「………」
泉とはまた違う湖の味は少し塩辛かった。
「泳ぎましょうか」
「うん」
シャルロットに背中を押されて泳ごうと水中に浸かって湖の中をすいすいと泳ぐ。
青く澄んでいる湖の中でも視界は利いて互いの顔が確認できる。
ある程度泳ぐと二人は同時に湖から顔を出す。
「ミクロー!一緒に遊ぼう!そっちの子も一緒にさ!」
「わかった」
「行ってきなさい、私は遠慮しておくわ」
ティオナに誘われて返答するミクロにシャルロットは子供同士の遊びに大人が交ざる訳にもいかずに距離を取って見守ることにする。
ティオナ達と湖水浴をするミクロを見て【ロキ・ファミリア】の年長者達はそんなミクロを見て複雑な気持ちになっていた。
「確かにロキの言う通りだけど……」
「あれはあれで、ね………」
遠征を共にした仲で多少なりは言葉は交わしたことがあるなかでどういう人物かは大体はわかっていた。
安心はできる。
だが、それはそれでまるで自分達に魅力がないと思わざるを得ない。
主神の女好きという性格もあって【ロキ・ファミリア】は美女美少女が多い。
同じ派閥の者であれば慣れているだろうと思うがミクロは別派閥の人物。
それなのに一度たりとも凝視すらしていない。
普通の男性であれば鼻の下を伸ばしてもおかしくない光景をミクロはいつもと変わらないようにしている為、これはこれで嫌だった。
女の
見た目と同じように無垢な子供と思えばまだ気が楽だろうと考えるが他派閥とはいえ第一級冒険者相手を子供扱いはできない。
複雑な気持ちがより深くなってしまう。
「アイズさん!良ければ私達と遊びませんか?」
「………えっと」
一人でいるアイズに気付いたレフィーヤが、楽しげな表情で誘う。
「………わ、わたしは……いい、かな………」
「?」
そわそわしているアイズに、レフィーヤが首を傾げているとロキが核心を告げる。
「なんやー、アイズたん?もしかして、まだカナヅチ直っとらんのかー?」
「ア、アイズさん………泳げないんですか!?」
挙動不審するアイズの反応にこの場にいる誰もが気付いた。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインはカナヅチだと。
「ダンジョンの水辺の階層で泳がなかったの?」
ミクロはそこで泳ぎを覚えた。
水中モンスターに喰われそうになったこともあったが今となっては水中でも平然とモンスターを倒せれるようになった。
しかし、アイズは違う。
あまり水辺に近づかず、水中に落ちそうになっても魔法で水面を蹴って離脱してきた。
「……泳ごうとすると、沈んじゃって…………」
両手を組み、その細い指をもじもじいじり出しながら白状するアイズの頬は赤くなる。
足がつくところなら問題ないアイズだが、顔を水につけると駄目らしい。
「アイズ」
そんなアイズの腕をミクロは掴む。
「命懸けならすぐに克服できる」
「え?」
瞬間、ポーンと空中に投げ飛ばされて激しい水飛沫と共に湖の中に落ちる。
あまりに唐突な為、【ロキ・ファミリア】全員は一瞬呆ける。
「ア、アイズ~~~~~~~~~~~~!!!」
「な、何しているんですかぁぁぁああああああああああああああああああッッ!?」
救助に向かうティオナ達と唐突過ぎる行動を取るミクロに怒鳴るレフィーヤ。
ロキは砂浜で石像に化している。
「戦闘と同じように命懸けならすぐに克服して上達する」
「非常識極まります!!貴方とアイズさんを一緒にしないでください!!」
「戻ってきたらもっと遠くに投げるか」
「まだ続ける気ですか!?」
どこへ行っても訓練には
一度は師事を受けたことがあるレフィーヤは相変わらず無茶苦茶な訓練に叫ばずにいられない。
ティオナ達の手によって救助されたアイズはぐったりと項垂れていた。
「ミクロ……酷い…………」
「あれはやり過ぎよ」
「うんうん!私達でもしないよ!」
非難の声が向けられるミクロは困ったように口を尖らせる。
「アイズが手っ取り早く泳げるようにしたかっただけ………」
「それでもやり方があるでしょうが………」
いくらアイズの為とはいえ、これはないと断言する。
ならと言わんばかりに『リトス』から真珠のような
「『テース』。水中戦を前提に作製した
「いろんなものを作るわね、あんた」
様々な
「効果は十時間。これなら顔が水につけても問題ない」
「うん、ありがとう……」
これなら、落ち着けて泳ぎの練習ができると安堵するアイズの腕をミクロは掴む。
「沈んでも問題ない」
そして再びポーンと空中に投げ飛ばされるが二度も同じ手が通用するほど【剣姫】は甘くない。
「【
「【駆け翔べ】」
「!?」
魔法を持って魔法を相殺する。
同系統の魔法同士である二人の魔法は時には相乗効果も生むこともあれば相殺することもできる。
水上で魔法が相殺されたアイズは再び激しい水飛沫と共に水中に沈む。
「なにしてくれてんのよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「アイズ~~~~~~~~~~~~!!」
「アイズさぁぁああああああああああああああああああんっ!!」
今度はレフィーヤも加わってアイズの救援に向かうなかでシャルロットがミクロの肩に手を置く。
「少しこっちへ来なさい」
「わかった」
それからミクロは砂浜の上で正座させられてシャルロットの説教を受けることになった。
石像からようやく戻ったロキはミクロをシャルロットに任せて本来の目的である湖底の調査にティオネとティオナを向かわせている。
アイズの謝罪代わりにティオネ達に『テース』を渡してある。
「…………」
アイズは頬を膨らませて今もミクロを睨んでいる。
子供アイズも同様に頬を膨らませている。
ただでさえ根深いトラウマが更に強くなってしまったアイズ。
「ほら、アイズちゃんにちゃんと謝りなさい」
「ごめん、アイズ」
謝罪するミクロにぷいっと顔を逸らす。
しかし、そんなアイズも可愛いとレフィーヤ達は思っていた。
その時、アイズ達は瞬時に異変に気付いた。
ロログ湖に入って来たばかりのガレオン船に黄緑色の触手が絡み付く。
その色は間違いなく新種の食人花だと判明できたアイズ達は船の救助に向かおうと動き出す。
ミクロも『ヴェロス』を発動させようとした瞬間。
『―――――ガッッ!?』
ガレオン船から跳躍した一つの影が、食人花の頭を斬り飛ばした。
オラリオの上級冒険者でも手こずる食人花を瞬殺。
勢いよく水面に顔を出すティオネとティオナも含めて唖然とすると食人花を屠った黒い影が
「リャガ・ル・ジータ………ディ・ヒリュテ」
「アマゾネスの種族言語……」
「バーチェ……」
信じられないものを見たように目を見開くティオナ、そして、追い討ちかけるようにガレオン船から声が落とされた。
「久しい顔がおる」
「―――――――――」
数多くの
幼い女神を見たティオネの顔色は激変させてその名を呼んだ。
「カーリー…………!」
【カーリー・ファミリア】は『テルスキュラ』という国に君臨する女神が率いる派閥。
『テルスキュラ』はオラリオから離れた南東にある半島の国でありアマゾネスしかいない国で有名である。
雄叫びと歓声が途切れる日がないほど、戦い合い、研磨を続ける血と闘争の国――
男子禁制であり、いたとしても奴隷か種族繫栄の道具としてでなければ存在を許さない。
その国の頭領姉妹のアルガナと妹のバーチェは近年Lv.6に至ったとされ、数少ない世界戦力の一つともされている。
「なるほど」
シャルロットから【カーリー・ファミリア】と『テルスキュラ』の説明を聞いて頷く。
そのアマゾネスの一団が昨日に上陸を果たしてシャルロットは自身達の仕事の調査中にミクロに説明を促していた。
「『私も彼女達の賛歌に倣うことにする。彼の地のアマゾネスこそ、真の戦士』。ラスティロ・フォーロの大陸異聞録に記されているわ。要はアマゾネス同士殺し合わせて強くなっているってことね」
それから―――と口にするシャルロットだが途中で口を閉ざす。
何故ならティオネとティオナは『テルスキュラ』の生まれだからだ。
「関係ない」
そんなシャルロットの表情を読み取ってミクロは断言する。
「二人は二人だ」
どんな過去を持っていようがティオネはティオネでティオナはティオナ。
それ以上でもそれ以下でもない。
それを聞いたシャルロットは微笑みながらミクロの頭を撫でる。
「そうね」
穏やかな陽気に包まれるなかでいい子に育ってくれたミクロに嬉しく思うシャルロット。
メレンの大通りを歩く中で問題が発生した。
「がぁ………!?」
小さな呻き声と騒がしくなる人達を見て二人は騒ぎの中心に視線を向けると昨日見たアマゾネス―――アルガナが一人の男性漁師の首を掴んで持ち上げていた。
「止めろ」
それを見たミクロはすぐにアルガナの腕を掴んで制止の声を飛ばすとアルガナの爬虫類を彷彿させるさせる粘ついた視線がミクロを見据える。
「白髪、眼帯………お前か……」
拙い
「噂は、聞いてる、お前と戦ってみたかった」
狂笑を浮かべてミクロに拳撃を放った。