ミクロ達が
ベルとセシルは何時ものように鍛錬を行っていた。
超連続攻撃のベルの猛攻。二振りの双刃がセシルに襲いかかるが、セシルはそれを全て大鎌で防ぐ。
速度と手数にものをいわせる激しい
「っ!?」
だからこそその対処方法も知っている。
速度と手数でものをいわせるベルの
下手に後退してもベルの
なら多少の
「………ベル、調子が悪いの?」
「え、そ、そんなことないけど?」
鍛錬を中断してセシルが心配そうに尋ねるがベルは首を横に振る。
「うそ、だっていつもより動きも攻撃も遅い。身体の調子が悪いのなら無理する必要はないよ?」
いつも鍛錬を共にしているセシルはベルの些細な変化に気付く。
「それになんか甘い匂いがするよ?」
ベルに近づいてすんと鼻を動かすセシルにベルの顔色が青に変化する。
「なにこの匂い?香水?あれ、でもこれどこかで嗅いだことあるような……?」
「セ、セシル!ぼ、僕汗が酷いから先にシャワー浴びてくるね!!」
脱兎のごとく中庭から去って行くベルにセシルはあ、と言葉が漏れた。
「はぁ~」
セシルから離れることができたベルはとぼとぼと浴室に向かって歩きながら突然離れたことを申し訳ないと思うと口から溜息が出た。
「まだ、落ちてないのかな………」
自身の腕を軽く嗅ぐベルから放つ香りは香水。
それはベルが昨夜歓楽街に連れて行かれた時に体に染みついてしまったものだ。
【ランクアップ】のお祝いとしてリオグ達がベルを歓楽街へ無理矢理連れて行かされた。
帰還次第にすぐにシャワーを浴びたはずだが、どうやらまだ落ちていなかった。
「春姫さん……」
昨夜、ベルが【イシュタル・ファミリア】の
どうすればいいのか、どうしたらいいのかわからない。
「あれ~ベル君?今はセシルちゃんと~訓練中じゃなかったかな~?」
「アイカさん……」
通路を歩いていると洗濯籠を持つ
「ベル君が~抱いた女の子は気持ちよかった~?」
「だ、抱いてません!!」
突拍子もないことを言われて思わず叫んでしまったベルの顔は一瞬で真っ赤に染まる。
「まぁまぁ~落ち着いて~。アマゾネスちゃん達に命辛々に追われて娼婦として歓楽街に売られた女の子のことを心配するベル君」
「ど、どうしてそれを知っているんですか!?」
カラカラと笑うアイカにベルは戦慄を覚える。
本当にこの人は心が読めるのかと思わざるを得ない。
「まぁ、でも~【
ぶるりと昨夜のことを思い出して体が震える。
アイカの言葉通り、もし捕まっていたらどうなっていたのかわからなかった。
「……あれ?アイカさんあの人の事知っているんですか?」
今のアイカの言葉はまるでその人がどういう人か知っているような口ぶりに気付いたベルは思わず尋ねるとアイカはあっけらかんと答える。
「知ってるも何も~私、元娼婦だよ~」
「え?」
元娼婦という言葉に少なからず驚きを隠せれないベルの頭を撫でるアイカはいつものように微笑んでいた。
「後で教えてあげるから~私の部屋に来てね~」
今はお仕事があるからとアイカは
「………」
その後姿をベルは見えなくなるまで見ていた。
「身請け、ですか?」
「そうだよ~ミクロ君が私を買ってくれてここにいられるの~」
気になったベルは後にアイカの部屋に尋ねてアイカの身の上話を聞いていた。
ミクロがアイカを身請けして歓楽街から出ることが出来た。
だからアイカはミクロの専属
「今は娼婦じゃないから~ミクロ君以外の人に抱かれるつもりはないからね~」
大好きなミクロ以外にアイカは身体を重ねるつもりはない。
「買うなんて……」
まるでモノのように扱われていることがベルは嫌だった。
「ベル君の気持ちはわからなくもないよ。でもね、それが歓楽街の規則なの」
自分の元に訪れた男性、もしくは自分で連れて来た男性にお金を貰う代わりに一夜限りの夢を見させる。
アイカもそうやって名も知らない男性と何度も体を重ねてきた。
金を稼ぐためもあったが歓楽街に売られた以上もうアイカは心のどこかで諦めていたかもしれない。
自分の未来を自分で選択できる権利はもうない、と。
なら、せめて笑って今を楽しもうとさえ思っていた時期もアイカにはあった。
「そんな私をミクロ君は手を差し伸べてくれた。凄く、嬉しかったんだ……」
卑しい自分に、諦めている自分に手を差し伸べてくれたミクロにアイカは心から嬉しかった。
だからミクロに尽くそうと自分の意思で決めた。
「そう、だったんですか……」
ミクロによって救われたアイカ。
アイカにとってミクロは英雄なんだなと思ったベルは朝方の春姫の言葉を思い出した。
―――英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です。
その言葉が脳裏を過る。
「ベル君は私が娼婦だって知ってどう思うかな?汚れてる?それとも卑しい女に思える?」
「そ、そんなことありません!アイカさんは美人で優しくて、いつも僕やセシルを優しく励ましてくれる……ええっと大人の女性だと思ってます!」
即座に否定してアイカのことを褒めまくるベルにアイカは微笑む。
「なら、ベル君はその娼婦の女の子をどうしたいのかな?」
「僕は……」
思い出す昨夜の春姫の微笑み。
とても悲しく、諦めているようなあの微笑みがベルはどうしても気になってしまう。
何とかしたいと思う。
出来る事なら助け出したいとさえ思っている。
でも、ベルは【アグライア・ファミリア】の一員だ。
自分の身勝手な行動のせいでミクロや他の団員達に迷惑を掛けたくなかった。
「ベル君の好きにしてもいいんじゃないかな?」
悩むベルに察してアイカは言葉を続ける。
「もちろん平和的に解決を求めるのなら身請けが一番だけど、いざという時は無理矢理攫っちゃえ!ベル君!」
親指を立てながら笑顔でとんでもないことを言うアイカ。
「その女の子をベル君は助けたいんでしょう?なら、私達はベル君を助けさせてよ。同じ
春姫を助けたいベルを助けようとしてくれる。
同じ
「………はい」
嬉しい気持ちで返事をするベルは本当にいい【ファミリア】に入れたことに心から良かったと思えた。
「それでも……皆さんに迷惑をかけたくありませんので身請けを考えてみようと思います」
「うん、ベル君がそう選ぶのなら私は何も言わないよ~」
しかし、ベルはこの時は気付いていなかった。
身請けには大金が必要でその相場は二、三〇〇万はすることを。
アイカはベルの隣に腰を下ろしてベルを胸元に引き寄せて優しく抱きしめる。
「ア、アイカさん……ッ!」
「ベル君、その子を助けてあげてね」
耳元で囁くように告げられる言葉にベルは目を見開くとアイカは歌う。
「【奏でる音色に安らぎという安眠を】」
超短文詠唱からアイカは魔法を発動させる。
「【ララバイ】」
アイカが歌うとその歌に魔力が込められていてベルの瞼が重くなっていく。
アイカの旋律魔法は奏でる歌に魔力を宿して歌を聞いた者を眠らせる。
一時間程で目を覚まし、起きた頃には体の疲労感を消失させる。
魔法を施して疲れが溜まっているベルを眠らせて休ませる。
横に寝かせるベルの前髪をアイカは優しく撫でる。
「君ならできるよ、ベル君」
私を救ってくれたミクロ君のように優しい眼をしている君なら、と眠っているベルに告げてアイカは部屋を出て行く。