路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

1 / 202
第一話

迷宮都市オラリオ。

世界唯一の迷宮都市で広大な都市の中央には天を衝く白亜の摩天楼。

摩天楼施設『バベル』を中心にして――――つまり都市の名称通り迷宮(ダンジョン)を起点にして――――このオラリオは栄えていた。

その特性からオラリオには数多くの冒険者が存在し、その冒険者が向かうダンジョンにはまだ見ぬ『未知』が眠っている。

未知という名の興奮、巨万の富、輝かしい栄誉、そして権威。

その全てがこの都市には揃っている。

しかし、その迷宮都市オラリオの薄汚い路地裏には世界に、都市に、自分に絶望して壊れた者達もいる。

「このクソガキがッ!!」

路地裏で数人の中年冒険者が白髪の一人の少年を殴り、少年は壁に叩きつけられる。

「…………」

少年は痛みを感じていないのか、もしくはそんなのどうでもいいかのようにただ睨むように自分を殴った冒険者を見る。

「オラッ!」

「ガハッ!」

腹を蹴られて蹲る少年の顔を冒険者は蹴って倒す。

「おい、その辺にしとかねえと死ぬぞ、コイツ」

「……それもそうだな、まぁ、こんなガキが死んだところでどうもしねえがな」

ゲスの笑みを浮かばせながら去って行く冒険者達。

しばらく経ってから少年は蹴られた腹を押さえながらその場から消える。

今日はまだマシだったと思いながら少年は食べ物を求めてゴミを漁る。

この都市の冒険者は血の気が多い為か、先ほどの冒険者達はストレス発散の為に少年をいたぶって楽しんでいた。

だけど、少年はそんなことどうでもよかった。

今更そんなことに気にしても意味がないと理解しているからだ。

どうせ、この薄汚い路地裏で自分の人生は終わるのだからと。

飢えて死ぬか?

冒険者に嬲り殺されるか?

そうなる前に自殺でもするか?

どうせそうやって自分は死ぬのだと少年は既に理解している。

「いっそのこと……全部壊れちまえばいいんだ……」

世界も都市も種族も何もかも全てが壊れてしまえばいい。

少年は自虐的な笑みを浮かばせながらそんなことを口走った。

言っても意味がないことと理解しながらも言わずにいられなかった。

「物騒なことを言う子がいるわね」

その時だった。

少年の前に一人の女神が現れたのは。

白い長髪の女神。女性から見ても羨ましがるようなプロポーションにその瞳は少年の心を見透かしているかのような眼力。

そんな女神が少年の前に現れた。

「私の名前はアグライア。最近この世界に降りてきた女神よ」

アグライアと名乗る女神は少年に近寄って至近距離で少年の顔を覗き込む。

「………?」

いきなり顔を覗き込まれた少年は困惑するが、アグライアは一笑して離れる。

「私がこの世界に降りてきたのは【ファミリア】を作ろうと思ったからよ。そして、私は貴方と出会ったわ」

アグライアは少年に告げる。

「私の眷属になりなさい」

その一言が全ての始まりだった。

少年―――ミクロ・イヤロスと女神アグライア。

小さな路地裏で一人の少年と女神は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神が下界で許されている『神の力(アルカナム)』によって下界の子に『恩恵(ファルナ)』を与えてその神の眷属にする。

眷属の積み重ねた『経験値(エクセリア)』を神は抽出して『神聖文字(ヒエログリフ)』に変えて背中に刻み込む。

そのことにより、人を超越した身体能力、魔法と奇跡。

神が人に開く神に至る道。

それが【神の恩恵(ステイタス)】。

そして、その『恩恵(ファルナ)』を刻まれた眷属こそが【ファミリア】の誕生。

「さぁ、今日からここが私達の本拠(ホーム)よ」

女神アグライアに連行に等しい形で連れてこられた少年、ミクロは連れてこられた本拠(ホーム)を見渡す。

人気のない道にある物置部屋に近い本拠(ホーム)

綺麗に片付けられてはいるが元がぼろいせいか、少なくとも普通の宿がどれだけいいかと思う程ぼろい本拠(ホーム)だった。

だけど、路地裏で雑魚寝していたミクロにとってはこれでも贅沢と言える程だった。

「私の神友がくれた物置部屋よ」

アグライアはそう言ってベッドに座る。

「それじゃ、早速『恩恵』を刻むからここにうつ伏せになってちょうだい」

ポンポンとベッドにうつ伏せになるように促すアグライアだが、ミクロは首を横に振った。

「俺は……あんたの眷属になるなんて言っていない」

無理矢理連れてきたんだろうが。と愚痴を溢すミクロ。

「そもそも何で俺なんかを眷属にするんだ?」

このオラリオでは魔法に秀でたエルフや力自慢のドワーフなど数多くの亜人(デミ・ヒューマン)が存在している。

ミクロは人間(ヒューマン)。それも体格が優れている訳でもない、ボロボロの体にやせ細った体躯。

そんなミクロを選ぶぐらいならまだ身なりがいい他の人間(ヒューマン)を選んだ方がマシのはずだ。

だけど、アグライアが最初に選んだのはミクロだった。

「貴方はこの世界に……いいえ、自分自身にさえ絶望し、壊れている。私たち女神にとってそれは慈悲の対象。そして何より勿体ないと私が思ったからよ」

「勿体ない………?」

慈悲の対象には理解出来たミクロだが、アグライアは何を思ってミクロのことを勿体ないと思ったのかはわからなかった。

すると、アグライアは時間を見て立ち上がる。

「そろそろいいかしら。来なさい、私が言った意味を知ってからでも遅くはないでしょう?」

笑みを浮かばせながらミクロの手を握るアグライアは本拠(ホーム)を出てメインストリートに向かう。

しばらく走り、階段を駆けるアグライアとミクロ。

「後ろに振り向きなさい」

階段を登り切ってそう言うアグライア。

ミクロは言葉通りに後ろに振り返る。

そこには夕日と都市オラリオが一望できる景色だった。

「………」

無言でその景色を眺めるミクロ。

そのミクロにアグライアは声をかけた。

「きっと貴方はあの路地裏で長く住み着いたせいか、路地裏こそが世界だと思い込んでしまっていたのね。でも、それじゃ勿体ないじゃない。だって、世界はこんなにも華やかで、美しいのだから」

アグライアは語る。

「私が下界の降りてきたのは家族を作ってこの世界を共に堪能する為。だからこそ、私は貴方に声をかけた。出会いは偶然だけど、この景色を見せて絶望する必要なんてないと知って欲しかったから」

アグライアはミクロと向き合う。

「もう一度言うわ、ミクロ・イヤロス。私の眷属になりなさい。私と一緒にこの世界を堪能しましょう」

微笑みながらミクロに手を差しだすアグライア。

ミクロは何度もアグライアの顔と差し出された手を見ながら恐る恐ると手を伸ばす。

ミクロに家族はいない。

物心ついた時からずっと路地裏で生活していた。

唯一知っていること言ったら自分の名前がミクロ・イヤロスという事実だけ。

周囲から存在していないかのように扱われ、冒険者からはストレス発散の道具として扱われてきた。

泥水をすすったり、腐りかけた食べ物を食べる生活をしていた。

自分を捨てた両親、自分を無視する者に、自分をいたぶって楽しんでいる冒険者に。

ミクロは絶望して、気が付けば自分が何なのかわからなくなった。

わかっているのは自分はミクロ・イヤロスという名前で人間(ヒューマン)という種族だということだけ。

だけど、そんなミクロは出会った。

目の前にいる女神アグライアに。

絶望しかなかったミクロを導く一筋の光をアグライアはミクロに与えた。

たった一筋の光でもミクロにとってはそれは眩しすぎる程の輝き。

ミクロは差し出されたアグライアの手を握った。

「ミクロ・イヤロス。貴方は私の初めての眷属。今日からよろしくね」

握ってきたミクロの手を微笑みながら握るアグライア。

ミクロは今日という日を決して忘れないだろう。

女神アグライアと出会ったことを。

この都市の光景を。

女神アグライアの言葉を。

そして、【アグライア・ファミリア】の誕生の瞬間を。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。