「大倶利伽羅ラプソディ」<番外編>審神者、悲しみの本丸へ行く 作:立花祐子
私は倶利伽羅君の背を見たまま、しばらく立ちすくんでいた。
倶利伽羅君は、私には気づいていないようだ。
どうするよ。あんな落ち込んでる倶利伽羅君を、私独りで元気づけろってかっ!!
…しかし倶利伽羅君、人の気配まで感じられなくなっちゃったのか。
勘の鋭い子だったのになぁ…。
それに、彼の背中…あんなに小っちゃかったっけ??
…時間ばかりが過ぎていく。私はただただ、黙って立っていた。
すると、風に乗って歌声が聞こえた。
囁くような、それでいて透き通る声だ。
あれ?…これもしかして、倶利伽羅君の声??
で、この歌…!私が好きな歌だっ!!いつ覚えたの?
私はゆっくりと、倶利伽羅君に近づいた。
気づかれないように、ゆっくり。だって、気づいたら、きっと歌うのやめちゃう。
もっと、傍で聞きたい。
そんな気持ちで、ゆっくりゆっくり近づいた。
…とうとう、真後ろまで来たのに、倶利伽羅君は全く私に気づいていない。
2代目君達の鎮魂のために、集中して歌ってるのかな?
私は、ゆっくりと倶利伽羅君の後ろに、横向きで膝を立てて座った。
ああ…綺麗な声だー…。倶利伽羅君って、こんなに澄んだ声出るんだ。
私は目を閉じた。
瞼の裏に、2代目君達が楽しそうに走り回ってる姿が映る。
…3代目君が、4代目君を押し倒してる。その上に2代目君が、ふざけて飛び乗った。3人が折り重なったまま、大笑いしてる。あはは、子供みたい。
…あれ?なんで私、こんな彼らの姿知ってるんだ?もしかして今、倶利伽羅君の心にシンクロしてるのかな。
そう思って目を開いた。そして横向きのまま、こてんと倶利伽羅君の背にもたれて、再び目を閉じた。
倶利伽羅君の歌が止まり、背中が伸びた。
顔だけが、私に向いたのを感じる。
「!…主…!」
「続けて。」
「え?」
「歌。続けて。」
私は、目を閉じたまま言った。
倶利伽羅君はしばらく黙っていた。…そして1度うつむいてから、再び歌い始めた。
ほんと、綺麗な声だー。この声を独り占めしている私は、本当に幸せ者だ。
……
倶利伽羅君の、歌が終わった。
私が余韻に浸って黙ってると、倶利伽羅君が前かがみになってから、横へ倒れてしまった。
私はびっくりして膝をつき、目を閉じて動かない倶利伽羅君の体をゆすった。
「倶利伽羅君、どうしたのっ!?」
「…どうしたって言いたいのは、こっちだ。」
目を閉じたまま、倶利伽羅君が言った。ちなみに、倶利伽羅君は敬語を使わない。私も、もちろん気にしない。
「そんな登場の仕方あるかよ。気が抜けただろうが。」
「ごめんごめん!だって、歌聞いてたかったんだもん!」
「まじ、驚いた。」
そう言って、倶利伽羅君がくすくす笑い出した。いつもの倶利伽羅君に戻ってくれたような気がして、私はほっとして体を上げた。
「ほら、起きて!」
「なんで?」
「その武装脱ぎなさい!今から、出陣するでもあるまいし、ほらっ起きるっ!!」
私は、倶利伽羅君の体の下に手を差し込んで、倶利伽羅君の体を持ち上げた…いや、持ち上がってないっ!!
重いっ!!武装つきだから、まじ重いっ!!それに、本人も起きようとする気がないっ!!
「ふんぐぅーーーーーーーっ」
変な声出して、手をブルブルと振るわせて持ち上げようとするが、倶利伽羅君はびくともしない。
「ふふふ…」
倶利伽羅君が笑ってる。
こいつぅぅぅぅっ!さっきの私の心配はなんだったのよーーーっ!心配した分の時間返せっ!!
「こらっ!!お母さん怒るよっ!!」
そう言って、横に倒れたままの倶利伽羅君の腕を、ばしっと叩いた。
「はいはい。」
倶利伽羅君がやっと起き上がった。そして私に背を向けたまま、乱れた髪をくしゃくしゃっとさらに乱してから、腰につけている武装具を取り外した。
そして、両手を上げたまま動かなくなった。
ああ、上着を脱がせろね。はいはい。お母さん何でもやりますよ。
私は立ち上がって、両袖を引っ張って上に持ち上げた。するんと上着が脱げた。
白いTシャツが、太陽の光に反射して眩しいくらいだ。
「で?次は何をしましょう、お坊ちゃまっ?」
私は上着をたたみながら、ふざけ気味にそう言った。
倶利伽羅君は、ちらと私を横目で見て(流し目とは違うんだなこれが)「座って」と言った。
「はいはい」
正座して座った。が、倶利伽羅君は首を振った。
「足伸ばして座って。」
「あいよ。」
私は、両足を伸ばして座った。
すると倶利伽羅君は、私の太ももの上に頭を乗せて寝ころんだ。
「!!!!」
「クッション最高」
「やかましいっ!太いって言いたいんでしょっ!」
倶利伽羅君がちらと私を見上げて、またくすくす笑った。
……
倶利伽羅君は、眠ってしまった。
…もしかすると、2代目君達が消えてから、あんまり寝てなかったのかもしれない。
今、心地よい寝息を立てながら、寝入っている。
いろいろと気を張ってたんだろうなぁ。
そう思いながら、そっと目にかかった前髪を避けてやる。
すると、倶利伽羅君が目を覚ましてしまった。
しばらく、薄目で私の顔を見ていたが、突然驚いたように目を見開いて、飛び起きた。
「!!なっ何っ!?どしたのっ!?」
私がそう言うと、私に振り返ってからまた前を向いて、頭を抱えてしまった。
「倶利伽羅君?」
「…俺、寝てた?」
「寝てたよ?どうして?」
「寝たつもりなかった。」
私は、笑い出してしまった。
「笑うなっ!」
「ごめんごめん。」
「あーまじ恥ずかしい…」
そう言って、両手で顔を覆っている。
「ほら。寝なさい。」
私は、膝をぽんぽんと叩いて言った。倶利伽羅君は、顔を覆ったまま「もういい」と言った。
「そんな事言わないで、寝るっ!!」
私は、倶利伽羅君の両肩を無理やりつかんで、引っ張った。
「ぅわっ!!」
倶利伽羅君が仰向けになり、私の足の上に頭が乗った。
…同時に、倶利伽羅君の両目が、また前髪で隠れてしまった。
「もおお、ちょっと何?このうっとうしい前髪…。最近切ってないでしょ。今夜でも光忠君に切ってもらいなさい。」
「…光忠に会ったか?」
倶利伽羅君が、自分で前髪を手で避けながら言った。
「うん。会ったよ。」
「そうか。ちょっとは元気になったか?」
「…それは…どうかな…」
「…あいつがあんなに参ってる姿、初めて見た。」
倶利伽羅君が、少し目を伏せて言った。私はうなずいて、ため息をついた。
「そうだね。私も、光忠君があそこまで落ち込んでるのを見たの、初めて。」
「……」
「今日、長谷部君が皆で食事会するって言ってるからさ、その時にちょっとでもしゃべりなさい。あんたたち、あんまり話してないんじゃない?」
「話すというよりも…」
「?何?」
「光忠、声出して泣かないんだ。ずっと堪えたように涙流すだけで…。」
「…光忠君って、そういやそうだね。笑ってても、泣いてても感情押し殺してるようなとこある。」
「ん」
そうだよね。声を出して泣くって必要なことだよね。
「倶利伽羅君は、泣いたの?ちゃんと声出して。」
「…泣いたよ。光忠に抱き付いて泣いた。」
「それならよかった。」
…私と倶利伽羅君は沈黙した。
鳥のさえずりだけが、聞こえる。
「2代目達さ」
倶利伽羅君が、おもむろに口を開いた。
「!…うん。」
「…ほんとに、消えちまったのかなぁって思って。」
「……」
「あいつらが、どこでどうやって戦ったのかわからないから、長谷部に調べてもらったんだ。」
私は驚いた。泣いてばっかりじゃなかったんだ。
「そしたら!?」
「そしたら、よくわからないんだけど、俺たちのいる「本丸(ここ)」と、主のいる「現世」の間で戦ったんじゃないかって。」
「…そうね。妖魔(ウィルス)がいなくなったってことは、そういうことだろうね。」
「それなら、どうして戻ってこれないんだって聞いたら、次元がなんとかって…」
「あー。こっちと次元が違うからね。」
「主は、どうして行き来できるんだ?」
「私のいる所の方が次元が高いのよ。だから私は大丈夫なの。でも、2代目君達がどうしてこっちに戻れなかったのかってのは、わからないけど。」
「…そうか…。」
倶利伽羅君は、しばらく黙り込んだ。そして、再び口を開いた。
「やっぱり、消えちまったのかなぁ…。」
「私は、消えてないと思ってる。」
「!」
倶利伽羅君が、目を見開いて私を見上げた。
「これは私の希望的観測だけど…。私のいる現世に飛び出しちゃったのかもしれない。」
「でも、それはできないんだろ?長谷部が、無理だって…」
「わからないわよー。今頃、現世のどっかで高校生してたりするんじゃないかな。」
「高校生?どうして高校生なんだ?」
「2代目君達って、それくらいの年だったんじゃないかなって思うの。子供じゃない、でも、あなたたちのような大人じゃない。」
「…ん…」
「だから、高校生。本丸(ここ)にいたという記憶はないだろうけど、どっかで3人集まって、今頃遊んでるんじゃないかなって。」
「…それは…可能なのか?」
「生まれ変わったと考えれば、可能じゃない?ただ「神様」だった子が「人間」に生まれ変わるって、ある意味「格下げ」だから、不名誉ではあるけどね。」
倶利伽羅君は目を見張ったまま、ゆっくりと起き上がった。
「…不名誉でも…あいつらが消えてないのなら…」
倶利伽羅君が、輝かせた目を私に向けた。
「どっかで生きてるなら、俺、それでいい。」
私は、思わず微笑んでうなずいた。
そっか。倶利伽羅君は、彼らが完全に消滅したかもしれないことを、悲しんでたんだ。
「俺たちの事忘れても…生きてるなら、それでいい。」
倶利伽羅君は心からほっとしたように、そう繰り返した。
……
「主」
その声に、倶利伽羅君と並んで寝ころんでいた私は、飛び起きた。
「長谷部君!」
長谷部君が笑顔で立っていた。私はうろたえてしまった。浮気現場を見られたような感じだ。
「あっ、えっと、さっきはその…」
「食事会のご用意ができました。第1部隊宿舎の大広間にお越しください。」
私が口ごもっているのをさえぎるようにそう言って、長谷部君は機動MAXで立ち去ってしまった。
「なんだ?長谷部のやつ。」
倶利伽羅君が半身を起こして、不思議そうに言った。
「あいつ、何怒ってんだ?」
「!?えええええ笑顔だったよ!?」
「え?あいつのここの…」
と倶利伽羅君は、自分のこめかみをつついた。
「怒りマーク見えなかった?」
「ひいいいいいいいいいっ!」
長谷部君が怒ってる。まじで怒ってる。何をどうやって謝ればいいんだ?ってか、どこからどこまでを謝ればいいんだ。
「突き飛ばしてごめんなさい」?
「光忠君に抱き付いてごめんなさい」?
「倶利伽羅君と、寝てごめんなさ…」いや、寝てねぇぇよっ!
「主、長谷部と何があったんだ?」
頭を抱える私に、倶利伽羅君がいたずらっ子のような目をして言った。