらめきスクールライフ7』と書かれている。

端的に言えば、女の子と学園生活を送り、仲良くなるゲームだ。ギャルゲーという奴である。

 

「学園生活を通じて女の子と仲良くなる――部の活動に相応しいゲームでしょう?」

 

説明書片手に立ち上がった星奈が、夜空の前にパッケージを差し出した。

夜空もそれを手にとって、興味深そうに説明文に目を通していく。

 

「ふうん、成る程。確かに、他人と会話する練習になるかも知れないな」

 

意外にギャルゲーに対して好意的な夜空に内心で驚きつつ、小鷹は静かにコーヒーを差し出した。

恭しく、まるで主に仕える執事の如く深く腰を折って。小鷹の金髪がさらりと額を流れ、隙間から覗く青い瞳が音もなく細められる。

 

「コーヒーが出来ましたよ、夜空お嬢様」

 

「うむ、ご苦労」

 

何処までも上から目線な態度が、また妙に似合っているのがこの三日月夜空という女子生徒である。

小鷹は苦笑とともに自らのティーカップを置くと、同じく夜空の隣に腰掛けた。中身はコーヒーである。ミルク付きだが。

 

「でもコレって男向けだろ。確か、イケメンと仲良くなる女の子向けの奴も……」

 

小鷹はパッケージを指差した。対象年齢十五歳以上の文字と、パッケージに映る女の子の絵。

そもそもギャルゲーというジャンル自体が男性向けの象徴のようなものだ。

 

「はあ? 男と仲良くなってどうすんの? 私は女の子と仲良くなりたいのよ!」

 

「……さいですか」

 

しかしにべもない星奈の返答に、小鷹はコーヒーを一口啜る。

――美味い。やはり良いコーヒー豆を使っているのだろう。小鷹は星奈に感謝した。この点だけは。

ちらりと横目で夜空を見やるが、当の夜空は優雅な所作でコーヒーを黙って飲んでいる。感想を言う気配もない。

それがまた様になっているな、と小鷹は感心する。黙っていれば『深窓の令嬢』の称号を与えてもいい――失礼な独白を読み取ったのか、夜空が不愉快そうに小鷹をひと睨みした。

 

「さて、と」

 

いそいそとパッケージからディスクを取り出した星奈が、PSにディスクを差し込んでいく。

ディスクが回る音。そしてデータを読み込む音が二、三度響くと、テレビ画面に『きらめきスクールライフ7』のタイトルロゴが流れだした。

 

「名前ね。名前……か、し、わ、ざ……」

 

「おい肉。どうして勝手に貴様の名前を入力している?

 ここは部の代表である私の名前を使うべきだろう」

 

キャラクターネームを入力する段階になって、夜空が星奈の握るコントローラーをひったくるかの様に奪いとった。

このプレーヤーネームは言わば、主人公の名前そのものであり、即ちプレーヤーの代理人の名称となるのだ。

 

「……主人公は男なんだし、ここは俺の名――――」

 

「それは却下」

 

「同感だな。なんかムカつくし」

 

二の句を継がせぬ苛烈な星奈と夜空の返答に、小鷹は諦めの溜息を吐き出す。

星奈がテーブルに置きっぱなしにしていた説明書を手にして、コーヒーを一口啜る。

苦味の中に混じる仄かな甘味が実に香ばしい。

 

「だったら、星奈の名前でいいんじゃないか。

 ゲームを持ってきたのは、星奈なんだし、ね」

 

小鷹の言に、夜空は何処か不満気に頬を膨らませたが、最終的には『まあいいだろう』の一言を残し、撤退した――かのように思えた。

 

「わかってるじゃない、小鷹の癖に。えーっと、柏崎、せ……」

 

「やっぱり気に入らない――――えいっ」

 

夜空は星奈のコントローラーを今度こそ奪い取って、ガチャガチャと、画面もロクに見る事なく操作を行う。

適当に名前を決めているのだろう。そのまま決定ボタンを押し込んで、星奈へとコントローラーを投げ渡した。

時間にして、僅か数秒のことである。

 

「――ちょっと夜空! アンタ、何してくれて……」

 

『――僕の名前は、柏崎せもぽぬめ』

 

柏崎せもぽぬめ。せもぽぬめ。小鷹は心のなかで名前を唱える。とても発音しづらい上に、妙に間の抜けた名前だった。

案の定、星奈は『なんてことするのよ!』と夜空に吠えかかっている。当の本人は素知らぬ顔でコーヒーを啜って、事もなさ気な調子で言った。

 

「適度に間抜けでいい名前だな。どうせなら改名したらどうだ、せもぽぬめちゃん?

 セナ、という名前は口にするだけでムカムカして仕方がない」

 

『よお、せもぽぬめ!』

 

「――ぷっ」

 

追い打ちとばかりに投げられたゲーム音声に、夜空は思わず、と言った調子で口に手を当てた。

星奈は今にも噛みあわせた歯を砕きそうな程であったが、小鷹はそれを見てなかった事にした。美人が怒った顔は怖いのだ。

 

『コイツの名前は鈴木マサル。中学時代からの親友だ』

 

この主人公、既に親友が居るというのに何たる贅沢、何たる暴利。小鷹は激怒した。

 

「――親友、だと……コイツ……」

 

眦を釣り上げ腰を浮かしかけた小鷹をみて、夜空が窘めるように言う。

 

「小鷹、ステイ」

 

「うぐ……飼い犬扱い……」

 

見えない手で押しとどめられたかのように、小鷹は座っていた椅子に再度、どかりと身を預けた。

 

「小鷹……感情移入し過ぎ、キモい」

 

星奈の一刀が、小鷹のティーンエイジャー・ハートを一息で切り裂いた。

モン狩りにのめり込んでいた奴に言われたくはない。小鷹はそう反論した。内心で。

 

『充実した学園生活を送るには、かわうぃー女の子と知り合うのが一番ッ!』

 

主人公せもぽぬめの親友たるマサルの言に、星奈は艶のある吐息すら漏らして同意した。

 

「わかってるじゃない、チャラ男の癖に……そう、まさに私はそういう友達が欲しいのよ!」

 

友達じゃなくて、彼女――ガールフレンドだろう。いやでも、プレーヤーが女の場合はどうなるんだ。まあいいか、友達作りの予行演習だし。

小鷹は思考を打ち切って、向かいに座る夜空の横顔を見た。呆れたような、何やってんだコイツと言わんばりの表情だった。

ジト目とはこういう視線の事を言うのだろう。珍しい夜空の表情に、小鷹は心のなかでシャッターを押す。小鷹の目線に気付いたのだろう、怪訝そうな夜空の顔が、彼のファインダには残ったが。

 

『はじめまして。私、藤林あかり』

 

小鷹が夜空へと視線を向けている間に、どうやらゲームは進んでいたらしい。

教室と思わしき背景に、立ち絵として表示されているのは一人の女生徒だった。

ピンク色の髪は前髪パッツン。清楚そうなイメージを与えるロングスカートに着崩さない制服。

 

(成る程、さすがパッケージヒロインは格が違う……)

 

「おい小鷹、コーヒーお代わり」

 

小鷹の不埒な心を読んだかの如きタイミングで、夜空がカップを小鷹へと突き出す。

その表情は俄に厳しい。きっと、疚しい店へ行った事を追求された夫の気持ちは、こういう具合なのだろうと小鷹は夢想した。

黙って席を立ち、コーヒーを淹れに行く。男は黙って謝るのが一番だと、隣人部の活動を通じて学んでいた小鷹であった。

 

『入学したばかりで不安だったんだけど、隣がいい人そうで良かった。

 これから宜しくね、柏崎君』

 

小鷹の背越しに聞こえるメインヒロイン、藤林あかりの声は明るい。

成る程、こんな具合で初日から話しかけれていたら、きっと己の学園生活も明るいものになっていただろう。

どうして己の隣の女生徒は、このような具合で話しかけて来なかったのだ。転校して初日、小鷹の隣の席には女の子が座っていた。

ボブカットの、小柄な子だった。教科書を貸してもらった記憶がある。でもそれきり、彼女との接点は無かった。何故だ。小鷹は己自身に憤慨した。

ぐっと奥歯を噛みしめ、コーヒーを注ぐ。お茶うけ代わりのチョコレートも添えて、夜空の前に差し出す。

 

「気が利くな、小鷹」

 

不敵な笑みだ、と小鷹は思った。夜空が笑う時は何時でも――小鷹が知る限り、あの夕暮れ時の教室で見せた笑み以外は――そういう笑みだった。

 

「どう答えるか選ぶ、って事か……」

 

気を取り直し着席した小鷹がテレビ画面に目を向ければ、そこには選択肢が用意されている。

一番は、いかにも明るい調子で『宜しくね!あかりちゃん!』と声をかけるものだ。チャラ男キャラロールをするなら一番である。

次には、やあクールに『宜しく……』という調子だ。無難な答えである。ちなみに三番目は『馴れ馴れしい女だな、消えろ!』だ。

孤高のキャラか、女嫌いか。お前は何処ぞのスタンド使いか――小鷹がコーヒーを啜った直後に、夜空と星奈、隣人部の女性陣は選択肢3を躊躇なく選択した。

 

『馴れ馴れしい女だな――消えろ!』

 

入学初日。隣り合ったクラスメイトの女の子(それも可愛い女の子だ)に友好的に話しかけられた時の第一声が『失せろ』である。

小鷹は肩を落として事態の推移を見守った。ゲームとは言え、相手に対して申し訳無さが先立ってしまう。

 

「どうして三番……?」

 

小鷹の疑問に、夜空と星奈はさも当然だと言うように答える。

 

「入学初日にいきなり知らない男に声を掛けて来るような女、信用できるわけ無いじゃない」

 

「ああ。きっとこの女、クラスの男子全員に同じことを言ってるぞ」

 

流石、女子目線では捉え方が違う――小鷹は感心した。男ならまず、選びたくは無い選択肢が三番だ。

女子の類稀なる観察眼からすれば、この藤林あかりという女は、とんでもない魔性の女なのかも知れない。もしかしたら。

 

「いや、三番は仲良くなれそうにない選択肢だぞ……?

 それにほら、真面目そうな子じゃないか?」

 

ゲーム上では、件の女藤林あかりが『ごめんね、確かに馴れ馴れしかったかも』と、さも申し訳無さそうな具合で喋っている。

これを見る限りでは、隣人部女子が言うようなとんでもない女には思えない。

そんな小鷹の言葉に、夜空が鼻を鳴らす。こいつ、これだから……なんだよ――と言わんばかりの小馬鹿にし具合である。

小鷹は戦慄した。ゲームでここまで言われるなんて。げに恐ろしきはギャルゲーである。

 

「ふん。こういう女に限って本当はビッチなんだ。クラスに一人は居るだろう?

 清純そうな見た目で、裏ではオトコを喰いまくってるオンナ」

 

酷い偏見だった。尤も、女とロクに話したことの無い小鷹にとっては、それが真実なのか虚実なのか、判断する材料を持たなかった。

小鷹に出来る事と言えばただ、夜空の話を聞いて頷くか、気のない返答をする他無かった。

 

「ネットじゃ最近のJKはビッチばっかりって言ってたし」

 

白磁器のコーヒーカップを置きながら夜空はそう言った。

カップの白さと、夜空の指先の赤みを帯びた肌色との対比が、小鷹には妙に眩しく映った。

 

「……夜空さん。貴女もその最近のJKなんですけど」

 

「――小鷹。それは私がこのビッチと同じだと?」

 

「それは違う」

 

じろり、と小鷹を睨みつけていた夜空の頬に、さっと赤みが走った。

意図せぬ程に鋭い口調で否定を重ねた小鷹もまた、バツの悪そうに『ごめん』と一言謝った。どうして彼自身、そんなに鋭い口調が出たのか分からなかった。

 

「――ん。なら、いい」

 

「ねえ、これ」

 

恙無くゲームを進行させていた星奈の声に、小鷹はテレビ画面へと目線を戻した。

主人公の自室と思わしき背景に、運動、勉強、おしゃれ、芸術、休息――五つのパラメータが表示され、インディケーターの脇には達成度と思わしき数値が表示されている。

 

「ふうん……行動を選んでパラメータを上げると、女の子との出会いがあるらしい」

 

「実力がない者は女子と知り合う事すら出来ないとは、世知辛いな……まるで現実のようだ」

 

足を組みながらボヤく夜空を尻目に、星奈は迷いなく『勉強』のパラメータを行動に組み込んでいく。

どうやらひたすらせもぽぬめに勉強をさせる積もりらしかった。

 

「とにかく勉強のパラメータを上げたいから、今週はずっと勉強させるわ」

 

「そうだな。頭の悪い男はキライだ」

 

表示されているせもぽぬめの『勉強』パラメータはたったの5である。どうやって学園に入ったのか、疑わしくなるレベルだった。

星奈でなくとも、多少なりとも勉強しようという気にさせられる。

そうして場面は図書室へと移る。成る程勉強と言えば図書室だ。自室で勉強していても、女子との出会いは生まれない。道理である。

ぐんぐんと伸びていく『勉強』の数値に、夜空が恨めしそうな口調で呟いた。

 

「勉強すればするだけ伸びるとは……コイツ、最初どれだけ馬鹿だったんだ?」

 

現実でも、勉強時間に比例して学力も単調増加してくれたならば。どれほどか多くの学生が報われることか。

 

「あ、誰か来たわね」

 

日々図書室に通いつめた――ゲームの上ではそうなっている――甲斐もあってのイベントである。

同じ本を借りようとしてしまう。ベタだが、夢のあるシチュエーションだった。

出てきたのはメガネをかけた、小柄な少女だった。ショートカットの髪の妙に似合う女の子である。

 

『あ……すみません……』

 

控えめな口調。大人しい文学少女、という所だろうか。図書室通いの長かった小鷹にとっては、馴染みがありそうで無い、そういうタイプだった。

 

「また選択肢か……」

 

先の少女の返答として用意されたのは、二種類。

一番目は『こちらこそゴメン』――本を彼女に譲るパターン。二番目は『俺が先だったんだ、悪いね』と、本を譲らないパターンだ。

どう考えても、仲良くなりたいのなら一番目を選ぶべきだ。小鷹はそう思った。しかし、某藤林での選択実績を考えるに、二番目を選ぶ可能性もある。

小鷹は推移を見守った。

 

「どっちを選ぶんだ?」

 

「勿論1だ」

 

「1よ、1」

 

小鷹は二人の即答ぶりに驚愕した。

 

「――え。此処に来て、どうして?」

 

「本なんか読んでる暇があったら勉強しろ。せもぽぬめ」

 

「次のテストまでに学力二百、学年トップを目指すんだから。サボってんじゃないわよこのクズ」

 

どうやら件の少女と仲良くなる為、というより、せもぽぬめに勉強させる為に選んでいるらしい。

結果オーライという奴だろう。本を譲られた少女は心なしか嬉しそうである。例えせもぽぬめがどのような想いであったにせよ。

 

『ありがとう御座います。あの……宜しければ、お名前を教えてもらえませんか』

 

『いいよ。僕はD組の柏崎せもぽぬめ』

 

『柏崎せもぽぬめさん……いいお名前ですね!』

 

「なんという残念なセンス……怖っ」

 

「アンタが勝手に決めたんでしょうが!」

 

星奈の突っ込みを無視して、夜空は温くなったコーヒーを手にとった。

ゲーム画面には『長門有希子をデートに誘えるようになりました』とアナウンスが表示されている。

 

「とりあえずこの子と仲良くなろうと思うけど、いいわね?」

 

「……まあ、ビッチの藤林よりは遥かにマシか。いいだろう」

 

どうやら夜空の中の藤林あかりに対する評価は変わることが無いらしい。

そのまま、長門有希子と柏崎せもぽぬめは並んで勉強を始めだした。こうして少しずつ交友値を上昇させて行くのだろう。

図書室イベントの次には、博物館。そして水族館。私服の長門有希子は、何時でも白いワンピースを身につけている。

ころころと表情を変える彼女に、すっかりプレーヤーである星奈は骨抜きにされているようだった。夢中でイベントを進めているのが、小鷹からでも透けて見えている。

 

「あぁ~、可愛いわこの子! ほんっと可愛い!」

 

興奮醒めやらぬ調子の星奈。ゲーム画面に頬ずりしかねない勢いの彼女に追い打ちとばかり、夕暮れの海辺イベントが襲いかかる。

夕日を浴びる長門有希子。その背後から、せもぽぬめは声をかける。

 

『……有希子』

 

彼女の名前を呼ぶ。それは二人の関係を、より親しいものにした、という合図だ。

だからこそ重要なイベントで、彼女もまた、それを受け入れてくれるだろうという確信が、せもぽぬめを後押ししていたのかも知れない。

 

『あ……。はい!』

 

長門有希子も、はたしてそれを受け入れる。

はにかんだような笑み。それは正しく、プレーヤーである柏崎星奈をも撃ちぬいた。

 

「ああもう我慢出来ない!女の子が自分を慕ってくれるのって、たまんない。もう、最高……!」

 

カーペットに頬ずりをかます勢いの星奈。スカートが捲れるのもお構いなしである。

小鷹はそれに顔を赤らめるよりも寧ろ、星奈のゲームへの没入ぶりに驚愕していた。否、少しばかり引いていた。

 

「ふん……まあ、いいやつじゃないか」

 

夜空も夜空で、まんざらでも無い態度で以ってゲームの行く末を見ているようだ。

小鷹はすっかり温くなってしまったコーヒーを口に含みながら、柏崎せもぽぬめの青春を追いかける。

全くときめきスクールライフは順調であるように思われた。少なくとも、夕暮れ時のイベントから数日後の下校イベントが発生したその瞬間までは。

 

『……有希子、一緒に帰――』

 

『――ごめんなさいっ!』

 

脱兎のごとく逃げ出す長門有希子の背を、星奈は呆然と見送った。

 

「――なっ……ど、どうして……!?」

 

星奈の悲鳴が談話室に木霊する。これまで友好的な関係を築いてきた筈の長門有希子から、突然の『ごめんなさい』イベントが発生したのである。

一緒に下校する事を拒否される。これは、彼女から慕われていると思っていたプレーヤーに衝撃を与えるものだった。

 

「あー……彼女が急に冷たくなったのは、これが原因か」

 

「どういうこと!?」

 

説明書片手にコーヒーを啜っていた小鷹の呟きに、星奈が食って掛かる勢いで言う。

 

「あれだ。藤林あかりに会う度に、酷いことばっかり言ってただろう。

 ある女の子と仲が悪くなると、連鎖的に他の女の子の評判も悪くなるみたいだな」

 

ある一方では冷たく接し、ある一方では暖かく接する。そういう二面性を見せ続けていると、やがて周囲からの信用を失う。正しく現実に則したシステムだった。

長門有希子の攻略イベント中、藤林あかりイベントは尽く――僅か数回しか無かったのにも関わらず――フラグを折るような選択肢ばかりを選んでいた。

失せろとか、消えろとか、そういう類の解答ばかりだ。関係が冷え込むのも無理は無かった。

余りにもあっさりと星奈が選択肢を選ぶので、小鷹でさえ、すっかりセメント対応に慣れきってしまっていたのだ。

 

「それってつまり、私が有希子に嫌われたのは、藤林が私の悪口を学校中に言いふらしたからって事でしょ?!あんの腐れビッチ……生かしてはおけないわ!」

 

鉄球付き鎖鎌をぐるぐると回す不良の如く、あるいは藤林をターミネイトせんと未来から送られたサイボーグの様に、星奈は怒りを露わにしていた。

ともあれば放送禁止用語を連発する勢いである。小鷹は何とかそれを宥めようと――そもそも一方的に藤林との関係を悪化させたのは、他でもない星奈だ――更に説明書を読み進める。

 

「とにかく、他の女の子との関係が悪くなったら直ぐに謝って仲直りしよう、と書いてあるぞ」

 

「はあ!? なんで私があのクソ女に謝らないと行けない訳!?

 仲直りも何も、最初っからあの雌豚と仲良く成った覚えなんて無いわ!」

 

悪しざまにものをいうとはこの事だった。小鷹は、妹には決してこのような言葉を覚えさせまいと心に誓った。

もう手遅れな二人の事は棚に上げて、である。

 

「同感だな。自分が悪い訳でもないのに勝手に話しかけて来て、勝手に傷ついた等と抜かす女だぞ。こっちから頭を下げる必要を感じないな。真っ平ごめんだ」

 

自信満々の笑みを浮かべながらの夜空の言葉に、星奈は力強く頷いた。

 

「珍しく意見があったわね。私は絶対に譲らない。

 それに有希子なら……きっと分かってくれる筈よ」

 

ここに柏崎せもぽぬめの青春は決定した。有希子を信じる――長門有希子の何と気高く、さながら神に仕えし修道女のような無垢な心の事か!

悪意ある言葉は魂の汚れである。藤林あかりは悪魔に魂を売り渡し、汚らわしくも真実を歪め、その光を曇らせた罪人だった。

例えそのような汚れた心を持つサタンが悪しき流言を垂れ流そうとも、真実はそれ自身によって立ち、それを理解する者に恩寵を与えるのであるから、従って有希子は真実を知りサタンを退けるのである。

 

「そう、有希子なら必ず――」

 

柏崎せもぽぬめは、一心不乱に長門有希子を追い掛けた。

校門を駆け抜け、学園へと続く坂を転がるように走り抜けた。彼女の小さな背を認めた時、必死の様相で叫んだ。

話を聞いてくれ。その一言でもって、漸く、長門有希子はその足を止めた。

物語の終わりも近づいているようだった。せもぽぬめの告白を長門有希子はどう受け止めるのか。

それによって、終わりが幸せに満ちたものになるか。あるいは、悪しきサタンによって破壊された絶望のエンドを迎えるか、決まってしまうのである。

 

「――有希子。私は………っ!」

 

星奈の、ページ送りボタンを押す指先が震える。

真実、長門有希子はよき人であった。そんな彼女が真実を見誤る訳がない。信じる心こそが大切なのだ。

 

『……ごめんなさい――さようなら』

 

絶望だった。返ってきた言葉はまさしく、サタンの言葉だった。踵を返す長門有希子の後ろ姿が、酷く遠く視える。

がくり、とせもぽぬめは膝を落とす。視界が歪む。あれ程美しかった夕暮れが、まるで血に染まった自らの傷ついた心のようだった。

 

「どう、して……信じてたのに、どうして……!」

 

星奈は慟哭する。何故、神は彼女を認めなかったのか。正しく理性を以って判断を行えば、悪意ある流言は退けられる筈では無かったのか。

怒りと悲しみが彼女を支配した。星奈の円な瞳から零れた涙が、カーペットを濃緑色に染めていく。

 

(――星奈。感情移入し過ぎ……)

 

小鷹は口には出さなかった。出せなかったのだ。星奈にとって真実、せもぽぬめは星奈そのものだった。

彼女の涙は彼の――ゲームの主人公という仮想人格ではあったが――涙であった。人間が、想像上の話にさえ涙を零せるのは、数少ない人間の美徳なのである。

小鷹は静かに星奈から、夜空へと視線を映した。夜空は無言で立ち上がり――コーヒーは残されたままだ――部室を後にしようとしていた。

 

「夜空、何処へ?」

 

「……藤林あかり。ぶっ飛ばす」

 

(夜空、お前もか――)

 

幾分か乱雑に閉められた談話室の扉。それに続いて、星奈はとうとう声を上げて泣きだした。

ゲームには虚しくも『バッドエンド』の文字が踊っている。小鷹はただ、呆然と、所在なさ気に椅子に腰掛け続ける他無かったのだった。

 

 

*

 

 

 「……昨日はえらい目にあった」

 

小鷹があくび混じりに呟いた一言が、まさしく昨日、彼の身に起きた出来事を如実に物語っていた。

大泣きする星奈を何とか宥め――ハンカチを一つ生贄にささげて――何とか帰宅の途に付かせた時には、既に辺りが暗くなった頃だった。

そこから『帰りが遅い!』と膨れる妹を宥め、ごちそうにハンバーグを作ってやり、翌日に出すゴミをまとめリビングを掃除し、妹が眠りについた頃に宿題をこなし――朝、寝坊した挙句、始業ギリギリに登校する始末である。

 

「小鷹、こっちこっち!」

 

急いで昇降口を通過しかけた小鷹に、すっかり耳慣れた声が投げかけられる。

コリント式の柱が並ぶ西洋風の昇降口、その一柱に近づくと、そこには『きらめきスクールライフ7』を手にする星奈の姿があった。

 

「――はい、これ」

 

可愛らしい手つきで差し出されたのは恋文ではなく、きらめきスクールライフのパッケージであった。

星奈の意図が掴めないものの、小鷹は差し出されたそれを受け取った。

 

「おはよう、星奈。これ、何?」

 

「それ貸してあげるから、帰ったら直ぐやりなさいよね――特に藤林あかりの三年目のイベントなんて、マジ泣けるんだから!」

 

昨日の事でも話に出すのかと身構えた小鷹は、見事に肩透かしを食らってしまう。

しかも何を言うのかと思えば、昨日、あれほど乏していた『藤林あかり』を褒めそやしているのだ。率直に言えば、訳が分からなかった。

 

「えぇ……昨日、あれほど藤林あかりの事をビッチだの何だのって――」

 

「――あかりの事を悪く言わないで。いい? あかりはね……幼い時に両親を亡くして、一人ぼっちで苦労してきたの。それでも世間を恨む事無く、周囲に笑顔を振りまいているのよ! そんな子をビッチですって、アンタそれでも人間なの?」

 

見事な掌返しである。小鷹が余りの事に言葉を失っているのを良い事に、星奈はそのままの勢いで語り始めた。

 

「後、有希子も絶対に攻略すること!ていうか、アイナもミホもナツミもミズキもカレンも……みんないい子なのよ!」

 

どうやら昨日、涙をバネに全員分見事に攻略してみせたらしい。

星奈は満足気な顔でそう語ると、胸を張りながら――小鷹が意識的に視線を上げると、星奈の目の下には見事な隈が出来上がっていた――小鷹に近づいてくる。

 

「アンタも絶対、ぜぇったいに全員分のエンディングを見ること。これは義務よ。分かった?」

 

「き、気が向いたら、やってみるよ」

 

今の小鷹に出来うる限り、最大限の爽やかさで以ってお断りするものの、星奈にはもはや見えてないのだろう。

 

「これは義務だからね。そうよ――『きらスク』は国民全員が一度はプレイするべき作品なの。

 これはゲームであってゲームではない。そう、言うなれば――」

 

星奈は小鷹から目を離すと、くるり、とその場で背を向けた。

星奈の金色の髪が学園のキャンパスに翻る。彼女は何か、重大な宣言を受けたかの如く恭しい態度で、ハッキリと、こう告げた。

 

「――人生、かしらね」

 

きらスクは人生。此の世の絶対の真理。

始業を告げる鐘が成る。ああ、と小鷹は嘆息した。星奈はそのまま優雅な所作で以ってカバンを手にすると、小鷹の肩を爽やかに叩いて、

 

「絶対にプレイすること」

 

と告げ、昇降口へと消えていった。小鷹の返答など、どうでも良いと言わんばかりだった。

きらスクは人生そのものなのだから、きっと小鷹もプレイするだろう。そういう想いが根底にはあるのだ。狂信だった。

 

「……急ごう」

 

小鷹はもう、考えることを放棄した。

『きらめきスクールライフ7』をカバンに放り込むと、自身もまた、昇降口へと駆けていく。

現実であれ、ゲームの中の仮想現実であれ、星奈は確かに女の子と仲良くなった。

それ自体は、決して否定されるべきものではないのだから。

 

「――夜空にでも話してみるか」

 

早く放課後にならないものか。

待ち遠しい放課後へ向けて――嘗ての彼自身とは違う、前向きな理由付けで――小鷹は上靴を履きつぶしながら、階段へと駆けて行った。




次は水着回です。肉メインです。

*ティーセット云々、コーヒーメーカー云々の件は勝手に変更しています。
こちらのほうがしっくり来たので。

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