「大倶利伽羅ラプソディ」<番外編>審神者、悲しみの本丸へ行く 作:立花祐子
私はどきどきしながら、長谷部君に付いて第1部隊の宿舎に向かっていた。
どんな様子なんだろう。倶利伽羅君ほどではないにしても、元気のない光忠君を見るのは、辛いものがある。
彼はどんな時でも、笑顔を絶やさないでいてくれる。いわゆる、この本丸のムードメーカーと言ってもいい。でも今回ばかりは、いつもの笑顔を見られないような気がする。
「庭から入ります。その方が、早いので。」
長谷部君がそう言った。私は「いいよ」と答えた。
でも、不躾に行って大丈夫かなぁ?私が今日来ることは、内緒にしてもらっている。だって、私が来ること知ったら、ほら、元気に見せようとするじゃない?特に、光忠君は。
なんて思ってる間に、第1部隊宿舎の縁側が見えた。
ん?…あれ…誰だ?
私は、長谷部君の袖を引っ張って、思わず立ち止まった。長谷部君が不思議そうに、私に振り返る。
「どうしました?主?」
私は、縁側に座っている年寄りみたいな人を凝視していた。背中丸めて、顔だけ少し上げて…遠くを見ている。
ええええええ?まじか?
まさかあれ、光忠君って言うんじゃないだろうねぇ??光忠君は、あれだよ?どんな時も背筋ピーンで、笑顔でも眼光が鋭くて、スキがなくって…。
でもあそこにいる、光忠君と同じジャージ着てる人、見るからにスキだらけじゃないか。
うわーっやだやだっ!あんな光忠君やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「主、どうしたんですか?」
長谷部君が、背中にしがみついている私に振り返りながら言った。
私はどうしても離れられない。それでも、私を見ようとする長谷部君と、しがみついてる私の攻防で、2人でその場をぐるぐる回っている。
「主!どうしたんですか?とにかく背中から離れて…」
「やぁだぁー!」
思わず声を上げてしまって、私は、はっと光忠君の方を見た。
光忠君が、完全にこちらを凝視している。
「!…主っ!」
光忠君が立ち上がった。そして、駆け寄ってきた。
私は、長谷部君を突き飛ばして、光忠君の胸に飛び込んでしまった。
…し、ま、つ、た…
感情に任せて、長谷部君を突き飛ばしてしまったぁぁぁ!!
…いろんな意味で、光忠君の胸から離れられない。
しばらくして「食事会の準備をして来る」と、長谷部君は光忠君に小声で言って、立ち去ってしまった。
ああ、怒ってる。長谷部君、きっと怒ってる。
ごめんよ!ちゃんと、後でお詫びするからっ!!
…光忠君は、私の肩に手を乗せてくれている。
このシチュエーションから、どんな顔して光忠君を見ろというのか。
「…主…お久しぶりです。」
その光忠君の言葉に、私はしがみついたまま、こくっとうなずいた。
……
光忠君と私は、今、縁側に隣同士に座っている。お互いの指を絡めて、黙って座ってる。ちなみに、私から指を絡めたんじゃないですよ?光忠くんから、指を絡めてくれたんですよ。(誰に説明してるんだ?)
光忠君の手は、案外柔らかい。そういえば、スナイパーでも手の平が固かったら、使い物にならないってなんかの漫画にあったっけ。
「今回ばかりは、僕も参りました。」
光忠君が、口を開いた。私はうなずいて、つなぎあってる手を見てる。
「出陣前のビデオレターでも、最後まで彼らは明るくて…。それが逆に辛くって。」
「…うん…」
「今にも、あの笑顔で「ただいまー」って、3人で帰って来そうで。…でも、帰ってこなくて…」
「…うん…」
「うん」しか言えない自分に今、すごく腹が立ってる。
「倶利伽羅も、時々本舎の向こうを見ては、ため息をついたりして…。そんな倶利伽羅を見るのもつらくて。」
「…今、倶利伽羅君どこ?」
そう尋ねると、光忠君が私に向いて、寂しげに微笑みながら言った。
「倶利伽羅は大庭です。この時間から夕方までずっと大庭にいます。」
「どうして?」
「この時間が、彼らとの鍛錬の時間だったんですよ。」
「えっ…毎日?」
「毎日です。鬼ごっこをしたり、手合いをしたり。鬼ごっこなんて、3時間4時間平気でしていました。「途中で何故だか、かくれんぼになってしまう」って、倶利伽羅笑ってましたっけ。」
光忠君が前を向いて、遠くを見るような目で続けた。
「だから…毎日この時間に大庭に行って、ずっと座り込んでるんです。」
…だめだ。その姿を想像するだけで、もう辛すぎる。この後、倶利伽羅君に会うつもりだったが怖くなってきた。
「今から、倶利伽羅のところへ行きますか?」
光忠君が、柔和な笑顔を私に向けて言った。初めて見るよ。光忠君のその寂しげな笑顔。
「ううん。もうちょっと、光忠君といる。」
私がそういうと、光忠君が首を少しかしげて微笑んだ。
がーーーーっ惚れる!惚れてしまう!
いやいや、私には長谷部君という人が…じゃなくってっ!!
私にとって、付喪神達は、私の子供だ。
腹を痛めて生んだわけじゃないが(お父さんは誰?とかつっこみはなし)私の大事な子供たちだと思ってる。
彼らも、私を「お母さん」だと思ってくれてる。ほら、2代目君達もビデオレターで「優しいお母さん」って言ってくれてたじゃないか。
だからお互い、気軽にスキンシップもできるわけだ。
もしかすると、私が「主」だという、気遣いもあるのかもしれないけど。(えっ!?もしかして、私パワハラしてるんじゃっ!?キュッキュッキュッ←打ち消してる音)
光忠君と私はしばらく手をつないだまま、ぼんやりと空を見ていた。
「…あれから、雨も降らなくて…」
光忠君が、口を開いた。
「え?そうなの?」
「ええ。だから畑の水やりが大変で。」
光忠君が苦笑して、私にちらっと流し目を送った。
ズキュン!…ああ、君の瞳にカンパイ…。
…私は、一瞬眠りかけた思考を、叩き起こして言った。
「晴れるのも良し悪しだね。石切丸君に、雨乞いでもしてもらったら。」
「そうですね。でも、雨乞いには、龍の力が必要なんですよ。」
「…倶利伽羅君ね。」
「ええ。…でも、今は頼りにできないな。」
あーーまた、倶利伽羅君の話になっちゃう!光忠君って、本当に倶利伽羅君の事心配してるんだなぁ。
そもそも彼は自分の事は二の次で、倶利伽羅君だけじゃなく、誰かの心配をしてる。
……
『自分の心配しなさい!』
私は、うなだれている光忠君の体を支えながら、怒鳴りつけた。
だってこの子、自分も傷だらけで出陣から帰ってきてるのに、他の子を手入部屋に入れて、自分は出陣失敗した報告に来てるんだもの。
『長谷部君!なんかない!?あーーーー救急箱っ!とりあえず、救急箱持ってきて!!』
長谷部君が、救急箱を持ってきてくれた。
大したものは入ってないけど、手入部屋はいっぱいだし、気休めでも応急処置だけでもしなきゃ!
とにかく、長谷部君と2人がかりで、座ったままぐったりしてる光忠君の武装を脱がせる。あーーーもおおおお!シャツが真っ赤じゃないのおおおおお!
『背中も前も傷だらけじゃないのっ!!かばったのね!』
光忠君は何も答えない。気を失ってるんじゃない。だって、眼光はちゃんとあるもの。
『僕が…不甲斐ないせいで…申し訳ありません。』
光忠君が、長谷部君にシャツを脱がされながら呟くように言った。私は首を振った。
『違うっ!出陣させた私が悪いのっ!。謝るのは私!ごめんですまされるわけないけど、本当にごめん!ごめんねっ!』
つい泣き出してしまった私に、長谷部君が言った。
『皆、軽症で済んでいます。大丈夫ですよ。』
なんて、いい子たちなんだ。ある意味、「ブラック本丸」って囁かれても仕方ないような事しちゃってるのに、うちの子たち、私を責めることがない。
……
「主?」
光忠君のその声で、私は回想から引き戻された。
「あ、ごめん。光忠君が、初めて隊長で出陣した日のこと思い出しちゃって。」
「えー?一番、思い出したくない出陣リストのナンバーワンなのに。」
光忠君が、つないでない方の手で、頭を抱えながら言った。
「ごめんごめん。」
ほんと、いろいろごめん。
「そう言えば、長谷部が食事会とか言ってましたね。」
光忠君が、おもむろに言った。
「うん。皆で食事会するって言ってた。」
「じゃぁ、俺も手伝いにいかなきゃ。」
えっえとあの…行っちゃうんですか?
「主」
光忠君が、柔和な笑顔を私に向けて言った。
「倶利伽羅のところへ行ってやってください。」
「えっ…あの、光忠君も一緒に…」
「俺が行くと、あいつは意固地になるから。2人で、ゆっくりなさって下さい。」
光忠君がそう言って、少し寂しげな表情をした。
その表情やめてっ!!わかったよ!独りで行きますよっ!行きゃぁいいんでしょっ!!
……
倶利伽羅君は、大庭に確かにいた。
光忠君の言うとおり、こちらに背を向けてあぐらをかいて座っている。
それも武装姿で、防具までつけてる。
つまり「正装」なのだ。
2代目君達を悼むために、常に正装してるってわけか。
…ああああああやっぱり無理っ!!
いきなり気が萎えた。