森の中にある木々を足場に空中戦を繰り広げているリューとヴォールは衝突し合う度に木刀とメタルブーツから撃音が森の中を響かせる。
「ヴォール・ルプス、自らの足で罪を償おうとはしませんでしたか……」
前回の戦闘でリューはヴォールに勝利して、自首を勧めた。
だが、ヴォールは再びリューの前に姿を現した。
「ハッ!
リューはそれに対して特に言うことはない。
敗北を知って自分に勝利した相手に勝つという気概ぐらいはリューも持ち合わせている。
言い方はどうであれ今のヴォールは前回とは違い、リューを下に見てはいない。
「しかし、私は貴方と戦っている暇はありません」
近くで戦闘音が聞こえる。
ミクロもまた強敵相手に戦っている。
助けに行く為にも速やかに目の前の敵を倒す必要がある。
「自分よりも他人の心配かよ! 下らねぇ!!」
その事に気付いたヴォールは苛立ちと共に吐き捨てるとリューが尋ねた。
「貴方は……仲間が心配ではないのですか?」
「仲間!? 俺達、
微塵もコネホの事を心配する素振りすらみせないヴォール。
個々の強さを信条としているのかはわからないが、リューは訝し気に訊く。
「彼女が、仲間がどうなろうと貴方は構わないと?」
「当然だ! 弱い奴は、仲間意識を持つ奴は死ぬ! それだけの話だ!!」
即答であった。
一瞬の迷いも躊躇いもなくに即答するヴォールにリューは目を細める。
「貴方は仲間を何だと思っている?」
その問いにヴォールは醜悪な笑みを浮かべて言った。
「価値のないただの有象無象だ。駒にも値しねえ」
ヴォールに仲間意識など微塵も抱いてはいなかった。
そこらへんに転がっている石ころと同じ程度しか思っていない。
それを聞いたリューは。
「下衆が」
仲間意識が強いリューにとってもその言葉は許容できるものではない。
憤るリューにヴォールは鼻で笑う。
「ハッ、いくらでも吠えてろ! 今度は俺がテメエを殺す!」
加速するヴォール。
リューの最大速力を上回る速さで動き回るヴォールに対してリューは木刀を収めて
「そんな玩具で俺の動きが捉えられるかよッ!」
後方から勢いをつけた蹴撃が襲いかかってくるが、リューはその攻撃を最小限の動きで避けた。
「なっ!?」
いとも容易く回避されたことに目を見開くヴォールだが、速度を緩めることなく今度はフェイントを混ぜて接近するが、それも回避されてしまう。
前回はリューは技術と
ヴォールも二度も同じ手が通用しない様に十分に対策を考えてリューに挑みにかかった。
それなのにどうして自分の攻撃をこうも容易く避けられるかわからなかった。
「チッ!」
舌打ちと共に電光石火のような連撃を繰り出すヴォールにリューは目を閉じたままそれを全て避ける。
「……すぐに頭に血が上るのは貴方の悪い癖だ」
「ああっ!?」
「それに場所も悪い。ここは
リューがヴォールの動きを風で感知しているから。
『薙嵐』は一定量の風を収束させて刃として形状を留めているのではなく、常に風を収束し続けている。
その副次効果でリューは『薙嵐』に収束する風を探知機として使い、ヴォールの動きを感知している。
収束していく風に揺らぎがあればそこにヴォールがいると風が教えてくれる。
更に言えばここは森の中。
森と共に育った
速力が自慢のヴォールにとって周囲にある木々は自分の動きを阻害する邪魔者でしかない。
ここが何もない草原や高原ならリューが敗北する可能性は高いだろう。
だが、勝負を仕掛けてきたのは向こう。
言い訳を聞く道理はない。
「チッ―――【餓狼よ、」
「遅い」
魔法の詠唱を行おうとする前にリューが『薙嵐』でヴォールに一閃。
一太刀入れられたヴォールから鮮血が飛び散る。
左肩から右横腹にかけて赤い一線が走るが、ギリギリで致命傷を避けることができたリューは殺さずにヴォールを倒すことが出来た。
「ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ッ!?」
だが、それでヴォールは膝をつくどころか自身の傷を無視してリューに殴りかかった。
「ぐっ……ッ」
咄嗟に反応できたおかげで防御することはできたが、その攻撃の勢いに負けて殴り飛ばされてしまう。
「あれは……ッ」
視線を上げてヴォールに視線を向けるとヴォールの瞳孔が割れていた。
空にある月を見てリューは気付いた。
「『獣化』……」
月下条件のなかでヴォールはその力を開放した。
更に――。
「俺は………テメエを殺すッ!!」
爆速するヴォールの動きは先ほどとは比べるまでもないぐらいに速い。
動きを感知した上でも辛うじて回避できるほどだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
吠える。
攻撃をするたびに、速く、重く、鋭くなっていく攻撃にリューは防戦を強いられる。
「どこまで……ッ」
速く、強くなる。
「殺す殺す、ブチ殺すッ!!」
その瞳に瞋恚の炎を宿すヴォールの連撃は一発一発が必殺のように思える。
そして遂にヴォールの攻撃がリューに被弾した。
「ぐぅうっ!?」
たった一発。その一発を被弾しただけでリューの細い身体は宙を浮いて木々に叩きつけられる。
肺から呼吸を引きずり出されながらリューは眼前に迫ってくるヴォールの攻撃から身をねじらせて回避する。
疲れ知らずのヴォールの攻撃はリューに休む暇も与えない。
顔中から流れ落ちる大量の汗と体に走る痛みが、リューに死の気配を感じさせる。
これまで経験してきたどのものよりも苛烈で強力な絶対的な死線。
「どうした!? 俺を殺さねえとミクロのところには行けねえぞ!!」
素手で木々を粉砕していくヴォールはリューに叫ぶ。
「テメエには誰かを殺してでも守る覚悟はねえのか!?」
「―――ッ!?」
「下らねえ仲間意識を持つから死ぬんだよ!!」
ヴォールはこれ以上にないぐらい苛立っていた。
その原因は目の前にいるリューの瞳が昔の自分に酷似していたから。
ヴォール・ルプスは
今でも本当の家族は知らないが、紛れもなくこの時だけはその部族がヴォールにとって家族であり、仲間だった。
その中でヴォールは族長の娘に恋をした。
一目惚れだ。ヴォールは族長の娘に心から恋をして彼女を為に強くなろうとした。
強くなって部族を率いる存在になりたい。
彼女を守れるぐらいに強くなりたい。
子供だったヴォールは誰よりも強くなることに餓え、彼女に自分の事を認めて欲しかった。
努力を重ね、一人、また一人と誰もがヴォールの事を認め始めて来た。
それに応えてヴォールもより強くなろうと己の牙を磨いた。
心から信用、信頼できる仲間が出来て、遂にヴォールは彼女にも認めて貰えるようになった。
嬉しかった。心から歓喜した。
心が舞い踊るとはこの事だとこの時初めて知った。
だが、それも長くは続かなかった。
ある日、狩りに出ていた部隊が怪我を負って帰って来た。
強いモンスターに襲われて部族で一番強いヴォールに助けを求めに帰って来た。
ヴォールは有無言わずに仲間達が襲われている場所に駆け出すが、そこには何もなかった。
鮮血も、モンスターの姿も気配も、仲間達の姿も何もない。
穏やか過ぎる程に静かだった。
場所を間違えたとさえ思って首を傾げたが、確かにこの場には仲間達の匂いがしっかりと残っている。
怪訝したヴォールは一度戻って今度は仲間達と一緒に行こうと踵を返した。
部族に戻るとヴォールは目を見開いた。
怪我を負い、ヴォールに助けを求めた仲間が彼女を殺していた。
疑念、疑惑、困惑がヴォールの脳裏を過ぎると同時に血塗れとなっている愛する人の姿と殺した仲間、彼を見て気付いた、気付いてしまった。
彼もまた彼女に惚れて、ヴォールに勝負を挑み、敗北した。
その考えと気持ちをヴォールは理解し、納得してしまった。
彼と同じにヴォールも彼女の事を愛しているから。
プツンと頭の中で何かが切れる音がした。
そして気が付けばヴォールは彼を殴殺していた。
ヴォールは悟った。
仲間なんてものを信じるから愛する人を失ってしまう。
自分が彼に対して仲間意識を持っていたから彼女は死んだ。
そして、彼女も弱かったから死んでしまった。
全ては仲間なんて下らないものを持ったせいでヴォールは最愛の人を亡くしてしまった。
だからこそにヴォールはリューの瞳が気に入らない。
仲間を、愛する人も何もかも嘘偽りなく信じているリューが気に入らない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
感情のままに吠え、その猛威を振るう。
【
感情のままに己の猛威を振るうことから神々が授けたヴォールの二つ名。
暴風のように激しい連撃にリューは大きく距離を取った。
だが、今のヴォールには多少距離を取ったところでそんなものは無に等しい。
すぐさまに距離を縮めたヴォールはその豪爪を振るう。
「死ねッ!」
放たれる豪爪はリューの身体を貫いた。
「ぐ……うぅ……」
身体を貫かれて苦痛に呻くリューにヴォールは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「―――『アリーゼ』」
「っ!?」
その時、リューはヴォールの腕を掴んだまま空を跳んだ。
「テメエ……ッ」
宙を何度を蹴ってどこまでも空高くまで跳躍するリュー。
「………貴方の命を奪させてもらいます」
苦痛に耐えながらリューはそれだけを告げると自身の腹部に貫いているヴォールの腕を引き抜いて突き放す。
そこから自然落下するヴォールにリューは血を吐きながら宙を蹴って空を疾走する。
いくら速くても、脚に自身があってもそれは大地に足が付いていなければならない。
そして空ならミクロから貰った
「ああああああああああああああああっ!」
一閃。
『薙嵐』でリューはヴォールの喉を急所を切り裂いた。
確実な致命傷を与えられたヴォールは嗤った。
「ハッ………」
その言葉を最後にヴォールは受け身を取ることなく地面に激突。
同じく地面に着地したリューは傷口に
「………重い」
【アストレア・ファミリア】に所属していた時、多くの悪を断罪してきた。
復讐に走った時も多くの命を葬って来た。
だけど、これはこれまでと比でないぐらいに重く、辛い。
たった一人の命の重さがこれほどまでに重いことをリューは初めて実感した。
そして、この重さを受け入れているミクロがどれほどまでに強い覚悟と信念を抱いているのか改めて分かった気がした。
「ミクロ、今、参ります……」
それでもリューはミクロの傍に居続ける。
それがリューの覚悟と信念だから。