幸いにも【アグライア・ファミリア】に死者は出ず、
襲撃者達の正体はあの大陸の闇、
「なるほど、ベートはこれを探してたのか」
手に持つ『ダイダロス・オーブ』をイシュタルが持っていた可能性があり、【ロキ・ファミリア】はそれを探していた。
ベートもレナからその情報を聞き歓楽街の方に足を運んでいたところで
「ベート・ローガ………」
雨が降り続ける外を見つめながらベートの名を口にするレナ。
愛する人が自分のせいで傷付き、心配するレナにミクロは口を開く。
「ベートは強い。そう簡単に倒れるような奴じゃない」
そんなレナに励ましの言葉を投げるミクロは本気でベートを勧誘しようか悩んだ。
他派閥との結婚は難しい。
その二人の間にできた子供がどちらの【ファミリア】に所属するのかわからなくなる。
だから大抵は同じ【ファミリア】内や
ベートは【ロキ・ファミリア】。
レナは【アグライア・ファミリア】。
もし結婚して子供を成すというのならどちらかが【ファミリア】から去らないといけない。
だが、ミクロはレナを、いやレナだけでなくとも一度
「でも……」
それはこれからの話で今はそれどころじゃない。
フィンが【ロキ・ファミリア】総動員させて
これにより地上に出てきた
ベートもそれに察しているだろう。
だからこそベートは動く。
のこのこと地上に姿を現した
フィンもそしてフィンから聞いた
報復する為に牙を剥き出すベートは紛れもない強者だ。
だけど来ると分かっている敵に何の対応策も持っていないほど
最悪の場合も想定しなければならないが、ミクロはそれは御免蒙る。
ここでベートを死なせるつもりもアイズ達と仲違いのままで終わらせるつもりはない。
椅子から立ち上がったミクロはレナに告げる。
「レナ、フィン達に言伝を頼む」
「え?」
止まらない雨の中、ベートは街路を歩いていた。
先程会ったロキから
「……何の用だ、ミクロ」
ベート同様にずぶ濡れとなっているミクロはまるでベートの向かう道のりを通さんと言わんばかりに立ち塞がっていた。
「レナの傷は完治した」
「ハッ、わざわざそんなことを言う為に俺を探したってのかよ。ご苦労なこった」
嘲笑い、吐き捨てるように言葉を放つ。
「手伝おうか?」
「あぁ?」
「お前がこれからしようとしている事を」
「手を出すんじゃねぇ。手を出したらてめえでも殺す」
苛立ちと殺意を剥き出すベートだが、ミクロの表情は変わらない。
「無理。ベートに俺は殺せない」
表情を変えずミクロはベートに告げる。
「ベートは俺より弱い。そして弱い奴に殺されるほど俺は弱くない」
「………ッ!」
ミクロの言葉に一層に怒りと殺意が膨れ上がるベートに近づいてミクロはベートに手を差しだす。
「【アグライア・ファミリア】に来い、ベート」
怒りで表情を歪ませているベートにミクロは唐突に勧誘した。
「………ハッ、寝言は寝て言え」
突拍子もないミクロの言葉に怒りが霧散したベートはミクロの横を通り過ぎる。
ミクロのその眼が、言葉が真剣だった。
本気で自分を迎え入れようとしていたからこそベートは突き放した。
強さと弱さを履き違えないミクロとそのミクロに応えようと強くなろうとしている【アグライア・ファミリア】の団員達。
出会いが違えばもしかしたらという考えもベートには会った。
「報復をしてもお前の傷は癒えることはない」
その言葉にベートは動くのを止めた。
「ベートは言ったよな?何故、お前は助けられるって。それは助けられなかった奴が言う台詞だ。ベート、お前は弱者を放っておけないから傷つけ、遠ざけようとする。死なせたくがない為に強くさせようとする」
そうでなければベートの言動に納得ができない。
罵って、嗤って、傷つけて弱者を戦いの場から遠ざけようとする。
弱者の咆哮を上げられるほどの気概を持たない者は無為に屍を積み上げる。
59階層の遠征の際に目撃した冒険者ベル・クラネル。
涙を流し、立ち上がって『弱者』から脱却し、自分より遥かに強大な相手にベルは吠え、勝利を掴み取った。
「お前を苦しめているのはお前が言う弱者だ。違うか?ベート」
「………」
その問いにベートは答えない。
だけどミクロは言葉を続けた。
「誰もが強者にはなれない。それはきっとお前も理解はしているはずだ。それでもお前が弱者を嘲笑い、侮蔑するのは大切な人を守れなかった自分自身を思い出すからじゃないか?だからお前は強くなろうとする。弱い自分を捨てる為に」
「わかった風に口を聞いてるんじゃねぇ!!」
ベートの喉から怒号が放った。
「何様のつもりだ!人の事をペラペラと言いやがって!胸糞悪ぃんだよ!!」
感情を爆発させて、怒りの形相を作りベートは叫ぶとミクロは自身の事を告げる。
「……お前の過去に何があったのかは知らない。だけど、お前の気持ちは俺もよくわかる。俺も大切な人を………母さんを助けられなかったときは自身の弱さを恨んだ」
ベル達に気を囚われていなければ、もっと
もっと強ければ助けられたかもしれない。
もっとシャルロットのことを理解入ていれば止められていたかもしれない。
そう考え後悔するミクロの胸には確かな傷が存在している。
ミクロは『リトス』から長槍を取り出してその矛先をベートに向ける。
「………何のつもりだ?」
「これ以上の話をしても意味がない。だから戦おう、ここから先は強者のみが許された戦場だ」
容赦なく降り注ぐ雨の中で今の状況も考えずにミクロはベートに戦いを申し込んだ。
「……上等だ」
バッグを捨てて構えるベートは不謹慎ながらも笑っていた。
ミクロがベートを強者と認め、勝負を挑んできた。
震えるほどの怒りを覚えながらもそれ以上に歓喜する。
「俺はお前の全力を受け止めてその上で倒す。だから全力で来い、【
「うるせぇ」
ミクロの言葉を一蹴して構える二人は同時に駆けた。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
雄叫びを上げて蹴撃を放つベートの攻撃を無視して
ミクロの耐久力なら例えLv.6の蹴撃でも耐えて相手に傷を負わせることが出来る。
「ッ!?」
だが、ミクロはその考えを瞬時に捨てて回避行動を取った。
しかし、その回避した先でベートの蹴撃がミクロに側頭部に直撃し、ミクロは蹴り飛ばされるがすぐに起き上がり今のベートを見て納得した。
「『獣化』か………」
限られた獣人に確認されている現象であり、その獣性と力が解放された獣人は身体能力が上昇する。
ミクロは初めの蹴撃は危険と判断して回避したが獣化したベートに速力は完全にミクロを上回り、回避行動を取ったミクロを蹴り飛ばした。
つまりミクロは一つ動いている間にベートは二回動くことが出来る。
なるほどと納得するミクロは眼帯を取り外して『E』と刻まれている
そしてもう一つ『レイ』を発動させて自身に電撃を迸らせて身体能力を強制的に引き上げた。
瞬時に姿を消した二人は長槍とメタルブーツが衝突する音だけが周囲を響かせる。
「チッ!」
舌打をかますベートはミクロの長槍に酷く警戒する。
あれはやばいと本能で告げているベートはそれでも攻撃の手を緩めることはしない。
「ベート、お前は本当に強い。だけどそこまで強くなる為にお前はどこまで自分を傷つける?」
「うるせぇ!!」
返答は膝蹴りで返すベートにミクロは槍で槍で防御。
ベートの『傷』は大切な人を失う度に増えていき、流れ出る血を代償に力を得てきた。
傷だらけの狼。
それが弱者を捨てた
「自分と他者の弱さを許せない。だからお前は弱者に吠え、強者に喰らいかかる。自他共に傷つけながら」
「ごちゃごちゃうるせぇって言ってんだよ!!」
戦いながら言葉を交るミクロにベートは吠えかかる。
ベートは傷つけることしかできない。吠えることしかできない。
ベートは遠ざけることしかできない。訴えることしかできない。
ベートは弱者の咆哮を待つことしかできない。
ミクロの言葉がどれも心をベートの感情を逆立つ。
怒りの火が、瞋恚の炎がその瞳に出てくるベートの蹴撃の威力が増していく。
鋭く、重くなる攻撃を巧みにいなすミクロ。
「もう目の前で誰も死んで欲しくない。それがお前の本当の気持ちじゃないか?」
「………ッ!」
逆立つミクロの言葉に怒りで歯を噛み締める。
何知った風に言っていやがる。
他派閥の癖に、何も知らない癖に知った風に言うんじゃねえ。
確実に怒りが募っていくなかでベートは冷静さを欠けていく。
ベートの本性を感情を剥き出すにしていく。
「本気を出せ、ベート。俺はお前の全力を受け止めてその上で倒すと言ったはずだ」
そこでベートは気付いた。
先程からこちらの神経を逆立てる発言は自分の怒りを募らせて本気の本気を出させようとするミクロの布石だと。
「チッ」
だからこそ舌打ちする。
だからこそ苛立つ。
そうしてまで自分を受け止めようとしているミクロのお節介に。
だから、勝ちたいと追い越えたいと思わされる。
目の前の
「【戒められし
詠唱を開始する。
「【一傷、
呪文を唱え続けるベートにミクロはただ待つ。
その詠唱が完了するのを。
「【癒えぬ傷よ、忘れるな。この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火】」
ベートは並行詠唱などできない。
元より使うつもりのないものに労力を割くなど無意味でしかないからだ。
「【
ベートはこの魔法を嫌う。
詠唱文も含めて魔法は本人の資質、そして心に持っている想いを反映する。
「【傷を牙に、慟哭を猛哮に―――――喪いし血肉を力に】」
この呪文はベートの弱さを知らしめてしまう。
目を背け続ける傷に気付かせてしまう。
「【解き放たれる縛鎖、轟く天叫。怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】」
それでもベートはこの魔法を使う。
目の前にいるいけ好かなくお節介な
「【その炎牙をもって――――――平らげろ】」
琥珀色の双眼が剣呑な光を宿して開かれ、自我の鎖に戒められていた『
「【ハティ】」
短い音となって響き渡る魔法名。
直後。
凄まじい熱光が焼き、そこにあったのは大量の火の粉を撒き散らす炎を両手両足、計四つの部位に発現した紅蓮の炎。
ここからだ。
ミクロは気を引き締めてベートを迎え撃つ。
「来い、ベート」