OVERLORD+Dovahkiin 作:三時のおやつ丸
その日の昼頃に冒険者組合の扉を開いて大きな袋を背負った奇妙な鎧の大男――ドヴァーキンが入ってきたのを見た時、受付嬢は少なからず驚いた。
昨日の、ちょうど同じくらいの時間に狩りに出たはずの冒険者だ。
モンスター狩りに出た冒険者が日をまたいで翌日に帰ってくるというのは、かなり珍しい。
郊外で自主的なモンスター狩りに勤しむ冒険者というものは大抵、わずかばかりの獲物を持って日暮れ頃には帰ってくるか、何日も狩りを続けて大物を引っ提げてくるかの二択だ(モンスターにあっさり殺されるというパターンもあるが――受付嬢はこれについては考えなかった)。というのも、それ以外の方法ではどうしたって採算が合わないからだ。自主的なモンスター狩りというのはほとんどが依頼だけでは食べていけない銅~銀級の、実力的にも大したことのない冒険者達が日銭稼ぎに行うものというのが常識だ。まともな依頼よりも下手をすれば命の危険が多い上に、時間当たりに稼げる金額はかなり少ない。本当にその場しのぎの一時的な金策なのだ。そのうえで日が暮れるまで狩りをして野営で一泊、なんてことをすれば、その事前準備などに当然お金がかかる。日数が増えればそれだけ出費もかさむ。収入は場合によってはマイナスになる。
赤貧の低級冒険者たちはそのような事態を非常に嫌う。その為、彼らは狩りに出てもその日の宿代を少し上回るくらい稼いだらさっさと帰ってくる。稼げなくとも、無駄な出費を抑えるために日が暮れるころには帰ってきて、なけなしの貯金に泣く泣く手を付けてその日をやり過ごすのだ。
ドヴァーキンが昨日の内に帰ってこなかった時、受付嬢は彼が銅級で、しかも一人で出て行ってしまった為に、モンスターにやられたのではないかと少し心配した。運悪くオーガにでも出会ってしまったか、あるいはゴブリンだって、一匹一匹は大したことがないが取り囲まれてしまえば殺されることもある!
そんな風に妄想をたくましくしていたが、彼一人の心配はしていられない。冒険者組合の受付とは多忙なのだ。業務をこなしていくうちにドヴァーキンのことは頭の隅に追いやられていき……そして今日だ。
珍しいタイミングで帰ってきたな、と少々の驚きと共に彼を出迎える。見れば傷らしい傷も負っていない。一日頑張ったけれど成果が上がらないから帰ってきたというところだろうか? まあ新人にはよくあることだ。これにめげずに今後も頑張ってほしい。
そんなのんきな思いは、ドヴァーキンが背負った袋を重たい音を立ててテーブルのに下ろした時に吹き飛んだ。
袋の中にはパンパンに詰まったゴブリンの耳、耳、耳。たまにオーガと思われるものもある。
開いた瞬間思わず「ひぇっ」と声が出た。
「こっ、ドヴァーキンさん、これは……!?」
男はそれに何でもない調子で答えた。何かおかしいことしましたか? とでも言わんばかりだ。
「見ての通り、ゴブリンと、あとオーガとか言うんだったか? それの耳だが。……もしかして、持って帰るのは耳じゃなかったか?」
ドヴァーキンは全く見当違いの心配をしているらしかった。大きく首を振る。
「いやいやいや、耳で合ってるんですけど、そうじゃなくて!」
「? 合ってるのなら精算を頼む」
「ですからね……!」
そこで、受付嬢は自分の声が組合の耳目を集め始めていることに気が付いた。隣の受付は心配そうにこちらを見ているし、冒険者も何かトラブルかとざわめいている。ドヴァーキンの後ろに並んでいる者達などは、彼の獲物の量に驚きながらも早くしろよと言わんばかりだ。
気まずい。
「わ、わかりました! ちょっとお待ちください! 数を計算してきますので……!」
結果、受付嬢はとりあえずその場から離れることを選んだ。返事を待たずに重い袋を両手でなんとか持って奥に引っ込むと、即座に休憩中だった先輩に泣きつく。
事情を説明すると、切れ長の目が印象的な先輩はとりあえず手伝うから、と慣れた手つきで耳のカウントを始めた。慌てて受付嬢も袋から耳を取り出して数える。先輩は流れるような淀みない手つきだ。なめらかで素早い。その手を止めないまま、先輩はとりあえず、と前置きして口を開く。
「一日で、一人でこの量っていうのは、まあ異常よね。一応、他人の成果を奪ってないかどうか調査する必要は……ないか、これだと」
「奪ったっていうのはないでしょうねー」
それはドヴァーキンの人柄がどうのという話ではなく、もっと客観的な、リスクとリターン、それから効率に基づく話だ。これだけの量のゴブリンとオーガでは、他に狩りに出ているチームを10襲ってもきかないだろう。とても手間に見合うものではないし、一人でそんなことが出来るなら普通に狩った方がずっと実入りがいい。
二人ほぼ同時に、カウントが終了する。
「よし、ゴブリンが62でオーガが3」
「ええっと、ゴブリンが23にオーガが4です」
「合わせてゴブリン85にオーガ7か……銀貨12枚。とんでもないわね。違法行為はしてないと思うけど、量が量だし一応報告は上げときましょう。私がやっとくからあなたは報酬を渡しに行って」
「了解です」
支払うべき報酬を用意して、早足で受付に戻る。先輩の助けがあったからかなり早く済んだが、それでもだいぶ待たせてしまったはずだ。気を悪くしていないといいのだが。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬です。ゴブリンが1匹銅貨2枚、オーガが1匹銅貨10枚で、合わせて銀貨12枚です。ご確認ください」
硬貨を革のトレイに載せて差し出すと、ドヴァーキンは「そうか」とだけ言って、報酬を手に取って数え、まとめて懐に突っ込んだ。どうやら待たせたことで機嫌を損ねてはいないようだ。心の中だけでホッと息をついた。
「そういえば、取ってきた耳はどうなるんだ?」
不意に、ドヴァーキンがそんなことを言う。受付嬢は予想外の質問に面食らったが、なんとか表情には出さなかった。
「ええと、基本的にはこちらで処分する事になっているのですが、必要でしたら持ち帰ることも可能です。ゴブリンとオーガの耳でしたら、そのままお渡しできますよ」
一部のモンスターの素材には特殊な薬効を持っていたり武器防具の素材として優秀なものもあって、そういったモンスターは当然ながら報酬も高いが手元に素材を置く場合はその分報酬が減額されてしまう。ということを説明すると、ドヴァーキンは納得した様子でゴブリンの耳を20とオーガの耳を全部返してくれ、と告げた。
少々お待ちください、と言い置いて、手の空いた職員に素材を持ってきてもらうように頼むと、程なくして指定の素材がドヴァーキンに差し出される。ドヴァーキンは数を数えながら「ありがとう」と礼を言って、そのままゴブリンの耳を一つ口に入れた。
受付嬢の時間が止まる。
「はっ? ……ぁぁ?」
「体力破壊とスタミナ回復と……おかしいな、二つだけか?」
ドヴァーキンが何か言っているが、耳に入らない。周囲を見渡す。自分以外の受付は忙しく働いている。近くの冒険者たちも、それぞれの用件にかかりきりでこちらを見ている暇などないようだ。ドヴァーキンの後ろに並んでいた者達はとっくに他の受付が処理している。時間が掛かっていると判断されたのか、新たに並んでいる者は一人もいない。遠くの方にいる冒険者たちは、受付のことなどどうでもいいらしい。
つまり、今のを見ていたのは自分だけ。
……いや、本当に自分は『見た』のだろうか。
目を閉じ、眉間を揉む。
何かを見間違えたのかもしれない。そうだ。ゴブリンの耳を口に入れるなど、いくら何でもありえないだろう。思えば最近疲れていた。懐にしまったのを見間違えたか何かなんだ。
受付嬢がそう思い直して、営業スマイルでドヴァーキンの方を向く。
ドヴァーキンはオーガの耳を口に入れていた。咀嚼している。
「マジカ破壊と、おお、疾病退散。……やはり二つだけか」
「……」
受付嬢はもう何も言わなかった。ドヴァーキンが何か呟いているのも右から左だ。
報酬を受け取った彼が背中を向けて去るのを、ただ黙って見ていた。
次の冒険者が彼女を現実に戻すまで、ずっとそうしていた。
○
「なぜ2つだけだったんだ?」
屋台で買った大きな串焼きを野外ベンチで食べながら、ドヴァーキンは先程の素材の鑑定結果に首をかしげていた。あの耳が二種類とも錬金素材に使えそうだったので引き取ってついでに素材効果も確かめたのだが、いつもなら口にしただけで4つは薬効が分かるはずのところ、今回は2つだけだった。
いつもと違う場所で採れた、いつもと違う素材だからか。錬金素材の薬効とは、つまりは素材に蓄えられた魔法の効果のことだ。ゴブリンやオーガの耳の中にはそのくらいの小さな魔法しかなかったのかもしれない。もしくは別の世界の素材であるために、知っている効果でも判別できなかったのか。
あるいは……。
「未知の効果があるのか」
まだ湯気を立てる豚の塩焼きを豪快に食いちぎる。噛み応えのある肉とたっぷりの脂が、粗食に慣れ切ったドヴァーキンの舌を喜ばせる。一本目を食べきったところで、すぐ二本目に取り掛かる。今度は香草焼きだ。刺激的な香りが胃袋をくすぐった。持っていたパンで大きな塊を3つサンドして串から抜き、かぶりつく。
(ともかく、使ってみるか……)
適当に薬を作ってみればそのあたりの疑問もはっきりする。となれば、錬金台が必要だ。他の冒険者の会話を少々盗み聞きして、この世界にもポーションというものがあるのは確認していた。ならば錬金台もその辺の店に置いてあるだろう。食事が終われば早速借りに行こう。ゆくゆくは自分の錬金台が、いやそれに留まらずアルケイン付呪器や鍛冶場も備えた自宅が欲しいが、今の段階では夢物語だ。昨日の山賊の洞窟は広くて使いやすくはあったが、設備が最悪だった。錬金台も付呪器も鍛冶場もない。まとまった数のチェストもない。本棚やマネキンや飾り棚なんて気の利いたものは望むべくもない。一夜を明かすくらいならまだしも、とても自宅としては使えない。
(そういえば、あの女性達はどうなったんだろうな)
あそこの山賊達は女を捕らえて慰み者にしていた。捕らえられていた者まで無理に殺すこともないかと思い、また70人近く殺して流石に気疲れしていたのもあってそのまま解放したのだが、えらく感謝された。殆どは眠っているか気を失っていたのでそのまま置いてきたが、今頃どうしているのだろう。空っぽになった山賊のアジトで新しい生活を始めているかもしれない。
そんなことを考えながら二本目の串焼きとパンを完食する。おもむろに取り出した蜂蜜酒で喉を潤して(もちろんホニングブリュー謹製の上等な蜂蜜酒だ!)、三本目の串焼きへと手を伸ばす。ずっしりと重い。これもまた香草焼きだが、今度は羊肉だ。この濃い味の肉は蜂蜜酒と実によく合う。香草のおかげで臭みも気にならない。
しかし、とドヴァーキンは考える。
錬金台を借りに行くのはいいが、どこへ行けばいいのだろう? 自分はまだこの街に詳しくないし、おまけにここは広い。やみくもに探していたら日が暮れそうだ。組合に戻って聞いてみるべきか……。悩みながら串焼きを味わっていると、近くを4人組の冒険者チームが仲良さげに会話しながら通り過ぎた。全員首元のプレートは銀。そこそこの冒険者だ。ちょうどいい、とドヴァーキンは咄嗟に串焼きを置いて、先頭を歩いていた金髪碧眼の男に話しかけた。この冒険者たちに聞けば手っ取り早い。
「なあ、すまない」
「はい? ええっと、あなたは……?」
「お、あんたの事、知ってるぜ。ドヴァーキンさんだろ? 新人の。妙な鎧着てる」
先頭の男が戸惑っているのを見てか、後ろを歩いていたひょろ長い男が声を上げた。装備から見るに野伏だろうか? 同時に指差されたのは、ドヴァーキンのスタルリムの鎧だ。なんとなく気付いていたが、こちらではスタルリムはよく知られたものではないらしい。
「おお、この御仁が……」
ひょろ長い野伏の隣、がっしりとした髭面の大男が小さく呟く。そのさらに後ろに、背丈ほどもある杖を持った小柄な青年――顔立ちからすると少年と言った方が近いだろうか?――がいたが、そちらはドヴァーキンを興味なさげに見るばかりで、整った中性的な顔にはどんな表情も浮かんではいなかった。
「ああ、そのドヴァーキンだ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかな」
「ええ、構いませんが……」
「良かった。実は錬金術師の店を探してるんだが、街に来たばかりでよく分からないんだ。腕が立つような錬金術師を知ってたら教えて欲しい」
「錬金……ああ、ポーションですか。それなら」
男が自分たちが今来た方の道を指差す。
「あちらに少し行くと、店が立ち並ぶ職人街があります。その少し奥まったところにある『バレアレ薬品店』なら、間違いないでしょう」
「『バレアレ薬品店』か。腕の立つ職人でもいるのか?」
「もちろん。店主のリィジー・バレアレさんは王国でも指折りの薬師です。効果は確かですよ。その分、値段も少し張りますが……」
「なるほど、ありがとう。急に呼び止めて悪かったな」
「いえ、このくらいのことでしたら構いませんよ。じゃあ僕達はこれで」
冒険者たちを見送って、再びベンチに腰を下ろす。彼らの行った方向には街の門がある。これから依頼か何かで外に出るのだろうか。
それにしても和気藹々と話していて、随分と仲が良いように見えた。やはりお互いの命を預ける間柄。活動を重ねるうちに自然と親密になるものなのだろう。
自分にはああいう仲間はいなかったな、と思う。もちろんギルドの仲間たちはいる。愛すべき仲間たちが。しかしああいう風に肩を並べて冒険する仲間、無二の友と言えるほどの者は……。
(まあ、どうでもいいことか)
最後の肉の塊を齧って、蜂蜜酒の瓶を呷る。
それよりも、今は錬金の事だ。
バレアレ薬品店。リィジー・バレアレ。あの冒険者は指折りの薬師とまで言っていた。素材に対する見識も深いに違いない。とりあえず一度ポーションは作ってみるつもりだが、それでも分からないことは聞いてみるのも手だろう。ついでにこちらのポーションを買ってみるのもいいかもしれない。
食べ終わった三本の串を処分して、少しだけ残った蜂蜜酒を懐にしまう。つい飲んでしまったが、今となってはホニングブリューの蜂蜜酒も貴重品だ。次にいつ手に入るかわからない。
ベンチに深く腰掛け、空を見上げる。日はまだ高い。
満腹になった腹をさすり、少し休んでから行くかな、と考えた。