路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New60話

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

闘技場にいる誰もがその光景に目を奪われる。

人が怪物(モンスター)に変化したその光景を目撃し、観客は一斉に絶叫を上げた。

「ヒュ、ヒュアキントス……」

絶叫を上げて逃げようとする観客のなかでダフネが怪物(モンスター)と化したヒュアキントスに声をかけるがヒュアキントスはダフネを視界に捉えると腕を大きく上げて振り下ろした。

「危ない!!」

そこにベルが間一髪でダフネを救出する。

「ここから逃げてください!!」

闘技場の出入り口にダフネを無理矢理投げて逃げさせるベル。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

咆哮を上げて二人に攻撃を繰り出すヒュアキントスに二人は回避に専念する。

「どうなってるの!?あれはあの人の魔法やスキルじゃないの!?」

「ぼ、僕にわからなよ!でも、ああなる前にあの人紅い玉みたいなのを口にしていた!」

変貌する前にヒュアキントスが口にした紅玉を思い出しながらそれをセシルに伝える。

「取りあえず、狙いは私達だけみたいだけど……」

怪物(モンスター)と化したは観客席の人には目もくれずに目の前にいる二人だけを見ていた。

「私達で何とかするよ、ベル」

「うん!」

観客にいる人達が逃げ切るまで時間を稼ごうと戦うことを決意する二人は怪物(モンスター)と化したヒュアキントスと対峙する。

 

 

 

摩天楼施設(バベル)三十階の円卓でアグライアは勢いよく席を立ってアポロンに問い詰める。

「アポロン!あれはなに!?貴方の子の魔法なの!?」

「ち、違う!あれは違う!ヒュアキントスはあのような魔法もスキルもない!」

動揺しながらもアポロンは否定した。

「私が知っているのはヒュアキントスが最初に使用していた魔道具(マジックアイテム)だけだ!」

「どういうことや?詳しく話せや」

アポロンの言葉に細目で問い詰めるロキにアポロンは観念したかのように白状する。

「………一週間以上前、私がベル・クラネルに見初めた頃だ。一人の猫人(キャットピープル)が私の本拠(ホーム)にやってきてこう言ったのだ」

『【アグライア・ファミリア】を倒す力が欲しくないかニャ?』

始めはその言葉に疑念を抱いたアポロンだが、その能力をまじかで見てそれが欲しくなった。

ベル・クラネルは自分達よりも上の派閥である【アグライア・ファミリア】の一員。

彼を手に入れる為にはその力はアポロンには必要だった。

「私は彼女から力を貰い、騒ぎを起こしたが………ヒュアキントスが何故あのような姿になっているかは本当に知らん!」

「………」

アポロンの言葉にアグライアは気付いた。

今回の騒動でアポロンの後ろにいたのはフレイヤではなく【シヴァ・ファミリア】。

何が目的でアポロンを利用したのかまではわからない。

「もうこうなってしまえばゲームを中止するべきではないか?今はまだアグライアのとこの子が凌いではくれてはおるが」

「あら、どうして中止にするのかしら?」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の中止を提案しようとするミアハにフレイヤは口を開く。

「あそこにはロキやアグライアの子供達が観客の避難と安全を確保しようと動いている。そこから被害はでないでしょう。それならゲームは続行すべきではなくて?こんなにも面白いことになっているのですもの」

「フレイヤ……!それは本気で言っているの!?」

睨むアグライアにフレイヤは微笑みを崩すことなく告げる。

「貴女が子を大切にしている気持ちは私にもわかるわ。でも、あそこには多くの第一級冒険者がいるじゃない。万が一の時は彼等に任せれば問題は起きないわ。それをここで中止にすればそれこそ興醒めじゃない」

微笑みながら告げるフレイヤの言葉に多くの神々が納得するように頷いた。

『鏡』に視線を向けるアグライアは戦っている二人の無事を祈るしかない。

「頑張って……」

 

 

 

「リュー達第一級冒険者はここで待機。スウラとリオグ、お前達は【ロキ・ファミリア】や他の【ファミリア】に観客の避難誘導の協力を求めろ。他は観客の避難と安全を確保。出来次第報告しろ」

『はい!』

観客席でもミクロはすぐに状況に対応して団員達に指示を飛ばして怪物(モンスター)となったヒュアキントスを見る。

「人がモンスターに……可能なのですか?」

真っ先に疑念を抱いたリューがそれを口にする。

「わからない。でも、現実を見る限りそう受け止めるしかない」

『リトス』から装備を取り出して得物を手に持つミクロ達。

どういう原理かはわからないが、実際にそれを見てしまったら信じるしかない。

「団長様!そんなことよりも速くベル様達を助けてあげてください!!」

リリがそう叫ぶがミクロは首を横に振った。

「まだできない。状況はどうであれまだゲームは続いている。この場でベル達に手を貸せばこちらの反則負けになる」

そう、戦争遊戯(ウォーゲーム)はまだ続いている。

ヒュアキントスは気絶したわけでも降参をしたわけでもない。

なら、まだ勝敗は決まっていない。

「そ、そんな……!」

リリの瞳が絶望に染まる。

危機的状況でも助けに行くことが出来ない。

「だけど、二人に危険が訪れれば勝敗なんて関係ない」

ここから二人までの距離はミクロ達第一級冒険者にとって距離ではない。

一瞬で接近して怪物(モンスター)となったヒュアキントスを葬ることが出来る。

だからこそ、ミクロはギリギリまで手を出さない。

遠目でアイズ達も得物を手に持ち、構えている。

アイズ達もミクロ達と同様に二人の闘いを見守っている。

「………」

怪物(モンスター)となったヒュアキントスの潜在能力(ポテンシャル)は恐らくLv.5。

今のベル達ではどう足掻いても勝てない。

更に言わせれば怪物(モンスター)に変貌したとはいえ、ヒュアキントスは人間だ。

圧倒的に実力が上になったヒュアキントスにベル達は殺さずに倒すことが出来るのか。

今は互いを助け合い、支え合って攻撃を回避することは出来ている。

だが、それもいずれは限界が来る。

万が一にベル達が勝てる勝機があるとすれば一つだけ。

ベルのスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】による最大限の畜力(チャージ)

最大蓄力(チャージ)で放つベルの速攻魔法なら怪物(モンスター)と化したヒュアキントスを倒すことは出来るだろう。

命を引き換えに、が前に付くが。

それでもベルのスキルの畜力(チャージ)は本来は魔法発動同様に動くことはできない。

訓練で数十秒なら動きながら畜力(チャージ)出来たが、最大蓄力(チャージ)だと流石に動きを止めなければいけない。

その間、セシルが一人でヒュアキントスを相手にしなければならない。

Lv.3がLv.5に挑むのは無茶ぶりもいいところ。

唯一救いがあるとすれば怪物(モンスター)となったおかげで理性がなくなり、技と駆け引きがないところだが、それでも一撃でも喰らえば致命傷だ。

セシルの魔法で動きを封じたとしても持って一分だろう。

絶体絶命のなかでもミクロは二人の勝利を信じるしかない。

「勝て……」

拳を握りしめて二人の勝利を願う。

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

咆哮を上げながら左腕を振り上げて勢いよく振り下ろす怪物(モンスター)と化したヒュアキントスの攻撃は一撃で地面が割れた。

だが、二人は攻撃を避け続けている。

何度も生死を彷徨い、鍛え上げられた胆力と危機回避能力のおかげだ。

あの特訓を受けていなかったらと思うとベルは冷や汗が出てくる。

回避しながらも相手を見て大体把握できたところがある。

怪物(モンスター)と化したヒュアキントスには習性のようなものがある。

必要以上に近づかなければ積極的に攻撃をしてこない。

離れれば追いかけて攻撃を行って来なかったことからこれが証明できた。

だけど、近づければあの鋭い爪で切り裂かれるか、拳で叩きつけられる。

動きもまるで守りを固めているかのようにそこまで動かない。

目線は絶えず二人を見てはいるが、それだけだった。

一番の問題があるとすれば。

「【ライトニングボルト】!」

速攻魔法を放ち、一条の稲妻がヒュアキントスに直撃するが無傷。

その身体は堅牢、並大抵の攻撃力では通用しない。

もし、彼を倒そうとするのなら【英雄願望(アルゴノゥト)】を使用しなければならない。

「………ッ!」

苦虫を噛み締める顔を作るベルはここで着てようやく実感した。

人と戦うという怖さ。

人を殺すかもしれないという恐怖。

覚悟がなければ乗り越える事なんてできなかった。

ミクロが抱えている重みがこれほどまで重いことにようやくベルは理解した。

「………」

「セシル……?」

唐突にセシルはベルを自身の後ろに追いやって前へ出る。

「ベルはここにいて」

大鎌を構えるセシルの顔は強張っていた。

「あの人を――――殺す」

「!?」

その顔はいつも一緒にいるセシルではない。

覚悟を固めた一人の『戦士』の顔だった。

「そ、そんな………何を言ってるかわかってるの!?」

「わかってるよ!!」

セシルは叫びを上げた。

「私は……私はベルを、仲間を守る為なら人だって殺す覚悟はもう出来てる!その人の命を背負う覚悟も出来てる!」

今はまだ積極的に攻撃を行っていないヒュアキントスだが、いつ積極的に攻撃を繰り返したらもう戦うどころじゃない。

今狙われている自分もしくはベルが死んでしまう。

自分だけならともかく仲間であるベルまで殺させるわけにはいかない。

師であるミクロと同じ道を辿ることになるだろう。

その道を辿ったらミクロはきっと悲しむだろう。

それでもセシルは構わない。

仲間を守る為に命を背負う。

師であるミクロと同じように。

「大丈夫、私には奥の手がある。だから……ベルはここにいて」

悲し気にそう告げるセシルの両手は震えていた。

これから自分の手で人を殺すのが怖い。

これからの毎日が罪悪感で押し潰される日々を想像するだけで体が震えて来る。

それでも、仲間(ベル)が死ぬよりかは何倍もマシ。

覚悟を決め直したセシルは一歩前へ出る。

「ベル……」

だけど、それを阻むようにベルが立っていた。

「セシル、僕はもう守られるだけの存在にはなりたくない」

自身の気持ちを吐露する。

「恰好つけさせてよ、セシルは女の子で僕は男なんだから」

いつものように優しく微笑んで前へ向いたベルはヒュアキントスに向かって突貫した。

「あああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

哮けた。

弱さを吐き捨てるように腹の底から吠え、前進する。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

攻撃範囲内に侵入した邪魔者を排除するかのように腕を振るい鋭い爪で切り裂こうとするがベルはそれを躱して懐に侵入する。

「セイッ!」

そして斬撃を与えたが傷一つ負わせることができない。

弱い。

力が足りない。

なら、もっと―――。

もっと、全身の力を振り絞れ。

加速する。

圧倒的強敵の前にしても一瞬の怯みもなくベルは縦横無尽に動き回る。

その動きは本当にLv.2か疑う程の速さ。

「―――――――ッ」

たった一人。

本来なら自分が行おうとしていたことをベルがしている。

遠征で知ったミクロの辛さ。

その辛さを共に背負おうとその時からずっと覚悟を固めてきた。

それが実現しようとした時にベルが前へ出た。

ベルもセシルと同じように覚悟を固めていたかもしれない。

だけど、何の恐れもなくに飛び出せるかは別問題あった。

セシルは『覚悟』はあってもベルのような『勇気』がなかった。

「どうして……?」

ぽつりと言葉が出た。

どうして自分には勇気がないのだろうか……。

自分より後で入団してきたベルはあんなにも果敢に立ち向かっているのに自分はこうして突っ立っているだけ。

自分よりもLv.が低いベルが。

一撃でも攻撃を受ければ終わるという強敵相手にベルは立ち向かっている。

大鎌を持つ手に自然と力が入る。

悔しい。

その感情がセシルの心を騒めかせる。

守らなければいけないと思っていた後輩(ベル)に守られている自分の弱さが。

前へ出ることもできない臆病な自分が。

何もできない自分が何よりも悔しい。

「セシル!!」

「っ!?」

声を投げられた。

心から尊敬する師であるミクロに視線を向けるとあるものがセシルの前に突き刺さる。

「これは………」

ミクロが愛用している魔杖だった。

「ベルを助けられるのはお前だけだ!使え!」

今も辛うじて攻撃を避け続けているベルはまさに一触即発状態。

ゲームは続いているなかで武器の提供は不正が強いられるだろう。

だが、状況が状況だ。

騒ぎを起こした【アポロン・ファミリア】に比べれば些細なことだ。

セシルはどうして前衛である自分にミクロは魔杖を寄越したのか疑問を抱いたが、聡明なミクロならもしかして気付いているのかもしれないと勝手に自己解釈する。

魔杖を手に取るもどうすればいいのかわからないセシルは不意に気付いた。

怪物(モンスター)と化したヒュアキントスの胸に紅い宝玉の様なものが埋め込まれていると。

「そう言えば……」

ベルが言っていた。

紅い玉みたいなものを口にしていたと。

なら、アレを破壊出来れば殺すことなく相手を倒すことが出来るかもしれない。

相手も殺さず、ベルと共に生還すべくセシルは歌う。

「【這い上がる為の力と仲間を守る為の力。破壊した者の力を創造しよう】」

それはミクロの魔法だった。

セシルが遠征から帰還して【ステイタス】を更新した時に新たに得たスキルは【魔法継承(マジックヴォーカス)】。

尊敬する師であるミクロを助けたい。

抱えている重みを少しでも背負いたい。

その想いを受け継ぎたい。

その願いがスキルとなって発現したのが【魔法継承(マジックヴォーカス)】。

その効果はミクロの魔法を使用することが出来る。

「【礎となった者の力を我が手に】」

しかし、ミクロの二つ目の魔法、吸収魔法はセシル本人が打倒し、詠唱を把握している者でなければならない。

「【アブソルシオン】」

セシルは悩む。

この状況下であの紅玉のみを破壊し、尚且つ自身が打倒、詠唱把握している人物を頭の中から割り出さないといけない。

そんな都合のいい存在を倒した覚えはセシルにはあった。

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹、汝、弓の名手なり】」

それは同じ憧憬を抱く者であり、宿敵(ライバル)であって友達でもあるレフィーヤの単射魔法。

「【狙撃せよ妖精の射手、穿て、必中の矢】」

狙いを紅玉に照準し、セシルは魔法を発動させる。

「【アルクス・レイ】!」

魔杖から放たれる光矢の単射魔法の特性は自動追尾。

ヒュアキントスの胸にある紅玉に向かっていくとヒュアキントスはそれを守るように両腕を交差させて防御を取った。

防がれた。

もう精神力(マインド)は底が尽きそうなセシルにとって今のがまともに放てる最後の魔法を防がれてしまう。

「―――――っ」

だけど、両腕を防御に回している今が好機(チャンス)

短剣を逆手に握り締めてベルは胸に埋め込まれている紅玉を破壊した。

「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ………」

悲鳴を上げるヒュアキントスの姿が戻って行く。

怪物(モンスター)から人へと戻り、その場で仰向けで気を失ってはいたがしっかりと息をしていることから大丈夫と判断したベルはセシルに振り返る。

「助かったよ!ありがとう、セシル!」

助けてくれたセシルに心からの礼を言った。

『戦闘終了~~~~~~~~~~~ッ!?戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は【アグライア・ファミリア】―――――――――!』

ガネーシャが横で雄々しい姿勢(ポーズ)を決めているなかでイブリは拡声器へ叫び散らす。

勝敗が決した瞬間、二人は倒れた。

緊迫状態の戦闘から安堵して緊張の糸が切れた二人はパタリと倒れはしたがその顔は笑っていた。

【アグライア・ファミリア】の勝利で戦争遊戯(ウォーゲーム)の幕は降ろされた。

二人の元に駆け付ける団員達に二人を任せて息を吐くミクロ。

だが、ミクロが感じている嫌な予感はいまだ消えていない。

戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わったのにどうしてと疑念を抱いて思考を働かせる。

今回のゲーム。アポロンに加担していたのは【シヴァ・ファミリア】だということはわかった。

しかし、二人のおかげで全員が無事で終わりを告げた。

それなのにどうして今も胸に感じる騒めきが消えないのか。

周囲を見渡すミクロはあることに気付いた。

「まさか………」

あの人がいない。

それだけでミクロはすぐにそのことを想像してしまった。

最悪な想像を。

「リュー!ここを任せる!」

「ミクロ!?」

駆けるミクロは急いで闘技場を出てオラリオ中を駆け巡る。

「母さん……!」

 

 

 

 

 

 

オラリオの路地裏でシャルロットは足を踏み入れて一人の人間(ヒューマン)の男性と対峙した。

「久しぶりね、あなた」

「ああ、やっぱり生きてたんだな。シャルロット」

ミクロの父親であり、シャルロットの夫であるへレスに会っていた。

「私が死んだって思ってくれなかったんだ」

「お前がそう簡単に死ぬかよ」

夫婦以前から互いに長い付き合いがある二人は語らずとも互いに何が言いたいのか理解していた。

へレスの目的はミクロに揺さぶりをかけることだが、本当の目的は別にある。

「会えて本当に嬉しいぜ、俺の手でお前を殺す事ができるのだからな」

槍をシャルロットに向けて口角を上げるへレス。

へレスの本当の目的は【アポロン・ファミリア】を利用してシャルロットを誘き出すこと他ならない。

その餌としてヒュアキントスに魔道具(マジックアイテム)を持たせたのだから。

「………まだミクロを憎んでいるの?」

「ああ、憎いさ。あいつの存在そのものがな」

「ミクロ本人に何の罪はないわ。あの子は私達の子供なのよ」

「ああ、俺達のガキだ。だからこそ憎い」

シャルロットの瞳は哀しみに満ちていた。

どうしてこうなったのかと今更ながら後悔している。

「だけどお前の事は本当に心から愛している」

「………そう」

「だからこそ他の誰にもお前の最後は奪わせねえ」

「……‥そう」

シャルロットは両腕を上げて一切の抵抗をしない。

「ならあげるわ、私の最後を。私もあなたとミクロの事を心から愛しているから」

愛する家族の下で死ねるのはどれだけ幸せか。

何時の頃からかそう思い始めていたかはわからない。

「私を(ころ)して、へレス」

「ああ」

シャルロットの心臓を貫く一本の槍。

身体が壊れていくなかでもシャルロットの微笑みは崩れることはなかった。

槍を引き抜かれて倒れるシャルロットをへレスは抱えて抱きとめる。

「……懐かしいね、こうされるのも」

「ああ」

愛する夫の胸の中で命尽きるのはきっと幸福だろう。

まだまだミクロの成長を見ていたかったがもういい。

ミクロならきっと自分の死を乗り越えて強く生きてくれると信じている。

辛い時はミクロを支えてくれる家族(ファミリア)もある。

だからシャルロットは安心してこの世を離れることが出来る。

「愛してる……へレス、ミクロ」

その言葉を最後にシャルロットは微笑みを浮かべたままこの世を去った。

残ったのはシャルロットだった肉塊のみ。

へレスはシャルロットだったものを静かに壁に背を預けさせて路地裏の奥へ足を向ける。

「あばよ、シャルロット」

最後の別れの言葉を告げてへレスは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)は【アグライア・ファミリア】の勝利に終わり、アポロンはアグライアの要求通りに【ファミリア】を解散させてオラリオを去った。

ゲームは紛れもないセシルとベルの二人の勝利によって得たもの。

しかし、誰もが戦争遊戯(ウォーゲーム)を喜んでいない。

空から降り注ぐ雨に打たれながら【アグライア・ファミリア】の一員は都市南東区画にある『第一墓地』――――――『冒険者墓地』に足を運び、一つの墓標の前で多くの者は涙を堪え、流していた。

墓標にはシャルロット・イヤロスと名前が刻まれている。

戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わり、ミクロはシャルロットの元に駆け付けた時にはもう手遅れだった。

短い期間ではあったが団員達はシャルロットの死にショックを受けていた。

それだけシャルロットの存在が団員達に大きな影響を促していた。

一人一人花を手向け、シャルロットの死に悼み続ける。

「………ありがとうございました」

花を手向けながら鍛えてくれたことに感謝の言葉を述べるセシルは今も涙が止まらない。

「………解散」

全員の手向けが終えてミクロは短くそう指示する。

誰もが墓地から離れていく中でミクロだけは動くことはなかった。

「あ……」

「セシルちゃん」

呼びかけようとするセシルをアイカは肩に手を置いて首を横に振る。

今のミクロに誰一人たりともかける言葉がみつからない。

それだけ肉親の死のショックは大きい。

にも拘らずミクロは涙を流していない。

その代わりと言わんばかりに今日は朝からの雨が降っている。

まるで泣いてはいけないミクロの代わりに泣いているかのように。

誰もが離れていく中でリューとアグライアだけは残った。

「……アグライア様、ここは私が」

「……ええ、お願いするわ」

リューの言葉を信用してアグライアは離れて他の団員達のフォローに回る。

一人残ったリューはミクロに歩み寄る。

「………」

ミクロは無言だった。

何も言わずにただ黙ってシャルロットの墓を見据えている。

「ミクロ、私達も帰りませんか?」

「………」

リューの言葉でもミクロは一切反応を示さない。

そんなミクロをリューは後ろから抱き着いて抱擁する。

「リュー………離して」

「お断りします」

「一人にさせて……」

「嫌です」

振り解くこともせずただ弱弱しい声音で懇願するミクロの言葉をリューは拒んだ。

弱っているミクロを守るように。

決して一人にさせないように。

リューはミクロを抱擁し続ける。

「もうここには私と貴方以外誰もいません。我慢する必要もありませんから泣いてください」

ミクロが人前で涙を流さないのは【ファミリア】の団長だからだ。

組織の頭であるミクロが団員達の前で涙を見せつければ士気に大いに関わる。

例え団員達がそのことを気にしなくてもそういう訳にはいかないのが団長としての責務でもある。

「私が貴方の全てを受け止めます……全部吐き出してください」

その言葉をきっかけにミクロは哭いた。

降り注がれる空に向かって涙と共に哭いた。

雨音がミクロの声をかき消す。

雨水がミクロの涙を誤魔化す。

哭くミクロを知っているのは抱きしめてくれているリューただ一人。

そのリューも唇を噛み締めながら静かに涙を流す。

死を受け入れて乗り越えなければいけない。

だからこそ人は哭く。

涙を流して、腹の底に込み上げているものを吐き出して気持ちを切り替えていかなければこれからの活動に影響が及ぼす。

そして改めてもっと強くならなければいけないと心に刻む。


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