路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New61話

シャルロットの死から数日が経過してミクロはリューを連れて豊穣の女主人に足を運んでいた。

「シル。追加」

「は~い」

「ミクロ、その辺で……」

テーブルの上には空となった食器が山積みになっているがミクロは止まることを知らずに料理を腹の中に詰め込んでいく。

ミクロの体調を気にして止めようとするリューだが、強くは言えなかった。

ミクロはやけ食いをしているにが理由がある。

シャルロットの墓の前で思い切り泣いて、今日は思い切り食べてミクロなりに気持ちを切り替えようとしている。

開店一番に訪れてはずっと食べ続けているミクロに周囲は驚くがミクロは気にも止めずにただ貪るように料理を口に入れる。

厨房で働いている猫人(キャットピープル)料理長(シェフ)達はそんなミクロの料理を作る為にせっせと働いている。

普段は食事は抑えているミクロだけど今日だけは抑えることなく満腹になっても食べ続ける。

困ったように頬を掻きながら本当に危なくなったら止めようと考える。

「――――――じゃあ何かい、アンナを売ったっていうのかい!?」

店の静穏は唐突に破られた。

店内の客やリューが振り向いた先には、二人がけの卓で向き合うヒューマンの男女。

リューの隣でガツガツと音を立てながら食事を進めるミクロ。

「売ったんじゃねえ……取られたんだ」

「同じことじゃないか!!このっ、駄目男!だから賭博なんて止めろっていつも言っていたのに……!」

亜麻色の髪を結んだ姥桜の女性が、一方的に声を張り上げていた。

無精髭を生やした対面の男は椅子に背を預け、返す声に覇気もなく項垂れていた。

シルから追加で注文した料理までも食べ始めるミクロ。

「実の娘を質にいれる親が、どこにいるのさぁ!」

やがて女性は顔を両手で覆い、おいおいと泣き出してしまう。

その啼泣の声は大きく、ただならぬ雰囲気があった。

すると、中年の男は、自分達を窺う視線に気付いたのか目を吊り上げて、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

「なに見てやがる!見世物じゃねえぞっ、てめえ等は不味い飯でも食ってろ!!」

「ちょっと、止めなよ!」

逆上する男は女性の制止も聞かず、テーブルの上に置かれていたグラスを鷲掴み、周囲に水をばら撒いた。

だけどその水は決して床を濡らすことも誰かを濡らすこともなかった。

「ここで騒ぎを起こすのは止めた方がいい」

水が入ったグラスを片手にミクロが中年の男に忠告した。

第一級冒険者の動体視力と身体能力を駆使して空のグラスを使って空中にばら撒いた水をグラスに収めたミクロは唖然とする中年の男に忠告すると再び自分の椅子に座って料理を口にする。

ミクロのおかげで動こうとしていた店員はいつも通りに働くなか、女性はミクロに視線を向けると目を見開いて声をかける。

「ね、ねぇ……もしかして君は【アグライア・ファミリア】の団長さんかい?」

「そうだけど?」

確認を取るかのように声をかけて来る女性の質問を肯定すると女性はまるで希望を見つけたかのように瞳を輝かせて頭を下げた。

「ど、どうか私達の娘を――アンナを助けてはくれないかい!?」

「まずは事情を話せ」

悲痛な懇願にミクロは皿の上にある最後の一口を食べる。

 

 

 

 

 

「実の娘を担保に、賭博を……」

中年の男――ヒューイとその妻カレンから二人は事情を聞いてリューは思わず眉をしかめた。

二人は魔石製品製造業と商店の手伝いで日々生計を立てているとのことだ。

今日までは都市の西地区に住んでいたが――――夫であるヒューイの賭博癖が、事件を招いてしまったらしい。

「仕方なかったんだ……あの時はどうしようもなかった。じゃなきゃ、俺だって好き好んで(アンナ)を賭けるものか……」

力なく口を開くヒューイ。

言葉通り、ヒューイは妻であるカレンとの間にもうけた一人娘を賭金(チップ)に賭博に臨み、負けてしまった。

これにはエルフであるリューは非難と軽蔑の眼差しを隠さなかった。

「何が仕方ないもんかっ。もとはと言えばあんたが火遊びしていたのがいけないんじゃないか!」

「そ、それは………でもっ連中、最初は遊びだって言ってて、俺が負け続けたらいきなり雰囲気を変えやがったんだ!このまま負けた額が払えないようなら………家まで押しかけてくるって言って、取り返しのつかないことになってて………」

ヒューイは最後の大勝負に負けて娘だけではなく家までも失ってしまい、落ち着ける場所として豊穣の女主人に移動してきた。

「相手は冒険者だったのか?」

「……ああ、【ファミリア】がばらばらの、チンピラの集まりだった。すげえ剣幕で脅されて……(おまえ)の自慢の娘なら、ひとまず賭金(チップ)に代えて機会(チャンス)をくれてやるって………」

その言葉を聞いてカレンはテーブルに伏せて泣き出した。

「自業自得だな、冒険者を甘くみるからそうなる」

ミクロはヒューイに向けて淡々と告げる。

「冒険者は基本的にそんなもんだ。金と女の為なら何でもするのが冒険者だ」

冒険者は荒くれ者だ。

その事を知らずに賭博を行ったヒューイが愚かだったに過ぎない。

子供に冷たく諭されて怒りで拳を作るヒューイだが反論できなかった。

その通りだからだ。

その一方でリューは片方の眉をぴくりと微動させた。

「リュー」

それに気付いたミクロは小さく首を横に振る。

ミクロも気付いている。

そのよく似た『手口』はミクロも耳にしたことがあるからだ。

「そのアンナとはどんな奴だ? 働いているのか?」

二人の娘であるアンナのことを尋ねるミクロに二人は答えた。

男神にも求婚を求められるほどの容姿と花屋の手伝いでよく街に出て品物を届けに行っていることからミクロとリューは疑問が確信に変わった。

アンナは元から狙われていたことに。

「な、なぁ、こんなこと俺が頼めることじゃねえかもしれねえけど、お前強いんだろ?どうにか娘を、アンナを取り返してはくれねえか?」

ヒューイはミクロに懇願する。

「私からも頼むよ。きっと今に歓楽街に売られちゃう………」

カレンも頭を下げてミクロに懇願するとミクロは口を開く。

「わかった。引き受ける」

頷いてミクロは二人の懇願を引き受けた。

「ほ、本当かい!?」

顔を上げて尋ねてくるカレンに頷いて肯定するミクロにカレンは嬉し涙が出てくる。

これで娘は助かる。

そう思っている時ミクロは話を進める。

「それじゃあ、報酬の確認をする」

「はぁ?」

「え?」

報酬。その言葉に二人は言葉を失い、茫然とするがミクロは構わず依頼とそれに似合う報酬の確認を口頭で行う。

「まず、今回の二人の依頼は少々厄介だ。冒険者が行ったやり方は強引ではあったが無理矢理娘を攫ったわけでもない。秘密裏に調査して、娘を奪還するというのなら最低でも報酬は数百万ヴァリスは」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!数百万!?そんな大金持ってねえよ!?」

声を荒げるヒューイ。

ヒューイ達は金も金品もない。

家だってない状態で数百万なんてとても払えられる額ではなかった。

「お前……情ってもんがないのかよ!?」

「元々の原因はお前だ。それにこれは非公式の冒険者依頼(クエスト)で万が一が起きれば問題は全て俺の【ファミリア】に及んでしまう。報酬もなしに【ファミリア】を動かすことは出来ない」

淡々と告げるその言葉に二人は顔を俯かせる。

二人が金がないことはミクロもわかっている。

だけど、ミクロは【ファミリア】の団長だ。

報酬もなしに動くことは出来ない。

更に今回の冒険者依頼(クエスト)は厄介なのは事実。

下手なことをすれば築き上げてきた【ファミリア】の信用と信頼がなくなってしまう。

だから情だけで引き受けることはできない。

せっかく見つけた希望が届かないと知った二人は悲嘆にくれる。

だけど、とミクロは言葉を続ける。

「俺とリューだけなら条件次第で動いてもいい」

報酬がないと【ファミリア】を動かすことは出来ないが、この場にいるミクロ・イヤロス個人とリュー・リオン個人となれば話は変わる。

「娘が帰ってきたらちゃんと謝って、二度と賭博はしない。それを約束するというのなら引き受ける」

その言葉に二人は大いに頷いて応じる。

「ああ、約束する!娘にもしっかりと謝る!二度と賭博もしない!約束する!!」

ヒューイの言葉を聞いてミクロは羊皮紙に羽ペンに動かして一筆書いた羊皮紙を二人に手渡す。

「住む家もないんだろう?それを持って【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)に行って団員に見せれば客人として迎え入れる」

「すまねえ!恩に着る!」

「ありがとう、本当にありがとう……!」

感謝の言葉を述べられてミクロは金貨の詰まった小袋をシルに渡して勘定を済ませる。

「ありがとうございました!また来てくださいね!」

「うん」

返答するミクロはリューを連れて早速調査を行いに行く。

「ミクロ、よろしいのですか?」

「俺が行かなくてもリューは行こうとするだろう?」

見抜かれていたと思いながらリューは苦笑を浮かべた。

「それに何かしておかないと落ち着かない」

「……そう、ですか」

人が死んだ後は何かと考えてしまうもの。

だからそんなことを考える暇がないぐらい忙しい方が気が紛れて気持ちを切り替えられるかもしれない。

ミクロとリューは引き受けた冒険者依頼(クエスト)を行うべくまずは賭博が行われた酒場を調べに動く。


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