「あのクソ野郎がッ!!」
『焔蜂亭』の件からリュコスの怒りは酒と共に発散させていた。
「何が雑魚だよ!ふざけやがって……あたしらがどれだけ努力しているかも知りもしないで……ッ!」
瓶ごと酒を一気飲みするリュコスにミクロはグラスに酒を注いで静かにリュコスの愚痴に耳を傾ける。
【イシュタル・ファミリア】との抗争が終わり、落ち着き出した時間を利用してリュコスは一人で酒を飲みに行っていたがそこでベートが周囲の客ほと雑魚だの、腰抜けなど暴言を吐き捨てた。
強くなる為に努力を重ねてきているリュコスにとってベートの発言は決して無視できるものではなかった。
「いつか蹴り飛ばしてやる……ッ!」
酒に酔い、愚痴り溢すリュコスはいつかはベートを蹴り飛ばすことを決意する。
Lv.5であるリュコスがLv.6であるベートを蹴り飛ばすのは難しいだろうなと思いつつミクロはグラスに酒を注いでリュコスの手前に置く。
「……そういやあんたは何で【剣姫】にあんなことを言ったんだい?」
「あんなこと?」
「あのクソ野郎が優しいわけないだろう……」
酒場から去って行くベートを追いかけようとするアイズを止めてミクロはそう言った。
その言葉の意味がリュコスもわからなかった。
いや、理解すらできない。
同じ
ベートは冒険者の中で屈指の嫌われ者だ。
その理由が弱者を見下し、罵詈暴言を吐き捨てる。
絶対的な弱肉強食に基づき、過度ほどの実力主義者がベートだ。
衝突も多いベートをミクロは優しいと言った。
「リュコスはベートの事どう思う?」
「いけ好かないクソ野郎」
即答だった。
「俺はそうは思わない。ベートが本当に弱者を嫌い、鬱陶しいとさえ思っているのならどうして無視しない?無関心でいればその分自分が強くなることが出来るにも拘らずベートはそれをしない」
本当にベートが雑魚を嫌っているのなら無視すればいい。
死のうがどうしようが関係ない。
その分を自分が強くなる方に当てた方が効率的だ。にも関わらずにベートは決して雑魚に絡むのを止めない。
嘲笑い、罵倒して、侮蔑する。
遠征でもベートは一度でもそれをしなかったところをミクロは見ていない。
「ベートの言う『雑魚』は『雑魚』じゃない。俺はそう思う」
「………」
「確かにベートは口が悪いし、言動は相手を傷つける。だけど、間違ったことは言っていない。そいつの悪いところを指摘できるのはそいつをしっかりと見ている証拠だ。だけど、多分それだけじゃない。ベートは許せないんだ、自分が」
「はぁ?自分が許せないってどういうことだい?」
ミクロの言葉に怪訝するリュコスにミクロは頷いて自身の推測を語る。
「ベートは罵詈暴言を放つ時に苛立ちとは別に瞳から深い悲しみが見えた」
シャルロットを亡くした時の自分自身のように。
アリーゼ達を失ったリューのように。
ベートは自分にとっての大切な人を失ったのではないかと推測した。
正しいかどうかはわからないが、それ以外に思いつかなかった。
「ベートはきっと変わって欲しいんだ。自分の言う『雑魚』が強者に変わって欲しいからベートは弱者を突き放そうとする」
あくまで推測だけど、と付け加えるミクロの言葉にリュコスはグラスに注がれている酒を飲み干す。
「……不器用すぎんだろう、それ」
「リュコスも最初はそんな感じだった」
「………忘れたね、そんなこと」
ミクロの言葉にそっぽを向いて誤魔化す。
出会った頃のリュコスもそれはもう不器用だった。
「というよりどうしたあんたはそんなにあいつのことを理解してんだい?他派閥だろう?」
「ベートは俺にとって唯一の男友達だから」
「―――ぶっ!?」
思わず酒を噴き出したリュコスにミクロはどうして噴き出したのかわからずに首を傾げる。
年齢が近く、同じLv.6で親しい男はベートしかいなかった。
他派閥だろうとミクロにとってベートは大切な友達。
だからこそ
「……たくっあんたは本当に者好きだよ」
かつては自分をしつこく勧誘してきた時の事を思い出しながらグラスに酒を注ぐ。
天然か、ワザとか。
前者なら質が悪いと内心で愚痴を溢す。
しかし、いやだからこそミクロの下にいるのだろうと納得している自分がいる。
厄介な奴に目を付けられたものだ、と若干ベートに同情した。
「で、あんたはどうするんだい?」
それだけベートのことを理解しているのならこんなところで暢気に酒を飲んでいていいのかと問いかけるリュコスにミクロはどうもしないと答えた。
「無理に干渉する必要はない、少なくとも今はまだ」
「そうかい」
ミクロの言葉に納得しグラスを置くリュコス。
こいつには本当に敵わない。いや、そうでなくてはたった数年で【ファミリア】をここまで大きく、強くさせることは出来なっただろう。
「愚痴を聞いてすっきりしたよ、もうあたしは平気さ」
「わかった」
「まぁ、あんたに関する愚痴はよく聞くからお相子だね」
「?」
意味深の言葉に訝しむミクロ。
主にティヒアのミクロに関する愚痴を聞いている方のだった為にたまには言う方も悪くないと思いつつリュコスはそうぼやいた。
「お休み」
「はいよ」
部屋から出て行くミクロは自室に戻ろうと通路を歩いて行くとミクロの前にアイシャが姿を現した。
「団長、レナの奴を見なかったかい?」
「いや、見てない」
「あいつ……また『隠れ家』に行ったのか。団長、悪いが明日は暇を貰うよ」
「わかった。でも、単独行動は控えろ」
「あいよ、何人か連れて行くよ」
要件だけを告げて離れていくアイシャ。
アイシャが言っていたレナはアイシャ達と同じ【イシュタル・ファミリア】から【アグライア・ファミリア】に
面倒見のいいアイシャは
短期間でこの【ファミリア】に馴染めたのもアイシャが上手いこと
そろそろ【ファミリア】の部隊編成を作った方が良いかなと頭の片隅に入れておく。
「あ、団長様」
「春姫か」
「遅くなりましたが私をこの【ファミリア】に迎えてくださりありがとうございます」
「気にするな、ベルの頼みでもある」
春姫がここにいるのはベルの頼みが大きい。
ミクロはベルの頼みに応えただけの為に気にされる必要はなかった。
ベルの頼みがなければミクロは同じ極東出身である【タケミカヅチ・ファミリア】に春姫を渡そうと考えていた。
「仕事は覚えたか?」
「は、はい。アイカ様がとてもよくしてくれますので」
アイカ同様に非戦闘員の
アイカから春姫に関することは大体は聞いている。
殺生石のこともイシュタルが行おうとした儀式のことも知っているミクロは殺生石を破壊して春姫を
万が一に春姫の存在を知らさせない為にそれが一番だった。
ミクロにとって春姫の魔法は強力程度で脅威とは思ってはいないが悪用する輩も存在していることも確かだ。
「わかった。春姫も今日はもう休め」
「はい、お休みなさいませ」
もう一度頭を下げて離れていく春姫にミクロも自室に戻る。
「明日はフィン達に会わないと……」