夕日は沈み、赤く染まった空は過ぎ去った。今は夜。具体的にいうと22時32分。
「博麗の巫女」霊夢は夜空を見上げていた。空には星。この時期ならば射手座や蠍座等が見えるだろう。だが彼女は星座を観察していた訳ではない。誰もいない境内、静かな今を利用し今日起こったことを整理していた。
「一体何なのかしらね?なんとか召喚ってのは。いつもはもっと居座るのに、今日はやけに早く帰ったわね・・・」
『なんとか召喚』とは彼女の友人「霧雨 魔理沙」の発言である。霊夢自身の発言から分かるように魔理沙はこの「博麗神社」に文字通り居座る。昼前に昼食を持って来て、日が暮れるまで談笑したり遊戯をしている。しかし今日の彼女は「今日は大事な日なんだぜ。場合によっちゃ私の未来を決める日になるかもしれないんだぜ。悪いが今日は早々とお暇させてもらうことにするぜ。早く帰って『英霊召喚』の準備をしなくちゃならないからな!」と、いつもの取って付けたような「~だぜ」の口調でこのようなことをいって、昼下がりの微睡みが訪れる頃に帰って行った。
「まぁ、そんなのあたしの知ったこっちゃないんだけど・・・失敗して厄介事をこっちに押し付けてくるのだけは勘弁してほしいわね」
過去からの推察なのか、不吉な未来を案じて愚痴をこぼしていると、境内の裏から何か分からない気配を感じた。
「何?泥棒?おかしいわね・・・一応この神社には人除けと視覚避けの結界を張っているのだけれど・・・」
疑問抱きつつ境内の裏に回るが、そこには何もいなかった。が、そこには陣が張ってあった。陣といっても結界を張るために各地に置く『陣』ではなく、魔術的な降霊や儀式を行う際に敷く『魔法陣』の方だった。
「なにこれ・・・陣?でも博麗の陣じゃないわよね・・・しかも消去の中に退去、退去の陣が四つ刻まれている・・・このカタチは魔理沙みたいなのが使うタイプよね。アイツ、悪戯でもしたつもりなのかしら。」
そう言い、調べるために陣に触れた瞬間、陣が光を放ち始めた。色は青。その光に驚き手を放して尚、陣の発光は続く。
「ッ!?なに・・・これ・・・ッ!?」
周囲に煙が漂う。否、煙ではなく高密度の魔力だ。密度が高いがために視認できるほどになり、煙のように見えるのである。
「魔力が・・・もってかれる!?どういうこと!?まさか、何かの召喚陣を起動させた!?」
霊夢は目の前で起こっている自身の想像を超えた現象に驚き、恐怖し、期待しているせいで気づいていないが左手に痣が浮かび上がってきている。この召喚儀式の成功を表す聖痕が霊夢の左手の甲に刻まれていく。
直、召喚は完了する。エーテルを乱舞させ、激しい光彩、目映い光の中からその者は現れる。
現れた者が閉じていた目を開け、召喚者である霊夢に向く。
「—————— 問おう。貴方が、私のマスターか」
「え・・・マス・・・ター・・・?」
問われた言葉を繰り返すだけ。それほどこの状況を理解できておらず、十分な答えを返せるほどの冷静さを失っていた。
この者が何を言っているのか、何者なのか分からない。分かることといえば、その身から放つ英気からして、自分たち普通の人間とは違く、一段階上の場にいる存在という事だけ。
「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上しました。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共に」
その声で我に返る。冷静さを取り戻す。事態が少しづつ見えてくる。
「————————— っ」
同時に焼きごてを押されたような熱をもった痛みと共に、左手に浮かび上がった聖痕に気が付く。
「な——————————」
左手の甲にはおかしな紋様が刻まれていた。それを確認したかのように、
「令呪の発現を確認、ここに契約は完了しました」
け、契約?契約って金融とか商売で結ぶあれでしょ、と思ったが今起きた事態を考えそれらを全て否定した。この事態は魔術に関わって引き起こされたもの。ならばここでいう契約とは魔術的な意味合いを持つ。
魔術における契約とは、簡単に破棄できるようなものではなく、一つの呪いのようなものだ。一度交わせば最後、死ぬまで又は死後をも縛り付けるようなものもある呪いだ。魔術を扱う者として、霊夢は後者の意味で捉えることができた。
「契約・・・そんなの交わした覚え無いんだけど・・・」
「その左手の令呪が契約の証です。」
「令呪って、これ?」
霊夢は左手の甲を現れた者に見せる。
「はい、それが令呪です。令呪とは私たちサーヴァントと律する三つの命令権であり、マスターとしての命でもあります」
「だからその、マスターとかサーヴァントって何よ?」
霊夢の発言に対し、驚きの表情がサーヴァントに浮かぶ。
「サーヴァントは私たちのことで、マスターは貴方自身のことであって・・・もしや、『聖杯戦争』をご存じないのですか?」
「ご存じもなにも、あたしはアンタを召喚した気なんてこれっぽちも無いんだけど」
「・・・自ら召喚しよう、などという気持ちは無かったと?」
「そういってるでしょ、だからあたしは何も分からないのよ」
ため息が出そうな顔をしつつも、セイバーは霊夢に向きなおる。
「ですが、貴方は私のマスターです。契約を交わした以上、裏切りはしませんよ。」
穏やかな笑顔で言う。俗にいう「イケメンスマイル」というやつだ。
「っ・・・そう、だったら説明くらいはしてくれてもいいんじゃない?あと、名前教えなさいよ、名前」
少し押され気味になりながらも、霊夢は強気の姿勢で接した。
「分かりました。これから共に戦うかどうかを判断することには、知識は必要ですよね。ならばまず、ここから表へ出ましょう」
そう促され、霊夢が表へ歩みを進める。セイバーもその後ろをついていく。
裏から出て、賽銭箱の前を通り過ぎようとしたそのときだった。
「マスター、上です!」
「え?」
呆けた声で返すと、サーヴァントの顔も見ない間に賽銭箱の前から直線60mほど先の鳥居の側まで投げられた。背中から着地し、受け身をとる。仕事柄、危ないことをするときが稀によくあるのでこういうことに慣れているのだ。
「ちょっと!マスターって言っておきながらいきなり投げるって!・・・え?」
文句を言いつつ顔を上げ、サーヴァントの顔を見ようと視線を動かすが賽銭箱で止まる。賽銭箱前の、投げられなければ丁度いた地点に槍が突き立てられていたのである。その側に見知らぬ男も1人。
「あァ~あ、気づかずに大人しく死んでくれれば楽だったのに」
刺さった槍を抜きながらとても物騒なことを言っている。いや、発言よりも前に容姿も物騒である。黒い外套を羽織り、右腕には篭手《ガントレット》、腰にはサーベルを携え、ここ幻想郷には不釣り合いな西洋風の装束を身にまとった男が先程まで地面に突き刺さっていた槍を握っている。
霊夢のサーヴァントが現れた男に問う。
「得物から見て、貴方は槍兵《ランサー》のサーヴァントか」
「あァ、そうだよォ。そっちは剣兵《セイバー》って感じだけど」
「いかにも。貴方の先程の行動からみるに、我がマスターを狙いにきたか」
腰に携えていた剣を抜きながら問いを投げかける。
「まァ、そうだね。上からだったら気づかれることなく殺せると思ったんだけど、しょうがないなァ・・・」
腰を落とし、ランサーが槍を構える。ここでセイバーと一戦交えようというつもりか。しかし、行動とは裏腹に発言やその口調からはやる気というものが感じられない。
セイバーも剣を中段で構える。攻防どちらにも移れる構え。
数秒の静寂、それはまさに嵐の前の静寂だった。
ランサーが先に動く。セイバーへと接近し、自らの得物の間合いに捉えられるギリギリで止まり、槍を横薙ぎに振う。
セイバーがそれを跳躍し躱す。しかし、反対からもう一度槍の薙ぎが来る。今度はそれを剣で受けランサーとの間合いを開ける。だが、緩を与えずランサーが再びセイバーへ接近する。同じように横薙ぎで槍が振るわれる。また跳躍で躱そうとするが、速さが違った。一度目よりも圧倒的に速くなっていた。まさに暴風。何度も何度も風がセイバーに斬りかかる。
嵐は止まない。それどころか回数を重ねるごとに速さを増していく。常人には躱すどころか見ることすら敵わないようなスピードにまで。それを押されつつもいなしているのは流石サーヴァントといったところだろうか。
「ほらほらァ!」
ランサーの攻撃は続き、霊夢のサーヴァントは防戦一方となっていた。
この暴風から逃れる術は一つ、一度の呼吸で槍の間合いから離れればいい。だが、生半可に下がればそれこそ槍に切り裂かれる。決死の覚悟で刃から逃れ、相手に近づこうとしても柄に阻まれ肋骨を折られる。鎧を纏ってこそいるが、相手は英霊。どのような技能を隠しているか分からない。だから一呼吸。その短い間で離脱、もしくは接近しなければならない。
「ハァッ!」
自らを引き裂かんとする槍を打ち返し、全力で跳躍。マスターである霊夢の側で着地をし、守りの態勢をとった。状況としては依然ランサーが有利。セイバーとの距離を詰め、霊夢ごと切り払えばいい。
だがランサーは近づいて来なかった。代わりに、槍を肩に担ぎ言葉を投げてきた。
「ふゥ・・・アンタ、本当にセイバーのクラスか?」
「先ほど申した通り、私はセイバーのクラスで召喚されたサーヴァントです。
「にしては、アンタの剣から感じる魔力が少なすぎるんだよなァ」
ランサーがこの疑問を持ったことには理由がある。それはセイバーのクラスに選ばれる条件である。セイバーのクラスには一定値以上のステータスと、己の象徴となるシンボルの剣、もしくは卓越した剣術が必要となる。そしてこの剣、ないし剣術は必然的に宝具となる。
宝具とは、サーヴァントが持つ自身や自身に関する伝承を象徴、具現した武器のことである。セイバーなら剣、ランサーなら槍がこれにあたる。宝具の真価は真名解放時で、莫大な魔力を消費し、必殺技となりうるモノになることである。そして、その宝具からは通常の武器とは比べものにならない量の魔力を感じるはずだが、
「セイバーなら剣が宝具、だがアンタの剣から感じる魔力が少ないんだ。とても宝具とは思えないくらいにな。かといって、宝具になる程度まで剣が上手いとは思わなかった」
「———————————————————」
セイバーは答えない。ただ、ランサーを見つめ構えを崩さずにマスターを守るのみ。
その姿をランサーの双眸が見つめる。
——————剣が宝具でないとすれば、奴が自分はセイバーだ、と名乗ったのもブラフになるが、それをする意味が分からない。討ちあえばいずれはクラスは割れる。それにわざわざ宝具を持ち出さず戦うメリットが見当たらない。何故だ・・・
「もう一度聞くけどよォ、アンタ何者だ?」
気楽な口調はどこへやら、これまで以上に真剣な眼差しでセイバーに問う。
「言った通り、セイバーのサーヴァントですよ。」
「だがその剣は宝具じゃないんだろ?」
「さあ、どうですかね?世の中には弓を使わないアーチャーもいるようですし、得物だけでクラスを測るのはいささか早計かと。」
それは弓兵〈アーチャー〉なのか、とツッコミを入れられそうなたとえを持ち出しランサーからの問いを回避した。するとランサーは、
「そうかい・・・まァ、こうすればハッキリするだろ———————」
そういうとランサーは後方へ跳躍し、セイバーとの距離を開ける。離れられるギリギリまで。
「何をする気か、ランサー」
ランサーの行動からただならぬ気配を感じ、鋭くセイバーが問う。
「なに、アンタのクラスを判明させるための一つの方法さ・・・」
そう言うと、ランサーは槍投げのように構えた。右腕の篭手〈ガントレット〉には膨大な魔力が集まっていく。篭手〈ガントレット〉の肘の辺りから魔力で生成された炎が噴出される。
「標的確認、方位角固定——————不毀の極槍〈ドゥリンダナ〉、吹き飛びなァ!」
真名を解放し、宝具の槍を天空の彼方へ向けて投げた。その様子はまさしくロケット砲のごとく、凄まじい勢いで飛んで行った。
「・・・・・・宝具を天へ向かい投げるとは、一体何を考えているのですか?」
「なに、一応言っておくとオジサンの宝具は“対軍宝具”だ」
「“対軍宝具”・・・まさか・・・ッ!?」
セイバーがランサーの目論見に気付く。
「そうさ。アンタの思っている通りさ。宝具着弾の爆炎で殺そうという算段さ」
状況の説明をすると、境内付近にランサー、鳥居付近にセイバーと霊夢。ランサーは天空へ放った投擲宝具を鳥居よりもさらに奥へ着弾させ、自身が爆炎の範囲に入らないギリギリを狙って槍を投げたのである。
「ならば・・・そちらへ押し通るまで・・・ッ!」
守りの構えから剣をランサーへ向ける。ランサーへ向かって飛び込もうとしたとき、
「まァ、そうなるわな・・・だがそう行くかな」
ランサーが腰に携えていたサーベルを抜く。ランサーとはいえ、彼は剣も扱えるのだろう。サーベルには華美にならない程度の装飾が施され、名のある名剣の一つとも受け取れる。
「どんな状況、どんな武器にも対応できなきゃ、立派な戦士とはいえないだろォ?」
「クッ・・・・・・」
——————この状況を打破しなければ・・・まずマスターが死んでしまう・・・!どうすれば・・・どうすれば・・・!
セイバーが次に移すべき行動を考えていると、ランサーは剣を降ろした。
「・・・?」
「ん?あァマスター。さっき宝具を使った。もう少しでセイバーのマスターを殺せる・・・あ?」
ランサーがセイバーとも霊夢とも違う別の何者かに向けての会話を始めた。
「そこがどこかって・・・悪ィが、セイバーのマスターの嬢ちゃん、ここ何処だ?」
ランサーが敵であるはずの霊夢に聞いた。霊夢は少し驚きながらも自らの名が入る、ここの名前を告げた。
「へ?私?どこって博麗神社だけど・・・」
「博麗神社だとよー」
ランサーがとぼけた口調でここにいない何者かに向けて返答をすると
「はァ!?宝具を今すぐに回収!?馬鹿言ってんじゃねェぜマスター!」
会話の相手のマスターへむけて少し乱暴に返した。相手方の注文は「既に放ってしまった宝具の回収」らしいが、そんなことは英霊の身をもってしても不可能だ。為しえる方法も無くは無いが。
「ッたく!あのねェ、オジサンの宝具は勝手に手元に戻ってくるみたいな都合の良い宝具じゃないわけ!」
「宝具の・・・キャンセル?」
セイバーと霊夢がランサーの会話の内容を掴めないままでいると、ランサーは剣を鞘へ納めて
「あー、アンタら、ちょっとこっち来てくれー」
「・・・・・・」
「だまし討ちなんぞ考えてねェよ。ご覧のとおり、剣はしまったしよォ。」
ランサーの行動に裏があると訝しみながらも、セイバーはランサーに従った。
「・・・分かりました、あなたを信用しましょう。マスター、こちらへ」
セイバーが霊夢の手を取り、ランサーの側へ歩み寄る。
「あ・・・ちょ!」
突然のことで戸惑う霊夢を気にせず、セイバーはマスターを守れるようにと抱くようにして、自身へと近づける。
「はいよォ、とりあえずセイバーのマスターの安全は確保できだぜェ、後よろしくゥ」
気の抜けた返事でマスターへ合図を送った。
「ったく、何が『後よろしくゥ』だっての!厄介なことしてくれやがって・・・」
金髪の少女が箒に跨り、空を飛びながら愚痴をぶつくさ言っている。彼女の右手には八角形の物体が握られていた。その物体は「ミニ八卦炉」。この少女がある人物から送られた、魔術礼装である。
「ま、これもヒーローの役目ってか・・・しょうがないぜ」
そう言うと箒に立ち、右手を前に掲げ、左手で右腕を支えるようにして掴んだ。それは彼女にとっての宝具のようなもの。発動には詠唱文が必要となる。
「我が八卦炉の主、霧雨魔理沙が命ずる!第八封印機構から第十二封印機構までを解禁!」
膨大な魔力が八卦炉に集まる。集約された魔力量は、大魔術の行使に要する魔力量と大差無く、
「轟け八卦炉!『恋符マスタースパーク』!」
右手に持つ八卦炉の中央の陰陽対極図から、集約した魔力、第五元素の全てを放出し、七色の超火力魔力砲が放たれた。
本来の詠唱文は『』内の部分だけであって、こんな無駄に長い詠唱は必要ないことをここに明言しておく。
空の彼方に煌めきが見える。一流の魔術師ならばこの距離でも魔力を感じることができるだろう、高濃度の魔力を。
「ん?あれは・・・」
「お?うちのマスターがやってくれるかァ?」
「あれは・・・何ですか?」
固まっている三人が煌めいた夜空の方角を見上げた。
その3秒後—————— 七色に輝く高濃度の魔力で構成された超粒子砲が頭上を駆け抜けた。
「これは・・・アイツ・・・?」
魔力砲の様子とばら撒かれる魔力の残滓から、霊夢が正体に気付いた様子を見せた。
「お?ちゃぁんと当たったなァ」
ランサーが魔力砲が宝具の槍に当たり、威力が相殺されたことを確認した。
「このレベルの威力の魔力砲がこの時代に残っているのですか・・・」
セイバーが駆け抜けた魔力の残滓で編まれている魔力の密度を感じ取った。
魔力が駆け抜けた後、
「はいよっと・・・はぁあ、せっかく仕留められそうだったのに・・・」
ランサーが投擲したドゥリンダナが手元に飛んで戻ってきた。
「今かなり物騒なことが聞こえたんだけど・・・」
「ん?発言も何も、目の前で殺し合いがあったんだぜェ?」
ランサーが戦闘前の軽い口調で霊夢と会話をしていると
「あー、ほんとに霊夢だったのか・・・まぁそうだよな・・・」
鳥居の方から現れた黒系の服を身に纏った、ウェーブヘアーの金髪の少女が現れた。右手にはまだ放ったばかりの魔力の残滓が漏れている八卦炉、左手には魔術的な加護を受けていると感じ取れる箒を握っていた。
「ま、とりあえずこんばんわだぜな、霊夢」
少女、霧雨魔理沙は霊夢に向かってとても一般的なあいさつを交わした。