路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

115 / 202
New55話

【アポロン・ファミリア】との騒動が終えてミクロ達は本拠(ホーム)に帰還。

セシルとベルを自室で休ませてミクロは騒動の事を主神であるアグライアに報告。

「そう、アポロンがね……」

ぼやくように溢すその言葉には少なからずの怒気が含まれている。

愛する我が子を傷付けられて黙っていられる(おや)はいない。

「滅ぼす?」

「それは今は止めなさい」

【アポロン・ファミリア】を今すぐ滅ぼす提案をするミクロをアグライアは宥める。

ギルドから騒動を起こしたことに関してギルドの者が来たが、壁の修理代と厳重注意だけで済んだ。

【ファミリア】同士の抗争はよくあることなのでギルドもいちいち余計なことはしたくないのが本音だろう。

だが、【ファミリア】一つ滅ぼすとなれば何らかの罰則(ペナルティ)が課せられる。

これまで築き上げてきた信用も落ちてしまう為にそれは最終手段として取っておく。

「アポロン……いったい何が目的なのかしら?」

【アポロン・ファミリア】の等級(ランク)はD。

百名以上の団員がいる派閥(ファミリア)だが、上位派閥である自分達の【ファミリア】と比べれば遥かに格下。

普通なら喧嘩を売るなんて真似はしないはずなのにアポロンは仕掛けてきた。

何が目的で、どういう意図を持っているのかはまだわからない。

だけど、仕掛けてきた以上ただで終わらせるつもりはアグライアにはなかった。

ちらりと自室の(テーブル)に置かれている招待状に視線を向ける。

神の宴の招待状。

それも騒動を起こした【アポロン・ファミリア】からだ。

「行くしかないわね………」

招待状を手に持って本来なら行かないつもりだったが事情が事情なだけに行かざるを得ない。

それも今回はいつもの宴とは違い、眷属を一名引き連れての神と子を織り交ぜた異例のパーティ。

口から溜息が出てくる。

アグライアにとってアポロンは会いたくない神の一柱であるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

馬車が止まる。

馬の嘶きが響く中、高級な作りの扉を開け、一人先に外へ。

着慣れない礼服――――燕尾服を身に纏うミクロは正装のドレスで身を包む、主神アグライアの手を取る。

「ありがとう」

微笑むアグライアにミクロは当然のように頷く。

「すまぬな、アグライア、ミクロ。服から何まで、色々なものを世話になって」

ミクロ達に続いて馬車の中からミアハとナァーザが姿を現す。

「こちらから誘ったのですもの。これぐらいはするわ」

馬車から衣装までミクロ個人の金で肩代わりするがミクロは気にも止めていない。

元より武器の整備ぐらいにしか使わないミクロは溜まる一方の為、こういうところで消費させている。

「誘ってくれて、ありがとう、ミクロ……似合う?」

「うん」

スカートの部分を両手でつまむナァーザにミクロは素直に返答するとナァーザの尻尾はぱたっ、ぱたっ、と左右に振っている。

宮殿内に入るミクロ達はパーティ会場である二階の大広間に向かう。

既に賑わっている大広間は豪勢の一言に尽きるがミクロは特に興味を示さず、アグライアについて行く。

そんなミクロの様子を見て苦笑するアグライアは少しでもこういうところにも興味を持って欲しいと内心で呟く。

広間に進むにつれて見覚えのある冒険者や、嫌々主神に付き合わされている団員まで多くの亜人(デミ・ヒューマン)が集まっている。

しかし、その多くがミクロの登場で雰囲気ががらりと変わった。

オラリオでは名を知らない有名な【覇者】とその主神の登場に様々な視線がミクロに向けられる。

尊敬、畏怖、警戒などいった視線がミクロに向けられるがミクロは気にも止めていない。

「イヒヒ、久しぶりだな。アグライア、ミクロ」

「ザリチュ……」

「有名になってくれて俺も嬉しいぜ?」

【ザリチュ・ファミリア】の主神ザリチュとその後ろに控えているアマゾネスの団員。

ティヒアの前の【ファミリア】の主神と数年ぶりの邂逅を果たした。

「ティヒアは元気か?いや、聞くまでもねえか」

「うん、元気」

元団員であるティヒアの様子を尋ねるが聞くまでもなかった。

今もミクロについて行っていることぐらい容易に理解できる。

「イヒヒ、じゃあ、あいつにもよろくし伝えといてくれや」

「わかった」

頷くミクロにザリチュは離れていく。

 

『――――――諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

と、高らかな声が響き渡った。

大広間の奥に、一柱の男神が姿を現している。

「あれがアポロンよ」

アグライアが耳打ちでその男神のことをミクロに教える。

端麗な容貌で太陽の光を凝縮したかのような金髪に緑葉を備える月桂樹の冠。

下界の子供のようにアポロンには【悲愛(ファルス)】という渾名がある。

喜劇にもなりかねない求愛を繰り広げる神、それがアポロン。

「………」

アポロンを見てミクロの手に自然と力が入る。

『今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気にいってもらえただろうか?日々可愛がっている者達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう!』

宴の主催者らしく盛装するアポロンの声に乗りのいい神達は喝采を送っている。

だけど、今のミクロにとってはアポロンの声は煩わしい他ならない。

話を続けるアポロン。

この神のせいでベルとセシルは傷付いた。

そう思うとやはりあの場で完全に潰しておくべきだったと思わざるを得ない。

「落ち着きなさい」

そんなミクロの頭に手を置くアグライアは慈愛に満ちた笑みをミクロに向ける。

「向こうも被害が出ているのだから少なからず向こうから接触はあるわ。私の指示があるまでアポロンに手は出さないこと」

「……わかった」

ミクロの気持ちを察して命令を下すアグライアはミクロの頭を撫でる。

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう。ぜひ楽しんでいってくれ!』

アポロンの最後の言葉で歓声が上がり、大広間は騒がしくなる。

「さて、アポロンも忙しそうだし、せっかくのパーティを楽しみましょう」

アポロンは他の神々の挨拶回りで少なくとも今は接触はないことからそれまでゆっくりとパーティを楽しもうと提案する。

グラスを受け取るアグライアはミクロとナァーザに手渡すと他の男神達がアグライアの元に集まり出す。

追い払おうと動こうとするミクロにアグライアは目線で構わないと伝えて男神達の話に付き合っている。

「ミークロ!!」

「ティオナ」

ミクロの背後から抱き着いてきたのは【ロキ・ファミリア】のティオナだった。

褐色の肌に白色のドレスを身に纏ったティオナはいつものように天真爛漫の笑みを浮かべていた。

わけではなく、頬を膨らませて怒っていた。

「メレンの時どうして先に帰っちゃったの!?あたし、ミクロに会いたかったのに!!」

「ごめん」

ぷんぷんと怒るティオナにミクロは素直に謝罪する。

「いいよ!次はバーチェに勝つからね!」

「頑張れ」

バーチェから引き分けとだけ聞いていたミクロだが、ティオナの様子を見る限りどうやらメレンから帰還してからより訓練を重ねているみたいだ。

「それより、どうかな?似合う……?」

頬を染めながらくるりと回って身に纏ったドレスをミクロに見せるとミクロは頷く。

「似合う」

「えへへ、ありがとう」

嬉しそうに笑うティオナの後ろから男性用の正装をしたロキが息を荒げながら駆け寄って来た。

「ちょ、ティオナ……うちを置いていかんといてー」

「あ、忘れてた」

置いてけぼりにされたロキはようやくティオナの元までやって来てミクロを見てロキはやっと理解した。

「なるほどなー、ティオナが行きたいってごねたわけやー」

「ごねてないし!!あたしは料理を食べに来ただけ!!」

そう言って近くの料理を片っ端から口に詰め込んでいくティオナ。

ロキは本来ならアイズを連れて来るつもりでいたが、ティオナがあたしが行きたいと珍しく強く言ってきた。

それはミクロに会えるかもという一種の乙女心故にだった。

「ミクロ!これ、おいしいよ!」

ミクロの腕を引っ張って連れて行くティオナは皿の上にある肉をフォークで刺してミクロの口元に持っていく。

「あ~ん」

アイカにされているようにパクリと口にする。

「美味しい」

「でしょ!これも食べてみよう!」

すっかり食事会のようになっている二人に流石のロキも入れずその場でポツンと棒立ち。

「うちのティオナが……おのれ、【覇者】………ッ」

愛する自身の子をミクロに奪われて恨めしい視線をミクロに送るがミクロは気にせずティオナと食事を進める。

しかし、今邪魔でもしたらティオナが口を聞いてくれなくなるかもしれない。

そう思うと邪魔するわけにはいかなかった。

遠目で二人の様子を見たアグライアはあらあらと苦笑していた。

会場に出されている食事を楽しむ二人。

すると、大広間の中央で舞踏が始まるとミクロはティオナの手を取る。

「踊ろう」

「え、でも…あたし………」

ダンスホールで他の神々や冒険者が踊っているような舞踏なんてしたことがない。

「大丈夫。アグライアから教わってるから任せて」

踊れないティオナの手を引っ張ってダンスホールに踏み込むミクロはティオナの腰に手を置く。

「視線と呼吸を合わせる……後は駆け引きらしい」

互いに至近距離で視線を合わせて呼吸を合わせる。

「組手と同じように」

遠征前に何度も組手を交わした二人はその時の事を思い出しながら踊りが始める。

互いに揃ったステップを踏んでいく。

ダンスを組手と同じように駆け引きで行い、互いの動きを読んでどこを踏むか予測して音楽に合わせて踊って行く。

「あたし、踊れてる……」

踊ったことなどない。でも、踊れているのはきっとミクロのおかげ。

技と駆け引きに長けているミクロがティオナを先導(リード)して二人なりの円舞曲(ワルツ)を披露する。

その光景に微笑む者もいれば歯を噛み締める者もいる中で二人は音楽に合わせて踊って行く。

ティオナは嬉しくも恥ずかしい気持ちで一杯だった。

自分は淑女とは程遠い自覚くらいはある。

他の冒険者からも恐れられることもある。

【ファミリア】以外でティオナは初めて一人の女の子として扱われている。

手を引っ張られて先導(リード)されて淑女のように踊っている。

自分の過去のことを知っていて尚、恐れることなく受け入れて女の子として扱ってくれるのはきっとミクロだけだろう。

トクンと胸が高鳴る。

強く、優しく、聡明のミクロと目を合わせる。

(ティオネ)のこともう何も言えないと内心ぼやきながらティオナは笑った。

「ミクロ、ありがとう」

笑って心からのお礼を告げる。

メレンの時、ティオネと自分の為に動いてくれて。

こうして一緒に踊っていてくれて。

女の子として扱ってくれて。

その全てにティオナはありがとうと告げた。

「どういたしまして」

まだ慣れないぎこちない笑顔を作るミクロにティオナは笑う。

「変な顔!」

笑う。ティオナはどこまでも笑う。

好きだと言ってくれたミクロの為にティオナは笑って見せる。

ダンスが終えるまで二人は円舞曲(ワルツ)を踊り続ける。

ティオナは今日の事を一生忘れることはないだろう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。