としみつside
「こんちはー!ひくま屋ですー!ご注文の果物を届けに来ましたー!」
なのはちゃんと友達になろうと約束した翌日の朝。俺は、喫茶翠屋の裏口に立っていた。朝は早朝の五時半、眠気がまだ残っているが、大事な商品を盗られないように見張らないといけねぇから我慢しなければならない。
何故俺が、太陽がまだ昇り切っていない時間に配達をしているのか。それは、昨日の事を父ちゃん母ちゃんに話したら、なんと翠屋はうちのお得意様だった。そこで母ちゃんが明日の翠屋への配達を俺に任せて、高町家に挨拶にいったらどうだという提案に乗った。しかし、これが安易な考えだった。
朝の五時に家を出るなんて眠いってもんじゃねぇよ。完全に寝不足だ。父ちゃんはもっと早く起きて仕入れに行っているからすげぇよな。そうこう考えている間に
「ご苦労様ー。あら、かわいい店員さんね。樋口さんの息子さん?」
裏口から出てきたのは、なのはちゃんと同じ栗色の髪と目の二十代ぐらいの若いお姉さんで、目線を俺と同じ位置に合わせるように膝を曲げて挨拶した。かわいい……ってあんまり言わないでくれるかな。おりゃ将来イケメン男子になる予定の男だぜ。
「はい! なのはちゃんいますか? 」
「なのはのお友達?ちょっと店の中に入って待っててね。なのはーお友達が来てるわよー」
お姉さんは、持ってきた果物の箱を持ってもらい、俺を店の中に入れてもらった後、なのはちゃんを呼びに行った。あのお姉さんなのはのお姉さんかな? にしても美人だな~
「はーい。あれっ?! としみつ君、おはよう。本当に来ちゃったなの」
昨日と同じく栗色の髪と大きな瞳が特徴のあの女の子が、店の奥からひょっこりと現れた。ただ、昨日と違い顔は、ほころんでいた。
「昨日言った通り果物届けに来たよー。お姉さん、持ってもらって」
「大丈夫よ。後、お姉さんじゃなくて、わたしは、なのはのお母さんよ」
へ~って、若っ! なのはのお母さんが、果物の箱を持って店の奥に入って行った後に、俺はなのはに聞いた。
「ねえ、なのはちゃんたしかお兄さんがいるって言ったけどお兄さん何歳なの?」
「中学3年生だよ。あと、お姉ちゃんがいて、お兄ちゃんが一番年上だよ」
まじか! 三人のしかも一番上は中学三年生の子がいるとは思えねえ……
「にしてもなのはちゃんの家大きいね。始め店の入り口がわからなかったよ。大きい蔵もあったし」
「蔵じゃなくて道場だよ」
「道場?」
「うん。今、お兄ちゃんとお姉ちゃんが剣の稽古をしているよ。邪魔にならなければ見ていても大丈夫だと思うから案内するよ」
「本当か!?」
俺自身、剣道がどんなのか興味があったからすぐに返事をした。
なのはに案内されて入った道場は、なかなか広く十人ぐらいが稽古していても十分な広さだった。その中では二人の男女が木刀で素振りをしていた。
「おや、なのはが道場に入ってくるなんて珍しいな」
「なのはその子は?」
「わたしの友達の樋口敏光君だよ」
「こんにちは、樋口敏光です。稽古を見学してもよろしいですか?」
「構わないよ。僕がなのはの兄の高町恭也だ」
「私が、なのはのお姉さんの高町美由希です」
始めに俺たちに気付いた背の高い黒髪の男性が高町恭也さんで、もう一人の眼鏡をかけて髪を一つに束ねた女性が高町美由希さんか。
「としみつ君あっちで見ていようか」
俺となのはは、道場の端のほうで恭也さんと美由希さんの稽古の見学を、正座をして見ることにした。
朝の静かさの中で、恭也さんと美由希さんの木刀が常に空気を切る音が聞こえる。俺は剣術に関しては素人だが、スゲェと感じた。二人ともまるで機械のように、同じタイミングでで木刀を振っている。特に恭也さんは、端のほうで見ていてもその気迫が感じる。俺も恭也さんのような剣捌きがしたいなぁ。
「ん? としみつ君。君もやってみたくなってきたの?」
美由希さんが木刀を振るのを止め、俺に声をかけてきた。気づいたら手が剣を持つ形をとっていた。う~ん、いいえと言えば嘘になるな。
「はいっ!! やってみたいです」
美由希さんは、恭也さんに話しかけ、何か相談を始めた。
「じゃあ、木刀は危ないから竹刀で振ってみようか」
恭也さんが俺に竹刀を渡してくれた。
「としみつ君がんばってね」
なのはの応援を受けて俺は竹刀を構えた。竹刀を頭の上まで上げてから、力強く下に竹刀を振る。
「としみつ君、力を入れすぎている。それに剣は上下に振るんじゃなくて前に振るんだ」
「は、はいっ!」
恭也さんが指摘した通りに力を弱め、竹刀を前に振るように意識した。
「まだ力が入っている!」
「はい!」
それからも俺は時間を忘れるほど竹刀を振り続けた。
「ここまでにしよう」
「はい! ありがとうございます」
「恭也お疲れさま」
先に、稽古を終えていた美由希さんが、恭也さんに真っ白なタオルを渡した。
「ありがとう美由希」
「としみつ君もお疲れさま」
「ありがとうなのはちゃん」
なのはちゃんからタオルを受け取り、顔から腕まで噴き出した汗を丹念に拭いた。
「ねえ、としみつ君朝ごはんまだでしょう。家で食べてかない?」
「いえ、お母さんの迷惑になりますし」
なのはのお母さん、家だけじゃなく店も切り盛りして大変なのに一人分も追加して迷惑になるだろうし。
「大丈夫私も手伝うから」
「いえお構いな、グウ~」
……今の音って俺の腹がなった音だよな。実際腹も減っているし、う~んもう本能に従おう。
「じゃあ、いただきます」
「じゃあなのは先に家に戻ってようか」
「うん。じゃあとしみつ君またあとでなの」
美由希さんとなのはは先に道場から出て行った。恭也さんが近づいてきて話しかけてきた。
「としみつ君、毎日とは言わないが頻繁に家に遊びに来てくれないか」
「え?」
「家のことは、なのはから聞いたかい?」
「はい。……その」
「なのはは、いい子なんだが、もう少し5歳児として振舞ってもいいんだが、家がこんな状態だから……」
恭也さん、なのはちゃんのこと心配してたんだ。
「でも昨日、なのはが友達と遊んだって、久しぶりに笑顔で帰ってきて嬉しかったよ」
「だからこれからもなのはのことよろしく頼むよ」
ゆっくりと恭也さんが右手を差し出してきた。こんなこと言われたら答えることは一つだ。
「はい!あと、できればまた剣のこと教えてくれますか?」
「もちろん。でも手加減はしないよ」
「はい!」
俺は、恭也さんが差し出した手を5才の手であるが、力を込めてがっちりと握った。
そうだ、俺は女の子の笑顔にしたいし、その笑顔を守りたいんだ。そのためには力をつけなければ、力をつけるために苦労は避けて通れないんだそれくらいの覚悟はできている。
「じゃあ、そろそろ家に入ろうか」
「はい。恭也さん」
あの後、俺は少しなのはと遊び、昼ごはんまでご馳走になった。その後急に眠気が誘い、気付いた時には、日が傾きかけた頃で家に帰宅した。
「母ちゃんただいまー」
「おかえりとし、高町さんから電話が来て今日朝とお昼ご馳走になったんだって?」
「ああ」
「じゃあ後で何か御礼をしなくちゃね」
「いや、お礼はしなくてもいいってなのはのお母さんが」
「うい~すただいま~母ちゃん。お~、とし~おめぇも帰ってたのか」
障子が突然引かれると、父ちゃんがこんな夕方前に帰ってきた。フンフンなんか酒臭えぞ父ちゃん。
「父ちゃんたら、友達のところへ行ってこんな時間に酒を飲んだのかい」
「い~じゃねえか」
あきれ返っている母ちゃんを尻目に、父ちゃんはちゃぶ台にもたれ掛け、何かを取り出した。
「父ちゃんそれはなんだい?」
父ちゃんが取り出したものそれは剣の形をしたアクセサリーだった。
「あ~これ友達がよぉ。古いものが好きで、大体の物があんまり価値の無いものだと思うから好きなものを持っていってくれってこれを選んだんだよ」
骨董収集家なのか。けど、父ちゃんがそんな洒落たものを選ぶなんて珍しいな。てっきり壺か絨毯とか、使えそうなものを選ぶかと思ったんだが……
「なんで壺とか選ばなかったんだい? 価値がなかったら漬物入れにしようって持って帰るかと思ったんだけど」
「それがよう。壺のほとんどがひび割れていて、使えそうなものはみんな小さくて使えそうになかったのよぉ」
つまりそこにあるものが、全部家に持って帰っても使える物じゃなくて、それだけがまともそうだったわけか。
「じゃあ俺、部屋に上がっておくよ」
なにせ今日は、恭也さんと剣術の稽古をしたし、今日の稽古の復習でもしようかな。
「とし、ちょっとお待ち」
母ちゃんが、黒い小さな袋を差し出した。
「とし、これをお守りとして持っておいき」
「え?」
「あたし達、店であまりお前を見守ることができないからこれを母ちゃん達だと思って持っておいき」
なんか唐突だなぁ。まあ何かを信じれば何かいいことが来るかもしれないし持っておくか。
「うんわかった」
「母ちゃん、あの袋の中に何が入ってるんだ?」
「さっきのアクセサリーだよ。あんなこ洒落たもの、あたしが持っていても宝の持ち腐れだし。としに渡した方がいいと思ってね。剣のお守りって縁起がいいものだし」
何か父ちゃんと母ちゃんがひそひそと話していたが、さっさと上にあがって行った俺には聞こえなかった。