つぐみちside
今朝の俺の心境は、さわやかな天気とは真逆にどんよりと曇っていた。まず一つに、昨日の停電の影響で冷蔵庫が止まったことで、やはりいくつかの食料品がだめになった。特に、毎日飲んでいる牛乳が腐ってしまったため、今朝はトーストしてない食パンとぬるい水と最悪の朝食だった。。停電は今日の昼ごろに直るそうだが、帰ったら他のものも捨てなければならないとブルーな朝だった。
さらに追い打ちをかけるように、眠い目をこすって朝は5時に家を出て、あのフェレットがいる動物病院へ向かったら、動物病院が黄色の捜査テープで立ち入り禁止になっていた。近所の野次馬達の話を耳にしたら、昨晩車か何かが病院に突っ込んで、その拍子で病院の塀・壁だけでなく電線も切れたらしい。そのために停電も起きたらしい。せっかくの早起きも、まったく無意味に終わってしまい足取り重く通学路を歩いているわけだが、重要なことは、あのフェレットの様子が全く分からなくなってしまったことに大きく落胆したのだ。
「アリサ、すずかおはよう」
教室に入って挨拶するなり、二人がなにやらあわてた様子でこっちに近づき捲し立てるように話しかけた。
「つぐ昨日のこと聞いた?」
「昨日?」
「昨日行った病院で車の事故があったみたいで、壁が壊れていて。」
それはもう俺が、今朝直に見に行った――なんて言い出せなかった。この二人は全く聡明で、俺がうっかり口を滑らしたら、なんで今朝病院に行ったのかを二人に説明するのに苦労するからだ。
「あのフェレットが無事かどうか心配で……」
「事故に巻き込まれないといいんだけど……」
すずかの発した「事故に巻き込まれる」という言葉に、むしろその方が良いと思わず魔が差してしまった。あの怪我で再び事故に巻き込まれてしまえば、さすがに行動できないだろうと思ってしまった。
「おっはよー」
俺達三人の暗い雰囲気を無視するかのように、なのはが陽気に挨拶をして登校してきた。
「なのはちゃん、昨日行った病院で事故があって……今日あのフェレットが無事か見に行こう!」
すずかが、なのはが登校してきたのが分かると、なのはにそう提案した。アリサもすずかもペットを飼っている身分からか、動物の安否を案じるのは当然のことのように少し大胆なことを言い出すのだと思わず感心してしまった。放課後もおそらく捜査テープが張られたあの病院を見に行くなど、もしかしたら悲惨な光景が見えてしまうかもしれないと言うのに。
「そのフェレットのことなんだけど、わたしが道を歩いてたらその子と偶然出会って、たぶん逃げたしたみたいなの。」
「「「ホント(か)!!」」」
ほぼ同時に、俺達三人は同じ言葉を発したが、俺の場合は、驚嘆の意味の言葉だった。
「う、うん。今は家にいるの。あの子飼いフェレットじゃないみたいで、当分の間うちで預かることになったよ」
「そうなんだ」
昨日のメールで、分かっていたことだが、あのフェレットがなのはの家に!? しかも、あのフェレット自らなのはの下に向かったとなればますます怪しく感じた。一方で、話題はフェレットの名前を決めることにまで発展していたが、すでになのはがユーノ君と決めてしまったようだ。しかし、なぜかなのはは、アリサが「でもどうしてその夜、あんたは外に出てたのよ」と質問したら、渇いた笑いで誤魔化すと少し挙動不審な状態であった。
「あっ、みつる君おはよう」
なのはが、みつるを見つけ挨拶をした。だがさっきのなのはのその目は、何か他の話題を見つけなければと目をキョロキョロと動かしていた。
みつるが挨拶をしようとした矢先に、としが廊下に積っていた砂・埃を撒き散らせて滑り込んできた。突然現れたバカにみつるは、両手で胸を押さえていた。
「び、ビックリした~」
「あんた朝から何やってんのよ!」
「いや~ちょっと寝坊しちまってな、ちょっくら家から走ってたんだよ」
みつるが肝を冷やしたことをアリサが咎めたが、教室の方は全く異なり、バカのことをやんややんやと褒め称えていた。
「すげーぞ、とし! 今年の校門から教室までのタイム一分四十八秒と新記録だぞ」
「よっしゃー次は三十秒を切るぜ」
としが、全く反省の色を見せてない様子に、アリサは憤慨し、すずかが宥めさせていた。俺は、あのフェレットをこの後どうすべきか考え頭を掻いた。
今日は、塾がなくいつもであればゆっくりと遊べる放課後であったのだが、そんな気分にもなれず途方に暮れてながら、帰りの通学路を歩いていた。
件のフェレットが、なのはの家にいる事実が最も頭を悩ませた。あのフェレットがもしも魔法が使えたとしたら、高町一家に被害が及ぶ。だが、もしあのフェレットがただのフェレットだとしたらという可能性もある。接近できるがその後の行動をどうすべきか、もどかしさが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
《―――》
……なんだこの感じは? 昨日とは違う感じだった。昨日のような声ではなく、何かが目覚めたような強い波長を感じ取った。
「グオオオオォォォォン」
なんだ!? 突然、地鳴りのような咆哮が辺りに響いた。ふと、横を向くと、長い石階段があり、その上を見ると鳥居があった。……神社の方か。石階段を一段飛ばしで駆け上がるごとに、心臓がぽつぽつと嫌な汗をかき始めていた。
石階段を昇り終え、息をつく前に境内を見渡すと、そいつはいた。犬のような外見だが見積っても2メートル以上の体格で、その顔には四つの目と不釣合いな牙が出ていて見るからに好戦的だ。俺はすぐに、参道にある石灯篭の陰に隠れた。どうやら、こっちにはまだ気づいていないが、こんなやつが神社から出て、町で暴れたら大変なことになる。
俺は、あの化け物に気づかれないように小さくウィンザーに話しかけた。
「ウィンザー初めての実践だが行くぞ」
〈Yes,Sir〉
その時だった。鳥居の方に見覚えのある人影が見えたのは。特徴的な栗色の髪とツインテール、そして俺と同じ聖祥大付属小の女子の制服。あれは……なのは!? なんでこんな時に! 思わず、俺は大声でなのはに向かって叫んだ。
「なのは!逃げろ!」
「えっ!? つぐみち君、なんでここに?」
それはこっちのセリフだ! と言いたかったが、その時俺は完全に悪手を踏んでしまった事に気付いた。俺が、大声を発した事に化け物が勘づいた。未だに、なのはは状況を把握してないのか戸惑っている。そして、化け物の視線がなのはに向き、その方向へと駆け出した。
「ウィンザー、セットアップ!」
〈Stand by ready.Set up〉
数秒とかからないうちにバリアジャケットに着替え、石灯篭から飛び出した。無論、俺の脚ではあの化け物の速度に追いつかないのは明白だった、しかしドッと俺の背中に向かって突風が吹き、突風に乗って化け物より先になのはの前に躍り出た。あの突風は、偶然ではない、魔力変換資質と呼ばれる物で俺自身が起こした風だ。数年前までは、力ませないと発動できなかったが、今はこうして無意識に風を操れるようになった。
腕輪の形をしていたウィンザーが大鎌の形に変化すると、その鎌で俺は化け物に切り掛った。ウィンザーの鎌は、歯にかすりもしなかったが、同時に起こした風が化け物を吹き飛ばし、林の方へと飛んで行った。
「なのは! 大丈夫か!」
「つぐみちくん、それ……」
「グルルルル」
息をつく暇もなく、あの化け物が林の方から現れた。やはり風の魔力変換資質だけでは倒せなかったわけか。
「なのは、早く逃げろ!」
「わ、わたしも手伝う!」
「バカ! お前があんな化け物と戦えるわけが――」
なのはが、首元から赤い小さな宝石を取り出すと、宝石は金色の杖と柄の部分の中心にさっきの宝石と大きさは異なるが赤い宝石がはめられた杖にへと変化した。あの杖――もしかしてデバイス!
「なのは、おまえも……」
「グギャアア」
俺が、なのはに代わって目の前の出来事に驚愕したその時、化け物が俺達の方にへと襲い掛かってきた。
「なのはバリアジャケット《防護服》を!」
「はぇ!?」
しかし、化け物が目標に定めたのは俺の方だった。それに気づいた時には、もう防御を取ることも回避するのもできないほど接近されていた。
「シールド展開!」
直前。あのフェレットが、俺の前に立ち二足歩行で魔法陣を発動させた。間一髪のところで、シールドが展開され化け物に襲われるのを防いでくれた。
「なのは! 今だ。バリアジャケットを!」
あのフェレット、いやユーノがなのはに向かって叫んだ。すると、一瞬にしてなのはの服は、うちの制服のような白を基調として胸に赤い大きなリボンが付いている服に変わっていた。
「グオオオオ」
化け物は、ユーノが展開したバリアに何度も突進したが、バリアを抜ける事はなかった。しかし……あの化け物をバリア一つで防ぐなんてなんつー防御力と魔力だ。おっとボーっとしている場合じゃない。俺は、ウィンザーを鎌から槍にへと変化させた後、再び風を展開させて、その風圧に乗って助走をつけて化け物に槍を振るった。
「喰らえー!」
ユーノの展開したバリアに阻まれて前へ進めなかった化け物は、攻撃を避ける暇もなく直撃を食らい、神社の脇にへと吹き飛ばされた。
間髪いれずに、今度はなのはが、杖の宝石が付いている方を化け物の方に向け、杖の先端に桜色の光の球が集まり始めた。怪物は、「ガウゥ」と吠えたのが最後だった。
〈Divine Buster〉
光の球がバレーボールぐらいの大きさになった途端、光は一条の光線となって化け物に直撃した。化け物は、ゆっくりと横に倒れ動かなかった。おいおい、砲撃魔法一発で倒すだなんて、あれは才能なのかそれとも努力のたまものなのか。なのはが繰り出した砲撃魔法の威力に、俺は素直に感心してしまった。
「つぐみちくん、ここはわたしが。レイジングハートお願いね」
〈All right.Sealing mood.〉
「リリカルマジカルジュエルシードシリアル十六封印!」
なのはが呪文を唱えた後、化け物から小さな宝石が出現し、なのはの持っている杖がそれを取り込んだ。
「ふぅ」
「なのは……お前も魔導師だったのか」
「え、ま、まどうし?」
「あと、そこのフェレット、お前昨日のフェレットだよな。さっきは、ありがとうな。だけど、事情は説明してくれよな」
「う、うん。」
ユーノが、俺に昨日の事も含め今起きていることを説明した。さっきなのはの杖が取り込んだ物、ジュエルシードという願いを叶えるが力の調節が不安定である危険な代物を発掘し、それを運んでいた運搬船が何らかの原因でこの町に落ちてしまい責任を感じユーノ一匹で回収しようとしたら返り討ちに遭った。たまたま地球人として珍しく魔力を持っていたなのはが助け、昨日もなのはがユーノからデバイスを渡されジュエルシードを集めることを手伝うことになった――というわけだ。
「なんつー危ない物発掘したんだ」
「ごめんなさい」
「で、でもユーノ君のせいじゃないんだよ」
「わかっている。けど、そんな危ないものを一匹で回収しようなんて無茶過ぎるだろ」
事の重大さと自分の無謀さを指摘されてユーノはうなだれた。
「だ、だからわたしがユーノ君のお手伝いをしようと」
「昨日魔導師になったばっかりのお前も含めて危ないんだよ。お前は少し鈍くさいし」
たしかに、なのはは先ほどの見た通り強い魔力を持っている。しかし、運動神経抜群というわけではない。さっきの化け物のように動きまわなければならない敵もいるだろう。それに対応できるのかという意味だったのだが、なのはは、不服そうに頬を膨らましていた。
「俺も手伝ってやるよ」
「えっ!? ダメですよ。これ以上関係ない人を巻き込みたくないですし」
「バカ。こんなことを知って、はいそうですかってできるかよ。こっちは五歳のころから爺さんに鍛えられてきたんだ。一緒にやれば早くジュエルシードを見つけれるだろ」
「あ、ありがとう」
「つぐみち君。わたしからもありがとうなの」
「ただいま」
俺は、神社での騒動が終わっった頃にはもう辺りは暗くなり帰宅した。玄関を見ると靴がもう一足あった。母さん、久しぶりに帰って来れたんだ。少し嬉しくなり、靴を放り出したまま居間へのドアを開けた。
「つぐ、お帰り」
「ただいま。母さんもお帰り」
居間にあるダイニングキッチンでは、肩まで短く切った白髪が蛍光灯の明かりでキラキラと輝きながら夕食の準備をしている母さんの姿があった。
「母さん、晩御飯の後でも良いから話したいことがあるんだ」
「わかったわ。じゃあご飯ができるまで宿題を済ませてきてね」
俺はうなずいた後、居間から出て自分の部屋へと向かった。できれば、居間で宿題をやりたかったが、今日起きた出来事を整理したい気持ちがあった。自分の部屋に入ると、机に付属している椅子にもたれかかり、今日の事を頭の中で整理しながら宿題をやり始めた。
「それで、話って何つぐ?」
夕食の後、俺は、食卓をはさんで母さんに今日の事を話した。ユーノの事、ジュエルシードの事、そして今後なのは達とジュエルシード集めを手伝うこと。母さんの父――俺の爺さんは、ミッドチルダという地球とは異なる世界で管理局という警察機関で教官をしていたので、母さんも魔法のことを知っていた。そういうこともあって、話はすんなりとできた。
「……そう、魔法のことはお父様から聞いているから信じるわ。お母さんは、魔法が使えないし、管理局に連絡する手段も知らないから、無責任だけどそれが最適かもしれないわね」
爺さんは、ミッドチルダからこっちに移り住む時に、向こうとの連絡手段や移動手段を絶ったようで、母さんも小さい頃の記憶でしか覚えてない。俺自身、ミッドチルダがどんな所かも知らないのだ。
「でもね、つぐ一つだけ私から言うことがあるの。」
「はい、母さん」
しばらく沈黙が続いた。一体どんなことを言われるのか、俺自身内心はらはらした。そして、母さんが口を開くと沈黙が破られた。
「……怪我だけはしないでね。その、ジュエルシード……だっけ?それを集めるのに絶対危険が伴うわ。でも、つぐもなのはちゃんもそれをわかって、ご近所を守るために集めているんでしょう」
「うん」
「覚悟も大切だけど大怪我をしたら覚悟も元も子もないのよ」
「わかった。肝に銘じとくよ母さん」
母さんは、椅子から立ち上がり反対側に座っていた俺に優しく抱擁した。その時、ふわりと優しい匂いがした。いつもこの匂いを嗅ぐと、強張った感情が一気に落ち着ける。
「母さんはね、つぐには普通の男の子と同じように過ごしてほしかったの。けど、つぐにはたまたま魔力が備わっていて、お父様はつぐに魔導を伝授するんだって嬉がったけどお母さんはそれが嫌だったの……」
俺は、顔を少し上げ、母さんに言った。
「母さん、俺はお爺さんに魔導を教わるのが最初は嫌だったんだ。でも鍛えていくうちにこれが俺の力なんだって思えるようになって、もし嫌ならお爺さんが亡くなった後すぐにやめているよ。この力で友達を守れるようにしたい、助けたいって思った。それが今なんだ。さっき言ったように、危ないことや怪我だけしないように努めるよ。なのはにもそう伝える」
俺はそう言い、そっと母さんに抱きついた。
第七話「神社での誓い」 完