『魔法少女リリカルなのは』の外伝モノ    作:ヘチマール

3 / 8
長い後編です。
読み返してみると戦闘パートもイマイチ……


第1章 Beginning――始動―― (後編)

 りゅう は “ならない” と いい

 おそい かかって きました

 

 りゅう は からだ の しっぽ をうねらせる と

 からだ を のばし くち を おおきく ひらき ました

 

 くち から まっか な ほのお を はき ます

 ほのお は ことり に おそい かかり ことり は しんでしまいました

 

 つぎ に りゅう は うしろあし を ふみならし 

 うさぎ に とび かかり ます

 

 うさぎ は りゅう の まえあし の つめ に

 きりさかれ しんでしまいました

 

 りゅう は おひめさま に かお を むけ

 ぐるるるる と いかく します

 

 第1章  Beginning――始動―― (後編)

 

 

 ジェフトは思考を巡らしている。この遺跡が何の目的のために建造されたのか、どうしてここに位置しているのか、いつ頃建てられたのか、罠の設置の意図、遺跡の特異性、その他諸々のことに自分の思考を割り振っている。

 ロットも同様に、頭を悩ませていた。遺跡の謎もそうだが、調査及び発掘には、現地政府から指定された期限がある。余裕はあるが、調査が進まなければ、一年だろうと一日だろうと変わりはない。尤も、何か成果が挙がれば、時間にも心にも余裕が生まれるのだが……。

 テントの天井に吊るされたランタンの灯りが細かに揺れながら、二人を照らしている。

 「やっぱり『人魚姫伝説』かな」

 不意にジェフトが口を開き、キーワード的な単語を出す。

 「『人魚姫伝説』ねぇ……するとあの『扉』の向こう側は『剣士』さまの墓場だな」

 耳を傾けたロットが天を仰ぐように答える。実際、仰ぎたい状況なのだから仕方ない。

 「『墓場』でも何でもいいよ。 進んだと思ったら、すぐにストップだ」

 「嫌がらせも多いしな」

 どことなくやるせない雰囲気が漂う。

 

 第15管理世界『ポロル』は地表のほとんどが海で覆われており、海に瀕していない街は皆無に等しい。

 そしてこれだけ海に瀕しているのだ、この海を中心とする観光業が盛んなのである。事実、『チョローン』では観光客向けに様々な取組を行っている。その甲斐あってか、管理世界の中では五指に入る業績を挙げている。

 しかし、ここ最近ではその勢いを失いつつある。

 次元震――小規模なモノだが、それがこの世界に届く範囲で頻繁に起きている。

 今まで被害こそ起きてないものの、これから起きないという保証もない。このことが原因で観光客の足はピタリと止んでしまった。

 この現状を打破しようと提案されたのが『首都 チョローン 郊外サーキット敷設計画』である。敷設先に決まったのが郊外にある森林地帯である。

 計画が決まるや否や、敷設計画は早々に着工段階に移った、が着工早々に敷設地で遺跡が出土した。これが現在ジェフトとロットら遺跡発掘隊が滞在していて、調査を行っている『海底遺跡』なのである。

 このことによって、敷設計画は延期してしまった。無論それを快く思わない者たちもいる。そういう者たちが嫌がらせを発掘隊に行っているのである。

 

 「僕としては、そういうことをされると調査も敷設計画も益々遅れると思うんだけど……」

 「連中からしたら、俺らが1日でも早く居なくなった方が都合がいいんだろ。 まあ、どかねーけどな」

 ロットは不敵に笑い、決意を表す。その顔は悪ガキのそれに近い。

 「なにはともあれ、早く成果を挙げなくちゃね、お互いのためにね」

 そう謂い、ジェフトが会話に締めをつける。そして、二人はまた作業に戻る。

 突如、爆音が轟き、衝撃波が波打つ!! テントの幕が暴れ狂う。

 「っ!!」

 「一体何が起きた!?」

 二人は駆け抜けるようにテントから外へ出ていく。

 外は先ほどの爆風で負傷し、倒れている隊員たちが苦悶の声を挙げている。

 「大丈夫か!?」

 ロットが負傷している隊員に近づこうとする。

 「大丈夫ですよー」

 どこからか低い声が――上から、空中から発される。上を見上げると大男の両腕を挙げ、『魔法陣』を展開している。

 「ロット!!」

 「ちっ!!」

 「ははっ!! 防げるかっ!?」

 大男は両腕を振り下ろし、『魔法』を起動する。強い衝撃が地面に衝突し、煙が巻き上がる。

 ジェフトの呼びかけにより、間一髪のところで衝撃を回避したロットが転がりながらも体制を整える。その両手には自身の六分位の長さを持つ杖、というよりは棍が握られている。

 体を縦に向け、左足を前に出し、右手で棍の尻尾を握り、左手を腹に据え、重心を低く構えている――セオリー通りの構えだ。

 「ははっ!! 防ぎやがった。 久々に楽しませてくれそうだぜ!!」

 巻き上がった煙の中から大男が腕をブンブン回しながら、その姿を現す。嗜虐性に満ちた彼の顔が、此度の襲撃者であることをありありと証明しており、興奮しているのか、頭の血管が浮き出て茹でだこのようになっている。

 「ちっ!! テメェ、なにもんだぁ!?」

 ロットが語気を荒め、問いを投げつける、がその答えは……。

 「残念ながら『テメェ』じゃなくて『テメェら』なんだよなぁ、これが」

 「なっ!!」

 後ろから別の男の声がし、振り向く。

 「すっとろいなぁ!? 反応がよぉ!!」

 と同時に、ロン毛の二枚目の男―― クラブアームが右手をポケットに入れ、左手を柔らかく挙げている。

 ≪Double Spell ray≫

 電子音と共に、その両肩から少し離れたところに位置する『魔法陣』から二本の光線が照射され、ロットを貫こうとする。

 「ふんぬぅ!! ……おおぅ!!」

 一本目を体を捻って躱し、二本目を棍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で、空へその身を跳ばす。上空から敵の位置、ジェフトの位置、負傷者の数、周囲の状況を確認も兼ねての判断だ。顔の近くに小さいディスプレイが出現し、情報を表示していく。ロットは目をしきりに動かし、状況の把握を開始する。情報を処理するために脳を活性化させる。

 (今の俺は奴ら二人に挟まれている、ジェフトは……けっこう吹っ飛ばされているな。広域攻撃での奇襲か、反撃する間もねえな、ケガ人退避させながら戦うのはキツイな)

 「おいおい!! 余裕だっ……なぁ!?」

 大男が煽り文句を飛ばしながら、魔法陣を展開、そこから一息の間もなく発動。腕を地面からロットのいる空へ半回転させるように振り上げる。バレーボール台の魔力の塊が出現し、意思を持ったかのように右へ左へとうねり、ロットへ襲い掛かる!!

 「このおぉぉっ!!」

 ≪Set up.≫

 ロットは叫び、棍をかざすと同時に機械的な音声が流れ、魔法陣が展開し、黄色の光が彼の体を包み込む。

 そして光が拡散し、再び姿を現す。しかし、先ほどとは服装が違う。赤を基調とし、所々に金の装飾品が付いた外套、黒の長ズボンに白い馬の尻尾のような装飾が施されている黄色いブーツを履き、きわめつけは頭上にあり煌々と輝く光の輪――その出立、我々の世界で当て嵌めるなら、『斉天大聖 孫悟空』。

 魔力の塊は迫ることを忘れず、只々距離を詰める。その光景を見ながら大男は必中を確信する。頬が吊り上がる。だがその確信も、頬の吊り上がりも、なにより魔力の塊の接近が無駄に終わる。

 「そう簡単に当たるかよ!!」

 《Reflector.》

 棍で受け止め、更には物理的に打ち返そうと体を捻らせている。棍の先端は若干曲がり、小さな九の字に変形している。そして捻りを返し、打ち返す。打ち返された塊は蛇行せず、まっすぐ大男へ向かう。

 「ハハっ、やるなぁあの魔導師」

 まるでアマチュアスポーツの試合を見る観客のように自分の感想を漏らすクラブアーム。そして、チラリと大男に、奥底に笑みを隠している目をやる。大男は、必殺を一撃だったのだろうか、自分の技を防がれて激昂しており、ただでさえ破裂しそうな頭部の血管がさらに膨張している。この大男は戦闘中毒者であるが、戦闘そのものを楽しむのではなく、自分が有利に進める戦闘に楽しみを見出すようだ。

 その間にも打ち返された塊は距離を削り、衝突――寸前に大男は魔法陣を展開し、シールド系の魔法を張り、塊を真横に弾く。弾かれた塊はそのまま地面に着弾し、爆散して煙を巻き上げる。巻き上がった煙の中にロットは着地し、棍を回し、風を起こして煙を拡散させる

 「ふぅーはぁぁぁ……はぁっ!!」

 気合を入れ直すために喝を入れる、まっすぐ相手を見据えながら。

 「さて……お前らの何者なんだ? いきなり奇襲をかけてくるくらいだ、碌でもない奴らだろうが」

 気だるい感じで質問を投げかける、それはこの状況では挑発に等しい行為である。

 「ああん!? 誰が答えっ……」

 「まぁ待て、オルグ」

 ののしり返そうとする大男――オルグと呼ばれた男を制止し、クラブアームは余裕でシニカルな表情でロットを見返す。

 「俺の名前はスナイダー、スナイダー・クラブアーム。ただの盗掘屋さ」

 「余裕だな!! 答えるなんて……なっ!!」

 右手から黄色の魔力弾が放たれる。

 迫りくる魔力弾をクラブアームは右手を前に突き出し受け止めようとする――少なくともそう見えた。が、魔力弾は、シンメトリカルという単語を表現するかのように、真っ二つに割れる。

 「ちっ!!」

 「ダメじゃないか、言葉の質問には言葉で返さなくちゃ。じゃなきゃ……」

 クラブアームは姿を消す。彼が存在していた足場には砂煙と魔力素の残滓がかすかに舞い上がっていた。

 「脳みそいらないでしょ?」

 発言の終わりと同時に姿を現す、ロットの背後に、瞬間高速魔法で。そして右手の突きを繰り出す。ロットはその奇襲を躱そうとする。現れたのは背後、声をかけられたのがその証拠である。故に膝の屈伸と足首を器用に使い、前に跳ぶ。斬撃(刺突ではないのか?)が後ろ髪をかすめ、髪の毛数本が横から切られたかのように舞う。 

 (ぬかった!!)

 頭がこの回避行動の結論をはじき出した。

 前に跳んだロットの目に映ったのは迫りくる大男オルグ、視界の端から見える相手を回避不可能な状況に陥らせるには十分すぎる量ほどの魔力弾の弾幕。

 鈍い音がし、オルグの斜め下から体重の乗った肘が鳩尾にめり込む。激痛が数瞬体に走り、肺の空気が一気に抜け、吐き気を催す。しかし攻撃は次の段階に移り。オルグは両手を組み高らかに上げ、反時計周りの要領で回し、ロットの腹部を起点に打ち上げる。打ち上がったロットを追うように弾幕も飛翔する。

 (やばい……いし……き……が)

 朦朧とするロット、迫りくる弾幕、絶体絶命の危機。

 弾幕がロットに着弾しようとする。が、三本の青い光線が弾幕を貫き駆け抜ける。まっすぐ、どこまでも伸びていくのではないかと錯覚させられてしまいそうだ。

 「なっ!? なにぃぃ!?」

 「おやおや、粋なイレギュラーだな」

 オルグは大男らしからぬ頓狂な声を上げ、驚き。クラブアームは呆けた調子で感想を口にする。しかし、余裕の笑みは崩さない。そして視線をイレギュラーがいるだろう茂みへ向ける。

 「イレギュラー? それはお前たちのことだろ!!」

 イレギュラーである少年がライトグリーンの鳥の片翼のような髪型をなびかせ現れる。黄色のパーカーのジッパーは全開で、中から黒のインナーが見える。深い緑色のズボンの両腿に付いているサイドポケットには何か入っているのだろうか、膨らみを作っている。茶色のブーツで一歩一歩、力強く地面を踏みしめる。右手に持っている先端がL字型の杖がぶれずにクラブアームに向けられている。

 距離を詰めたところで少年は足を止め、再び口を開く。それと同時に上空からロットが不時着し、風前の灯だった意識が完全に鎮火する。少年はそれを確認し、怒声を上げる。

 「街で会ったときなんとな~く怪しいと思ったけど、遺跡荒しの類だったんだな……お前たち!!」

 「街で会った? うーむ……あぁ!! 少年か!? いや~気づかなかったよ、雰囲気が違い過ぎて」

 クラブアームは両手を挙げ、ワザとらしく驚く。しかし、すぐにヘラヘラした顔に戻る。

 「そりゃねぇ、怒っているからだよ!!」

 怒声に呼応して少年の足元に魔法陣が展開、杖の先端からビー玉のような青い弾丸が制御を失った機関銃の如く発射され、その体をハチの巣にせんという勢いばかりにクラブアームに向かう。

 「ははっ……ちっ!!」

 クラブアームはヘラヘラした笑みを怪訝な顔に変えながら防御魔法を発動、シールドを張り、青い弾の群れを受け止める。鉄と鉄がぶつかり合うような音を発てて、弾丸は盾を削る。すかさず少年はそれに畳みかけるように新たに術式を発動する。

 ≪Delta High-Allow≫

 前方に大人の肩幅程ある魔力の鏃が出現し、クラブアームに向けて発射される。すぐに最高速度に到達し、回避行動も盾を重ね掛けすることも許さない、慈悲なき怒りの攻撃である。

 クラブアームの目にはそれが、反対車線から高速ですれ違う対向車に見えていた。そう見えるということは、つまり害がないということである。彼の口が音を発てずに小さく動く。その瞬間!! 鏃は上から見えない何かに叩き潰されるようにひしゃげ爆散する。

 何度目だろうか、また煙が舞う。しかし、少年は煙のベールを破り、クラブアームに猿の如く飛び掛かかり杖を叩きつけようと背中から一気に振り下ろす。

 クラブアームは右手を前に差し出し、拳を握ったままの状態で受け止めようとする。杖は拳に届く前に金属同士のぶつかりあう音を出し、火花を散らして止まる。

 「!?」

 「驚くなよ、少年、いい男って謂うのは神様に愛されているものだぜ」

 「笑えないギャグだな!!」

 少年は見えない何かを弾き返し、その反動で後ろに弧を描くような感じで退がる。着地の際、ブーツの外底の摩擦で地面が軽く擦れ、雑草が潰され、引き裂かれ、土と雑草が混じり合ったモノが溜まる。体制を縦にし次の行動に移ろうとする、が。

 「俺を忘れてないかぁ!?」

 またもやオルグの弾幕による奇襲。一対二、必然的に片方が注意を惹き、もう片方が隙を突く状況になるのが定石である。故にクラブアームは言葉を巧みに使い、注意を惹き寄せ、そこをオルグが叩く。この洗練されたシンプルなコンビネーションは彼らがかなりの場数を踏んでいる証拠そのものである。

 「ちぃっ!! チェーンバインド!!」

 少年は舌を打ち、術式を展開し、左手からチェーンのようなモノを出し、一番近くの木に投げ、巻きつける。そこを基点に巻き戻し、弾幕を回避しようとする。しかし弾幕は追尾する。少年は樹に辿り着くとすぐに姿を隠す。弾幕が樹々に着弾し爆裂する。着弾した樹々は焼き焦げ、見るも無残な姿になってしまった。

 「クッソ!! 器用なゆでだこ野郎だぜ」

 「だーれがゆでだこだぁっ!? 聞こえてんぞ!!」

 「おまけに地獄耳かよ、タコのくせに」

 「ははっ、謂われちまったなオルグ……ところで少年、君の名前を聞いてなかったな。何者なんだい、君は?」

 「……マキネ、コエルニクスのトンビ=マキネ!! お前ら下衆野郎に対抗するために雇われた戦いのプロフェッショナルだ!!」

 少年――トンビ=マキネは前に出て、焼き焦げた木々を背に高らか名乗り上げる、魔法陣を展開しつつ!!

 「行儀が悪いねぇ!! 親の顔が見てみたいな!!」

 「悪党にはこれで充分だ!!」

 売り言葉に買い言葉、魔法陣は円から無数の線に姿を変え、トンビの握る杖に絡みつく。それを受け、杖は青く光る。

 《Hammer Blow》

 電子音と共に光が杖の先端であるL字の装飾品へ収束する。一目見て、一度聞けば誰でもわかる、こいつの使った魔法は接近戦用のモノだと。そして、トンビは再びクラブアームに飛び掛かる。途中、一瞬目を横に動かす。驚異的な跳躍力、しかし驚くべきことではない。

 魔導師は戦いに赴く際、己の身体能力を魔法(詳細に話すとインクリースタイプという部類に入る)で一時的に上げるのが常識中の常識、故に空を飛ぼうと、銃弾の雨の中を無傷で踊ろうと何ら驚くことではない。むしろ新暦より過去の時代には、そんな事を行う魔導師たちを、モノともしない非魔導士がいた記録がちらほら残っている。そんな人外染みた人間に対処するために開発されたモノと説く学者もいる。ともかく、我々が今、読んで、想像している光景には何らおかしいことはないのである。

 「おいおい、バカの一つ覚えに、また俺にアプローチか? 少年!!」

 呆れた声で指摘しながら、クラブアームは迎撃態勢に入る。先ほど同様に右手を前に差し出す、「受けて立とう」、まさにそう謂わんばかりの態勢で構える。

 「ガハハっ!! 兄貴、そのガキは焦っているんですよ!! 兄貴のスペシャルな力にね!!」

 「ちっ」

 喉にタンが引っかかったようなオルグの声を聞いたクラブアームは舌打ちをする。声に気が障ったわけでなく、内容に気が障ったらしい。オルグはそれに気づかず、弾幕を作成する。

 「悪いな、少年、痛めつけてトラウマを植え付けて返してやろうと思ったが、部下の失言のせいだ……死んで土に還って貰うことにした」

 「おしゃべりがスキだな、お兄さん」

 軽口と共にトンビは(クラブアームから見て)右から横に、体全体を軸にして、杖が振られる。

 ぶつかり合う音、杖を介して伝わる衝撃。しかし、仇敵へ対する手ごたえがない。やはり見えない何かによって、彼の腕へ当たっているはずの攻撃が防がれている。

 「ははっ、生まれつき饒舌なんだよな、この口はよ~」

 軽口を軽口で叩き返し、クラブアームは左手を右腕に当て、トンビを押し上げようと右足に力を入れる。

 飛び掛かった攻撃が防がれた時点で、体格差と空対地という二つの要素で、この力の押し合いはクラブアームに軍配が挙がっていた。

 トンビの体がサッカーボール一つ分ほど浮く。そこを逃さずに、クラブアームは魔法を発動。二人の間に風が周囲の草木をなぎ倒し、渦を巻くように集約する。。

 「吹っ飛びな!! 少年!!」

 トンビの体もその渦に巻き込まれ、集約が臨界点に達す!!

 《Shu-Porn》

 電子音と共にトンビがポシュンという音を発て、ロケット弾のごとく空へ打ち上げられる。勢いのあまり呼吸困難に陥る。体が大の字を描き、そのまま最高到達点まで押し上げられ、自由落下へ移行する。

 「じゃあ、少年……そのまま花火になってくれ。オルグ!!」

 「ガハハハっ!! 準備はできていますぜ、兄貴」

 オルグの周りにバスケットボール大の魔力弾が3つ形成される。各々高密度の魔力で固まっており、掠っただけでもその部分はただではすまないだろう。直撃すれば消し飛んでしまうかもしれない。

 「ふぅー、ふぅー、それじゃあ!! 消し飛びなァ!!」

 制御のために集中力を割り振っていたオルグが攻撃のために右腕を振り上げる。しかし、魔力弾は飛ばずにその身を散らしていく。

 「だから……お喋りが……スキだなってなぁ」

 「……ハハッ、やられたねぇ」

 「おごっ……あが……き……聞いてねぇぞ」

 トンビは空中で笑みをこぼし、クラブアームは乾いた声で笑う。オルグの腹部からは棒状のモノが血を滴らせて突き出ており、その背後には気絶していたはずのロットが立っている。

 「て……てめぇ、さっきまで……ハァハァ、気絶していたハズじゃ……?」

 土手っ腹に穴を開けられた――まさにそんな感じの声を気力を振り絞りながら出し、オルグは疑問を投げかける。

 「近代ベルカ式の使い手を舐めるなよ。気絶の1つや2つ、日常茶飯事だ!!」

 返答は根性論で返される。

 「そ……そんなぁ……」

 「安心しな。見た目は派手だが、急所は外してやったよ……たぶん」

 オルグはそのまま気を失い、前へ崩れるように倒れこむ。ロットは刺さっていた棍を抜き、血を掃うように二、三度大きく振り、そのまま構えの姿勢に入る。

 「ハハッ、1対2か。形成逆転されちゃったな」

 「いや、1対3だぜ!!」

 空中で体制を立て直したトンビが杖から魔力で形成されている光線をクラブアームに向けて放つ。クラブアームはトンビの言い放った言葉を頭の片隅で考えながら、同じくトンビから魔力的に放たれた青の光線を躱すため後ろに跳ぶ。しかしこれは痛恨のミスとなる。光線は地面に突き刺さり、狼煙のように霧散する。

 「チェーンバインド・プリズン」

 「ん? え!?」

 聞きなれない一声と共に、クラブアームの周りに無数の鎖が縛りつけるために出現する。はたから見れば、それは牢屋のようだった。

 「いたた、これ絶対にタンコブになるぞ」

 声の持ち主がクラブアームの後方から、頭を押さえながら苦い表情で出てきた。

 「先生!!」

 「ジェフト!! 生きていたのか!?」

 『ん?』

 「いや、吹っ飛ばされたくらいじゃ死なないよ……。ていうか、二人とも挨拶はまだなのかい?」 

 ジェフトの登場に二人の人物が歓喜の声を挙げる。ひとりは久しぶりの再会において、もうひとりは彼の生還において。そんな二人は互いのことは知らないが、お互いに「え、ジェフトの知り合い?」という感じに顔を見合わせる。

 「それで連携がとれるのかチミ達……っと、そろそろかな」

 そう謂って、ジェフトはお手製の牢屋の様子を見る。縛りあげられたクラブアームがシニカルな笑みで口を開き始めた。

 「いやー、見事なコンビネーション。俺の人生の中でもここでも見事なものは五回とないよ」

 「ケッ!! よく回る口だぜ」

 「いやホントだって!! 本当に五回とないんだぜ。だからよぉ……プレゼントをやるよぉ!!」

 牢屋が内側から粉々にはじけ飛び、中から巨大な魔法陣が展開される。

 「なんだこれ!? 魔力の密度が経験したことねぇレベルだぞ!! どうなってんだよ、ジェフト!!」

 「知るか!! 僕に聞くな!! 考古学はピカイチだが、魔導学はダメダメなんだよ、僕は!!」

 「お前、よくそれで考古学者になれたな!!」

 未知との遭遇におののくジェフトとロット。そんな二人を横目にトンビは目の前で起きている事象と、己の過去の経験を対比させ、答えを弾き出す。

 「召喚魔法……」

 「知っているのか!? 坊主!!」

 「うん、間違いないよ。あの魔力素の密度と、この肌を威圧する感じ……間違いない。召喚魔法だよ」

 トンビの指摘通り、『召喚』という言葉の意味通り、巨大な魔法陣から甲殻を纏った二本の剪刃が空を突き刺さんばかりに飛び出る。次に剪刃は魔法陣の底から、重々しい巨体を引き上げるため地面にその刃を突き刺す。

 「さぁ、ご登場だ……」

 クラブアームが言い放つと同時に、魔法陣から禍々しい紫色の甲殻を纏った巨大な生き物が、重々しく引き上げられる。

 空気が凍りつく。歴戦の勇士でさえその姿を見れば臆するだろう。

 引き上げられた体に付いている6本の足が各々地面を踏みつける。踏みつけられ地面を中心に震動が波紋状に周囲に広がる。その震動が原因か、それとも出現した怪物が原因か、鳥が、獣が、虫が生命の危機を察知し一目散に逃げ出す。

 災厄の予兆とは、まさにこのような状況のことを云うのだろう。

 「さて、皆さんのお相手はこの娘にやってもらおう……」

 そう言い残し、クラブアームは足を遺跡の方向へ、この場の決着は付いたと謂わんばかりの態度で、向ける。

 「待ちやがれぇ!!」

 ロットは張り裂けんばかりに叫び、高速魔法を用い、怨敵の移動を阻止しようとするが。

 「ロット!! 危ない!!」

 「うへ?」

 ロットの視界が急に歪む。同時に背中に鈍痛がし、Y方向で地面に叩きつけられ、地面にメリ込み、クレーターを作る。

 「ロット!!」

 「あのバケモノ蟹、速い!!」

 「ダンスが得意なんだよ、その娘は」

 クラブアームは足をスキップで進めながら、得意げに語る。巨大蟹はその身に似合わず、素早い身のこなしをするようだ。

 「お前の目的は何なんだ!? 答えろ!!」

 「その手の質問には答え飽きたんだよ、少年。察してくれると助かるんだが……」

 「あいにくだけど、悪党の心中を考えるほど大人じゃないんだ」

 「それはいかんな。相手を察してやる配慮がないとモテないぞ、女の子に」

 「余計なお世話だよ!!」

 杖から閃光が放たれる。しかしそれは怪物の足によって妨げられ、無意味に終わる。

 「ほら!! この娘のような気遣いができるとモテるぞ!! と、はい到着」

 忠臣に守られながら、クラブアームはついに遺跡の入口まで到着してしまう。

 『あっ!!』

 焦るトンビとジェフトをよそに彼は、最後の置き土産と謂わんばかりに忠臣に命令を下す。

 「さぁ踊れ、ロレンタ。そして……奴らを殺せ!!」

 命令が届いた瞬間、怪物――ロレンタは獣が雄叫びを上げるかのように、自身の双腕を高らかに上げ、剪刃を開閉し、高い音を鳴らす。

 それは殺し合いが始まる合図。

 それは弱者が強者に恐怖する合図。

 それは食物連鎖の上位が下位を捕食する合図。

 弱者で下位の二人が、強者で上位の怪物に戦慄する。

 「じゃあ。アディオース」

 クラブアームは軽薄な調子で別れを告げ、遺跡の中に入って行く。それを苦い顔で見送りながら、ジェフトはトンビに話しかける。

 「ごめんね、トンビ。とんでもないことになっちゃって……」

 「先生……」

 トンビが心配そうな顔になる。ジェフトはその顔を見て、目を瞑る。

 一瞬、間を置いて、目が再び開かれ、口が動きだす。

 「トンビ、君は撤退して、警ら……いや、管理局に救援の要請をするんだ」

 「な!! なに言ってんだよ、先生!!」

 「いいかいトンビ。よく聞くんだ。僕はロットを救出して、奴を引きつける。

 その間、君は安全な場所に避難して、正確な状況報告をするんだ。中継役もPMCの立派な仕事だ」

 「……遺跡は、遺跡はどうするんだよ!!」

 「諦めよう……」

 「そんな……」

 苦笑いで答えるジェフト。状況が状況なだけに、無茶ができない憤りが顔に表れている。トンビはそれを見て、顔を沈める。

 「仕方がないよ。今回は運が悪かった……他にもいろいろあるしね」

 「……」

 その言葉を聞いて、トンビは黙り込む。不満の色が顔に表れる。

 

 (“仕方がないよ”、“今回は運が悪かった”)

 トンビの頭の中でジェフトの声が響き渡る。その声には、言うまでもないが、諦観の色が表れている。

 (仕方がない? 運が悪かった? たったそれだけで、今までのことを諦めていいの?)

 人は抗えない不条理に直面した時、歩みを止め、歩いてきた道から別の道へ切り替えてしまう、未練を残したまま。

 (先生は今まで頑張ってきたんだろ? 見習いから始まって、学校でたくさん勉強して、やっと現場のリーダーになれた。今回の遺跡発掘が成功すれば、研究のために必要な資金や施設が提供してもらえるかもしれないのに……)

 トンビはジェフトの夢を知っている。そしてそのために努力を重ね、苦労をし、困難を乗り越えてきたことも知っている。故に今回の遺跡調査の際、PMCを通してだが、自分に護衛の任務が依頼されたときは、大いに喜んだ。自分が期待されていることもそうだが、何より恩師の夢を叶える一端を担えることに喜んだ。

 だからこそ、イレギュラーの介入に激怒した。

 だからこそ、恩師の期待に沿えない自分に激怒した。

 だからこそ、恩師が今回の調査を諦めることを受け入れられなかった。

 (なら……)

 不条理を受け入れなければ、感情に従う。彼の思考はそう判断する。

 彼の足元に青色の魔法陣が展開される。展開された魔法陣は色濃く、力強く光る。

 「トンビっ!?」

 「先生……俺がロットさんを助けて、先生に任せて、バケモノ蟹を引きつけるよ。できれば無力化もする」

 「待て!! いくらなんでも……」

 ジェフトの制止を聞く前に、トンビはその場を蹴り、まっすぐ跳躍する。その反動で周囲の草がなぎ倒されそうになる。向かうはバケモノ蟹に叩き落され、気絶しているロットの下へ。

 ロレンタは叩き落したロットを捕食しようと鋏を上げ、鳴らしていたが、こちらへ向かってくる敵性存在を感知し、両腕を下ろす。同時に伸びていた、その巨体を支える6本の脚を曲げ、地上と体の距離を近づける。人間で謂うなら、腰を据えるという行為に値する。

 「構えたか!! ならば!!」

 跳躍の慣性を保ったまま、トンビの左手が光り、魔法陣が展開される。

 ロレンタが左腕を上げ、草を薙ぐように振り下ろす。

 ただの人間を狩るには十分すぎる一撃がトンビに迫る。しかし、彼は体を捻り、体の正面に捉え、左手の平を地上に向けるだけである。

 一撃が迫る。トンビはそれを見据える。

 一撃が、トンビが存在していた空間を通り過ぎ、砂煙を上げる。そこにトンビは存在しない。

 「トンビっ!?」

 ジェフトが悲鳴に近い声を上げる。が、それは杞憂に終わる。

 砂煙の後からロレンタに向かって、3本の青い光線が着弾する。それが不意を突く攻撃だったのか、ロレンタは後退りする。

 煙の帳を破り、ロットを引きずってトンビが駆け出してくる。引きずられているロットの体が地上を軽く抉っていたり、小さくバウンドしている。

 ジェフトは安堵の溜息をつく。トンビが息を荒げて戻ってくる。やはり、まだ、ロットの体はバウンドしている。

 「はぁ……はぁはぁ……へっ!!」

 トンビは呼吸を整えながら前髪を揺らし、ジェフトに向かって“やったぜ!!”と謂わんばかりに笑顔でサムズアップする。実に少年らしい爽やかな顔つきである。

 しかし、“ゴッ!!”という確実に頭の中に鈍く響きそうな音がし、トンビが顔を歪ませ、眼を潤わせる。

 ジェフトが笑顔で青筋を奔らせ、右手をバタつかせている。

 「待てって言ったよな……トンビ?」

 「うぅ……イテぇ、あたまがジンジンする~」

 「言うことを……いてぇ~、この石頭が!!」

 げんこつのために使った右手が赤くなっている。二人にとって、なんの利益も生み出さない一撃になってしまった。

 「へへっ、ロットさんは、ちゃんと救出してきたぜ」

 「たくっ……というかどうやって、あの一撃を防いだんだ?」

 「特にトリックはないよ。単純に左手から魔力を放出しただけだよ。おもいっきりね」

 「肝が冷えるな、その避け方」

 ジェフトは渋い笑みを見せながら、“こいつらしいな”といった感じで感想を返し、トンビの顔を見る。

 さっきまで笑顔だったトンビの顔から笑みが消え、真剣な顔つきになっている。

 「そんじゃ先生、作戦通りに……グエっ」

 「だから待て。あと作戦なんて立ててない」

 前に飛び出そうとしたトンビの首根っこを掴んでストップをかける。そして、ジェフトは“やれやれ”と謂った感じに言葉を続ける。トンビは舌を出して、過呼吸を行っている。

 「いいか、僕はもう、お前を止めはしない。その代わりに遺跡に入った奴を追え」

 「バケモノ蟹はどうするの?」

 「僕が引きつける」

 「だけど!!」

 トンビは納得できない様子で左手を振る。ジェフトはそれを諌めるように更に言葉を続ける。

 「いいか? 僕はお前の雇い主だ。で、お前は何だ?」

 「俺は傭兵……コエルクスPMCの」

 「そう、お前は傭兵だ。で、傭兵は雇い主の命令に……」

 「基本的には絶対遵守であるべき」

 「よし!! いい子だ」

 心構えをはっきりと明瞭に、かつ脊髄反射レベルのスピードで答えるトンビを、ジェフトは褒める。褒めることでスムーズに事を進めようという心算だ。

 「奴を見つけたら監視するんだ。何かしでかすまで攻撃は行うな」

 「わかったよ」

 「こっちが片付いたら僕もそっちへ向かう。あと……遺跡の探索はあまり進んでないな。途中で開かずの間があって、そこで止まっているんだ。奴が何かするとすれば……そこだ」

 ジェフトは淡々と情報を説明していく。トンビはそれを黙って頷きながら聞いていく。

 「!!」

 地響きが耳に重くのしかかる。ロレンタが体制を立て直していた。

 「来たか。トンビっ!! 僕が引きつけているうちに!!」

 「了解したぜ!!」

 ジェフトの合図と共に、トンビは真っ直ぐ、遺跡の入口に向かって駆け出す。

 ロレンタはそれを阻止しようと、左の剪刃を振り上げる。がしかし、阻止の阻止をするように一本の光線がロレンタの目を掠める。ジェフトが放ったモノだ。

 「僕が相手だ!! バケモノ蟹!!」

 さらに魔法陣を発生させ、次々と光線を撃ち込んでいく。質より量にウェイトを置いた攻撃、実に陽動に向きである。

 着弾した光線は、ダメージこそは少ないが、ロレンタの注意を引きつけている。その下にトンビが前転気味に駆け込み、ほんの少し軌道を修正し、駆け抜けていく。

 それを察知したロレンタは、己が主人の命を果たすために、小賢しい攻撃を無視しつつ剪刃で突くように振り降ろす、が。

 「!?」

 痛恨の一撃――収束砲撃系魔法の重い一撃である。

 ロレンタはバランスを崩し、その巨体を地面に沈める。逃げ遅れていたのか、はたまた異変に気付く感覚を無くしていたのか、震動で遠方の獣たちが逃げ出す。

 「どうだい? 収束系の威力のお味は?」

 (せんせーい!! こっちは到着したよ)

 脳内に直接トンビの少年らしい声が響く――念話と呼ばれる魔導技術である。

 (わかった!! ……無茶はするなよ)

 (OK!!)

 “一応注意は促しておくが無駄に終わるんだろうな”と思いながら、遺跡に入っていくトンビを見送る。

 「つう……てててぇ」

 「お? 起きた」

 気絶していたロットが覚醒する。

 「イってぇ~」

 「気絶したり、起きたり……今日は厄日だね」

 「るっせ!! ん、何かあったか? 顔ニヤついてんぞ」

 ロットがジェフトの顔を一瞥し、質問する。

 「あぁ、あったよ。教え子が相変わらず、だってことがわかったことがね」

 どうやら、いつの間にか顔から笑みがこぼれていたらしい。ジェフトは手で口元を隠す。

 「ほう……そういやあのガキんちょは?」

 「遺跡の中」

 「マジかっ!?」

 「マジマジ、大マジ」

 「情けねぇ……ベルカの騎士ともあろう、この俺が……」

 「近代が抜けているよ。それに君は騎士かどうか疑わしいじゃないか」

 「ほっとけよ。たくっ……」

 ジェフトは“コキコキ”っと首を鳴らし、腕を回し、屈伸し、体を慣らしていく。その過程でロレンタに目をやり、口を開く。

 「そんじゃ……さっさと片付けるぞ、あれ」

 ロットは棍を持ち、一歩踏み出す。

 「そうだね。さっさと終わらして、トンビを助けに行こう」

 ジェフトはそう言い両手を合わせて開く。すると彼の前に先端に傾いた塔のような装飾がされている、約四尺半の杖が淡い光を纏ってその姿を現す。

 「久ぶりに、だけど……さぁ、行こうか」

 ロットに呼応するかのようにジェフトも構える。

 ロレンタが彼らに刃を向けて、左右の足々を交互に前後させながら接近してくる。

 二人は迎え撃つために魔法陣を展開し、迎撃態勢に入る。

 「オラァ!! この蟹野郎、地獄に送ってやるぜ!!」

 ロットの咆哮がこの場に響き渡った。

 

 

 クラブアームはその幼少期をスラム街で過ごした。彼は子供でありながらも恵まれた身体能力と大人顔負けの行動力で周囲の子供たちを束ねるリーダー的な存在だった。

 例を挙げれば、彼のグループより年長のグループに因縁を吹っ掛けられた際、リーダー同士による決闘で勝負をつける事になったことがあった。

 相手のリーダーは体格に恵まれている十五・六歳の少年。対してクラブアームは身体能力に恵まれているとはいえ、まだ十歳であった。どちらに勝利の女神がほほ笑むかは想像に難くない。

 しかし結果は違った。倒れ伏したのは相手のリーダーであった。しかも血を流して地面に伏していたのである。

 決闘が始まってからしばらくの間、クラブアームは相手の攻撃を躱し続けていた。相手のモーションをひとつひとつ観察し、一発一発顔に掠るか掠らないかの距離で躱す。周囲はその度に騒めく。その度に彼は微笑する。それが相手には挑発にとられていた。激昂するまで時間は掛からなかった。

 リーダーはナイフを抜いた。

 血の気が引くように周囲が静まりかえる。しかし一人だけ嗤う者がいた。無論クラブアームである。

 その顔は明白に嘲笑っていた。

 リーダーはナイフを乱暴に振り回す。しかし、クラブアームはそれを紙一重で躱し、周りを騒めかす。

彼にとって、これはエンターテイメントにすぎない。故に嗤いながら避け続け、場を盛り上げる。ただそれだけである。

 “機が熟せば刈り取ってしまえばいい”、彼はそう考える。そう思考すれば簡単に終幕を促すことができる。

 リーダーが前に突き出してきたナイフを持つ腕を掴み、内側に向けて捻る。痛みに耐えかね手の力が弱まり、ナイフが落下する。それを見逃すクラブアームではない。それは終幕への演出なのだから。

 ナイフを左手で拾い、狙いを――相手の腹部に定める。

 戸惑いも躊躇もなく、まっすぐにナイフの先端が腹に近づいていく。そして、刺さる。

 周囲が騒めく。悲鳴を上げる者、恐怖に駆られてその場から逃げ出す者、怒りを露にする者、刺されたリーダーを心配する者。様々な反応をしめすなか、クラブアームは、ただ一人、悦に浸っていた。

 後に、仲間に何故刺したのか、と聞かれたとき、彼は微笑を浮かべながら、「その方が盛り上がるだろう?」と答えた。

 その後、彼は報復に遭い、ギャングを介して、サーカスに売られ、その才能と狂気を開花させる。

 では、その話に移ろう。

 サーカスに売られてから七年と数か月、彼は鍛えられた肉体を持って、長身の立派な美丈夫に成長しており、彼が得意とする空中ブランコはサーカスのメインを飾るものになっていた。

 事件が起きた日(彼にとっては人生の転機だが)、空は雲ひとつなく、青という青で埋め尽くされていた。

 前座が終わり、メインの、彼が主役の空中ブランコが披露される時間になった。

 クラブアームが高台にその姿を現すと、会場は黄色い声援が響き渡った。それに答えるように、彼は会場を見渡しながら手を振る。下を見ればいつもの通りに、命綱ともいえる、大型ネットがない。それがこのブランコの売りのひとつである。

 彼は(何の問題もない。いつも通りにやるだけさ)と自身に言い聞かせた。

 向こう側からブランコが投げられる。弧を描きながら、こちら側とあちら側の真ん中を通過するか、しないかのところでクラブアームは足と腰を曲げて、一瞬溜めを作り、一気に伸ばし、モモンガのように飛ぶ。

 (まぶしいねぇ。ライトが少し強すぎやしないかい?)

 そんなことを思いながら、近づいてくるブランコを掴む。が、手は空を掴んでいた。

 一瞬、頭がフリーズする。

 (え? なんだ? どうなっている?)

 その一瞬、1フレーム(約1/60秒)の初めに単純で要領を得ない疑問がふつふつと浮かぶ。

 クラブアームの体が地面に向かって、頭から、重力に従って落ち始める。

 (あぁ、落ちてる、落ちてる)

 疑問という名の氷山が氷解し、理解の波が頭の中を襲う。

 地面に近づけば、近づくほどに、眼を覆うライトの光が増してくる。

 (おぉ、まぶしい。まぶしい)

 光の帳を抜け、地面が現れる――激突は避けられない近さだ。

 鈍い音がした。人が地面に叩きつけられた音だ。クラブアームは地面の上でうつ伏せのままの状態でいる。

 会場が、温く肌に触れる感じのいやな空気で包まれる。誰もが恐怖の顔色で、肉塊になってしまったかもしれない男の体を見る。

 「――!」

 誰かが悲鳴を上げた。それを皮切りに次々と悲鳴が上がる。パニックを止めようと急いで動く係員。叫ぶ女性客。なく子供。手で目を覆う老人。

 誰もが、「今日は最悪の日だ。こんなものを見せられては……今日のために組んだスケジュールは台無しになってしまう」と思いかけたその時。

 「皆さん!! お騒がせしました!!」

 耳を疑わないものはいない。なぜなら、それは声を発することはないはずなのだから。だが、現実は違った。男は声を発し、笑顔で謝罪を行っていた。瞳の奥に狂気の色を脈々と濃くして。

 

 

 今でも昨日のように思い出す。

 あの時の観客たちの顔を――恐怖に引きつった顔を。

 あれは良いものだ。あれが自分にとっての生甲斐だ。だからこそ、落差が高ければ高いほど興奮する。

 「少年……君はどれくらいの落差を見せてくれるんだ?」

 少年――確かトンビ=マキネ、と言ったかな? 彼が入口の端から姿を現す。

 「どうして……ここが開いているんだ? ここはまだ開いてないはずだけど」

 「開ける術を持っているからさ」

 その一言に彼は顔を顰める。うーむ、もう少し何か揺さぶれる材料はないものか。

 「お前それどうやって手に入れた?」

 「んー、言うと思うかい?」

 「言わせてやるよ!!」

 そう言って、少年は魔法陣を展開させながら、こっちに向かって飛び掛かってくる。

 まぁ、捌きながら考えますか。

 

 

 エメラルド色の壁石で敷き詰められたドーム状の間で魔力がぶつかり合い、その衝突音が反響する。

 二人は――トンビとクラブアームが魔力による鍔迫り合いを入口から離れた位置で行っている。

 拮抗しているように見えるが、トンビが押され気味である。

 「ぐぐぐっ!!」

 「しょうねぇぇん!! もっと踏んばらないとぉぉ!!」

 押す力が増し、トンビが押され腰が九の字に曲がり、ブーツの踵の後ろに土の山ができる。

 「こんちきしょうぅぅ!!」

 押し返そうと、膝から下にかけて力を入れ、膝、及び腰を正そうとする、が。

 「たんじゅん~♪」

 「うぇ?」

 体がすっぽ抜けるような感じで、力の方向に向けて浮く。斜め上、クラブアームの上半身があるはずの方向だ。流されたのである。

 浮いた体の真横に体を反らしたクラブアームがいる。そして一言。

 「若いねぇ~」

 トンビの目が真横に向く。しかし、クラブアームに焦点を当てたとたん、すぐさまぶれる。

 「あがぁぁぁ!!」

 トンビの背中にエルボー――魔力で強化されている――が入り、背骨と神経に痛みが走る。次に、上方向からの肘撃による落下を待つ間もなく、下方向から膝蹴りが入り完全に宙に浮く。そして、これでもかと謂わんばかり、胴廻し回転蹴りの要領で、コンビネーションの締めの一撃が脇腹に綺麗に入る。体はきりもみ回転し地面にバウンドしながら、吹っ飛び、部屋の中央にある祭壇らしき場所へ激突する。その際口から吐かれた血が祭壇に飾られている、人間の頭部くらいある、石像にかかる。

 「あ……ああ……うっ!!  エアぁぁっ!!」

 意識が飛びかけていたところに、体が腹に溜っていた胃液と血が混じった吐しゃ物を無理やり吐き出させ、留まらせる。

 「おいおい汚い口だねぇ」

 「え?」

 顔を挙げた。その瞬間一撃が入り、視界が暗くなる。もとよりまともに機能はしていなかったが。

 その際何かが光った気がした。

 「しょうねぇ~ん。 もっとガッツを魅せてくれよう。それこそコミックやアニメの主人公みたいに、最期の最後まで諦めないで逆転の一撃を窺う姿勢を……じゃないと……」

 クラブアームは一呼吸置き、言い放つ。

 「エンターテイメントにならないだろぉ~」

 その顔は、どす黒い狂気によって形作らている笑顔。

 (違う!! こいつは違う!! ただの盗掘屋なんかじゃない!!)

 トンビは頭の中で、認識のズレを理解した。

 先ほどまでの認識――今眼前にいる敵対者は、発掘品狙いかと思っていた。しかし、この男はそれらを歯牙にも掛けていないことが、今までの行動から理解できる。そもそも盗掘が目的なら、あんな派手な襲撃を行う必要がない。わざわざ遺跡の奥まで入る必要がない。もっとスマートな手段がいくらでもある。

 (こいつの目的は……)

 「考え事はそこまでだ!!」

 「グゥゥっ!!」

 クラブアームの無慈悲なローキックにより思考が打ち切られ、腹の底から苦悶の声を無理矢理上げさせられる。

 「少年~、頼むから真面目にやってくれよ~」

 「ちぃっ!!」

 「おぉ?」

 煽り言葉に呼応するかのように、トンビは放出した魔力の波をぶつけ、距離をとる。

 「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋りやがってぇぇ!!」

 怒りの感情を露わにし、魔法陣を二つ展開し攻撃態勢に入る。

 「なめるなぁぁぁ!!」

 杖を振り、魔法陣から何本もの青い光線が発射され、クラブアームに着弾し煙が巻き上がる。

 「まだだぁ!!」

 更に畳みかけるように、左腕をもう一つの魔法陣に通す。するとそこから鎖が出現し、蛇のように動き近くの、全長約4メートルほどある岩塊に巻き付く。

 「これでェぇ!! 終わりだぁぁ!!」

 左腕を振り上げる。同時に鎖もうねり岩塊を最高点まで持ち上げ、一気に振り下ろし、クラブアームへブチ当てる。

 更に大きな煙が巻き上がる。岩塊が砕け、四方八方に散開する。

 魔力と質量による怒りの猛攻――只者なら耐えることはできない。強者でもかなりの痛手を負うはずだ。

 「はぁはぁ……へへっ、これなら……」

 “手応えはあった” 喜色を見せ、歓喜の声を上げる。

 「うん!! スゴイスゴイ!! びっくりしたよ!!」

 言葉とは裏腹に、感情のこもってない賞賛と乾いた音を立てる拍手が響き、トンビの耳に届く。

 煙が晴れ、クラブアームが姿を現す、が、先ほどとは違い、その右腕には手甲が、左肩の背部には蟹の腕のようなマニピュレーターが、胸部には装甲板が装着されている。その中心には水色の宝石の装飾がされている。

 「じゃあ……そろそろ終いにしようか。もう、充分だし」

 「うわぁぁぁぁ!!」

 飽きたかのように言葉を吐き捨てるクラブアームに対して、トンビは叫び声を上げ、射撃魔法による攻撃を再開する。

 「ふ~ん、ふふふん♪」

 クラブアームは悠長に鼻歌を弾きながら、迫りくる光線を手甲で捌き、マニピュレーターで防ぐ。そして、攻撃の隙を見計らい、マニピュレーターの変形を行い肩に乗せる。それはバズーカの構え方に酷似している。

 その間にも光線が群れを為して迫る。しかし彼は表情を崩さない、それどころか笑みは更に増した。

 マニピュレーターの先端部――蟹の鋏の部分が開き、内部が目を覆わんばかりに光り、魔法陣が展開される。

 トンビはそれに注意を向けるが……!!

 (え? なにが……起きた?)

 いつの間にか壁を凹ませて張り付いていた。

 体に全体に重い痛みを感じる。骨を通して吐き気を催し、再び吐しゃ物をまき散らす。

 一方、クラブアームは、最高の演技が決まった、と謂わんばかりに両手を開き悦に浸っていた。

 (まずいね……死ぬね、これ)

 少年は悟る、己の死を。そこに恐れはない。何故なら急激な精神へのストレス(クラブアームの行動すべて)により、許容量が限界を超え、オーバーフローを起こした。それにより、脳が防衛策として思考を最低限のレベルまで引き下げ、感情を停止させた。

 「しぶといねぇ~。少年」

 頭が血が流れ、それが目にかかり視界不良になるが、クラブアームが前に立っていることは認識できる。

 「さ……さと……ころ……よ」

 《ニン……作……遂……83……セン……》

 「言われな・く・て・も♪」

 クラブアームの右手から魔力刃が発生させ狙いをつける。無論、心臓が標的である。

 《……行カン……9……パー……ト》

 心臓を貫く刃が迫りくる。

 (死にたく……ないな。やっぱ)

 《認証作業完了……ソウチャク作業ニ移行シマス》

 「え?」

 「なんだ!?」

 祭壇の石像が強烈に、目を覆わんばかりに輝く。

 突然の出来事にクラブアームは手を止めてしまう。トンビはそれを見逃さず、右手から先ほどの鎖を出し、近場の岩に絡めて、それを軸にし己の体を引き寄せさせる。

 「ちっ!!」

 クラブアームは舌打しながらマニピュレーターを光らせる。

 「幕は降りたんだ!! この脚本は用済みなんだ!! 蛇足はいらねぇぞ!!」

 憤慨を露わにしながら構え、鎖が巻ついている岩を狙い……撃つ。

 発射された光の砲撃はトンビを追い越し、岩に着弾し、対象を粉々に破壊する。

 「おわっ!! ととっと!! まだまだぁ!!」

 破壊されようとも、別の岩に変えればいい。目指すは祭壇の光の発生源。

 トンビには根拠のない確信があった。あの光に辿り着けば、今の状況を打開できると。

 「ちょこまか舞いやがって!! サーカス気分か、少年!?」

 その空間は自分のかつてのテリトリー。思い残したことは無いが、多少のプライドがある。故にそこで好き勝手されるのが苦痛で仕方ない。

 「さっさと落ちなぁ!!」

 怒声と同時に砲撃を放つ。放たれた魔力の砲弾が着弾、爆発。トンビは慣性を保ったまま空中に投げ出される。慣性の方向は――祭壇の場所と重なる。

 「くっ!! マズったか!?」

 「へへっ……」

 クラブアームは動揺の色を浮かべる。反面、トンビはニヤリとほくそ笑む。まるでイタズラを成功させたワルガキのような顔だ。

 そうこうしているうちにトンビの体が再度、祭壇の近くに不時着する。そこから二、三度体をバウンドさせ祭壇の中心――光り輝く石像の下へ辿り着く。

 《ソウチャク準備ハデキテイマス》

 「うお!! やっぱこれか!? 念話を囁いてきたのは」

 《再度復唱シマス。ソウチャク準備ハデキテイマス》

 「装着って……俺にしろと?」

 トンビは自分の血が掛かった石像に問いを投げる。

 《エエ、ソノトオリデス。デスガソノ前ニ――》

 「そのまえに?」

 《ワタシノボディニ纏ワリツイテイル……塩ノ塊ヲトリノゾイテモラエマスカ?》

 「あぁ、いいけど……って、これ塩かよ!?」

 驚きを隠せないまませっせと手を動かし、塩を剥がしていく。その先に念話の発信源らしい物体のボディが現れる。

 《モウ少シデス……後方攻撃判定アリ!!》

 「くそッ!! この場を離れるぞ!!」

 砲撃が弧を描いて降下し、着弾――する前に爆発する。爆風の波によって祭壇が破壊され、瓦礫に交じってトンビも 吹っ飛ばされる。だが、吹っ飛ばされながらも塩を剥がし続ける手を止めない。

 空中で体を翻し着地。両足で二,三度地面を跳ねながら摩擦を利用し、なんとか勢いを殺す。

 「しぶとい……!! さすがにくどすぎやしないかい? 少年、君のアドリブは!!」

 ニヒルな笑みを作り平静を保とうとするが、声は怒りを隠せてない。そんなクラブアームを見て、トンビは不敵に笑い、不敵に言い放つ。

 「気にすんなよ。もうすぐ終わる。俺の逆転劇でな!!」

 その左手には石像の中身――デバイスと思わしきモノが握られている。

 《ソウチャク準備ハデキテイマス。許可ヲ……》

 「OKだとも!! セェェット・アップ!!」

 デバイスが光となり、右腕に沿いながら螺旋を描き体を包む。

 「糞が、糞が、糞がぁ!!」

 罵りながら髪をかきむしりながら、光の収束体へ砲撃を浴びせるが全て無駄に終わる。

 収束体から光がはじけ飛び、トンビが姿を現す。

 暗い紫のボディースーツ、その上に装甲が装着されている。脚部には円錐台の脚甲、膝の部分には逆T 字のプロテクターが付いている。元から履いていたブーツは、セットアップの影響か、楕円の厚底ブーツに変体している。胸部はどうだ。こちらにはツヤがない水色のプロテクターで、天突と鳩尾の真ん中ぐらいに白い線が、胸の輪郭を沿って、X字にデザインされている。肩の装甲は丸みを帯びた平行四辺形の姿を取り、SFロボットチックなイメージを窺わせる。前腕には円筒のような装甲、手には白い手袋のような柔らかい印象を覚えるガントレットが装着されている。頭部にはインカムと申し訳ない程度に後頭部を防護するためのヘルメットが装備されている。

 「……ほぉ~、イイじゃん!! いいじゃん!! さいっこぉぉぉうにカッケーじゃん!!」

 トンビは自分の姿を見渡し、歓喜の雄叫びを上げる。その笑顔は年相応に、前々から欲しがっていたゲームソフトを買ってもらった子供の顔だ。

 《恐縮デス。デハ、反撃ニ移リマショウ》

 「その前にひとつ……お前の名前は?」

 《失礼シマシタ。ワタシノ名前ハ……ランサー……ランサーXタイプ?》

 「なぜにクエスチョン?」

 歯切れの悪い(歯など無いが)自己紹介に、ついつい疑問の声を出してしまう。

 《申シ訳ゴザイマセン。ナニブンカナリノ時間、待機状態ダッタモノデ》

 「寝ぼけてんのか。ま、しゃーねか」

 《トコロデアナタノネームハ?》

 一瞬、虚を突かれた感じの顔になるがすぐにほほ笑んで返答する。

 「トンビ……トンビ=マキネだ。ねぼすけ」

 《記憶シマシタ。トンビ=マキネ、新タナマスターヨ》

 「 “新たな”か。そうだ……」

 「のんびり喋ってんじゃねぇぇ!! ゲロくせぇガキがよぉぉ!!」

 ついにニヒルな笑みを崩したクラブアームが先ほどまでの佇まいからは考えられない形相で、罵詈雑言のお手本になりそうな言葉を浴びせてくる。ついでに砲撃も。

 《回避シマス》

 「OK。セオリーだな」

 トンビの耳通りの良い返答を聞くや否や、両足の円錐台の脚甲のふくらはぎの部分が開き、二基の小型バーニアが射出口を地面に向けて現れる。

 「えっ、何これ?」

 《足ノ裏ヲ垂直ニ!!》

 「せつめ……」

 バーニアに火が付き、撃ち出された弾丸のようにトンビの体が一気に浮き上がる。その際の空気抵抗を受け、何本か髪が抜けながら、頭髪をボブヘアーに再調髪させる。尚、砲撃は回避できた模様。

 トンビは口の中から魂が出てるような顔になるが、すぐに気を取り直しランサーを、食い掛からん勢いでとがめる。

 「お前、あれか!? 呪いの武器かっ!? はげるかと思ったぞ!!」

 《足ノ裏ヲ……》

 「急過ぎるわっ!!」

 「落ちろよぉ!! ゲロガキぃぃ!!」

 迫撃のために砲口が光る。そしてそれを確実に当てるために、多数の魔力弾が襲い掛かる。

 「ちっ!! 回避だ!! もう一度点火しろ!!」

 《イイエ、バリアヲ推奨シマス。因ミニ、『ダッシュ』ハ空中デハ使用デキマセン》

 「このポンコツ野郎っ!!」

 魔力弾が衝突!! 煙が巻き上がる!! さらに次々と衝突していき、空中でその身を大きくしていく。最後に砲口から放たれる収束砲が、煙の塊に穴を開け轟音を響かせ、強烈な閃光を放つ。

 「はぁはぁ……ざまあないぜ!!」

 クラブアームは左腕で顔を押さえながら勝利を確信する。

 だが――

 「ん?」

 三本の光線がこの男の体――うち二本は胸と右ももに直撃、残りの一本は左足の近くに着弾し、霧散する。

 「ぐうぅぅ!!」

 胸の直撃は装甲板が防いだが、右ももは、バリアジャケットが破られ、直撃を許してしまった。そのため顔が痛みにより歪む。

 トンビが着地する。その身はまったくと言っていいほど無傷だ。当の本人も驚きが隠せてない。

 (出力が上がった? でも、リソースの割り振りはいつも通りだし……こいつのおかげか?)

 装甲を見渡し、両手を握ったり離したりする。

 《お気に召しましたか? このアーマーは》

 「ああ、すごいよこれ」

 感心してしまう。片言から正常な発音に変化してるのが気にならないくらいに。

 《では、そろそろ終わりにしましょう》

 「……何か作戦はあるのか?」

 《あります。近距離(クロスレンジ)まで接近してください。そこから一撃で勝ちます》

 「無茶いうねぇ」

 トンビは目を閉じ、ため息交じり呟く。

 《できませんか?》

 「……杖を、リンクスを右手に。なんとか接近してみせる。だから、そっちも応えろよ」

 目を開き、笑みを見せる。

 足の裏を立て、バーニアを点火する。一気に最高速まで上がり、直進する。

 (息が……!!)

 その代償は生易しいものではない。だが恩恵も小さなものではない。

 「くそっ!! 捉えきれねぇ!!」

 単純にジグザグに、まれに旋回、後退を挿み接近し、プレッシャーを掛けていく。

 ダッシュ一回分の作動時間は短いものの、次のダッシュまでのラグも短い。

 「目障りだぜ、目障りだぜ!! ゲロガキッ!!」

 クラブアームの悪態に応えるように、マニピュレーターの先端が、蟹の鋏から照射型の兵器に変わり、巨大な魔力の塊を作り出す。それは今にもはち切れんばかりの勢いで、その身にプラズマを奔らせている。

 「だからよぉ、その体!! 蜂の巣にしてやるぜぇ!!」

 塊が割れ、扇型の光線群と化し、トンビの視界を埋め尽くす。

 “回避”は不可能だ。

 《左手を敵に向けて!!》

 「了解!!」

 トンビは指示に従い、左手を向ける。

 (――ッ!!)

 左手に一瞬、注射を打たれたような痛みが走る。

 左腕の前腕からガントレットの先にかけて光が走る。

 光線群が迫る。

 前腕、及びガントレットがライトグリーンの光に包まれる。

 トンビは前腕から先が分子レベルで分解されているような錯覚に陥る。

 そして、光が晴れ真の姿を現す。

 ガントレットはなくなり、替わりに砲と化した。

 形状は円筒、中央には青色の宝石が埋め込まれている。砲口は拳台の大きさで、ベレッタM92のように先が尖がっている。

 トンビは初めてなのに、何度も死地を乗り越えてきた愛機のを触るように、滑らかに手を滑らせる。

 《X―バスター……その武装の名称です》

 「わかる……知らないのにわかる。そして……使い方も!!」

 体を縦に構え、腰を落とし左足を前に出す。右手を左ひじ付近に沿えて腕の角度を固定。

 “ヴヴヴ”と唸り、砲口が光り輝く。

 《X―blaster》

 砲口から、何人たりとも妨ぐことのできない巨大な光の塊が放たれる。それは光線群を掻き消し、爆散。一瞬爆音で空間が埋まる。

 「………………わ~お」

 《呆けている場合ではありません。接近を》

 「お、おぅ!!」

 呼びかける音声によって驚きから我に返る。再びバーニアに火を灯し、小刻みに目標への接近を試みる。

 一方クラブアームは、巻き上がる煙の中、先の出来事に動揺を隠せなかった。

 「なんだいありゃ……?」

 疑問を声に出してしまうほどに動揺していた。無理もない、先ほど起きた一連の出来事は、あまりにも現実から逸脱しているのだ。しかし、これは紛れもない現実である。

 半ば放心状態に陥っていた。そこを狙うかのように三本の光線が煙に穴を開ける。

 「ッ!!」

 それらの侵攻を許すほど彼はアマチュアではない。すぐさまマニピュレーターで防御を行う。

 三本の内、二本は防ぐ。一本は関節の駆動部に当たり、火花が散る。

 「ちぃ!!」

 舌打ち。すぐに反撃しようとマニピュレーターを動かそうとするが。

 (う……うごかねぇ!!)

 駆動部は異音を発し黒煙を上げる。

 そして、煙の帳を破り奴が来る!!

 「おお!! クラブアーム!!」

 「ガキがぁぁ!!」

 トンビは杖を振りかぶり飛び掛かる。対してクラブアームはマニピュレーターを外し、右腕の刃で迎撃(カウンター)を行う。

 どちらの攻撃が先に届くか、そして届いた方がこの戦いの勝利者になる。

 クラブアームの右腕の刃がトンビの顔面に伸びる。

 (届く!!)

 そう確信した。そう顔に出た。

 「……へっ」

 嗤った。トンビは嗤った。そしてトンビの右腕から魔力の光が一気に放たれ、右ひざを曲げ、左足を伸ばし地上に強制着陸する。その際刃が左目の近くを掠る。

 「あっ」

 不意を突かれたクラブアームは思わず気の抜けた声を出す。

 トンビは右ひざで体を持ち上げ、左足で開く感じに体勢を整え、左腕をクラブアームに向ける。すでにバスターに変体していた。

 「俺の……勝ちだ!!」

 《X―blaster》

 砲口が光り唸って、光弾を放つ。

 「この光は……!!」

 見覚えのある光だった。そう、あの時の、ブランコから落ちた時のそれと同じだ。

 クラブアームは笑みをこぼし、意識を手放した。

 

 

 光の塊が爆散し、轟音が響き、衝撃波が空間を揺さぶる。

 無論、衝撃波はトンビも襲う。

 「うおおおぉぉ!! おお!?」

 腰を低くして踏んばるが、健闘むなしく吹き飛ばされてしまう。

 《申し訳ございません。少々力加減を間違えました》

 「おもくそまちがってるわぁぁぁ!!」

 まるで螺旋を描くように空中を舞い、壁に叩きつけられる。

 「オップズ!!」

 壁に叩きつけられ、一瞬目玉が飛び出そうな気もしなくもない顔になる。

 「っいてぇ~」

 《痛がっている場合ではありません。この場を離脱することを推奨します》

 「うえ?」

 その言葉を聞いた途端、部屋が待っていましたと謂わんばかりに揺れ出す。かなりの震動だ!!

 「ななあなんんだ!?」

 《どうやら先ほどのX―blasterで、この遺跡の構造に致命的なダメージを与えたようです》

 「れれれ冷静だな!! おいっ!?」

 《機械ですから》

 そんなありきたりなやり取りを交わすが、震動は止まらない。

 トンビは入口に足を向けるが――。

 天井が崩壊し、瓦礫が入口を塞ぐ。

 「……」

 《……》

 一人と一機は沈黙し、悟りを開いた顔になる(尤も、一機のほうには顔がないどころか、アーマーになっているため表情など無い)。

 

 

 「ぜぇぜぇ……まさか、足の裏が……弱点だったとはな」

 「わからなければミンチにされてたね。ハァハァ」

 ロットとジュフトは息を切らして、地面に大の字で倒れている。その近くに見るも無残な姿でロレンタが崩れ落ちている。その目に光は灯っていない、絶命した証拠だ。

 地面が縦に揺れる、まるで地中から地面に向かって衝撃波が突きぬけたかのように。

 「おおっ!! なんだ!?」

 「ゆ……揺れてる!?」

 地面の上で二人の体が踊る。

 (トンビ……)

 ジェフトは揺られながら、中に入っていった教え子のことを気にする。

 「ジェフ!! 入口が!!」

 ロットの呼びかけで我に返り、遺跡の入口を見る。

 「そんな……」

 悲痛な声を上げる。

 入口が崩落しているのだ。

 「くそっ!!」

 いてもたってもいられず、入口に向かって飛び出す。

 「危険だ、バカ野郎!!」

 ロットの制止の声も振り切り、入口へ向かう。

 「はぁはぁ……」

 残り少ない魔力で拳を覆い、入口を塞ぐ岩を叩く、叩く、ひたすら叩く。

 「ぐっ!! ぐっ!! ぐっ!!」

 しかし、その行為はなんの意味もなさない。

 「くそっ!! ちきしょう!!」

 顔が悔しさと自責の色で染まる。やはり行かせるべきではなかった。

 「もう、よせよ。お前まで巻き込まれるぞ」

 ロットが肩に手をかける。

 「くッ!!」

 ジェフトは手を止める。魔力の補正はすでに切れており、手は血で滲んでいた。

 「まあ、生きてることを祈ろうぜ」

 「ああ……」

 力無くジェフトは頷く。その瞬間、震動が再度、大きく脈を打つ。

 「またか!?」

 「ん?」

 ジェフトは入口を塞いでいる岩に違和感――震動が特に激しいことに気づく。

 「少し離れよう」

 「ん? ああ」

 だが、遅い。

 岩が爆散し、つぶてとなり、衝撃波とともに彼らに降りかかる。

 「な、な、なんだよ!?」

 「いたた……ん?」

 巻き上がる砂塵の中から人型それも子供ぐらいの背丈のシルエットが映った。

 それはゆっくりと、何かを引きずるように動き出す。

 「ゲホッ、ゲホッ、ホコリが……」

 《急いでいるとはいえ、至近距離でバスターを放つからです》

 「しょうがないだろー」

 《それに余計なモノまで担いでくるからです》

 「こいつには聞きたいことが山ほどあるんだよ」

 《情報は重要ですが、生存の可能性を著しく低くする要素なら、切り捨てた方が賢明かと》

 「うへ~血も涙もない」

 《機械ですから》

 長年苦楽を共にしてきたかのようにデバイスと喋るトンビが現れた。

 「おっ、先生!! そっちは片付いたんだね」

 「ああ……お前、その姿はどうした?」

 「ああ、これね……遺跡のレアアイテム」

 ジェフトの問いに左手をピストルのようにして、トンビは返答する。

 「こんなモノが……あの遺跡に」

 《こんなモノとは失礼ですね。プロフェッサー:スクライア》

 「ああ、すまない。あの遺跡にそぐわなかったから、つい……というか、何故僕の名前を?」

 《彼の記憶から読み取りました》

 「……“読み取った”ねぇ」

 「うわ、オレのメモリーが丸裸だよ」

 両手で頭を抱えるトンビ。それを見てジェフトは苦笑する。

 「まぁ、とりあえずおつかれさま」

 「……はいっ!!」

 ジェフトの労い言葉にトンビは大きな声で返事をした。

 その顔はとても少年らしい笑顔だった。

 

 

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