路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New63話

迷宮都市(オラリオ)の治外法権。

過去、『世界の中心』とまで言われるようになった迷宮都市(オラリオ)に一つだけ欠けているものがあった。それが娯楽施設。

神々の要望にも応える形で、外資及び専門知識(ノウハウ)を導入し、名だたる各国と大都市の協力を誘致した。

その結果、いくつかの娯楽施設が繁華街に築かれ、その中でも有名なのが大劇場(シアター)そして大賭博場(カジノ)

この二大娯楽施設はそれぞれのもととなる本国、本都市を上回る発展を遂げたという経緯もあって、あくまで運命を主導するのは外資を投じた他国の施設側。

迷宮都市(オラリオ)の中で唯一と言っていい治外法権と比喩されるのはその為である。

そして、交易所からアンナを買い取った場所でもある。

更に言えば大賭博場(カジノ)の中で最も力を持つと『エルドラド・リゾート』のドワーフの経営者(オーナー)、テリー・セルバンティスがゴロツキ達を利用してアンナを手に入れた張本人だった。

「あそこには【ガネーシャ・ファミリア】の守衛を施設に張り巡らせておりますのでそう簡単に侵入は出来ませんわ」

「そうか……」

酒場の一件からミクロはセシシャに交易所に運ばれたアンナ・クレーズの情報を集めさせてその報告を耳にして思考を張り巡らせる。

【ガネーシャ・ファミリア】、その中で主神ガネーシャと団長である【像神の杖(アンクーシャ)】の二つ名を持つシャクティ・ヴァルマとは異端児(ゼノス)達の事でそれなりの友好を結んでいる。

だが、それで向こうがミクロ達を見逃す理由にはならない。

バレずにアンナを奪還するには騒動を起こさずに穏便にことを済ませなければならない。

騒ぎを起こすのはあくまで最後の手段だ。

「これでよろしくて?商人のコネまで使って集めた情報ですけど……何を考えておりますの?」

「………」

じっと見据えてくるセシシャにミクロは答えない。

詳しい説明もしないでミクロはセシシャにアンナの行方の捜索を頼んだ。

何も言わず、何も聞かずに応じてくれたセシシャに説明を促す義務はあるだろう。

だけど、今回はあくまでミクロとリューの個人の冒険者依頼(クエスト)だ。

厄介ということもあり、必要以上に団員達を関わらせるわけにはいかない。

何も答えないミクロにセシシャは深く溜息を出した。

「……まぁ、いいですわ。団長様のご命令に従いましょう」

「ごめん……」

追及しないセシシャにミクロは謝罪する。

「構いませんわ、貴方はさっさといつもの調子に戻ってくださいまし」

辛そうな顔が出ていますわよ、と告げるセシシャにミクロはそんなに顔に出ているのかと首を傾げる。

意外そうな反応を見せるミクロにセシシャは一息ついて告げる。

「貴方は私達を受け入れたように私達も貴方を受け入れることぐらいさせないさいな。もっと周りに甘えてもよろしいのではなくて?」

そう告げるセシシャは懐から一通の手紙をミクロに渡す。

それは白地の封筒に豪華な金箔を施されており、中を見るとそれは大賭博場(カジノ)への招聘状だった。

「商人は時に貴族とも友好を結びものですので、譲って頂きましたわ」

そう答えるセシシャ。

堂々と正面から入場する手段をセシシャは手にしていた。

「何をするかはわかりませんが、それで入場できますわね。それでは私はこれにて」

踵を返して執務室から出て行こうとするセシシャにミクロは言う。

「セシシャ、ありがとう」

「たまには返させなさいな」

そう答えて出て行くセシシャにミクロは何かあげたのかと首を傾げる。

ミクロは当然のように他者を受け入れてきた。

そのおかげで助かった者はこの【ファミリア】に何人もいる。

セシシャはその恩を少しだけ返しただけ。

当然のように行ってきたミクロはそれに気づいていないが。

しかし、これで大賭博場(カジノ)に入場する手段は手に入った。

「甘える……か………」

先程のセシシャの言葉を口にするミクロはその言葉に甘えて団員達に甘えることにする。

「手伝って貰おう」

そう呟いてミクロは行動に移る。

 

 

 

 

厳重に封鎖されている巨大市壁の中で、南の都市門が開け放った。

市壁の外から南のメインストリートに続くのは、馬車と付き人の長大な列である。

裏通りから一台の箱馬車が大通りに合流し、列の一部に加わり、周囲と同じように外からやって来た風に装う箱馬車は、順番を待ち、やがて繁華街の一角に停止する。

扉を開けて、まず下車したのは、燕尾服に身を包んだ金髪の人間(ヒューマン)の青年に多くの貴婦人が目を向ける。

眉目秀麗な顔立ちにまだ幼さが残る愛らしさある容姿を持つ人間(ヒューマン)の青年は馬車の扉から差し出される手を取る。

「ありがとうございます」

金の長髪を金の双眸を持つドレスに身を包んだエルフの女性が礼を述べて青年の手を持つ。

招聘状の人物―――伯爵夫婦に扮しているのは変装しているミクロとリューだった。

「しかし、便利なものですね。魔道具(マジックアイテム)とは」

「まだ外見を少し変化させる程度」

白髪であるミクロの髪は金色に染まって、リューの髪も腰ぐらいまで長くなっており、空色の瞳は今だけは金色に輝いている。

元々は異端児(ゼノス)達が人間に扮して地上に顔を出せれるように作製している魔道具(マジックアイテム)だったが中々思うようにできず、外見を少し変化させるので精一杯だったがこのような形で役に立つとは思わなかった。

これならオラリオでも名高い【アグライア・ファミリア】の団長、副団長とは誰も気づかない。

「効果は半日、朝には解けるから」

「それまでにアンナ・クレーズを救出するしかないということですね」

頷くミクロ。

二人は今夜だけは伯爵夫婦として行動しなければならない。

ミクロは伯爵のアリュード・アクシミリアンでリューが伯爵夫人のシレーネ・マクシミリアン。

二人は貴族として装い、アーチ門まで辿り着く。

「書状をお見せ頂けますか?」

門の前にいる正装姿のヒューマンに招聘状を見せる。

「ようこそおいでくださいました、マクシミリアン様。素敵な夜をお過ごしください」

二人は煌びやかな光に包まれる大賭博場(カジノ)へ潜入する。

巨大アーチ門をくぐった瞬間、二人を出迎えたのは光の洪水。

不夜城のごとく煌びやかに光を放つ大賭博場区域(カジノ・エリア)

二人は目的である『エルドラド・リゾート』、アンナを奪った経営者(オーナー)がいる最大賭博場(グラン・カジノ)

開け放たれた玄関を経て、二人の視界を打つのは巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルの上で行われる華やかな賭博(ゲーム)の数々。

テーブルの周囲では客の失意の溜息、万雷の喝采が引っ切りなしに飛び交じっていた。

「じゃ、始めようか」

「ええ。ミクロ、言葉遣いはしっかりと」

「わかりました」

慣れない敬語を使うミクロは懐から眼晶(オルクス)を取り出して合図を出す。

「全員、客に扮して待機」

その瞬間、大賭博場(カジノ)のあちこちで数人の【アグライア・ファミリア】の団員達が正装姿で客に扮して賭博場(カジノ)を行っていく。

魔道具(マジックアイテム)で姿を消して潜入させて万が一の時の為に待機させておく。

セシシャに言われてミクロは団員達に今回の冒険者依頼(クエスト)の手伝いを頼んだら全員が快く了承してくれた。

二人の個人の依頼に巻き込ませるわけにはいかないと思っていたが、少しばかり団員達に甘えてみた。

賭博(ゲーム)を楽しみつつミクロの指示を待つ団員達にミクロ達も行動に入る。

まずは目立たなければいけない。

上客になりうると思わせて、向こうから声をかけてくるのを待っていればいい。

資金は十分にある二人は暴れ回る。

ミクロが得意とするポーカーで勝ちを重ねて、大金を巻き上げていく。

時に負けて富者を装い、勝負所はしっかりと勝っていくミクロ。

自分はツイていると周囲に思わせて、団員達を使って偽の情報をばら撒かせる。

「お見事です」

またしても勝利したミクロにリューは夫人を演じながら称える。

注目が集まるようになった時、初老のヒューマンが二人に歩み寄って来た。

「お客様。経営者(オーナー)のセルバンティスが、ぜひお会いしたいと」

獲物がかかり、二人はそれに応じる。

「私の様な若輩者に、経営者(オーナー)自らそう言って頂けるとは光栄です。どちらに向かえば?」

「どうぞ、こちらに」

苦手な敬語を使うミクロに申し訳なく思うが、今回ばかりは堪えて貰う。

今は冒険者のミクロではなく伯爵アリュード・マクシミリアンを装っている。

下手な言葉遣いは避けなければならない。

初老のヒューマンに案内されて招待客(ゲスト)に挨拶して回っている大柄のドワーフ。

「おお、貴方がマクシミリアン殿ですか!」

こちらに気付いた相手は、両腕を広げて自ら歩み寄ってくる。

「私はテリー・セルバンティス、この大賭博場(カジノ)経営者(オーナー)を務めておる者です。今夜は遠路はるばるお越しくださって、ありがとうございます」

「も……こちらこそ、このような場所に招待して頂いて感謝しています。私はアリュード・マクシミリアン。こちらは妻のシレーネです」

「夫ともども楽しませて思っています」

思わず素で問題ないと返答するところだったミクロの腕を抓って敬語を使わせるリューは紹介と共に小さく頭を下げる。

偽名を名乗る二人はテリーの『仮面』の下に隠されている本性を見抜く。

「………失礼ですが、お二方はどこかで……いや、勘違いですな、申し訳ない」

テリーの反応から二人は正体がバレずに少し安堵する。

ここで正体がバレたら元の子もない。

「早くから挨拶したかったのですが、今宵もなにぶん招待客(ゲスト)の方が多いもので……あらためまして、ようこそいらっしゃいました」

右手を差し出してくるテリーの手をミクロは応じる。

「こちらこそ招待して頂きありがとうございます」

挨拶を終えてテリーはリューに愛想笑みを向ける。

「それにしてもお美しい奥様だ。羨ましいですな、マクシミリアン殿」

「自慢の妻です」

あっさりとそう答えるミクロにリューは表情にこそ顔を出していないが耳が少しだけ赤くなる。

しかし、ミクロは看破していた。

テリーが一瞬好色が滲み出ていたことに。

「マクシミリアン殿、お聞きしたところ本日は相当ツいているご様子……そこでご提案なのですが、あちらの貴賓室(ビップルーム)に来られませんか?」

「それは是非ともこちらからお願いしたいと思っておりました」

目的の場所である貴賓室(ビップルーム)の誘いに応じるミクロにテリーも愛想笑みを浮かべる。

テリーに引率されてホールの奥へ向かう二人に団員達は視線を向けていたがミクロは小さく首を横に振って待機命令を出しておく。

「どうぞ、こちらへ」

きつく閉ざされた両開きの扉が開かれて二人はテリーの懐に足を踏み入れる。

そして、騒がしいホールから一転して物静かなホールにやってきた二人の後ろの扉はしまると。

「そして、さようなら」

「「っ!?」」

二人の頭上からヒューマンと猫人(キャットピープル)が拳とナイフを持って二人に奇襲を仕掛けてきた。

しかし、ミクロは瞬時に『リトス』から得物を取り出して逆に二人を瞬殺する。

「ニャハハハハハ!やっぱり、偽物の『黒拳』と『黒猫』は役に立たないニャ」

笑い声の視線の先にはテーブルに腰を掛けている女性の猫人(キャットピープル)

その瞳は破壊の悦びを知っている事に気付いたミクロはすぐに判明した。

破壊の使者(ブレイクカード)か」

「そうニャ。テッド、おミャーもこっちに来るニャ」

「は、はい!」

猫人(キャットピープル)に呼ばれて駆け足で近寄るテッド。

「その通りニャ。ミャーはレミュー・アグウァリア。二つ名は【傀儡猫姫(イドロイルー)】。本当はミャーの金稼ぎ場に来てほしくなかったニャ………」

憂鬱そうに溜息を漏らす。

「でも、この場ならミクロ、おミャーを(ころ)せる。バイバイニャ」

瞬間、この場にいた給仕、富者、ドレス姿の美女、美少女がレミューの言葉を合図に一斉にミクロ達に襲いかかる。


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