みつるside
「いい加減にしなさいよあんた達!!」
突然、教室にアリサちゃんの怒声が響き渡る。その咆哮に、教室にいたクラスメイトが一斉に僕達がいる机の方を向き、僕は持っていたペンを手から落とし、しばらく硬直してしまった。
「ここ数日、なのははあたしのと話してもボーっとしている。つぐととしは顔を合わせない。同じ教室にいるのになんなのよ!」
確かに、ここ数日の三人の様子は連休前から一変した。僕たち六人が一同に顔を合わせたことがここ数日なかった。幼馴染のなのはちゃんととしみつ君は互いに視線を合わせない。としみつ君とつぐみち君に至っては酷く、ほぼ無視の状態だ。なのはちゃんとつぐみち君は普段通りだけど、時々二人だけでこっそりと話をする。そのため、放課後も一緒に帰るということがなくなってしまっていた。
「こんな状況じゃ、お話もできないわ!」
「待って、アリサちゃん」
興奮したままアリサちゃんは、ズンズンと教室を出ていき、すずかちゃんがアリサちゃんを追いかけて行ってしまった。騒動が起こった席の近くにいたとしみつ君とつぐみち君は、一瞬顔を合わせたがすぐに互いの顔をそむけた。
「な、なのはちゃん……」
「いいよ、さっきのは私が悪かったから」
いや、おそらくアリサちゃんが怒ったのは、三人とも何か悩んでいたのに何も言わなくて怒ったんだろう。だって、普段ならとしみつ君が困っている人をみたら介入してくる。僕がとしみつ君と出会った時のように。特に、なのはちゃん関連ならとしみつ君はすぐに飛びついてくるはずだ。としみつ君とつぐみち君が喧嘩すれば、それはすぐに両方が声に出して状況が理解できる。それが三人ともだんまりと異常事態だ。
「ぼ、僕も追いかける」
僕も、遅れる形でアリサちゃんを追いかける。どうして追いかける? アリサちゃんの考えを聞くためだ。僕の予測が正しいか知るために。もし間違っていたら、僕の考えを伝えるんだ。階段の昇降口まで行くとすずかちゃんの声が聞こえた。二人の視界の入らない昇降口の脇の所で聞き耳を立てた。
「友達でも言えない事はあるよ。なのはちゃんが秘密にしたいことなら、私達は待っててあげることしかできないんじゃないかな」
「それがむかつくの!少しは役に立ってあげたいのよ。何にもできないかもしれないけど、少なくとも一緒に悩んであげられるじゃない!」
「やっぱり、アリサちゃんもなのはちゃんのことが好きなんだね」
「そんなの、当たり前じゃないの!」
どうやら、僕の考えは当たっていたようだった。懸念が杞憂に終わりホッと胸をなでおろした。
「そこにいるのはわかっているわよ。みつる」
僕は観念して、昇降口の脇から姿を現した。
「盗み聞きなんて、行儀悪いわよ」
「ご、ごめん。でも僕もみんなの事がし、心配になって」
「でも、あの三人が変わったのって、連休が明けた後の朝からだよね。なのはちゃんとつぐみち君は、温泉旅行の帰りから様子が変だったけど」
すずかちゃんが、放った言葉に、僕の頭の中で過去の出来事がふわりと浮きあがり、いくつも合わさって仮説が出来上がった。、
そうだ、なのはちゃんとつぐみち君の二人の様子が変わったのは、あの温泉旅行の帰り、帰りはなのはちゃんと一緒の車に乗っていたが、その時のなのはちゃんは、みんなから話しかけられても上の空だった。そして二人の共通すること。そして、としみつ君がもしかしたら……
原因は、魔法に関することかもしれない。そしてそれは、僕にしかできないじゃないのかな。この中で魔法の存在を知っている。けど、それが真であるのかわからない。それが違ったら……どうすればいいんだ。
結局、悩んでいる内に放課後になってしまった。僕は、学校の帰路を一人で帰っていく。アリサちゃんとすずかちゃんは、お稽古が。としみつ君は授業が終わったらすぐに帰ってしまい、なのはちゃんとつぐみち君は僕とは帰り道が異なる。
「そういえば、一人で帰るのって久しぶりだ」
思わず、ぽつりと呟いてしまっていた。帰り道を途中まで一緒に帰って分かれてとそれをずっと繰り返してきた。みんなと出会ってから一ヶ月も経っていないのに、まるで長年の習慣のように僕の記憶に根付いていた。
西に沈んでいく太陽を見つめて、過去の自分を思い返した。一人で夕焼けを見ながら帰る帰路は、淋しいという気持ちは正直なかった。あの時までの自分は、図書室で借りてきた本を読み歩きしながら本と現実の世界を行き来して帰っていたのがそれまでの僕だった。その様子を見ていた先生に怒られることがたびたびあった。読み歩きは危険だということで。そして決まって、友達と一緒に帰りなさいという。
あの時の僕の心の中で、その言葉が高周波ノイズのように耳ざわりだった。友達とだって? 僕にはそんなのいない。集団下校の時だって、僕に話しかける人なんていなかった。だから僕は本を読むんだ。話が苦手な僕に、言葉を交わさずとも語りかけてくれる本だけが――友達だった。
けど、今はどうだろう。なのはちゃん達は、僕とお話してくれる。友達として受け入れてくれている。
僕は、あの時を取り戻したい。けど、どうすればみんなの中を取り持てるだろう。明日にでもなのはちゃんに……
明日、なのはちゃんに何を言うか考えていたその時、僕の鼻がある匂いを感じ取り、一瞬で脳がその支配下に陥ちた。その甘美な匂いは、僕の体の力を抜き、それの発生源に僕の体は誘導されていく。匂いの発生源に発生源に近づくにつれて、その匂いの正体が見えてくると目を見開いた。
そこにあった光景は――熱い焼きたての餡子やカスタードクリーム入りタイ焼きが並べられ、今も専用の鉄板で店員の手で生産されていく。鍋に溜まっているタイ焼きの中身である小豆が茹でられて噴出する甘さとカスタードクリームのミルクの香りが合わさってより、購買意識にそそられる。
「す、すみません。餡を二つ」
「私はカスタードを」
同時にタイ焼きを注文した女の子は、聞き覚えのある声の持ち主だった。
「なのはちゃん?」
間違いない、なのはちゃんだ。なのはちゃんの帰り道はこっちじゃない、そしてその顔はどこか憂いげな表情を見せて、寄り道してタイ焼きを買いに来る顔じゃない。けど、今ならなのはちゃんと二人で話せるかも。
「あ、あれ? みつる君、たしか帰り道こっちだっけ?」
「ううん。こ、これの匂いにつられてね……あ、あのね、なのはちゃん少し話がしたいけどいい?」
「……うん」
タイ焼きを買った後も、なのはちゃんの表情は暗く、僕達は近くにある海鳴公園に入り、近くのベンチに座った。
ベンチに座った後も、お互い沈黙したまま、手に持っているさっき買ったタイ焼きが徐々に焼きたての熱気が失われていく。僕が先に沈黙を破る。
「ア、アリサちゃんのことなんだけど……」
「私もわかっているよ。アリサちゃんが起こった理由。私が悩んでいるのに何も言わなくて怒ったんだ。でも……友達言えないことがあるんだよ」
どうやら、なのはちゃんは怒っていた理由を知っていたんだけど、他人に言えないことだから話さなかったんだ。
「もちろん、だ、誰にだって言えないことのひとつやふたつはあるよ。で、でも 魔法の事なら僕にも話せるでしょ」
ハッとなのはちゃんは、それまでの保っていた表情を変えたが、すぐに首を横に振った。どうしよう、何も進展しなかったよ。何か他に話題を……
「ねぇ、な、なのはちゃんはどうしてとしみつ君と友達になったの?」
「えっ? としみつ君の……」
唐突に、話題が変わったことになのはちゃんは驚きの様子を見せた。ふと、自分の言ったことにまた沈黙になるのは嫌だから自分から話を振ったのはいいけど、今の状態の原因であるとしみつ君の事を振ったのは悪手だ。
「……としみつ君は、初めてであった時は、なのはが落ち込んでいた時にひょっこりと現れて。優しい人かなっていうのが初めの印象」
としみつ君の話を始めていくなのはちゃんの表情は、だんだんと柔らかくなっていく。としみつ君の家となのはちゃんの家とで付き合いがあった話まで進むと、なのはちゃんは表情をゆがめ、口をポカンと開けていた。
「でも、遊んで行くうちに、その言い方が悪いけど、変な子だなって」
なのはちゃんの発言に思わず、手に持っていたタイ焼きが入った袋を落としそうになった。
「で、出会って数日もしないうちだよね」
「うん。としみつ君のお父さんの影響かもしれないけど、野菜食べているかって知らない同い年の子に聞いてくるし、男は度胸って私を引き連れて泥状になっている所を走りまわったりして」
おかげで顔も服も泥まみれになったよとなのはちゃんが苦笑しながら語った。心の中で、としみつ君のことを天然由来のアホだと思ってしまった。だって、男はって言っているのに女の子のなのはちゃんを連れてちゃだめでしょ。
「でも、それで他の友達と遊ぶ切っ掛けになったり、泥だらけになった時もとしみつ君の顔に付いた泥がパンダさんみたいで笑っちゃんだ」
その後も、なのはちゃんのとしみつ君語りは止まらなかった。その時のなのはちゃんの表情は、柔らかく時々思い出し笑いをするほどだった。
「そうそう、としみつ君の口癖って知ってる?『気にすんな』って。アリサちゃんとすずかちゃんが初めて出会って、アリサちゃんがすずかちゃんのことをいじめて、私と喧嘩した時としみつ君が止めに入ろうとしたんだけど、その時石に躓いて花壇に頭を突っ込んで顔にバラの棘が刺さちゃって」
「え!? 大丈夫だったのとしみつ君?」
なのはちゃんは、首を小さく振って「ううん」と答えた。
「顔中血だらけで、しばらく学校に来られなかったの。私とアリサちゃんでお詫びに行った時に「俺の顔に免じるから気にすんな。それよりも二人とも仲良くしろよ」って自分よりも他の子の事を気遣うんだから。だから『気にすんな』は、自分はいいからみんな仲良くしなさいって意味なんだよ」
後日談として、すずかちゃんがとしみつ君と出会うのが遅れたのは、血まみれになったとしみつ君の顔を見て怖がっていたから避けていたという話をとしみつ君に話したらショックを受けたという話で締めくくられた。
「なんだか、ちょっとすっきりしちゃった。さっきまでなのは、暗い顔していてたから、知っている人に見られたくなくて。みつる君お話し有難う、けどやっぱり今は、悩みを言えない。ごめんね」
「いいよ。『気にすんな』だよ。い、言えるその日まで待ってるよ。なのはちゃん、ア、アリサちゃん達にも悩みを言えない理由をまだ言ってないでしょう」
「あはは、一本取られちゃった。うん。明日ちゃんと二人に言うよ」
なのはちゃんがベンチから立ち上がると、なのはちゃんが「ありがとうみつる君。これカスタードタイ焼き、みつる君両方とも餡子でしょ」とタイ焼きを一つ渡した。
もちろん、そのまま受け取るわけにもいかないので、「じゃあまた明日ね」と手を振ってそのまま公園から出ていった。
なのはちゃんからもらったカスタードタイ焼きを頬張る。結果的に、女の子三人の間を取り持てた。けどこうやって友達の相談をしたりできるという自分の心に自信が形成されようとしていた。
なのはちゃんからもらったタイ焼きは、どこか普段食べなれたカスタードよりも甘く感じた。
第十三話「友達の気持ち」 完