「まさか二人とも自力で脱出してくるなんてね」
「ミクロ君の
「僕は春姫さんに助けて貰いました」
無事に宮殿から脱出した二人は進攻していたパルフェ達と無事に合流することができた。
何というか逞しい二人にパルフェ達は苦笑を浮かべるが今は二人の無事に安堵するとパルフェはベルの隣にいる
「ベルを助けてくれてありがとう。春姫ちゃんでいいんだよね?」
「は、はい!サンジョウノ・春姫と申します!」
ペコリと頭を下げて名乗る春姫。
「ちゃんとしたお礼をしたいけど今は状況が状況だから後でもいい?」
「い、いえ、お礼だなんて………私はクラネル様のお役に立てただけで……」
困ったように笑みを浮かべる春姫だけどその瞳は何もかも諦めているように感じた。
「あ、あの……皆さんはどうしてここに……それとこの状況は?」
燃え上がる炎や聞こえてくる悲鳴と絶叫にベルはパルフェに問いかける。
「【イシュタル・ファミリア】はミクロの逆鱗に触れた。ベル達を助ける為に私達は【イシュタル・ファミリア】を襲っているの」
「そ、そんなことをしたら……ッ!?」
「うん、ギルドから重い処分を科せられるだろうね。でも、
自分達を助ける為に有無言わずに【イシュタル・ファミリア】を攻め滅ぼしにきたミクロ達にベルは自分の弱さに痛感した。
自分のせいで皆に迷惑をかけてしまったことにベルは悔やむ。
「自分の弱さを悔やむのなら強くなればいいよ。でも、今は休んでて」
「………はい」
パルフェの言葉にベルはただ返答するしかなかった。
自分がもっと強ければこんなことにはならなかったと悔やむ。
「春姫ちゃん、春姫ちゃん」
「は、はい……」
悔やむベルの後ろでアイカが春姫に近づいて声をかけるとアイカはベルの上着を掴む。
「えい」
「っ!?」
「と、殿方のっ、背中~~~~っ!?」
上着を捲ってベルの背中を春姫に見せると春姫はふっと意識を手放してその場で倒れる。
「な、何をするんですか!?アイカさん!!」
「ごめんね~ベル君。でも、これでやっとわかったよ~、この子処女だね」
「え?」
突然上着を捲られて困惑するベルを置いてアイカは納得気味に頷いた。
「反応が初々しいからもしかしてと思ったけど~春姫ちゃんは処女だよ、ベル君」
「で、でもっ、春姫さんは何度も……その男の人を相手したって」
「続きを夢の中でしてるんじゃないかな~?ふふ、女狐だね~」
初々しい反応を見せた春姫にアイカは愉快そうに笑みを浮かべるとパルフェは呆れるように息を吐いた。
ベルは何とも言えない視線を春姫に飛ばす。
「まぁ~取りあえずは儀式も阻止できたし~皆にお任せしようか~」
儀式を阻止する為の殺生石は今はアイカの『リトス』の中に収納されている。
アイカは気を失った春姫を背負ってあることに気付く。
「ベル君、この子、結構胸が大きいよ」
「ど、どうして僕に言うんですか!?」
顔を真っ赤にして叫ぶベルにカラカラと笑うアイカ。
「待ちな」
そんなベル達の前に一人の
「ア、アイシャさん……」
アイシャの存在にパルフェ達は一斉に武器を構えるがアイシャから戦意が見受けられない。
「たくっ、アンタのところの団長は恐ろしいよ。あっという間にうちは壊滅状態だ。だけどね、他派閥であるアンタがそいつを連れ出そうとしても易々とまかり通るものじゃないんだよ」
【ファミリア】の血の掟、離反するには代償が伴う。
例え派閥に苦痛を感じていたとしてもだ。
「お前は何でそいつを助けようとする?惚れたのかい?それとも同情ならやめときな、虫唾が走る」
容赦のないその視線はベルの覚悟を問われている。
その眼光に気圧されそうになりながらもベルは負け時に言い返す。
「……春姫さんは娼婦の仕事にとても苦しんでいます」
「だからベル君、この子は処女だよ」
「わ、わかっていますから!今だけは静かにしてください!」
からかいの言葉を投げられて再び顔を真っ赤にして叫ぶベルは咳払いをして改めて覚悟を口にする。
「僕はこの人の英雄になります」
二人が憧れた英雄は破滅を持つ娼婦だろうと見捨てない。
恐ろしい敵が待ち受けていたとしても戦いに行く。
ベルはそんな英雄になって春姫を守ると決めた。
「だから攫ってでもこの人を連れて行きます!!」
儚く笑うことしかできない春姫の為にベルはその一歩を踏み出す。
「ベル!これを使いな!」
「ありがとうございます!」
団員から渡された武器を手にしてベルはアイシャと対峙する。
「いいね、いい眼だ」
大朴刀を右手に銀光を放つ切っ先をベルに向ける。
「ちょっと待った!!」
その時だった。
後ろで見守ってくれる団員達よりも更に後方から聞き覚えのある声が飛んでくる。
そして、一人の少女が姿を現した。
「セシルちゃん……」
「アイカお姉ちゃん……無事でよかった」
大切な
「セシル!貴女はまだ安静にしていないと駄目!」
血の殆どを失って部屋で安静していたセシルはまだ完全に調子が戻っているわけではない。
それでもセシルがここまで駆け付けたのは
同じ
敗北のままで諦めるのは尊敬するミクロの弟子としての誇りが許さない。
家族の為にあの時の敗北を晴らす為にセシルはベルを引いて自身が前へ出る。
「私が相手だと不足ですか?」
「いいや、私もアンタと真正面から戦いたかった」
大鎌を。
大朴刀を。
得物を手に持って二人は衝突する。
「ま、まさか………」
自失呆然としバルコニーからしばし動けなかったイシュタルは焦った足取りで宮殿に戻る。
「攻めてきたというのか……?」
動揺に侵されながらイシュタルは思考を必死に働かせる。
【覇者】ミクロ・イヤロスをイシュタルは酷く警戒していた。
カーリーの時に遭遇した時、ミクロは迷いもなく殺神宣言をした。
あれは冗談でもハッタリでもない。
本気で殺すつもりでそう言ったのだ。
アグライアも自分と同じ美の女神でフレイヤほどではないが気に食わなかったのは確かだ。だけど、手を出すほどではない。
周囲の名声もその美を称える男の数も自分の方が上だからだ。
潰す気もなければどうこうする気もない。
だけどミクロは違う。
常識を逸している存在であるミクロは何をするかわからない。
その実力を買ってイシュタルはミクロを勧誘したがミクロは全くそれに応じることはなかった。
身内に甘いことからイシュタルは人質を取る計画を練ってそれに成功した。
フレイヤを引きずり下せば人質は無事に帰すつもりでいた。
少なくともフレイヤを襲撃する間は問題ないと考えていた。
にも拘らず速すぎる進攻にイシュタルは身の危機を感じる。
「見つけた」
ぞくりと背筋に阿寒が生じるイシュタルは振り返るとそこにはミクロが立っていた。
「これは返す」
「ヒィ!」
それを見て悲鳴を上げる
「フリュネ……?」
何とかフリュネだと理解出来るその姿は恐ろしすぎて眼を逸らしくなるほど壊されている。体の重要な器官を残して辛うじて生きていられている状態だった。
「後はお前達だけだ」
「お、お前達!そいつを殺せっ!!」
団員に命令を下すイシュタルだが、誰もがその命令に従わない。
いや、従えない。
恐怖で足を震わせて腰を抜かし、中には失禁している者もいる。
ミクロの視線が動けば殺すと語られているような気がしてならない。
イシュタルの顔は怖気で歪みながらもミクロに叫ぶ。
「わ、私達神々に手を出せばどうなるのかわかっているのか!?」
神に手を出せば重罪、もしくは死刑だ。
「事故に見せかける殺人などいくらでもある」
だけどミクロはそんなことどうでもいい。
「――――――ッ」
あっさりとそう言い返すミクロにイシュタルは恐怖に縛られる。
目論見は脆く崩れ落ちる。
「ゆ、許してくれ……もう、お前に逆らわないし、仲間にも決して危害を加えない」
「もう遅い」
コツコツと近づいてくるミクロにイシュタルは後退りする。
逃げようとしてもミクロは決して自分を逃しはしない。
絶体絶命のその時にミクロは歩むのを止めると
『――――聞こえるかしら?イシュタル』
「ア、アグライア……」
『私は忠告したはずよ?ミクロを怒らせるなと。その結果がこれよ』
燃え上がる歓楽街。
倒れ伏せる自身の駒達。
「た、助けてくれ……頼む、私はまだフレイヤに一矢報いもしていない………」
『知ってるわよ、貴女がフレイヤを妬んでいることぐらい。でもね、私や私の子供達にはそんなこと関係なかった。貴女が私の子に手を出さない限り私達は何もするつもりはなかったのよ』
最初に仕掛けてきたのはイシュタルだ。
わざわざミクロを警戒して人質を取るのが間違いだった。
『でも、同じ女神として選択する権利はあげるわ。ミクロに殺されて天界へ送還されるか、自らの意思で天界に送還するかを』
「そ、そんなの……ッ!」
変わらないではないか。
『私は後者を勧めるわ。それともミクロが本当に
ミクロとアグライアを何度も見返すイシュタルはその選択に応じるしかなかった。
一柱と下界の子供に見詰められながら
時は少し遡る。
衝突する大鎌と大朴刀。
「ハハハハ!いいね!最高だよ!アンタが
「それは私が女性としての魅力が欠けているということですか!?」
歓呼するアイシャの言葉に怒声を飛ばすセシル。
ベル達に見守られながらアイシャとセシルは互いの得物をぶつけ合わせて一進一退の攻防を繰り返す。
振り下ろす大朴刀を大鎌で受けてその隙に横から足刀がくるがセシルはそれを受ける。
「セイヤッ!!」
攻撃を受けてもセシルは防御から大朴刀ごと押し返して強引に攻撃に転じる。
「ほんと、驚くほどの耐久力だね……!」
「これぐらいお師匠様の
「……とことん恐ろしいね【覇者】は」
セシルの言葉に若干呆れるがセシルの耐久力は冗談抜きで凄まじい。
「【来たれ、蛮勇の覇者】!」
詠唱を開始した。
それも攻撃、移動、回避、防御を依然遜色なく実行している。
「並行詠唱……それもお師匠様や副団長なみの……ッ!」
歌いながら踊るアイシャの並行詠唱の技量に一驚しながらもセシルは詠唱を止めようと攻撃を繰り出す。
「【雄々しき戦士よ、たくましい豪傑よ、欲深き非道の英傑よ】!」
淀みなく戦闘と詠唱を両立させるアイシャ。
「【女帝の帝帯が欲しくは証明せよ】!」
大鎌の連続攻撃をアイシャには届かないどころかアイシャは守りに入らずに倒しにかかってきている。
「【我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」
このままでは魔法を撃ち込まれる。
刻一刻と詠唱を進む中でセシルは焦りが生まれるがその隙をアイシャが逃すはずなく長脚による蹴撃を受けてしまう。
どうする、とセシルは思考を働かせると不意にあることを思いつく。
「【飢える我が刃はヒッポリュテー】!!」
詠唱を完成させたアイシャにセシルは大きく距離を取って大鎌を大きく振りかぶる。
「【ヘル・カイオス】!!」
叩きつけられた大朴刀から放たれた斬撃波。
水面を切る鮫の背びれのごとく、紅色に染まった斬撃の衝撃波が地面を驀進する。
「【
自身の重力魔法をセシルは大鎌に展開させて斬撃波を迎え撃つ。
「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
セシルは一声と共に紅色の斬撃波を切断した。
「斬撃波を斬った………っ!?」
己の魔法を斬ったセシルにアイシャは憎々しそうに笑みを浮かべる。
セシルの重力魔法は何も重くするだけじゃない。
軽くすることもできる。
なら、重力結界を大鎌に付与させてその結界内に侵入した相手の攻撃の重みを軽くすることもできるかもしれないと思ったセシルは土壇場でそれを思いついて実行した。
攻撃が軽くなったアイシャの
「ううん、違う……」
だけどそれはセシル自身が否定した。
武器だけではない、今まで自分が積み重ねてきた努力がこの結果を生み出した。
「【駆け翔ベ】!」
「ッ!?」
風を纏い、一瞬で接近するセシルにアイシャの蹴撃が炸裂するがセシルは大鎌を捨ててアイシャの足を掴み拳に風を付与させる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
咆哮を上げて力の限りの風の拳撃を繰り出した。
「ぐうぅッ!?」
腹部に炸裂した一撃にアイシャの体は折れ曲がり、吹き飛ばされる。
宙を舞うアイシャはやがて地の落ちて沈黙するとセシルも力尽きて背中から倒れ崩れる。
「セシルちゃん!?」
駆け寄るアイカはセシルを抱き起すとセシルは笑みを浮かべていた。
「勝ったよ……」
「………おめでとう」
再戦して勝利を掴んだセシルにアイカは賛辞を送る。
こうして【イシュタル・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】との抗争は幕を閉じた。