ミクロがアルガナを倒したその日の夜。
ミクロとシャルロットは【カーリー・ファミリア】が滞在している宿を襲撃していた。
「邪魔」
「ごめんね」
襲いかかってくる
「なんか、私達が悪いみたいで嫌ね」
「ガッ!?」
頬を掻きながらアマゾネスに回し蹴りで壁に埋めり込ませるシャルロット。
実はと言うとミクロ達は元々襲撃に来たわけではなかった。
ただ、入れてくれとミクロが懇願したが入れて貰えず仕方なく強行突破した結果、アマゾネス達の方から襲いかかってきて倒してしまうと他のアマゾネス達まで襲われるはめになったのだが、実際は強行突破したミクロが一番悪い。
「昔を思い出すな………」
へレスも極東に伝わる道場破りのようなことを他派閥に行っていた。
その辺りはやはり遺伝なのだろうと妙な納得が出来てしまう。
「それにしてもどうして【イシュタル・ファミリア】の
【カーリー・ファミリア】と思っていた二人は【イシュタル・ファミリア】の
同じ種族ということもあって気付くのが遅れたがオラリオの外にどうして
しかし、考えられることとしたら一つだけ。
「イシュタル様がいる………?」
【カーリー・ファミリア】とどういう繋がりがあるのかはわからない。
だが、ここに
いや、もしかしたら【カーリー・ファミリア】がここメレンに来た理由はイシュタルによるものなのではと思考を働かせていると通路の先から不気味な笑い声が聞こえた。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲェ!アタイがここにいると聞いて会いに来てくれたのかい!?」
「【
【イシュタル・ファミリア】団長であるフリュネの誕生にミクロはイシュタルとカーリーは何らかの関係があると確信した。
「悪いけどお前に用はない」
「つれないねぇ~~アタイと遊ぼうじゃないか………前々からその顔を無茶苦茶にしてヤリたいとおもっていたのさぁ~」
にやぁ~と笑うフリュネは同じ派閥のアマゾネスから大戦斧を受け取る。
だが、それと同時にミクロは跳んだ。
「ぶべっ!?」
武器を手に持った瞬間戦意はあると判断して受け取ると同時に強烈な蹴撃を与えて床に鎮めさせる。
「ついで」
「ぶべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべッッッ!!?」
続けて容赦なく
電撃によって黒焦げになっているフリュネを置いてミクロは先を進む。
「………こういうところは本当にあの人似ね」
障害は容赦なく破壊して先へ進むやり方は父親であるへレスに非常に似ていた。
苦笑を浮かばながらミクロに続くシャルロット。
団長であるフリュネが倒されたことによって戦意を失ったのか襲いかかってくるアマゾネスの人数は格段に減った。
むしろここまで無双してきたこの二人に完全に戦意が折れたのだろう。
自分の体術に自信がある【カーリー・ファミリア】の
戦意を折るには十分過ぎる。
だけどその中でたった一人、ミクロ達の前に立った
「………」
アルガナの妹であるバーチェは閉ざされたその口を開く。
「【
超短文詠唱を歌い、必殺の魔法を発動させる。
「【ヴェルグス】」
突き出されたバーチェの右手を黒紫の光膜が覆う。
バーチェの
『テルスキュラ』で行われる『儀式』で多くの同胞を葬ってきた、防御不可能の毒牙。
必毒であり必殺のバーチェの魔法を前にしてもミクロは歩む速度を緩めない。
「怖いのか?」
「っ!?」
「怖いのなら無理をするな」
バーチェの瞳の奥に宿す死の恐怖を見抜いたミクロは戦いたくないのなら戦うなと告げる。
そんな相手に勝てるわけがないとわかっていてもバーチェには矜持がある。
何もせずただ怯えることは彼女自身が許せなかった。
「ぁぁぁああああああああああああああああああああああッッ!?」
恐怖を追い払うかのように叫び、突貫するバーチェ全身を奮わせて力をかき集めて、敵を殺す自身の
「【駆け翔べ】」
バーチェに対してミクロも魔法を発動する。
覚悟を決めた
「―――――――――――――っっ」
二人が交差した瞬間、結果は一瞬。
バーチェの渾身の一撃を紙一重に躱したミクロは風を纏った全力の一撃をバーチェの腹部に叩き込んだ。
「がぁっっ!?」
壁に叩きつけられるバーチェはそのまま意識を失う。
魔法を解除してミクロは更に奥へ進む。
「お前は【覇者】……どうした?私のところに来る気になったのか?」
「俺はアグライアの眷属を止める気はない」
以前にも勧誘されたことのあるミクロだが、その答えは変わらない。
「私のところにモノになれば金も女も自由にしていいんだぞ?なんなら私が相手をしてやってもいい」
「興味ない。それにお前に用もない」
微塵も揺るがないミクロに目を細めるイシュタルを無視してミクロはカーリーに視線を向ける。
「話がある」
「襲撃しに来ておいて話か?子を痛めつけたことに対して詫びの言葉を述べたらどうじゃ?……それと」
言葉を続けようとするカーリーは深く溜息をすると突如ミクロの背後から抱き着いてくる人物がいた。
「また会えた。お前、名は?」
「アルガナを使い物にならないようになってしまったではないか………」
心の底から嘆くようにぼやくカーリーにシャルロットは若干同情の眼差しを向けた。
ミクロの首に背後から腕を巻きつかせて頬ずりしながら名を聞いてくるアルガナ。
爬虫類と思わさせるその瞳は一言で表すのなら恋する乙女そのものだった。
アマゾネスは強い『男』に惹かれる。
アマゾネスは自分を打ち負かした『雄』に心を奪われる。
女種族特有の
「お前の子を孕ませたい……強いアマゾネス、産まれる」
長い舌で味見するようにミクロの頬を舐めるがミクロは特に気にしない。
シャルロットから見たら自分の息子が捕食者の標的にされたようで落ち着かない。
この光景をリューが見たらきっと怒り狂うことが想像できる。
「ティオネとティオナに関わるのを止めろ」
アルガナに抱き着かれながらも要件を告げる。
「何故お主がそれを言う?お主はロキの眷属ではあるまい」
「友達が泣いていた。助ける理由はそれで十分」
二人の為にミクロはここまでやって来た。
泣いていたティオネの為に。
そのティオネを助けようと笑っていたティオナの為に。
「相も変わらずだな、お前は」
イシュタルがそう口にする。
数年前もミクロはイシュタル相手にアイカを身請けした。
神相手に怯むこともなく直談判を行うミクロのその言動は変わっていない。
「……妾は闘争と殺戮を求めてこの下界に降りてきた。
自身が下界に降りてきた理由を話し始めるカーリー。
「唯一無二の娯楽であったが、それは今日までの事。何故ならお主が妾の娯楽を壊したからじゃ」
ミクロを指すカーリー。
「アルガナを使い物にならんようにして、妾の愛する子を倒してここまでやってきたお主の懇願を何故妾が聞き入れなければならん」
自身の娯楽を壊したミクロを見るカーリーの瞳は怒気が含まれていた。
アルガナを倒して、友達の為にここまでやってくるのにミクロ達は多くの
そのせいでカーリーは娯楽を失った。
謝罪は受けることはあれ懇願を聞き入れる理由はない。
「………愛する子を殺し合わせることにお前は何も感じないのか?」
「むぅ?」
「あ……」
予想外な言葉に怪訝するカーリーにミクロに触れているアルガナは気付いた。
ミクロは静かに怒っている事に。
「お前が何をしようが俺にはどうでもいい。だけど、お前の娯楽で俺の友達は傷付いたことに変わりはない」
「これこれ、勘違いするでない。
「だけど二人の心情に気付くことも出来た筈だ」
テルスキュラがそういった国だということはミクロも理解している。
戦いたいのならすればいいとさえ思っている。
だけど、闘争に身を委ねる前に二人の心情にカーリーが気付いていないとは思えない。
愛すると言っておきながらもいったいどこにその愛があるのかミクロにはわからない。
「これ以上あの二人に関わるのなら俺がテルスキュラを滅ぼした後でお前を殺す」
「「っ!?」」
怒気が殺意に変化した瞬間、二柱の女神が顔が険しくなる。
目の前にいる下界の子供が二柱の前で堂々と殺神宣言をした。
因みにその殺意にアルガナはよりミクロに惚れ直した。
「落ち着きなさい」
そのミクロを宥めるようにシャルロットはミクロの肩に手を置いた。
「申し訳ございません、カーリー様。この子は少々優しく、友達想いなものでして」
ミクロの代わりと言わんばかりに女神に謝罪の言葉を述べるシャルロット。
「カーリー様、貴女もミクロを怒らせてまで無理矢理にでもあの二人に関わろうとは考えてはいないはずです。しかしこのままでは互いに平行線。そこで互いに譲歩し合うのはいかがでしょう?」
「譲歩とな……?」
「ええ、カーリー様が望むのは恐らく闘争の行く末、殺戮の果てに生まれる『最強の戦士』。それをご自身の目で見てみたい。勝手ながら私はそう推測させて頂きましたがよろしいでしょうか?」
「うむ、その通りじゃがアルガナが使い物にならん以上それを見ることは叶わん」
カーリーの望みを確認するシャルロットは頷き、ミクロに耳打ちする。
「アルガナがティオネに勝つところが見てみたい」
「カーリー、私、ティオネに勝つ」
ミクロの言葉にアルガナは即座に反応する。
恋する乙女は惚れた相手に弱いのだ。
アルガナの背中に恋に燃える炎の幻覚が見えた気がした。
「騒ぎを起こして二人を引き剥がして離れた場所で戦わせ合う。ただし、殺し合うことはしないが条件です」
シャルロットはこう告げている。
騒ぎを起こしてアルガナとティオネ、バーチェとティオナを戦わせ合う。
但し、あくまで殺す事はしないが条件で。
戦わせはするが殺し合うことはしない。
それがシャルロットが提案する互いに譲歩し合うことだった。
「もちろん私達は互いの邪魔は致しません。中立とさせて頂きます」
シャルロットは提案を出しつつ自身の仕事を上手く終わらせる為に自身の要求も入れている。
騒ぎが起きればルバートは証拠を隠滅させようと動くはず。
なら現場証拠を押さえるには騒ぎが起きてくれた方が都合が良かった。
ミクロの本気の脅迫のおかげでやりやすくなったシャルロットは続ける。
「少々の不満はあるでしょう。ですが、こちらも譲歩していることも含めてお考え下さい。私達の提案に乗るか、否かを」
「………」
シャルロットの提案にカーリーは即答できない。
自身の最高の望みは見ることは出来ないが、見たい戦いは見ることが出来る。
下界の子の思惑通りになるのは腹が立たないと言えば嘘になる。
しかし、カーリーは気付いている。
この提案に乗らなければミクロは確実に動くことに。
先ほどの発言は本気だった。
本気でテルスキュラを滅ぼして自分を殺しに来るつもりだった。
提案を拒否すれば何か企んでいると思われる可能性がある。
チラリとシャルロットに視線を向けて内心で舌打ちする。
断れないことを知ってシャルロットはそう提案をしてきたことに。
「………わかったのじゃ」
唇を尖らせながらその提案に乗った。
それを聞いたシャルロットは踵を返す。
「では、私達はこれで。ミクロ、帰るわよ」
「わかった」
帰ろうと立ち上がろうとするもアルガナがそれを許さない。
蛇のように絡み付いて執念深くミクロを手放そうとしない。
「……ミクロ、ここに残る。私と交わる」
ぎゅと強く抱きしめる。
ミクロでなければ骨が軋むか折れるぐらい強く抱き着くが体が堅牢なミクロは特に問題なく大人しく抱き着かれる。
そんなアルガナを見てシャルロットは一言申し入れようとする前にミクロがアルガナの頭を撫でる。
「また後で」
「…………うん」
ミクロの言葉に素直に頷き離れるアルガナを見てシャルロットとカーリーは呆れるように息を吐いた。
この子は本当に………とぼやくシャルロットの後ろをミクロはついていく。
そのミクロの後姿を熱を孕んだ吐息をしながら潤った瞳で見つめるアルガナを見て目が死んだ魚のようになるカーリー。
「………どうしようもないのぉ」
本当にどうしようもないようにカーリーはぼやいた。